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聖女様であるシスティーナは、この国の第一王女で王位継承権第一位。うちの国は男女ともに継承権をもつ。彼女が魔王討伐で死んじゃったら、弟君が王位を継ぐっていう話だったんだと思う。でも、無事に役目を終えて帰還したし、英雄と結婚したわけだから次の王位は揺るがないと思う。今の国王がご健在だから、その話は先になるけれど。
だから、アレックスは将来女王の王配ってわけ。
魔王討伐の旅では立場は対等でいいとはいっていたけれど、それが終わった今はそんなことはないだろう。将来の女王様に睨まれたままで、この国にいるのはちょっとねえ。
私はわきまえるつもりだったのだけれども、彼女にはそうは思えなかったということかしら。
でも、私の魔法師としての腕は自分で言うのはなんだけど相当なものなので、国としては手放したくはないだろうからスコルピオンを使って引き留めたかったという事かな。
でもスコルピオンはないわ。同行したメンバーで選ぶならば王国騎士団の団長に就任したしたカエサルとかさ、他にも色々いる中での、あの男の選択。悪意しか感じられない。
ああ、自分に懸想している男だからかな。私を与えることで大人しくさせようとか? まあ、静江の記憶の中だと私もなんだかんだで絆されていくみたいだし。アホくさ。
私が貢ぐために一生懸命仕事をすると思ったのかな。記憶の物語では確かにそうなっていたから、あながち間違いではない。それでも、と思う。私の人生、なんだと思っているのよ。
よし、まずは国を出よう。
エルザはもともと別の国で出会った精霊で、私がここに連れてきたのだ。だから、また一緒にいけばいいだけだ。
散歩から家に戻る。エルザには、留守のように振舞ってもらうようにお願いする。もう明日にはここを出ていこうと思うのだが、誰かが来て対応するのも面倒くさい。
エルザのおかげで、居留守にすると外から覗いただけだと中の人は見えないし、調理しても匂いや音も漏れない。完璧に留守宅に見える。エルザ、有能。
エルザに明日にはここを出たいことを告げる。
「一緒に来てくれる」
『はい、勿論です』
私、本当にエルザがいてくれて、幸せだとつくづく思う。
二人で朝食を食べ、すこしゆっくりしてからこの家を出立するために荷物をまとめる。まあ、大した量はないのですぐに終わるのだけれど。
さて、そんな事をしているとドアに人影が。
なんとアレックスがやってきた。すっごい、あの女、新婚なのにお披露目会の翌日にアレックスを使いにするなんて。
実質の結婚式は三日前、昨日は国民へのお披露目会ではあったんだけどさあ。各国の王族や大使、貴族達が参列する結婚式には、私みたいな平民は参加できないから話を聞いただけだけど。それでも、新婚三日目でアレックスを使いにするってあり?
「留守かな。仕方がないな。エルザ、いるんだろう。出てきてくれないか。ユーリアに伝言をお願いしたいんだ」
久々に聞いた彼の声。ここしばらく婚姻の準備だなんだで忙しそうだったので、会うことはなかった。
でも、彼の声を聴いても不思議なことにとても平坦な私の心。もしかしたら、前世と今世の私は混ざったのかもしれない。記憶があるだけって思っていたけれど、そうでもなかったのかしら。でも、それは良いことかもしれない。だって、どこか彼のことは諦めがついている感じがするから。
家の前ではアレックスが呼びかけている。
明かりも漏れていないし、外から見れば留守宅。アレックスはエルザのことを知っている。だからエルザに伝言を頼もうとしているのだろう。出ていこうとしたエルザは私が引き止めている。
何の用だとしても、今はアレックスには会いたくない。
ふと気が付いた。アレックスを来させた理由。スコルピオンと私、二人でいる状況をアレックスに見せようとしたのかしら、あの女。時間的に考えても、一晩過ごした後ならばスコルピオンはまだこの家に居座っていたはずだ。下手したら、あの男、もう一緒に住むぐらいの勢いがあったかもしれない。あいつ宿屋ぐらしだもの。自分の家を持っても掃除だなんだをやりたくないからって。エルザの事、すっごく羨ましがっていた。
私自身は、きっと混乱していただろうから容易につけこまれたと思う。スコルピオンと二人、朝食をともにしている姿をアレックスに見られたら、決定打か。
ああ、なんで物語の中の私はスコルピオンとなんか結婚したんだろうと思ってたけど、空意地が大爆発しちゃったのね。
「参ったな。せっかくシスティーナがこの国の宮廷魔法師にって推薦してくれた話を持ってきたのに。ユーリア、喜んでくれると思ってきたんだけどな。
