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夜空色の髪

「お嬢様、お風呂に入る前にお髪を整えさせていただいてもよろしいですか?」


カトリーナさんはハサミを片手に笑顔で聞いてきた。


ここは前世でいうところの脱衣所らしく、白くてふわふわのタオルが大量に積まれてあったり、壁に備え付けの棚には何かわからないが高級そうな液体がしまわれている。


お髪…確かに今の髪は整えられてなくて見苦しいだろう。


孤児院では私の黒い髪を触れるのを拒んで、誰も切ってくれなかった。


だから邪魔だと思った時に自分で切っていたため、不揃いでボサボサである。


でも…


「……いいんですか?私の髪の毛、黒いですよ。触ったら呪われるかも。」


……どうせ、また嫌な顔をされる。


「そんな汚らわしい髪、切りたくない」って。


拒まれて、睨まれて、吐き捨てられて――慣れてる。


でも、だからこそもう、無理に触らせるのも嫌だ。


優しくされたいわけじゃない。


ただ、これ以上、傷つきたくないだけ。


返事がない。


カトリーナさんの目には、涙が滲んでいた。


でも、何も言わない。


ただ、じっと私を見ている。


沈黙が、少しだけ続いて――


「カトリーナさん?」


そう声をかけた瞬間、


彼女はぽろっと涙をこぼしながら、私を抱きしめていた。


突然の出来事で思考が停止する。


でも他人からの抱擁は初めてで、少し苦しいけど、心地よかった。


「あの……」


「あっ!すっすみません!!許可もなく触れてしまって。」


カトリーナさんは肩をすくめる。


落ち込んだ姿はなんだか子犬みたいで可愛らしかった。


自分より年上なのに可愛らしいは失礼かなとも思うけど。


「いえ、あったかくて、心地よかったです。こんなこと初めてなので少し驚きましたが。」


そう言うとカトリーナさんはさらに目に涙を溜めて、今度はポロポロと泣き出してしまった。


「お嬢様、お嬢様の髪色はとても素敵です。周りの光を反射してまるで夜空のようにキラキラと輝いています。こんなに綺麗な髪、初めて見ました。出会ったばかりなのに、すでに大好きです。どうか自信をお持ちください。」


泣きながら、それでいてはっきりとした口調でカトリーナさんは私に話す。


……こんな風に、まっすぐに言われたのは初めてかもしれない。


「本当…?」


「はい!!本当ですとも!」


カトリーナの目を見る。


涙の溜まったその茶色の目は、私だけを映していた。


「それに、お嬢様はもうヴァルモント家の一員です。お嬢様を貶すものはヴァルモント家を貶すのと同義!公爵様がそれはもう、めったんめったんのギッタンギッタンにしてくれるはずです!」


「ぷはっ」


何それ…謎の効果音に思わず笑ってしまった。


カトリーナさんは本当に明るくて元気でいい人だ。


私には勿体無いくらいに。


カトリーナさんは笑い出した私を見てにっこりと笑った。


「それじゃあ、お髪整えさせてもらいますね。」


どこからか椅子と古い紙を取り出して言う。


古い紙は切った髪の毛を包んで捨てる為だろう。


床に敷いていく。


「お嬢様!こちらにお座りください!」


出された椅子に座った。


カトリーナさんが手際よく髪の毛を切っていく。


誰かに髪の毛を触られるのは新鮮でくすぐったかった。


「切り終えました。うーん、やはり一番短いところに合わせたので、結構短くなってしまいました。申し訳ないです。」


そう言いながら差し出された鏡で自分の姿を見た。


肩を少し超えていた髪は、顎の下まで短くなっていた。


前髪も、目を覆っていたのが嘘のように、綺麗に切り揃えられている。


顔を隠していた前髪が無くなったことでいくばか顔が明るく見えた。


相変わらずにこけた頬で可愛さは感じられないが。


「ありがとうございます。」


嬉しさで頬が緩む。


カトリーナさんは大きく返事をした。


湯船に花びらが浮かんでいた。


ほのかに香る甘い匂いが、鼻先をくすぐる。


思わず深呼吸をすると、じんわりと胸の奥が温かくなる。


――こんなお風呂、夢みたい。


カトリーナさんが体を洗ってくれた。


ガリガリで怪我の痕があるからあまり見てほしくないけど、お風呂の使い方もわからないからどうしようもない。


髪の毛なんか、汚れで全然泡立たなくて何度も洗ったし、お湯が薄茶色になったのは見るに忍びない。


でもなんでだろう。


火も使っていないし、電気もないのに蛇口から暖かいお湯が出てくるのは。


「カトリーナさん。」


「なんでしょう?どこか痛いところでもありますか?」


「いや、痛くないよ。ただ、なんであったかいお湯が蛇口から出てくるの?」


カトリーナさんは蛇口を見て言った。


「あぁ、魔法を使っているからですよ。」


「魔法…」


「はい。特別な使用人がですね、月に一度、家じゅうの水道に魔法をかけてるんです。ちょっとした貴族の贅沢、ってやつですかね!」


――本当に、この世界は魔法が“当たり前”なんだ。


自分の両手を見る。


私も、使えるってことだよね。


でも今までやった魔法はほぼ暴走したあの氷だけ。


使えるようになれるかな。


素質があるのは分かるけど、あとは自分の努力かもしれない。


十分に体が温まったのでお風呂から出た。


真っ白なタオルで体を拭いてもらい、綺麗な下着と触り心地の良い寝巻きをもらった。


寝巻きは薄いピンク色で襟と袖口に細かなフリルが付いていて可愛い。


上下一体型のワンピースのような形でふわりと広がる裾はなんだかソワソワした。


「わっ……お嬢様、すっごく可愛いです!……あっ、失礼しました。つい取り乱してしまって……でも本心ですから!」


カトリーナが両手で口元を隠しながら感嘆している。


大袈裟な…そう思うが、部屋に飾られている姿見に映る自分は今までとは別人のように見えた。


カトリーナの手を取って、夕食の会場へと向かう。


何事も、ありませんように――

カトリーナは書いてて好きだな〜って思います!

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