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「で、暗黒竜は引き返したと」
ギルドマスターが疲れた顔をしている。そりゃそうだろう。先の報告で暗黒竜が街へ向かっているという事から避難勧告と避難準備に取りかかっていたのだから。気が抜けたのかもしれない。
「方向を変えて、奥へ戻ったとそのまま伝えればいいだろう。あれが何を考えているかなんて、オレらには判らん。他の連中に確認してもらってもいいけどな。
依頼があれば俺達もしばらくは継続して動向を調べる。とはいっても、森の周辺で張り込んで戻ってこないことを確認するぐらいだと思う。戻ってこないにこしたことはないが」
そんな報告をするライルに、苦虫をかみつぶしたような表情をするギルドマスター。
「そうだな。依頼を出す。一週間ぐらい様子を見てくれ。それから、半年間ぐらいは月一で周回してくれるか」
「分かった」
ギルド内ではそんなやり取りとなった。
家への帰り道、ライルは送ってくれると言って側にいる。二人とも殆ど話をしないままだ。どちらかといえば、私が何も話さないからだけど。
矢で射られた時に起こった出来事が頭を過ぎる。私は少し混乱したままで、ライルはずっと考え込んでいる気がする。ギルドでも私は殆ど口を開いていない。それで私の事を心配してくれた性だろうか、気遣わしげにこちらをみてくるライル。
「飯、食わせてくれないか?」
そう聞いたのは、目当てがエルザのご飯だったのかどうか。
エルザはご飯の用意をして待っていてくれた。テーブルの上には、オムライスにサラダ、コーンポタージュと小魚の甘酢漬け。オムライスの中身はチキンライス。やっぱりオムライスの中身はケチャップのチキンライスが正義だと思う。そんなバカなことをツラツラと考える。お腹がくちくなるとなんだか落ち着いてきた。
ライルが、放った7本の矢は瘴気の纏にできた穴の部分に突き刺さり、暗黒竜が絶叫を上げた。次の瞬間、瘴気が光の粒に飲み込まれて、消えたのだ。昏い瘴気が光を放って消えたのではない。何処からか光の粒が降り注ぎ、瘴気を消し去ったのだ。
その光は、暗黒竜から発せられたのではないかと、思う、多分。矢を受け瘴気の纏を脱いだ暗黒竜は、その場で光り輝いていたからだ。
そして、周囲が浄化され暗黒竜が消えた。正確には暗黒竜だったらしいものは残った。白銀に輝く大きな卵だ。20センチぐらいの高さだろうか。ダチョウの卵ぐらいかな? それがふわっと浮いていたかと思うと下に落ちていく。
慌ててアポートでその卵を受け止めてしまった。鑑定もスキャニングも何も役に立たない。でも、多分何かの卵だと思う。瘴気などに穢された気配は一切無く、どちらかといえば清浄な雰囲気を纏っている。
「なんなのかしら、これ。たまご?」
思わず卵を眺めながらそう口にしたが、答えが返ってくるとも思っていない。ライルも首を傾げるばかりだ。
さて、原作では暗黒竜はどうなったんだっけか。こんな卵、出てきたっけか。ツラツラと考えたのだが、卵に関しては何も出てこない。そう、ずっと小説の内容について考えていたのだ。
「そういえば卵、大丈夫か」
ライルに言われて、収納から取り出しテーブルの上に。
「君の収納って生き物も入れられるんだ」
きょとんとする。
「え、生き物は収納にいれるのは駄目よ。当たり前じゃない。でも、これ卵だもん。卵は食品だから」
エルザの目がキラリと光る。そうよねえ、これだけ大きいと食べがいがありそう。ダチョウの卵って卵焼き30人前って話を聞いたことがある。
「今のセリフ、卵がちょっとビビった気がする。俺もちょっと引くぞ」
ライルが、気の毒そうな目線で卵を見る。
「やだなあ、ライルったら。卵の中身はまだ黄身と白身でしょ。そんな話したって、気にしないわよ」
ケラケラ笑ったら、確かに卵がふるっと震えた気がした。気の所為、よね。
『卵、何にしますか?』
エルザがちょっと嬉しそうに私に問いかけて、そっと卵にふれると。卵がブルブルと本当に震えだした。
『お願い、ボクを食べないで』
卵から切羽詰まったような声が聞こえたような気がする。ん? 首をかしげてライルを見るとライルの眉間にシワが寄っている。
「ライルにも聞こえた?」
ライルが頷いて、エルザも合わせて三人で卵を見つめる。
『ボク、生きてる。話も聞こえているの。お願い、食べないで』
「君は何者だ」
冷静にライルが卵に尋ねる。なにかちょっと不思議な光景だ。
『ボクは、ボクだよ。ボクはまだ何者でもないの』
「何者でもない。どうやって何になるのか、いつ決まるんだ」
卵がプルプルと震える。
『ボクが生まれる時。周りの状況で決まる。ボクは源だから』
原作ではこんな話は知らない。だって、暗黒竜は暗黒竜で各地で魔法陣を形成して邪神を蘇らせるんじゃなかったけ? いや違う。あの神官がなんかやってすでに邪神は蘇っているはず。ただ、今のこの世界では力が足りない状況だったはず。
それで邪神に力を注ぐために、暗黒竜は魔法陣を描いているという設定だったような……。でも暗黒竜の中身? がこんな卵だったなんて聞いてない。いや、誰も言っていないけど。
小説の中では確か、暗黒竜が瘴気で魔法陣を描いたってぐらいしか書いてなかったような。そういえば、あれって誰か倒していたのかな。瘴気で成した魔法陣はシスティーナが浄化したんだ、よ、ね、きっと。そういえば、暗黒竜と対決するシーンてなかった。あったら、覚えているはずだよね。自信はないけど。
卵のことで私が混乱している脇で、卵とライルは何やら話をしている。その傍らでエルザは、どうやら調理できないと判断したのかちょっと残念そうな表情をしている。




