12
8月5日 すみません。本編の内容の大幅な変更ではないですが、後半に関して少し書き直しをしました。
暗黒竜から十分に距離を取る。今後の行動を決めるために。
「あの行動の意味が分かるか? 何故あれはあんなにゆっくりとおかしな歩き方をしてるんだろう」
ライルは、最初にそう聞いてきた。それはそうだろう、知らない人間にしてみれば、奇妙な動きだもの。瘴気の流れだって、普通は見えない。
「あれは多分、儀式めいたものと言えるかしら」
私はあの動きと瘴気の流れを説明し、大地を瘴気で満たすための動きだろうという話をした。なんのためにそんなことをしているかについては、分からないとして。そうなのよ、暗黒竜が邪神の先触れだという事ははっきりと知られていない事だったと思ったから、その点は伏せた。
「ユリア、君は瘴気が見えるのか」
ちょっと驚いたように言われた。
「えーっと、視えるというのとはちょっと違うかな。あれだけ濃いと感じる事が出来るっていうものかしらね」
周囲が少し黒みがかって歪んでいるように感じられるのだ。多分、聖女だったら、知覚できるんじゃないかな。システィーナが前にそんな事を言っていた気がする。
「じゃあ、早々にあれを何とかしたほうがよいのでは」
眉をひそめてライルはそう呟いた。何やらブツブツと考え込んでいるようだ。
「あれの速度を考えると、街に到着するにはまだ時間があると思うわ。そうね、多分3日から5日ぐらいかな。飛ぶなり、走るなりすれば直ぐの距離ではあるけど、ずっとあんな風にゆっくりと動いているならばそんなもんじゃないかしら。
早く報告して、街の人達を避難させたほうがいいんじゃない」
そう私は言ったんだけど、ライルは考え込んだままだ。少し間を置いて、ライルがゆるりとこちらを向く。
「二手に分かれよう。君は報告に行ってくれ。俺は残る。できればあれの近くに降ろしてくれないか」
と、とんでもない事を言い出した。私は慌ててライルをとめる。
「駄目よ。あれの近くで何をするつもり! 報告は2人一緒よ」
「いや、あれは大地に瘴気を刻みつけているんだろう。なら、そちらに集中しているうちに、何とかしたほうがいいんじゃないか」
無茶苦茶な事を言い出した。何がなんとかするよ、阿呆じゃないの。あんなの一人でどうこうできるわけ無いでしょうに。
「大地からは離れられないのだろう。動きも制限されている。やるなら、今だろう」
それは否定しない。だけれども、問題はそこではないのだ。
「安全距離はとったし、この絨毯を中心に結界を張ったから気が付かなかったかもしれないけど。あれの周囲は瘴気まみれなのよ。下手に近づいたら身体が穢れてそれだけでお終いよ」
「分かってるよ。それでも、瘴気が濃いのは後方でなければ多分周囲5~6mの範囲ぐらいだろう」
ライルはちゃんと観察していたのか。暗黒竜が近づけば森の木々が黒くしなびて枯れているところから、そう判断したのだろう。彼の者が移動してきた道筋も黒く染まってしまっている。
「直接的に影響が強くなるって範囲はね。でも、その周辺そうね10mほどは、薄くとも瘴気の影響を受ける範囲になるわ」
魔力の流れを視る能力では瘴気も捉える事ができるようで、その影響範囲と強度がなんとなく判断が付く。スキャニングや鑑定でその瘴気が魔法や武器を寄せ付けない鎧の働きをしていることも分かった。だから、ライルがいくら強かろうが、このままで斬りかかったとしても無理だと説明をした。近づいただけで何もすることができずに瘴気に穢されて命が絶えるだけだと。
話を聞いて暫く考え込んだライルが口を開く。
「なあ、俺にしてくれた治療法あるよな。あれ、逆に使えないか? その瘴気の流れを読み取って、雷針を打ち込んで孔を開けたりすることはできないか。そうすれば、攻撃が通るだろう」
そんなこと、考えたことも無かった。そう言えば、昔のマンガで「あたたたた!」とかやって、秘孔だかなんだかをついて人体破壊してたわね。自分がスコルピオンにやったことを思い出して、ちょっと遠い目になってしまった。
「もう少し良く視てみないとはっきりとは言えない。それでも、近づくことはできないわよ。斬りかかるのは無理」
私が言うと、ライルがニヤリと笑って答えた。
「できる可能性があるんだな。距離としてはさっき近づいたのは60m位だったよな。そのくらいまでは近づけるということだな。
では、一旦戻るか。報告して、必要なものを取りに行こう」
ギルドに戻ると暗黒竜についての報告を行う。
「わかった。この街の方向に向かっているのは間違いないんだな。では、避難勧告を出そう。それから、もう少し観察を定期的に続けてもらえるか。こちらに来る速度などが変わるかもしれないのだろう」
ギルドマスターがそう言ったが、ライルは首を振る。
「そうだな。引き受けよう。食事をして休んでから、もう一度向かう」
ライルがそう伝え、私も頷いた。
「とりあえず、腹ごなしをして少し休んだらまた絨毯を頼めるか。ユリアの調子はどうだ、大丈夫か。なんだったら、すこし睡眠をとってからにするか」
「そうね。軽く睡眠をとらせてもらうと有り難いわ。体調を整えてから向かった方がいいと思う」
そんな話をしながら家の前に着いた。帰ろうとしていたライルを止めたのはエルザだった。食事の用意ができているので、食べていけということらしい。相変わらずそつの無い家守だ。ライルとほぼ無言で食事をする。エルザが用意してくれたクリームシチューとサンドイッチはあっと言う間になくなった。思っていた以上に二人ともお腹がすいていたのかもしれない。ライルは苦笑いをする。
「ご馳走様。それじゃあ、6時間後に迎えに来る」
迎えに来たライルの格好はいつもとは少し違っていた。腰に剣を佩いてはいたが、左手には布に包まれた1メートルほどの細長い筒状の物をもっている。
「それはなんなの? 」
「ああ、近距離戦の斬ったりはったりが駄目なんだろう。だったら、遠距離だろう。弓で射貫く」
どうやら、あの細長い筒の中身は弓のようだ。




