7 帰り道
今日は例のお客様がご来店されても店長が対応してくれたので、ストレスが溜まらずに済んだ。
定時前に恋ちゃんが店頭まで来て、従業員用の出口で待ってるね、と声をかけてくれた。
「ずいぶん綺麗な子ね。お友達?」
会釈を返した店長に尋ねられ、そうですと答える。
「まあまあ、後ろ姿まで綺麗なのね。センスもいいし、いのちゃんが最近可愛くなったのは、あの子の影響かしら?」
店長は60代の女性で、ずっとこのお仕事をされているベテランだ。色んな人を見ているので結構鋭い感想を言われる事もある。
「とりあえず、例のお客様は様子を見て、あまりにも酷かったら出入り禁止にするわ」
「分かりました。ありがとうございます」
そろそろ時間なので、最後に商品を整理してから退出した。
従業員用の更衣室で荷物を取り、守衛さんに挨拶をして外へ出た。待っていた恋ちゃんが手を振って駆けてくる。
「雫ちゃん、お疲れさま。お買い物して帰る?」
「うん、ちょっと食品館に寄っていいかな?」
「もちろん大丈夫よ、荷物持ってあげるね♡」
近道なので、彼女と横に並んでギリギリ通れる幅の通路を進む。従業員しか使わないので、あまり他の人と出会う事は少ない‥‥はずだった。
「どうも」
例の男性客が通せんぼをしていたので、私達は足を止めた。
「ああ、こいつね‥‥」
隣から恋ちゃんの呟きが聞こえ、こんな綺麗な人を彼に見せる訳にはいかんと思い、私は彼女を庇うように前に立った。
「お疲れさまです‥‥申し訳ございませんが、商品の話でしたら、業務時間内に店舗へいらしていただけますか?」
ストーカーみたいで怖くて足が震えたけれど、平静を装って声をかけた。
「いやいや、こんな場所で商品の話なんてする訳ないでしょ、井上さん?」
ニヤニヤしながら近寄って来る。横をすり抜けようにも、通路が狭いし相手が太っているので、肌が触れてしまいそうで、想像するだけですごく気持ち悪かった。
「迷惑です、話しかけないで下さい!」
通路を引き返そうと、恋ちゃんに行こう、と促す。
「ちょっと待ってよ、あんたも俺のこと気になってたんでしょ?」
彼の腕が伸びて私に触れようとした時、恋ちゃんが私のウエストに手をかけて、自分の後ろに庇った。
「なんだよ? あんた‥‥ぐふぅ!」
一歩踏み出した恋ちゃんの長い足が弾かれたように上がり、その膝が相手のみぞおちに決まっていた。
「周」
彼女が名を呼ぶと、男の背後に音もなく周くんが現れる。
「‥‥来たよ。了解」
後頭部を片手で掴み、彼の耳元で何かを囁いたら、男性はその場に倒れ込んだ。
「えっ、どうなったの?」
心配になって恋ちゃんの綺麗な後ろ頭に話しかける。彼女は私を振り返り、微笑んだ。
「大丈夫、白ウサに縁を切って貰っただけだから。少ししたら目が覚めるんじゃない? さ、お買い物に行きましょ♡」
恋ちゃんに腕を組まれ、促されたけれど、一応スタッフ用の出入り口に戻って、守衛さんに声をかけた。
両脇を二人に挟まれ、食品館に向かっていると、他のお客様の視線がタロットの精霊二人に注がれているのがわかる。
やっぱりそうだよね、目立つもんなぁ‥‥でも、恋ちゃんも周くんも気にならないようだ。
「さっき、雫ちゃんは暴漢から私を庇ってくれたでしょ?‥‥私、キュンとしちゃった♡」
「えぇ、恋だけズルい。僕も雫に庇われたい」
「何言ってんの、白ウサは男の子だから、守ってあげる方でしょ」
「恋だって、性別変えられるくせに」
「え?」
私は恋ちゃんを見上げる。すると、にっこり笑って告白があった。
「“恋人たち”のカードは特に性別の設定がないから、どちらにでもなれるの。今私が女性なのは、雫ちゃんが桜色のぬいぐるみを女の子として扱っていたからだよ」
「そうなんだ? 恋ちゃんだったら、男性になっても綺麗なんだろうなぁ」
「あら、分かる? 私とデートしたくなったら、いつでも言ってね♡」
「あ、そうだ。朗から預かってるよ。はい」
「あいつは仕事が早いわね、ありがとう」
クレジットカードのようなものが、周くんから恋ちゃんに手渡された。
「そのカード、朗くんに作って貰ったの?」
尋ねたら、恋ちゃんは頷いて答えた。
「そうだよ、朗は人間の世界に詳しいからね」
何か欲しいものがあれば、買ってあげるよ?と微笑まれる。私はもちろん遠慮した。
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前作は書き溜めて毎日更新していましたが、今作はマイペースに更新していきたいと思っております。
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