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卵のアレクが、お願いしてきたのは自分と同じ卵、源の事だった。
卵のアレクが言うには、暗黒竜として活動している存在があと2体いるそうだ。まだ中身は卵と同じだそうで。
「そんな事が分かるの? 」
『わかるよ。だってボクはボクだから同じだったの。でもボクはアレクになったからボクらになったの。だからボクらになったから、彼らをあの中から出してほしい。ボクらは好んであの中に入っていたわけじゃないの』
微睡みの中、突然あの暗黒竜の中に封じられたそうだ。一体、どこで微睡んでいたのか聞いてみたけれど分からないみたい。
『うんとね、暗黒竜の中で育つと何とかになるんだって。そう、望まれたの。それでね、望んだものの力不足? とかなんとかで、全部一遍には無理なんだって。それでみっつになったみたい』
存在としては三つに分かれたがそれぞれの暗黒竜が魔法陣を描き出し、最終的には一つのなにかになるのだという。
ということは、この卵のアレクは、邪神の元なのだろうか。暗黒龍が跋扈して、その後倒されたとか何とか全然書かれてなかったのは、そういう事なの? じゃあ、今ならばまだ邪神復活の阻止に間に合うということかしら。
「何処にいるのか、分かるのか」
『うん。わかるよ。一つはね、近いの。でも、もう一つは遠いの』
卵のアレクに聞いたライルがこちらを向く。
「分かったわ。でも出かけるのは明日の午後でも良い? 絨毯はメンテナンスが必要だから。明日の午前中はメンテナンスにあてたい」
とりあえず、本日は解散。卵のアレクは、うちに置いておくことになった。いや、最初はライルに連れて行ってほしかったみたいなんだけれど、こんな大きな卵を持って歩くのは色々と問題があるでしょう。明日メンテナンスが終わったら連絡をするという約束をして、ライルは帰って行った。
本当は直ぐにでも飛んで行きたかった。それでも、中途半端なことをしてはいけないと自分にそう言い聞かす。万全の準備で挑む必要があるだろう。休息だってきちんと取るべきだ。
あと2つの暗黒竜を卵に返せば邪神は現れないですむかもしれない。そういう思いが焦燥感をあおっているのかしれない。だってそうなればアレックスや皆が、再びあの暗く厳しい戦いをしなくても済む。僅かに胸が痛む。もうアレックスには未練はないはずなのに。いや、この痛みはきっと一人だけ戦いから抜けてしまったからだ。
ダイニングテーブルの真ン中、カゴに布を敷いてその中に卵のアレクを置く。もう、こんなに会話しちゃったら収納にいれるのは躊躇ってしまう。いれられるけれども。
『お願いします、エルザ様。ボクを食べないでください。家守りのお仕事、お手伝いできますよ』
『いえ、仕事の手伝いはいりません。ですが、ライル様に免じて朝食に並べるのはやめましょう』
卵のアレクとエルザは何やらやり取りをしていた。
次の日の朝、卵は卵のままだった。果たして孵るのかしら。そんなことを思いつつ、卵を眺めながら朝ご飯を食べる。卵はご飯はいらないそう。それはそうよね。食べる口がないし、栄養は卵の中に充満しているはずだもの。
「ねぇ、あなたって卵の殻を破って生まれるの? その殻を今割ったら、中身はどうなっているのかしら」
『割らないで、割らないで。まだ中身は確定していないの。でも、殻って破るものなの? 』
「さあ、卵っていうのはそうなっていると思うけど。あなたの場合はどうなんだろう」
なんて、たわいも無い会話をしながら食事をしてたけど、ちょっと卵がふるふる震えていたのは気のせいよね。
絨毯のメンテナンスをしていたら、エルザがお昼のためのお弁当を用意してくれた。ピクニックに行くみたいにバスケットを渡される。
ライルの分もあるので大きなバスケットの中には沢山のサンドイッチ。おかずには唐揚げ、肉巻きお野菜、卵焼き。おお、腸詰めやらちいさなオムレツやら入っている。これは小さなグラタンかな。美味しそう。収納にそそくさと仕舞う。
今日のお昼はエルザのお弁当だけど、かかる日数によっては野営になるので簡単に食べられる食料も用意してもらった。現地調達できるかは未知数だけど、いざとなったら行った場所をマーキングして、そこから転移で移動して食料調達しましょう。転移距離は多少は伸びたんだけど、ここ迄帰ってこれる場所とは限らないから。
ライルに用意ができたと伝言を飛ばす。伝言魔法は、小鳥の形をとって相手のところまで飛んでいく。この家での待ち合わせを約束しているから、これでこちらに向かってくれるはず。この家は街の外れにあるから目立たずに出立できるから。
待っていると、ライルはサザンカを連れてやって来た。
「あれ、サザンカどうしたの」
「あのウィリアムが、サザンカに言い寄っていたんだ」
どうも、ウィリアムは浮気相手と上手くいかなくなったらしくて、サザンカとよりを戻したいと迫ってきたらしいのだ。丁度、ライルがギルドに顔を出した時に揉めていたらしい。
「それで、しばらくサザンカをここで匿ってもらえないかと思って連れてきたんだ。ここならエルザがいるだろう」
「分かったわ。サザンカ中へ入って」
引っ叩かれたのか、頬が腫れている。あの野郎、なんて奴だと腹が立つが、先に治療だ。
治癒魔法士は自分の傷を自分で診るのは不得意だ。だから完全には治癒し切れていないのだろう。椅子に座ってもらって、湿布を貼る。私に治癒魔法は使えないから。雷針を使った治療は、外傷には向かない。古傷の後遺症とかなら有用なんだけどね。
「これで大丈夫よ」
なんて声をかけて良いのか分からないが、さっきから一言も話さないサザンカに何か言わなきゃと思って、声をかけた。
「この湿布は効能高いから、すぐ良くなるわ。大丈夫よ」
サザンカは黙ったままで、ポロポロと大粒の涙が溢れだす。彼女が落ち着くまで、手を握った。