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ハズレスキル【水やり】の俺は落ちこぼれクラスに配属されました~実は才能を開花させるチートスキルだったので落ちこぼれ達の才能を開花させて最強のクラスを目指します!~

作者: 翠川ヤサメ

 ありのまま目の前の状況を説明しよう。


 空は黄金色に染まっていて、西日が影法師を細長く地面に映し出す頃。

 場所は校舎裏の日陰に設置された人気のない花壇の前だ。


 そこにいるのは掌から水を放出する俺と、濡れた布が肌にぴっちりと張り付いてしまっているクラスメイトの女の子。


 女の子はへたり込み両腕を抱えて身を震わせている。

 寒さで震えているのではない。寧ろ気温的には初夏を思わせるほどの暖かさだ。


 そして時折


「――ぅんっ……なんか…………くるっ……! きちゃい……ますっ」


 などと、まるで美少女ゲームのムフフなシーンにでも出てきそうな嬌声を上げるのだ。


 状況説明、終わり。何故こんなことになっているのか。

 君にはわからないだろうが、安心してほしい。何故なら俺にもわからないからだ。


 ――と、架空の相手に話しかけてしまうくらいには混乱しています。


 落ち着いて、こうなる直前の出来事を思い返してみる。


 放課後、ここ数日日課になりつつあった花壇の水やりをしていた。

 まだ発芽前だけれど、いつか開花して綺麗に咲き乱れる花々を想像しながら。

 鼻歌を歌っていたかもしれない。


 そんな能天気な俺の背後に彼女はいつの間にか居た。

 突然声をかけられたものだから驚いて、振り向きざまに出したままの水がかかってしまったのだ。


 だから彼女の服が濡れていて、下着が透けてしまっていることまでは理解できる。

 そこまではいい。いや、よくはないけど。


「あっ……! んくぅっ!」


 問題はそれ。もう言葉を濁さずに言うけど、何故いきなり絶頂を迎えようとしているのだろうか。

 わけがわからないよ。


 わけがわからないけれど、このままでは非常にまずい。


 この状況を誰かに見られでもしたら、俺が彼女に何かしたみたいに思われてしまう。

 まだこの世界に来て日も浅いのに変な噂を立てられるのだけは勘弁していただきたい。


 なので俺はこの状況を収束させるため、悶える彼女に声をかけることにした。


「水、かけちゃってごめん。大丈夫、そう?」

「んあっ! あっ熱いの……っ、奥から……あっくぅっ!」

「だよね! 大丈夫じゃないよね! ごめんね!」


 大きく体を跳ねらせる彼女を見て、俺は慌てて背を向けた。

 さっきまでは状況把握に精一杯でまじまじと見てしまっていたけれど、よくよく考えればまじまじと見ていいものではない。


 そういう関係性ならまだしも彼女はただのクラスメイトだ。

 彼女もこんなところ、俺なんかに見られたくないに決まっている。


 もういっそのことこの場を去ってしまおうか。

 そう思ったのだけど、いくら人気のない場所とはいえ誰かがやって来てしまう可能性はある。彼女もそれは望まないはずだ。


 校舎裏に繋がる道は一本だから、ことが終わるまでそこで見張りでもしようか。

 そんなことを考えていた時だった。


「あっあっあっ……! ダメダメダメダメきちゃうきちゃうきちゃうきちゃう……! あっ――――――――――っ!」


 どうやら、ことが済んだらしい。


 立ち去ろうか振り返ろうか迷った。

 終わったのなら誰かに見られても問題ないだろうし、彼女が冷静になった時に見られたことを責められても困る。でも、俺に何か用があったみたいだし、何が起きていたのかを説明してほしいという思いもある。


 俺は迷った挙句、振り返ることにした。


「はぁ……ふぅ……ん」


 彼女はへたり込んだまま、顔をだらんと垂らして呼吸を整えている。

 少し待って、声をかけようとして


「あの――」


 突然、視界にステータス画面が表示された。


 これはこの世界では誰もが使える生活補助機能だ。そこには本来、自分の使えるスキルや細かなパラメーターが表示されるのだが。


 今、そのステータス画面に表示されているのはこのような文面だった。


『スキル【水やり】によって、対象【ハルシャ・マム】の才能が開花されました。対象は開花に伴い、各種パラメーターの上昇及び以下のスキルを昇華・獲得します』


 スクロールするとパラメーター詳細と数種類のスキル名が表示される。


 【ハルシャ・マム】


 《各種パラメーター上昇値》


 攻撃値 70  →  125 

 耐久値 56  →  88  

 体力値 28  →  102 

 魔力値 75  →  137 

 俊敏値 153 →  285 


《昇華スキル》


 【浮力】→【天翼】


《獲得スキル》


 【風属性強化】【毒無効】

 【温度操作】【翼撃】【蛇眼】


「なんだこれ」


 意味が分からなかった。

 もしこのステータスの情報が本当だとするならばとんでもない事態だ。

 

