22 オムレツ
「契約って、2人とも従魔になったってことなの?」
サザンカが尋ねると、アレクは首を傾げる。中々に可愛い。
「そんな感じの繋がりは感じないな」
ライルがそう答えるし、私自身も従魔としてのフレアを感じない。戸惑っているとフレアが口を開く。
「違うわ。私達はここに引きずり出されたモノで、ここでの存在が確定していなかったの。言ったでしょう、縁だって」
そういえば、契約の後に発された言葉は「これで私はユーリアを縁にして此処に安定した」というものだった。従魔契約っていうのはしたことがないから、実際にどのような言葉のやり取りになるかは知らないけど、たしかに従魔としての誓いっていうのとは違うと思う。
「それじゃあ、その姿とかは私が望んだものなの?」
プルプルと二人とも首を振る。
「貴方達、私達の姿がどんなものかなんて想像していなかったでしょう。だからここにいる三人の色んな記憶から、かわいらしいものというもので構成したわ」
フレアの言い分だと、変化する時に私がドラゴンをイメージすればドラゴンになったということらしい。ところが、私もライルもまったくそういった想像をしなかったので、勝手に選択したのだそうだ。
「えー、言ってくれれば」
そう言ったら、フンって鼻であしらわれた。
「それで巨大なオムレツを想像されて食べられては堪らないわ」
あー、成る程。それが可能なことをエルザは理解していたのね。だから、私の中でオムレツとかオムライスのイメージが定着する前に説明せずにとっとと変化したわけか。
エルザに言われただけではなかったのね。それに三人っていったけどサザンカの分も入れたって事は、私がオムライスをちょっと思い浮かべたのを感じてたのかしら。ちょっと、複雑。
「まあ、いいわ。で、二人はこれからどうしたいの」
取りあえず、希望を聞いてみようと思ったのだけれど。
「え、ボクの事、見捨てるの。ここから追い出すの」
大きな瞳をウルウルしだしてアレクがじっと私の顔を見てくる。
「別に追い出すなんていっていないわ。ただ、この先したいことがあるのかどうかを聞いただけよ」
ちょっとだけオムレツを想像したこともあって、罪悪感に襲われる。食べられないからって、いくらなんでもすぐにポイッと放り出すつもりはないわよと言うと、ホッと安心したような表情になったので胸をなで下ろす。
「私達は、あなた達と一緒にいるわ。だって、邪神討伐に行くのでしょう。あれと対抗するならば、私達は有能よ」
フレアが胸を張ってそう言う。邪神討伐、ねぇ。
「フレア、邪神について知っている事があるのならば教えて。貴方の方が、アレクよりも少しだけかも知れないけれど長く一緒にいたわよね」
邪神になった素材はこの世界の根源に揺蕩うものであり、自分達はそれなのだという。何者でもなく自分という意識すらないものとして、その時まで微睡んでいたのだという。それがある男の意思を受けて引きずり出された。
「まあ、先に説明をしている部分もあるけれど、それも含めて話をするわ。私達を呼び出したその男はそんなに圧倒的な力を持っていたわけじゃなかった。それなのになぜその量を呼び出せたのかは分からないわ。でも、私、アレク、邪神と化した者という三人分? といえばいいのかしら、その分を引きずり出したの。でも、制御できなくて三分割されて邪神を形作るために行っていたのが三体分の暗黒竜でおこなっていた儀式になるの」
三人分の意識を形成できるだけの根源で微睡むものに対して、その男は一つにまとめうるだけの力がなかった。だけど三体に分けて儀式を行うことで、一つにまとめられるはずだったのだそうだ。もしも、男に見合うだけの力があれば最初っから一つとして纏まって邪神となっていただろうと。
「あなた達をこちら側へ呼び出した男は、どうなったのかしら」
「さあ、分からないわ。でも邪神になったのは、その男を縁にしているはずよ。ただ、私達とは違うと思う」
邪神のコアになった部分については、揺蕩っていたフレアやアレクと違って個を感じていたのだという。それが、どういうモノかは分からなかったらしい。だが、その個があったために、アレクもフレアも割と容易く自分というモノを確立できたのではないかとも思えるのだと。
「だから、私達よりもはっきりした自己があるのかもしれない。それならば、易々と私達を呼び出した男に従わされる事はないかもしれない。でも、ここで安定するためには呼び出した男は必要なはずよ」
「その邪神を作ろうとしていた男は、何を望んでいたんだ。そういう事はわかるか」
ライルが質問をしてきた。邪神と言ってはいるが、存在するだけでも問題を生じさせるものなのかどうかを知りたかったのかしら。
「呼び出された時に感じたのはね。欲しい人がいるのですって、その人を手に入れたい。そして世界を手に入れたい、だったかしら」
思い出すかのようにちょっと目をつむると少し俯いて考えた後に、フレアはそう答えた。アレクもその言葉に頷く。アレクは話をするのを全部フレアに任せていている。
ああ、欲しい人ね。知ってるその人。彼が執着しているのは、システィーナだわ。ものすごく分かり易く崇拝していたもの。この大陸を治めるのにシスティーナこそ相応しいなんて、言っていたぐらいだし。システィーナとともに世界をってこと?
邪神とあの男の関係性が上手く機能していれば、狙いはシスティーナということかしら。あの国に、あそこに近寄りたくはない……。
「そう言えば、アレク。潰れちゃうんじゃないかって言ってたわよね」
頷くだけのアレクに問いかける。フレアは分からないって言ったけど、アレクが潰れると言った根拠はなにかしら。
「うん。ボクらが分離して後に残って邪神というのになったのが、大きいとおもったから。でも、残った存在も成立しているみたいだから、潰れなかったのかも知れない」
そんなことも分かるのかと聞くと、存在が散ればそれが分かったはずだが今のところそんな感じがないので潰れなかったようだとも続けられた。
「そうね。逆に支配されている可能性もあるけれど、少なくとも邪神という存在には成れたと思うわ。力が拡散して失われた気配がないから」
人の姿をしていたら肩をすくめたポーズをとったかもしれない雰囲気のフレアが返す。
さて、色々と話をしたけれどお腹がすいた。話を一段落させてエルザの用意してくれた晩ご飯を食べよう。
オムレツの舌になっていたので、エルザに頼んで晩ご飯はオムレツにしてもらった。ちょっと大きめでフルフルしている奴。ニッコニッコで食べていたら、フレアとアレクの眼がちょっと潤んでこちらを見ていたのだけれど、気が付かなかったことにした。




