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1 その後の物語が始まる

 はらはらと涙が流れる。心の中で、涙が流れる。


 今日は、アレックスとシスティーナの結婚における国民向けの披露宴があった。

 馴染みの店、カウンターで一人飲んでいる。周囲はお祝いムード一色だ。

「英雄アレックスと聖女システィーナ様に乾杯‼ 」

「いや、お似合いの二人だったよな」


 話題は、今日のパレードの二人だ。確かにお似合いの二人よ。私はパレード、見てないけど。

 アレックスは私の幼馴染だ。

 片田舎で育った私たち。ある日、王都から来た騎士団によって才能が見いだされた。二人して王都にやってこれたのは嬉しかった。アレックスは剣技を極め、私は魔法を磨いた。そして、聖女である王女様達とパーティを組んで、魔王討伐の旅に出た。


 無事に討伐を終えて戻ってきたのが半年前。英雄となったアレックスは、共に戦ってきた聖女でもある王女様と婚約し、結婚ってわけだ。大出世よね。


 私は攻撃魔法が中心で、癒しは全くダメだった。何度も死にかけたアレックスを助けたのは、聖女様だ。それがアレックスの心をつかんだのだろうか。

私が攻撃魔法で敵を穿ち、味方にバフをかけ相手を打ち滅ぼすよりも、治癒魔法ができた方がよかったのだろうか。


 そんな単純な問題ではないことは、分かっている。アレックスは私のことを、仲間としか見ていなかったのだから。私は彼の望むように振舞っていた。その結果が、今日だ。


「どうした、ユーリア。こんなところで。まあ、いっぱいおごらせろよ」

 元パーティメンバーのスコルピオンが金色の液体の入ったカクテルグラスを私に差し出す。

「これ飲んで、今日はもう帰れ」

 優しげな言葉でささやく。


 女ったらしのスコルピオン。短い銀髪に榛色の瞳、甘いマスクで女性に人気だ。索敵能力に長け、細かなところに気が付くため、パーティでは細々とした役割を担っていた。彼のおかげでパーティが上手く機能して、討伐の旅もスムースにいったといっても過言ではないだろう。そう、有能ではあるんだけどねえ。女にだらしがない、その一点が玉に瑕。


 黄金色のカクテルが灯に照らされる。蕩ける様に美しく。そのカクテルに伸ばそうとしていた手が止まる。


 突然のデジャヴュ。このカクテルグラスに覚えがある。そうだ、このカクテルをあおって、ちょっと足元がおぼつかなくなったので、こいつに送ってもらう。で、一晩を過ごすのよ。


 それから口説かれて、結局この男と結婚する。だけどそのあとがいただけない。最初はね、優しかったのよ。他の女にはしばらくは手を出さなかった。でもね、やっぱりこいつは女ったらし。


 優しい言葉を囁いてはくれるけれど私の金で遊び惚けて、あちこちつまみ食いをする。私はアレックスを忘れたいから、こいつに貢いじゃうのよね。こいつはこいつで聖女様が忘れられなくて、彼女の面影を感じる女性がいると、口説いちゃうという。病気かしら、ねえ。まあ、それでもそんなこんなを経て、ある程度上手くいくようになるみたいだけど。


 なんでこんなことが浮かぶのかよくわからないけど、少し頭が冷静になってきた。

 そうね、割とこいつ、前から私に粉掛けてきてたわ。私だけじゃなくて、聖女様以外には手あたり次第だった気もするけど。私がアレックス一筋なのも知っていたから、打ちひしがれている今が絶好の機会だということなのかな。


 グラスの中身を鑑定してみる。何が入っているのかしら? あらあらあら。なんということでしょう。媚薬が混入されているわ。成程、いくら気が弱っているといったって、そうそうこいつに身を任せるはずが、ないわよね。


 私は指先をそのカクテルグラスに向ける。シュワッという音を僅かに立ててグラスの中身が蒸発する。我ながらほれぼれする魔力制御ね。アレックスの役に立ちたくて、ここまで極めたのよね。私ってばバカかも。

「そうね、もう帰るわ。ご馳走様」

 立ち上がると、スコルピオンは私の腕をつかむ。


「送っていくよ。足元危ないだろう」

 あらら、諦められないのね。それほど人肌が恋しいのならば娼館にでも行けばいいのに。

「放してくれないかしら」

「いや、心配なんだ。近くまででも」


 冷たく言ったが、聞き分けのない子のようなスコルピオン。一つため息をつくと私をつかむ腕に、もう片方の手をのせる。彼の顔が微笑みを浮かべたのは、一瞬だけ。

彼は慌てて、私の腕を放す。指先から軽い電撃を彼の全身に走らせたからね。ついでに、ちょっといたずらもした。

これでしばらくは女が抱けないだろう。


「ほら。大丈夫、でしょう」

 いたずらっぽくにっこりと笑って見せる。スコルピオンは何も言えなくなっている。そう、彼よりも私の方が強いのを思い出したのかしら。


 でも不思議、私ってば体の構造なんて詳しくはわからなかったはずなのに。今度は自分の身体を探って酔いを飛ばす。とりあえず家に帰ろう。


 家には、家守のエルザが待っている。家精霊のエルザが気に入ったからこの家を買った。エルザのことは元パーティメンバーぐらいしか知らない。そうね、私が正気だったら、エルザがスコルピオンを中には入れなかっただろう。

「エルザ、ただいま」

 玄関の前に立つと、微笑みを浮かべたエルザがドアを開けてくれた。ダイニングテーブルにつくと、温かい紅茶が出てくる。


「何か軽くつまめるものがあるかしら」

 彼女はテーブルにシチューとパン、オムレツの用意を。小さなキッシュとかピンチョスとか何かそういうものを出してくれると思っていたんだけど。そう思いながらもシチューを口にすると、するすると食べてしまう。


 テーブルにあった料理をすべて食べきって気が付いた。今日は食欲がわかなくて、お酒ぐらいしかお腹に入れてなかったと。しっかりと食べるとなんだか気分が落ち着く。さすがはエルザ。


 そうだ、あの酒場での感覚はなんだったのだろう。あの予知のような感覚と、自分や相手の身体が読み取れる感覚。私には予知能力なんてないし、治癒に関する能力もない。まあ、自分に関しては治癒した感じで、スコルピオンに関しては不能にしたからデバフみたいな感じだけど。


 ちょっと考えてやめた。お風呂の用意ができたと呼びに来たエルザに応え、そのままお風呂に入って寝てしまおう。

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