5 引越し
特に恋ちゃんが私のお世話を焼いてくれようとしたけれど、極力自分の事は自分でしたいと申し出た。そうしないと依存してしまいそうだからだ。
ネットで物件を探し、内見の申し込みをした。
「私も一緒に行くからね?」
ここ数日間で、かなり部屋に馴染んだぬいぐるみの恋ちゃんが言う。私は今日はもう夕食もお風呂も済ませている。
「人間の姿で?」
「もちろん! 雫ちゃんの友人として同行するのよ」
そう言えば、最初に会った時は、普通に服を着ていたよね? 他のバージョンもできるのかな。
「恋ちゃん、人間になってみて?」
そうお願いしたら、すぐ目の前に美人さんが笑顔で座っていた。服はこないだと同じゆるふわニットだった。
バイトを始めるかもって言ってたし、聞いてみよう。
「恋ちゃん、洋服なんだけど‥‥何着か着替えられるかな?」
「あ、そっちの心配? 大丈夫、服なら他のものにも変えたりできるよ。ちなみに、私達はタロットの精霊だから、食べたり飲んだりしないので、光熱費もかからないからね」
「僕も人間になっていい?」
周くんが膝の上から問いかける。そんなになりたいのならと、私は頷いた。朗くんが“じゃあ俺も”と続く。
そうして、8畳の部屋に成人が4人揃った。
「‥‥この一人用のコタツにみんなで入るって狭くない?」
恋ちゃんの感想に、周くんが同意する。
「テレビも見えないしね‥‥雫、ちょっと後ろいいかな?」
そう言われたので避けたら、当然のように周くんが座りながら私を後ろから抱っこした。
「いつもは僕が雫の膝の上に居るから、人間になった時は逆でいいよね」
動揺しているのは私だけで、後の三人は平然としている。
「あ、もうすぐ雫ちゃんの好きなドラマが始まる時間じゃない?」
恋ちゃんがリモコンでチャンネルを変えた。
「気になる所で終わってたから、楽しみだね?」
嬉しそうに私を見て、お茶淹れてあげるねと席を立った。照れる年齢でもないし、全然嫌じゃないからまあいっかとテレビに集中する。気を使わなくていいって楽だなぁ。
このドラマは高スペック女子が恋人を探す様子を描いている。過去、元カレが浮気をしていたと言う設定だ。
今回の相手は、年下のイケメンで歳が離れている後輩だった。歳の差に悩む主人公と、積極的にアタックする後輩。
『俺は、花織さんが好きです。心変わりなんて絶対しませんから』
『高瀬くん‥‥』
「‥‥でも、どうせ最後は若くて綺麗な子を選ぶんでしょ?」
真剣に口説いているシーンを見て、無意識に呟いてしまい、両手で顔を覆った。
あの事件があってから、どうしても捻くれた考え方をしてしまう。そんな自分も嫌だった。
「大丈夫、雫は何も失っていないよ」
すぐ後ろから優しい声がした。お腹に周くんの腕がまわり、抱きしめられる。
「そうよ、無くなったのはあいつの徳だけなんだから」
恋ちゃんのフォローも入る。
「雫ちゃん、俺の方に来る? ネガティブになった時は黒うさぎを抱きしめて耐えてたでしょ?」
彼の言う通り、自分の心が黒く沈んだ時は、朗くんをぎゅっと抱いて落ち着こうとしていた。逆に嬉しい時もそうだったけれど。
両手を広げている姿に迷っていたら、耳元でまた周くんが話す。
「駄目だよ、ドラマを見るのは僕とって決まってるんだから」
「はいはい」
朗くんが手を下ろして、その場は収まった。
その後、無事引っ越しも終え、私達は新居に落ち着いた。