21 安定
『あなたたちに分かり易く言うのならば、私達はこの世界の源から抽出されたの。そこから分離させられたと言った方がいいかしら』
フレアが説明し出す。
『私達を望んだ者、召喚した者は、力不足だったらしくてね。分離させた力をそのまま邪神にするのは叶わなかったのよ』
ふんって鼻で嗤ったでしょう。凄いな、フレア。卵の状態なのになんか雰囲気がある。
『だから力が三分割されて、その上で暗黒竜の形をとって魔法陣を使って瘴気を練り上げて力をかさ増しする必要があったの。だから私達は三つの形になってたのよ』
『それでね。本当だったら、もう少し時間がかかったはずだけど同調して大きな力を形成するはずだったの。でもボクは分離したの。個体識別されてアレクになったの』
卵のアレクは胸を張ってそう言う。なんだろう、卵がプルプルしているだけなんだけど、なんとなくそんな姿が想像できてしまうっていうのは。
なにかに毒されているんじゃないかしら、そんな気がしてくる。
『そうね、最初にアレクが離れた。そして次に私ことフレアが分離した。それで最後に残った部分だけが邪神に変化するならば、それほど巨大な力を集中させなくても事は成った。本来ならばもっと時間をかけて成されることだったのだけれどね』
「じゃあ、あなた達がいなくなった分だけ邪神は弱体化したのかしら」
期待を込めて聞いてみる。
『それは、わからないわ』
あっさりとフレアに言われてしまった。
『単純な引き算ではないもの。私達が生じさせた瘴気もあのモノの力にはなっているはずだから。残って邪神になったモノがどれだけ力をつけたのかは、見てみないとなんともいえないわね』
ちょっとがっかりしてしまった。単純に三分の一なんて思っていたのだけれど、そうは問屋が卸さなかったらしい。
「聞いていいか? そもそも邪神という存在は何なんだ。この世界に害を及ぼすという事は聞いたことがあるが、具体的にはどういうことになるんだ」
ライルが二つの卵に問う。
『さあ? 邪神って人が勝手に言っているだけだもの。あの召喚した者次第じゃなくて。あれの望みと邪神と化したモノが、何をするのか決めるものでしょう。分かれた私達には関係ないわ』
『ボク達が抜けた分、あの召喚した者、望んだ者が邪神を制御できるようになったかもしれない。
でも、ボク達がボクのままだったら多分、望んだ者は潰れていたと思うけど。小さくなったけど、やっぱり無理じゃないかな』
卵がプルプル揺れる。
『さて、じゃあボク達はどうしようか。ねえ、フレア』
『そうね。何がいいかしら、アレク』
プルプル、プルプル。
『邪神になるのでしたら、今のうちに料理しますか』
エルザがサラッと聞いてくる。プルプルがブルブルになった。
『大丈夫、大丈夫です。邪神にはなりません。瘴気はもうないです。食べないで』
卵のアレクの情けない声が叫ぶ。
もしかして、この卵の調理法をエルザは知っているのかしら。ちょっと、興味をそそられる。
『役に立つわよ、私達。食べたら1回でおしまいよ。生きていたら、何度でも役に立つわ』
おお、フレアまで。もしかして、エルザ、最強説。
『仕方ないですね。では、役に立ちなさい』
エルザの無機質な声に呼応したかのように、卵2つが共鳴したかのように細かく震え、徐々に光を帯びてきた。
次の瞬間、2つの光の塊になると卵の形が変わり始める。光が収まるとそこには、銀色の毛皮をまとう子犬とプラチナブロンドの毛皮を纏う子狐がちょこんとカゴの中に座っていた。
「可愛い」
二匹をみたサザンカの口から、そんな言葉がこぼれる。
「ライル契約を。ボクの額に手を当てて魔力を流して」
子犬がライルのそばによっていってそう願う。
「ユーリア契約を」
子狐が私のそばに移動してくる。その動作もぬいぐるみが歩いているみたいで、可愛い。
願われ、魔力を渡して使い魔の契約を結ぶ。
「これでボクはライルを縁にして此処に安定した」
「これで私はユーリアを縁にして此処に安定した」
二匹が声をそろえて宣言する。この為に、アレクはライルを引き留めたのかな。
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(別視点)
やばかった。本当にやばかった。オレがオレじゃなくなるところだったんだな、きっと。
何処かわからないところで微睡んでいたら急に呼び出された、そんな感じだった。
意識がどこかぼんやりとしたままではっきりとしないままに暗黒竜となって魔法陣を刻んでいたみたいなんだが、突然一部が剥ぎ取られた感じがして。
しばらくしたら、再び剥ぎ取られて。それでオレという意識がもたらされた。
剥ぎ取られた部分は、どうなったんだろう。何かに吸収されたんだろうか。分かれたんで、よく分からん。その前までは繋がっていたんだけど。
だけどオレの把握範囲が小さくなったせいだろうか、暗黒竜から邪神になる為の儀式は急速に進むとともにオレの意識もはっきりとしだした。もしかしたら意識体となる部分が縮小したからじゃないかと思っている。
剥ぎ取られることなくあのまんまで邪神に変化していたら、オレはオレじゃなくなっていたかも。意識が茫洋としていたのは、いろんなモノが混ざっていたからなんだと思う。そういう意味じゃ、ラッキーか。
そう、オレの意識ははっきりとして、そんでもって邪神の力を手にいれたっていうわけだ。
そんで、現在。久々の肉体を手に入れて、軽く伸びをする。この男、よくこの程度でオレを支配下に置けるって思ったよな。この体、貧弱で趣味じゃない。ちょっとテコ入れしておこう。筋肉ムキムキは嫌だけど、細マッチョはかっこいいよね。調整、調整。
なんか邪神のオレを支配下にするための用意をしてたみたいだけど、何もできずにこうしてオレに肉体を明け渡してんじゃん。いや、無理だろうこの程度の従属印じゃ。こいつ、自分の力をわかってなかったんだろうな。舐めてんのかね、オレのことを。
この男の意識は使えるかもしれないんで、ちょっと封印しておくか。で、この男の記憶を探ってみる。ふ~ん。
オレ自身の前世の知識や記憶は朧気なんだが。これは多分邪神としての意識の方が強いからだろうな。でも、その中で幾つかは覚えている事がある。その覚えている部分から推察するに、これは前世で見たことのある世界だ。これってさ、異世界転生っていうんだよな。
この物語のヒロインのシスティーナって好きだったんだ。この男も好きだったから、同調率が良かったんだろうか。ふむふむ、男の記憶から考えるに、物語と同様に魔王討伐までは済んでいるようだ。
んで、次の段階の邪神討伐ね。その邪神がオレってわけか。なるほどなるほど、ってね。
この世界でシスティーナは、もうアレックスの嫁さんになっているのかぁ。なんかちょっと残念だな。
でも、オレ邪神だし。この先どうすっかなあ。
とりあえず、邪神としての役割ってなんだろう。
さて、何しよっか。