早く行かないと、よくわからないけどユーリアここを引き払うかもしれないってシスティーナが言ってたけど、間に合わなかったのかな。それとも、エルザと一緒に散歩にでも出掛けているだけかな」
アレックスの独り言が聞こえる。それを聞いてため息をつく。魔王討伐から戻ってから内々に宮廷魔法師として仕官しないかという話は、システィーナから内密にあったけど断っているのに。
システィーナとアレックスの婚約が発表されて、なんで二人を見せつけられるようなところにいなければならないんだって思ったから。
システィーナの想定は、そういうことか。スコルピオンとの事で慌てまくって、アレックスからその話を聞いたら。スコルピオンなんかは是非にって、いい話だってのってくる。聖女様を守る盾は多い方が良いとか思っていそうだから。で、宮廷魔法師の話を引き受けてしまうってか。
さすが、彼女は仕事が的確だ。味方だった時にはそれにどれだけ助けられたことか。今回、彼女が読み違えたのは私が変化したことで、あのカクテルを口にしなかったことだろう。あれが、ターニングポイントになったのか。
アレックスは戸惑っているみたい。無理やり押し入ってこられらたら、エルザの結界が解けるから中にいるのはばれちゃうんだけどね。でも、彼はそんな事をするような人じゃない。それでも大丈夫だとわかっていても、緊張しているみたいで私は息を潜めて外の様子をずっと窺ってしまう。
「そういえば、システィーナがユーリアはスコルピオンと良い仲だって言ってたな。スコルピオンのところにでもいっているのかな」
アレックスが去っていく。あのアマ、アレックスに何を言ってくれている。成程、アレックスにも下地は作っておいたと。おう、私を国に留めて宮廷魔法師として手元に置くために適した相手がスコルピオンと読んだのか?
しばらくして、エルザがうなずく。敷地内には誰もいなくなったようだ。アレックスだけでなく、何か敷地内に侵入して様子を窺っていたやつもいたのだそうだ。アレックスに付けられた影かな。
私に影はつけられていない。そんなことをすれば、その影、命はないだろうから無駄なことはしないと思う。国に見張られる理由なんてないから、私がその影を不審人物だとみなすからね。そう、他国の間者だとみなすもの。
システィーナ、彼女はこわい人だなと思う。すべてを計算ずくでやっているのだとすれば、アレックスのことだって愛していないのかもしれない。いや、それはないかと思い直す。それは私の勝手な願望だ。アレックスといるときの彼女は、幸せそうだ。あれが演技だとは思いたくはない。
このまま私が去ったら、彼女は私を放っておいてくれるだろうか。何か理由をつけて追っ手をかけるとかは、あるだろうか。
敵対者とかなんとか言って指名手配にでもするとか。でもねえ、魔王討伐パーティのメンバーだった人間が裏切ったなんてことで手配できるほどの罪をでっちあげるのは、国としてリスクがあると思う。
なにより、それをすれば私もこの国を敵認定する。アレックスがいるとしてもだ。そんなリスクを背負っても、外に出た私を追いかける理由はないかな。どうだろう。
この後、この国は色々と大変だと知っているけれど、あれだけ賢いシスティーナと英雄のアレックスがいれば私がいなくてもなんとでもなるだろう。私がいなくても問題は無いと思う。ここまでされて、従う故はもうないよね。授かった役目である魔王討伐は終わったんだから。後は、この国の問題だから、次期女王様、頑張って。
まあ、しばらくは流れの冒険者でもしますか。ソロであちらこちらのダンジョンに行くのも楽しいかも。
荷物をまとめて、お昼ごはんをゆっくり食べた後。明日とは言わず、もう王都を出立する事にした。実は私、一回行った場所は転移できるのよね。距離は限度があるけれど、王都から隣の街に行くぐらいは問題ない。
一人だけでしか移動できないから、誰にも言っていなかった。エルザは家守だから、彼女の依代を私が抱えれば問題なく一緒に行ける。
他の人と一緒に転移できるようになったら話すつもりではいた。もしくは今は目一杯頑張っても街二つ分ぐらいの距離しか移動できないけど、もう少し距離が伸ばせたら。半端なものを申告するのは、なんとなく嫌だったというのもある。他の転移を得意としている魔法師たちは、数人と共にとべるか長距離を移動できたから。
私はなんとなく彼女を他の人達のように信用しきれなくて、自分の能力については強力な能力と生活魔法ぐらいしか申告していなかった。だから、他の人達の前でも、それぐらいしか見せていない。アレックスにもだ。
こう見えても、陰でいろいろと努力を積み重ね続けているのですよ。でも、治癒魔法は使えなかったけどね。
ごめんね。それから、さよなら。