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はじめまして、公爵様。

「久しぶり、ルシアン。」


公爵様は静かに紅茶を口にしてから言う。


「あぁ、久しぶり。元気そうでよかったよ。」


「相変わらず堅苦しいな。君はアカデミーの頃から変わらないよね。」


「お前が変わりすぎなんだ、レイルド」


ふたりは昔からの知り合いなのだろうか。


公爵様と笑い合うレイルドには、あのとき感じた冷たさが嘘のようだった。


他愛のない会話が続いた。そして…


レイルドは一度、紅茶を見つめてから言った。


「……ルシアン。君の娘が――見つかった。」



!?

突如として話を振られて吹き込みそうになった。


姿勢をしっかりと直す。


ちらりと公爵様の方を見るとこちらを見つめる赤い瞳と目が合った。


よし…やるぞ。


「はじめまして、こうしゃくさま!」


必死に笑おうとするのに、喉がひゅっと鳴った。


だめだ、涙が出そう。


もしこの人に「知らない」と言われたら、私は――どうなってしまうのか。


きっと、どこにも行き場なんてなくなる。


そんな気がして、怖くてたまらなかった。


それでも、必死に頬を上げて微笑みを絶やさない。


お願いだから、娘はいないって言わないで!


娘だって認めてほしい…。


公爵様の反応はない。


でも、原作のように否定もしなかった。


「名前は?」


「エレノアです。」


冷たい目だ。


目を離す気配はない。


こちらも、離したら良くなさそうで離せない。


手はもう汗でびしゃびしゃだ。


無言の時間が過ぎる。


「ゴーン…   ゴーン…   ゴーン…」


大きな鐘の音が鳴って、公爵様は壁にかけられた時計を見た。


私も見てみると、針は8時を指していた。


レイルドは少し小難しい顔をして公爵様を見ている。


公爵様は私に向き直ると、その口を開いた。


「…これからは、エレノア・ヴァルモントと名乗りなさい。」


その言葉を聞いた瞬間、喜びが湧き上がる。


「あっありがとうございます!」


よかった…!


とりあえず生活できる!


ほっと息をついていると、公爵様は後ろに立っていた背広のおじいさんに声をかけた。


「とりあえず、世話をするメイドを探すのと、客間の整頓、あと着られそうな服を見繕っておいてくれ。」

「かしこまりました。」


そう言っておじいさんは部屋を出た。


それを見送るとレイルドはふざけた口調で言った。


「それじゃあ、僕は寂しくなってしまうな。ルシアンと違って僕には子供がいない。エレノア、もしよかったら時々僕とお茶でもしてくれない?」


優しい笑顔で言う。


断ったらどうなることやら…はなから選択権など私にないと言うのに。


「もちろんです!」


ははは、我ながら名演技である。


残った紅茶を飲んでみたら、もう冷めてしまったようだった。


――ドアがノックされる。


そして、若いメイドさんが入ってきた。


茶髪をおさげにして、とても元気そうな笑顔だ。


「失礼します。お嬢様のお世話を任されました、カトリーナ・ヘンゼルと申します。」


そう言って頭を深々と下げる。


「エレノア、とりあえず彼女が君の世話をしてくれるメイドだ。」


目が合う。ニコリと笑う顔に悪意は感じなかった。


「身を綺麗にしてくれ。あと、そのついでに怪我がないか確認して、主治医に見せてほしい。」

「かしこまりました。」


カトリーナさんが私の近くに来てしゃがむ。私と目線を合わせてくれるようだ。


「では、お風呂に行きましょうか。」


「はい!」


カトリーナさんと一緒に部屋を出た。







****


ヴァルモント公爵家の当主、ルシアン・ヴァルモントはいつだって冷静沈着、感情は表に出さない人間だった。


双子の息子も今はアカデミーに行っていて屋敷では変わらない平凡な日々を過ごしていた。


しかし、そんな彼も友人のレイルドから娘と聞いた瞬間、時が止まった。


娘…だと。


レイルドの横に小さく座った黒い髪の少女を見る。


服は薄っぺらくて汚れていてところどころ破けていた。


そこから出ている腕や足は折れてしまいそうなほどに細い。


あぁ、やっと会えた。


私の最愛の妻が遺した宝物。


「…名前は?」


そう聞くと可愛らしい声で返答する。


「エレノアです。」


そう聞いた瞬間、胸が締め付けられた。





『名前はどうしようか。』


大きくなったお腹を優しく撫でながら言う。


すると君は


『そうね…もし女の子だったら“エレノア"がいいわ。優しくて、強くて、賢い子になってほしいの。』


そう言って笑ってたっけ――





昔の記憶が蘇った。


とても幸せな日々だった。


その目を見る。


私と似ていて見飽きたその赤い目は星を含んでいるようにキラキラと光って見えた。


メイドに身を綺麗にしてもらうよう頼んだ後、レイルドと2人になる。


「いやぁー、やっぱりヴァルモント家の紅茶は質がいいね。」


「あぁ」


「…何か聞きたいことでも?」


喉がひりつくのを感じた。


あの細い手足、汚れた服――あれが、すべてを物語っていた。


それでも聞かずにはいられなかった。


「どんな場所だったんだ?」


レイルドは短く答えた。


「……地獄さ。」


レイルドがポツリとこぼしたその言葉に耳を疑った。レイルドは淡々と見聞きしたことを説明してくれる。


耳が痛くなるほどの苛酷な環境に何も言えなかった。


まさか、そんなところで8年間も?


「もし、そうだとしたら彼女はなんであんなに…笑っていられるんだ?」


自分がその立場なら笑うなんて無理だ。


この世の全てを憎んで、そして自分を捨てた親を恨むだろう。


「さぁ…心が壊れちゃったか、あるいは強靭な精神力を備えているのか」


どちらだったとしても、今までの辛い過去はなかったことにはならない。


私は父親としてあの子に、エレノアに今までできなかった分も愛情を注いでいこう。


「レイルド、今日は遅いし我が家に泊まっていかないか?久しぶりに話でもしようじゃないか。」


「もちろんだとも」


そう答えたレイルドの笑顔を見て、そっと紅茶を口にする。


冷めた紅茶――けれど、不思議と温かく感じた。


イケメンなお父さんって素晴らしい、、、

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