職安のカミサマ
その魂魄は、逸れていた。
本来の道を外れ、彷徨い、蒸散するか摩滅するはずだった。
だが、生前の意識に沿えば「肉体が死んだ自認もなく、自ら退場を選んだ覚悟もなく、命を終えた実感もない」魂魄であったが故に、本能的に生命活動を繰り返し、生き続け、蠢き、流れ。
──あらやだ、この子何処から来たの?
ぼろぼろの仔猫のように、何者かに拾われた。
何者かの上位存在は命じた。
──うちの子じゃありません、うちでは育てられません。
──でもこの子、こんなでもまだ「生きてる」のに! 何処から来たかも分からないのに!
反発し、その魂魄を抱き締める何者かに、上位存在は言葉を続ける。
──ですから、元気になったら預り所へ連れていくのよ。休ませて、洗って、何かを食べさせて、きちんとひとりで生きていけるようになったら、手を離して見送るのよ?
そうやって野良魂魄──彼女は、最初に辿り着いた「恩人」たちに、無茶苦茶、良くしてもらった。
ぼろぼろだった頃から、摂理や魔法体系を寝物語に聞かされ──低次元の下位存在の魂だったせいで、受け止めきれずにしょっちゅうパンクして弾けまくっては修復された──、神聖物質で磨かれピカピカにされて。
得体の知れない宇宙物質をモシャモシャしてたせいでピーピーだった腹具合も神の雫とやらで治され。
元気に亜光速移動ができるようになったからもう大丈夫ね、と。
色んな野良魂魄を預かり様子を見る「地球型施設」へ、預けられた。
──あたしのこと、忘れないでね。大好きよ。
拾い主である何者かと上位存在は、泣きながらそう言って手を振り、彼女と別れたのだ。
お陰で彼女の魂魄は、ピッカピカの安全保障付きだった。
どこの異次元世界へ行っても神仏や管理存在にはなれる大きさだし、世界設定や摂理の改変も苦にならない。
自らの肉体をゼロから構築することも、マニュアルに沿って生物進化を促すことも、ちょいと壊れた世界を無に帰すこともできる。
問題は、仕事先が見付からないことだった。
所謂「神様の椅子」は、全部埋まっていたのだ。その時点では。
「悪魔や邪神や破壊魔ねえ……、いやあ、君だとちょっとパワーバランスがねえ」
「あの、二桁違いならいけると思うんです。こう、出力をセーヴして。ニンゲンだった頃は表に出ないまつり縫いが上手かったんです私」
こう、糸と糸の間に針を通してチクチクっと、とジェスチャー込みで彼女はアピールしてみるが、職員からはため息が返される。
「いやねえ、君のサイズだとその針先で正規神がぷちっとお亡くなりになっちゃうの。この求人元、全部」
「そんなあ」
初日に雇用主を消滅させかねない新人は斡旋できない、と求人表は彼女から回収される。折角朝イチで貼り出された正規雇用表をゲットしたのにぃ、と肩を落とす彼女に、職員は同情した。
「ここでちゃんとバイトはしてるなら、無理に探さなくてもいいんじゃない?」
「でも複数次元『世界』のかけもちって、日当がバラバラなんですよぅ! 夜ばっかだし! 社保と固定給と有給がある正規がいいんですよぅ! カミサマたちを安心させたいんですよぅ! 恩返しがしたいんですぅぅぅ!」
安定と体面と社会貢献ー、と喚く彼女を、職員は取り抑える。
「うんうん、その気持ちは立派だけどね、暴れない暴れない。うっかり何処かの低次元世界で大災害になっちゃうからホラ」
「うそだー! この『施設』の次元境界はそんなヤワじゃないはずですー!」
「強度的にはそうだけどね、浸透圧の関係であれこれ漏れることがなきにしもあらずで」
「……複数『世界』への影響が出るほど検出されないはずですよね。この一万年は安全基準範囲内ってニュースで」
「なんだけどねえ、ホラ、君みたいに野良魂魄が影響受けてるんじゃないかってこの前学会発表があって」
「えー、じゃあそこのカラオケの補強工事って、それですかー」
「うん、まだ仮説の段階だけど、敏感な企業は動いてる」
途中から内緒話のトーンになった二人は、ため息をつく。
「……『施設』内の建設業の求人増えそうなのに……、私は駄目なんですよね」
「下位存在の仕事を上位存在が取り上げるのは禁止ですから」
「うえーん、逆位階ハラスメントだー!」
「いえ、嫌がらせでなくルールです」
軋るパイプ椅子が不機嫌な彼女の「重圧」に耐えかねて、端から塵になっていく。
口を尖らせる彼女に、職員は嘆息した。
この「施設」は、時空の迷子──謂わば保護動物の預かり所のような場所なのだ。
怪獣が連れてきた恐竜に、犬猫同等の扱いを求められても、どうしようもないのだ。正直、めっちゃ困るのだ。
せめて「拾った直後の野良魂魄」状態なら、こう、コンパクトサイズの精霊に転換して色んな世界からの求人数多、となったのだが。
無意識の位階ハラスメントって怖ぇ、と口には出さず。
職員は懲りずにこの職安に通い続ける、複数世界の夢の補神を、どう追い払おうかと考えはじめた。
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