20 ボクのパパはライルでしょう
家の前に着いた。黙って降りてライルは顔を合わせないのは、気まずかったのだろうか。
「じゃ、俺は家に帰るわ。明日、ギルドに報告に行く。もう一つの卵の事は、そちらで進めてもらって構わない」
もう夜だし、晩ごはんも携帯食だけど食べた。もう一つの卵の件はあるけれど、お茶に誘うのも気が引ける。ライルの物言いでお互いに少し離れて落ち着いたほうがいいのかも、そんな風に思ったのけど。
『え、待ってよ、ライル。もう一つの卵の件をどうするの? 』
ここに来て、空気を読まずに私が抱えていた卵のアレクが切り込んだ。
「いや、さっきも言ったけど俺がいなくてもいいだろう」
ライルは卵を見ずに答えたのだが、それについてアレクは譲らない。
『もう一つの卵、ライルも一緒にお話しなくちゃ駄目でしょう』
ライルは卵の方を怪訝な顔で見る。
「別に、俺がいなくても問題はないだろう」
そう突慳貪な言い方をするライルに叱るような口調で卵のアレクは続ける。
『何言ってるの、ライルはボク達のお父さんだよね。僕達は卵、要するに子どもでしょう。そうしたら僕達の両親は誰って言われたら、お父さんはライルで、お母さんはユリアでしょう。だって、子どもは両親の共同作業で生まれるんだから』
待って、誤解を招く言い方しないで。
「私は卵なんて産んでないわよ」
思わず叫ぶ。いえ、違う。一体どこ情報でそんなことを言い出すのよ、この卵は。慌ててアワアワと言葉を続けられないでいる私と、突然の卵の言い分にあっけにとられているライル。
『え、ボク達は二人に望まれて生まれたよね。だって、二人が関与しなければ、ボク達は卵にならなかったもの。ボクの時はまだ未知数だったかもしれない。でも、二つ目の卵は明らかに二人とも卵を生じる前提でやったよね』
言葉が出なかった。なによ、やったって。なんか違うと思うけど、どう説明すればよいのかわからない。隣でライルがクツクツと笑い出した。
「わかった。色々と物申すことは多々あるが、もう一つの卵の件の事があるから俺も一緒にいたほうがよいんだろう。どうする? もう夜だから明日の朝、もう一度俺がこちらに訪ねてから対処するというのもできるが」
ライルの言葉に返事をしたのは卵のアレクだ。
『駄目。もうずっと時間が経っているの。もう一つの卵は、もう十分休んで大丈夫だよ。早めに名前をつけてよ。ボク達の将来にかかわるのよ』
ライルは首を左右にふる。やれやれって感じだろうか。
「そうね。お茶を飲んでいってよ、ライル」
私も苦笑してライルを誘う。泣く子と地頭には勝てぬっていうしね、泣いてないけど。ライルも諦めたかのようにふっと笑った。
「そうか。一つは間に合わなかったのね」
サザンカは話を聞いて、ちょっと考え込んでいる。自分が悪いとか思っていそうだ。
「私がここに来なかったら……」
「その先を言ったら、怒るわよ。あなたの事なんて誤差の内よ。思い通りに行かなかったからって、そもそもの原因は私達じゃないでしょ」
ちょっと怒ったようにサザンカに言う。ライルもここにきて、自分がもしも同じことを言えばサザンカを追い込むことに気がついたようだ。
「そうだ。やれるだけのことはやったんだ」
サザンカを前にしては、彼にしたってそう云うしかないわよね。
『そうよ、それよりも重要なことがあるのよ』
「ハイハイ」
食卓の中央には卵のアレクをおいたカゴ。その横に同じように布引のかごを用意して、私は収納から2つ目の卵を取り出してそこへ置く。
『ふぁ~、よく寝たわ。うん、安定してるわね。あなたの収納居心地が良かったわ、褒めてあげる』
プルンっと卵が身じろぎをする。
『そうね、先ずは名前を付けてもらえるかしら。個体識別名を望むわ』
『そうだよね、ボク達はもうボクとキミだもの』
卵のアレクが合いの手を入れてくる。でもこの口調でいうと女の子かしら。そう思って聞いてみると、『そうよ』と答えが返ってくる。
『だから、ちゃんと女の子らしい名前にしてね』
ライルの方をみると肩をすくめている。女の子の名前はあまり心当たりがないようで。
『ここは、お母さんが名付けないと。ボクの名前はお父さんが付けたんだから』
卵のアレクが催促をする。お母さん、お父さんという単語にえっという顔でサザンカが私とライルを交互に見る。
「事態をややこしくしないで頂戴、アレク。あのね、どうも私とライルが暗黒竜から卵を生じさせたので、私達を両親だと認識しているみたいなの。こいつらおかしいのよ」
ちょっと最後の方は声が荒くなってはいるけれど、サザンカにそう説明した。でも、なにか言い訳じみて聞こえるような気がしないでもない。
ライルもそうだそうだと頷いてくれている。エルザは我関せずという感じで相変わらず無表情でお茶のお替わりを整えてくれている。
『ねえ、私の名前は』
ワタワタしている私達を余所に、卵が言ってくる。
「判ったわ。そうね、フレアっていうのはどうかしら」
卵がふるふるっとゆれるとまるで頷いたかのように見える。
『いいわ。今から私はフレアね』
ふんっと卵が胸を張っている幻想が見えたけれど、気のせいよね。
「あのね。あなたたちについて、もう少し説明してくれないかしら。暗黒竜になる前の事とか、これからどうしたいのかとか。それから、もし分かればアナタ達の三番目の行く末について」
とりあえず、聞きたいことを並べてみた。答えてくれるかどうかは分からないが今後の事を考えれば、聞いてみないと。
『注文が多いわね。いいわ、姉である私が答えてあげましょう』
『アレクの方が先だから、僕が兄なの、フレアは妹なの』
『違うわ。私の方が優秀だから私が姉で、アレクは弟よ』
二人というか二つの卵は言い争いを始める。一体、何を見せられているのか話がすすまない。
「わかったわ。私が決めましょう。先に出会ったのはアレクだからアレクがお兄さん。で、フレアは妹よ。妹って皆に可愛がってもらえる存在だから、お得よ」
それを聞いて、フレアはふるふるっとまた震える。
『そうね、仕方ないから妹ということにしてあげる。皆に可愛がらせてあげましょう』
あー、卵は両方とも単純なのね。癪だけどちょっとだけ可愛く思えてきた。




