9 おつかい
「時計屋の店長さんに頼まれた商品が届いたのよ。申し訳ないけど、いのちゃん、外に出たついでにお渡ししてきてくれない?」
店長にそう頼まれた私は、二つ返事でOKした。お昼はいつも外で食べていたし、ちょっと寄り道するくらいなら、いいかなと思ったからだ。
ただ、そのショップの場所が‥‥まあ大丈夫かな!
いつもより早めにお昼休憩に入らせて貰い、食事の前にお得意様の時計屋へ行って、商品をお渡しする。
無事に用件を終えられた私は、気が緩んでしまって、つい近くにある書店へ目をやってしまった。
店頭のポップが目に入る。
“人気作家、〇〇の新刊がついに発行!”
そこには今でも見るのが怖い彼の名が書かれており、例のシリーズものの新刊が山積みされていた。
思わず背を向けたけれど、震えてその場から動けない。落ち着くため目を閉じて深呼吸を繰り返す。
大丈夫、大丈夫‥‥私はもう関係ないんだから‥‥
「‥‥雫ちゃん?」
耳に優しいイケボが聞こえた。朗くんだった。近くに人の気配もする。
ゆっくり目を開くと、心配そうにこちらを覗き込む黒髪のイケメンがいた。
「朗くん!」
私の悲痛な小さい叫びに、彼は視線を書店へ移して状況を把握してくれたらしく、自力で動けない私を近くのベンチまで誘導してくれた。
「大丈夫だよ。落ち着くまで座っていようか、目は閉じてていいからね?」
肩を抱いて、自分の方に寄りかからせてくれる。私は目を閉じて呼吸に意識を集中した。
信頼している人の温もりに包まれ、心の乱れが次第に緩やかになって来る。寄り添ってくれる存在が居るって、本当にありがたい。
しばらくして、もう動けそうだと思ったので、顔を上げて朗くんを見た。
「私‥‥ここから離れたい」
そう告げたら、頷いてくれた。
「いいよ、どこに行きたい?」
今日の昼食はパンの気分だったので、ベーカリーショップでサンドイッチとカフェオレを購入して、イートインで食べる。
カウンター席に朗くんと並んで座った。ちなみに、注文などは朗くんが全部してくれた。
「今日は、バイトの面接に来たんだ」
種明かしを聞いて、それでここに居たんだと納得する。
「どこでバイトするの?」
「雫ちゃんが、たまにランチするカフェだよ」
店名を告げられて、私のお店のすぐ近くだったので、思わず笑ってしまう。
それを見て、朗くんも目を細めた。
「面接はどうだった?」
「バイトは午前中だけの短時間なので履歴書不要だったんだけど、店長が俺を見て“はい、顔面大優勝! 合格です”って言ってたから、大丈夫じゃないかな?」
うん、確かに優勝してるわ。それに仕事ができそうなのは見て分かるし、本当に採用されそう。
私がまた笑うと、頬杖をついた朗くんが頭を撫でてくれた。
「そう言えば、あのカフェの店員さんって美男美女が多いよね? そう言うことだったんだ」
「かもね?」
後日、朗くんの携帯電話に採用の連絡があり、めでたく就職が決まった。