3 過去と問題点
私は過去の夢を見ていた。
「よし、書けたー!」
今回も大好きな作家さんにファンレターを書いた。彼の新作が出るたびにそれを何度も読み、ポジティブな感想ばかりを詰め込んだお手紙を作成する。次回作に繋がる異世界の話も忘れない。
自分の実生活がどんなに忙しくても、優先して彼にお手紙を書いた。連絡先も記載した。
最初の数年はそれが楽しかったけれど、放置され続けて尽くすだけの日々に不安になり、やがては自分が原案の物語を商売に利用する彼にモヤモヤするようになった。
「ねえ朗くん、もうファンレター書くのやめようかな‥‥」
黒うさぎのぬいぐるみに話しかける。
「こんなモヤるなんて、既にファンじゃないよね? 私が彼に依存しているのかな。でも、ネタが無くなったら彼が困るよね?」
返事はない。そんな日々を過ごしていると、彼の公式サイトに、結婚の報告が記載されていた。
『‥‥これからは、大切な人と二人で歩んでいきたいと思います。いつも応援して下さるファンの皆様におかれましては、変わらぬ応援をよろしくお願いいたします』
そのコメントを読んで、ああ、私って彼にとって大切な人じゃなかったんだと言う現実に襲われ、目の前が真っ暗になった。
あれだけ通っていた本屋に入るのが怖くなった。食欲も無くなり、体重が落ちた。
TVで結婚を連想させるCMを見るだけで、胸が痛くなった。
「朗くん、苦しいよ‥‥」
黒うさぎをぎゅっと抱きしめて耐える。色んなことが、もうどうでも良くなった。
「‥‥雫ちゃん、大丈夫?」
真っ暗な部屋で、うさぎのぬいぐるみがこちらを覗き込んでいた。
自分の息が乱れているのが分かる。心臓の鼓動が早くなっていた。
「はぁ‥‥夢かぁ」
一ヶ月前はあんな感じだったな。
「うなされてたんだよ? 大丈夫?」
恋ちゃんの声がする。隣には周くんも居るようだ。
「うん、嫌な夢を見ただけだから。心配してくれてありがとう」
腕の中には朗くんも居る。
「もう明け方だから、今夜にでも雫のこれからを皆で話し合おうか」
「そうね、雫ちゃんは今日もお仕事だから、心配だわ」
朗くんの声だけ聞こえないので、黒うさぎを見ていたら、恋ちゃんの補足があった。
「黒ウサは今不在なの。ごめんなさいね」
そうなんだ、ずっと居る訳じゃないんだね。
「起床時間までまだあるけど、眠れそう?」
「うん‥‥一緒に寝てくれる?」
試しに聞いてみたら、顔にぎゅっと抱きつかれてしまった。ちょっと息がし辛い。
「もちろん♡ いつも黒ウサとばっかり寝てるから、私も仲間に入りたかったの!」
「僕も。雫が望むなら、いつでも」
心配してくれる存在が居てくれるっていいなぁと思いながら、二人と手を繋いで目を閉じた。
‥‥あ、ちょっと聞いてみよう
「ちなみに、タロットの精霊の力で、私の記憶を消したり、彼との繋がりを無くしてくれる事はできる?」
近くから周くんの声がする。
「出来ない事もないけど、強制的に記憶を操作すると、後遺症が残る場合もあるから。まずは雫が自分でトラウマを克服できるかどうか様子見だね」
「私達も協力するから、一緒に頑張りましょう♡」
反対側から恋ちゃんが言った。
そうなんだ‥‥私はお礼を言って二人の手を握り締めた。いい方向に進めますように。