23 夢
いつも誤字報告ありがとうございます。大変助かっております。
ライルが帰り、皆が寝静まった真夜中。ふと目が覚めた。
のどの渇きを覚えて、階下のキッチンへ行けば灯りが灯されて、テーブルの上に水差しとコップが用意される。
「いつもありがとう」
エルザにお礼を言えば、ほんのりと微笑まれる。彼女は無表情に見えるが、分かるようになると結構表情豊かだ。
水を飲み、ふぅっと息を吐く。
「ねぇ、エルザ。アレクとフレア、2人を貴方はどう思う」
問われて、少し考えるかのように頬に手をやるエルザ。
『あれは、根源から古の契約に則った方法を真似て引きずり出されてしまったものです。本来であれば、この世界の理に則って祝福されて誕生したかもしれないもの』
根源、そう言えば2人とも言っていた言葉。
『三つに分かたれたということは、元の術式も歪んでいたのでしょう』
「貴方は、彼らの何を知っているの。根源て何なのかしら」
『根源は、私たちにとっては母なるもの。すべての源。誕生を司り、存在が終われば戻る場所』
彼女はそれだけを口にした。
「ああ、だから貴方は戻らせたかったのね」
エルザは頷く。歪みに呼び出された存在をもとに戻したかったのだろう。新ためて、正しく生まれ出るために。方法として、調理する事で私たちに食べさせるのはどうかと思うのだけど。
エルザにとっては、自分が調理して卵料理にしようとしたのも、善意からだったのだというのは分かったが、人間側からするとちょっと引く。あの二人も引いていたような……。いや、存在することを選んだだけか。
『彼らは選びました。かつての私のように』
「そうね」
彼ら自身だってわかってはいるのだと思いたい。ただ流されて存在し続ける事を選んだとしても。
「二人の片割れ、邪神になったモノをどう思う?」
エルザは首を軽く振る。
『歪みの果てにできたものならば、歪みそのもの。二人とは違うもの。二人はユーリアとライルをこの世との縁として成り立ったものだから。言葉としても、彼らと関係あるとは言わないほうがいいです』
この世界にも言霊信仰っぽいのがある。特にエルザ達精霊とよばれている存在は、影響を受けやすいとか。
「ごめんなさい。もう言わないわ。そうね、二人は二人であって、あれとは違うものね。あの二人に歪みはない」
エルザは私の言葉を聞いて、少しはにかんだ様な笑みを浮かべて頷く。
「ねぇ、邪神って歪みからできるものなの?」
その問いに少し考えた素振りを見せてから。
『わかりません』
少し、残念。精霊方面に関してエルザは中々に物知りで、色々と教えてもらっているのだけれど。邪神、小説のなかでも、多くは語られてなかった。
私達がした邪魔が、どんな影響を及ぼすのかは分からない。小説の書かれていなかった部分で同様な事があったのかどうか、なのよね。あったのならば、邪神の能力などは変わらないだろう。
もし、無かったのならば、能力がある程度でいいから弱まってくれているといいなと願う。
フレアの言い方を借りれば、単純に三分の一ってわけではなさそうだけど。
ほら、原作と違って私、一緒にいないから。邪神討伐だって、多少は活躍していたのよ。ガンガン攻撃魔法をぶっ放してたんだから。
「そうね。邪神が現れれば、魔王の時みたいに選抜隊を各地域のギルドで招集するでしょうね。ライルも行くだろうし」
『あの二人も行く事を望むでしょう』
「確かに」
彼らは、共に根源から出て、その存在を分かたれた、異にした相手に何を思うのだろうか。
そんな話をして、自分の部屋に戻った。なるようにしかならない。そんな事を思いながら眠りについた。
「彼女の治癒は素晴らしいよね」
アレックスが笑う。
「こんなにズタズタになった腕だったのに」
彼の左腕が高く掲げられる。岩の破片に切り裂かれた血まみれでズタズタになったそれを。私を庇って負った傷を見せつけるかのように。ダラダラと血は滴り落ち、彼の左半身を染める。
腹に一撃を受け、横たわったままのカエサル。炎弾を受けて、右足を中心に焼かれたスコルピオン。他にも多くの仲間が深手を負って辺りを埋め尽くしている。
傷を負って呻く彼らを目の前にして、ただ呆然と立ち尽くす自分。私には、治癒魔法は使えない。
このままでは、彼らは死んでいくだろう。一生消えぬ傷を引きずるだろう。だが、私にはなすすべがない。
光の中、彼女が現れる。白く輝く聖女。純白の衣を血で染めることなく、彼女が光を注ぐだけ、傷ついた彼らが癒されていく。
美しい光だと皆が絶賛する。彼女が歩くと周囲に光りがそそがれて、傷が癒やされた人々が立ち上がり、彼女に跪く。
最後にアレックスの左手を取る。あれほどの傷が、みるみるうちに元通りの姿になる。
そして、アレックスは聖女システィーナの手を取り、言うのだ。
「システィーナ、結婚してください」
頬を染めて頷くシスティーナ。
彼のそばでシスティーナが静かに微笑んでいる。
「アレックスは私とともにいてくれることを選んでくれた」
「そうだよ、システィーナ。君は僕の唯一だ」
微笑み合う二人。そこには私の存在などなくなっていくようで。
二人が手を取り合って、こちらに背を向けて離れていく。
私が、治癒魔法が使えたのならば。アレックスの腕を治せたのならば、彼は私のそばにいてくれたのだろうか。
そんな事ではないと、わかってはいる。分かっていても、そう思う。
二人は手を取り合って、何もできずに立ち尽くす私を置いて去っていく。
目が覚める。何だかひどく疲れる夢をみた。
システィーナにプロポーズするアレックスは見ていない。魔王討伐を遂げての帰路、彼は私に嬉しそうに報告してきたのだ。
「ユーリア、システィーナと結婚することになった。お前も喜んでくれるよね」
アレックスが照れ臭そうに満面の笑顔で、子犬のように駆け寄ってきて知ったのだ。まるで獲物を獲ってきたのを褒められたくて駆け寄ってきたワンコのようだった。その瞳は「褒めて褒めて」と言っているかのようで。
システィーナ、モテてたからな。いや、あの男、本当に鈍感だよな。男女の友情を信じてるのかな。私はシスティーナを他の連中の様に愛してないからって(当たり前よ)、真っ先に報告してくれたんだろうけど。
いやさぁ、ユーリアはさぁ、本当に何処が良かったんだろう、あんな男。胸の奥がざわめくが無視をする。
ベットから起き上がり、身支度を整える。そんなどうでもよい事をつらつらと思いながら。もう少し有意義な夢が見たかった。




