4 ギルドへ
私、ユーリア・ファガスタとして活動するのは、やめておこう。こう見えても、魔王討伐の功績で名を馳せているのですよ。有象無象に寄って来られても面倒くさい。
放っておいてくれていたなら、前世の記憶が現れたとしてもあのままあそこに住んでいたと思う。システィーナの描いていた図がどんなものだったのか、残念ながら私は彼女ほど頭が良くないから分からない。
私に分かるのは、戦力として私を宮廷魔法師として囲っておきたかったという事ぐらいかな。自分で言うのもなんだけど、魔法師として特に攻撃魔法に関しては私の右に出るものは少ないだろう。
一応顔もそれなりに売れているので、少し変装しておこう。魔導具の眼鏡をかける。そうすると目の色が紺青から榛色に変わり、目つきも少しツリ目気味だったのが、ちょっとタレ目ぽくみえる。これだけでも印象が違うだろう。
イヤーカフで髪の色もブロンドから赤髪に変えて、ゆるく三つ編みにして一つにまとめる。こうしてみると見た目が少しだけ幼くみえる。元々童顔もあるから、歳もちょこっと誤魔化しておこう。
「冒険者登録ですね」
「はい、お願いします」
ここは、あの国から二つ国を隔てた小国の冒険者ギルド。新しい名前はユリア・グレイ。名前があんまり変わってないのは、元の名前に反応しても大丈夫なように。
元々は王国軍属だったので、冒険者登録とかはしていなかった。だから、本当に真っ更な登録なので問題はない。
登録したばっかりだから、当たり前だけど階級は最低のG級から始まる。しばらくは細々とした依頼を受けて、階級を上げていこう。ダンジョンに入れるようになるのは、E級からと決まっているから。国絡みの仕事を受けるような上級は目指さない。一番数が多いCかD級がいいかな。
さて、どうしましょう。G級のお仕事は大したものは無いけれど。
街の外の依頼は薬草とか小型の魔物のお肉とか毛皮ね。規定がそれほど厳しいわけじゃないけれど、最初から大物狙いは避けたい。
ああ、此処は狐とかも出るんだ。ふむふむ。親が冒険者だとか辺境の村出身ならば、狐ぐらいなら軽々と狩ってくるって聞いたことがある。
街外の依頼票ばかりをチェックしていると声をかけられる。
「新人ちゃん。可愛いね。君、一人だけなのか。もしよければ俺たちと組まないか、色々と教えてあげられると思うぞ。最初から街の外は危ないぞ」
変な兄ちゃん達が来た。
「結構です」
断って、立ち去ろうとしたら、腕を軽くつかまれた。
「待ちなって。一人で森に行くのは危険だ。少なくとも外に行くなら誰かと組んだほうが良い」
腕をとるのって流行っているのかしら。ちょっとね、軽く電撃を流してみる。こうして電撃を通すのは、マイブームです。大丈夫、スコルピオンのように後まで影響がでるようなのにはしていない。
男は驚いて腕を離す。
「では」
そう言って、その場を後にした。何か後ろで言っていたみたいだけど、気にしない。
ここのギルドは、あんまり良くないかも。
新人が絡まれているのに、誰も動かなかった。
まあ、もう少し様子をみてから、あんまりなら移動しましょう。登録はできたから、第一目的は達成したもの。
ここに来るまででちょっとお金が目減りしている。仕事していなかったから。十分離れてから、冒険者登録をしたかったのだ。懐事情はそんなに切羽詰まってないからまだ問題はないけれど、稼いでおきたいのよね。
それにエルザのことがあるから、宿屋ぐらしもどうにかしたい。エルザのご飯が食べたい。
この街、森に近いしあの国から二つ国を挟んでいる場所にある。それから街の規模に似合わず小さいけど図書館もあるのよ。図書館、昔ここの領主様が作ったと聞いている。入館料はとるし、本の貸し出しはしていないけれど、写本とはいえ読むことができる。
本は総じて高い。それを写本とはいえ読ませてもらえるのは破格だ。ここには学校があって、お金はかかるけど学べる場所があり、その学生たちのために開放したのが始まりだと聞いている。学生たちには写本づくりの仕事をしてもらってもいるのだとか。
それがあって、この街を選んだのだけれど。どうでしょう。
市門を通って外に出る。
しばらくは草原が続いて、土の色が変わり森が近づく。テクテクと森に入っていく。
大体の地形、それから生えている植物を見ていく。植物の分布はそういうのを丹念に見ていくと、何となく採取する目的のものの有無が察せられる。
しばらく歩いて奥まで行く。何の気なしに、人があまり来なさそうな方へと進む。
そんな風に進んでいたら、変な場所に出る。明らかに周囲と違って有用植物が群生している。
果樹園とまではいかないけれど、色々な果樹がちらほらと分布している。
「誰か、ここで種を蒔いたのかしら」
畑の様に手を入れているわけではなさそう。それでも多少は手を加えているかな。
少し奥で人の気配がする。そっとそちらの方へ向かうと一人の男が大型の狐の魔物の止めを刺したところだった。男は手際よくした処理を終え、獲物を鞄に収めるとこちらを振り向く。
「で、嬢ちゃん。俺に何か用かね」
黒髪に紫の瞳、がっしりした体躯のその男は油断なくこちらを窺っている。
「ごめんなさい。人の気配がしたので来ただけなんです。でも、すごい手際がいいですね」
男は眉を顰めていたが気にせず近づいてみる。
「あそこの果樹園も貴方が? 」
ずけずけと聞いてみたら、男の眉の皺が深くなった。
「見ない顔だな。最近ここに来たのか。よくこんな場所まで入ってきたもんだ」
多分、独り言に近いんだろうけどそんなことを口にする。
「はい。今日、ギルドに登録しました。ユリア・グレイって言います。お兄さんも冒険者ですよね」
しかめっ面のまま、うんざりした調子ではあるが無視はされなかった。
「そうか。俺はライルだ。じゃ、俺はもう今日は戻るから。この辺は、俺が仕留めたような大型のも出る。気をつけろ」
「ご忠告、ありがとうございます。
あ、ライルさん。あそこでムベとか採っていってもいいですか。食べごろなのがあったので」
後ろ姿にそう聞く。
「勝手にすればいいだろう。あそこは俺の畑というわけではないんだから」
振り返らずにそう答えて去っていった。後ろ姿を見送る。
「右足が少し、ね」
彼の後ろ姿を見ていると、引きずるほどではないけれど右足が少しぎこちなかった。
人にはそれぞれあるものだ。気にするのをやめて、もう少し森の奥へと進むのだ。
今日の成果は、数種類の薬用植物と狐。背負子で獲物を背負い、肩掛けカバンには薬草を詰めている。狐はギルドで売る。薬用植物は薬師ギルドへ直接持っていこうと思う。
自分で調合してもいいんだけど、場所がないから。治癒魔法が使えないから、ポーションとか作れるように頑張ったのよ。そうか、薬師ギルドにポーションを納入すればそれなりの稼ぎになるのか。
納入品の値段をチェックしてそう思った。そっちの方で、稼ぐのも良いかもしれない。何も討伐ばかりが仕事じゃなかったわ。周囲を黙らせるのに、討伐もこなしておいた方が良いとは思うけど。
宿屋を拠点にしながら、森に入り、図書館に入り。
ここの森は豊かで、稼ぐのに十分な場所だと思う。図書館も覗いてみたけれど、充実している。
よし、決めた。しばらくこの街にいることにして、商業ギルドで交渉して家を借りることにしよう。エルザが気に入ってくれる家があるといいのだけれど。