 一般的な人間のパラメーター平均はそれぞれ100程度と聞いた。それに全てにおいて俺以上。

 昇華スキルなんて聞いたことがないし、追加で5つもスキルを獲得していることになる。


 先の文面を信じるのであれば、俺のスキルである【水やり】が原因でこうなった、のか?


 いやしかし、スキル【水やり】の詳細には「開花させる」とだけ記載されていたはずだ。

 だから俺は水やりというネーミングも相まって、花を咲かせる能力だと思っていたのだが。


「もしかしてこれ、とんでもないスキルだったりする?」


 俺の独り言に、彼女は吐息を漏らすだけだった。


***


 花巻咲華世(ハナマキサカセ)とは俺の珍妙なフルネームである。

 字面だけを見れば乙女ゲームにでも出てきそうな気もするが、実際の俺は凡庸だ。


 身長はギリギリ170センチで平均体重をキープ。


 成績は見栄を張って上の下。


 クラスカーストは自称中の中。


 容姿は盛って中の上……垂れ眉吊り目だからか、よくクラスの女子に「花巻君って優しそうだよね」って言われるし。ツーブロック似合いそうって言われてそうしたし。多分、妥当な自己評価……であって欲しい。


 趣味は小説執筆などの創作活動や家の花壇の手入れで、どちらかと言えば陰キャ寄りのものが多いと思う。


 そんなヲタク趣味を全開にしているにも関わらず、クラスカーストが自称中の中である理由。それは俺が敵を作らないように立ち回る性格だからだ。とはいえ、相手に対して遜るのではなく、あくまでも対等に振る舞うよう努めている。


 だから基本的にクラスでは『良いやつ』だと思われているはずだ。


 と、そんなわけで俺という人間はクラスでは敵も少なく友達もいて十分充実した毎日を送っている。

 いや、送っていたのである。


 その日は本当に特別なことなんて何もない、いつも通りの平凡な一日のはずだった。


 窓際の最後尾、所謂主人公席から窓越しに見える紅葉(こうよう)を眺めながら。

 もう秋か、なんて時の流れの速さを実感していて。


 時刻は昼休み明けの五限、担任の藤原浩伸(フジワラヒロノブ)先生が担当する現代文の授業中である。


 四限が体育で食後に現代文。それに静かで眠くなる声色の藤原先生の授業ということもあり、急激に眠気が襲ってきた。


「現代文は必ず文章の中に答えがあります。来年から皆さんは受験生なので、この科目は点数を取るべき科目であって――」


 先生が淡々と話を続けているが、全く内容が頭に入ってこない。

 眼輪筋(がんりんきん)に力を入れて抗うも瞼の重さには敵わず、間もなく眠りに付きそうで。


 どうにか仲間がいないかと半目で隣の席の友人を見ると、そいつもやはり舟をこいでいた。

 仲間がいる。俺だけが授業中に寝ているわけではない。


 そんな有体な言い訳を自分に言い聞かせ、完全に目を閉じ切った。

 恐らく半数以上が寝ているであろう状況においても、先生は特に叱りもせずに授業を続ける。


「――というわけで、現代文がいかに重要な――――――――いただけたかと思います。しかしながら、これらは全て無――――です。現代文だけではありません、これまで皆さんが学んで――――――養が無意味なのです。何故ならこの世界――――、――――はこれから――」


 長々と何かを話していることはわかる。しかし、どう頑張っても内容が頭に入ることはない。そのまま俺は、気持ちの良い眠りへと沈んでいって――


***


 目が覚めて最初に映った光景は普段通りだった。

 隣の席で机に突っ伏し、だらしなく涎を垂らしている友人。そしてその背後にもクラスメイトが確認できる。


 未だ微睡(まどろ)む視界を擦りながら顔を上げると、藤原先生が座して教科書に目を通していることがわかった。


 だいぶ熟睡してしまった気がしたが、どうやらまだ現代文の授業中らしい。

 先生が座っているということは自習か課題か、それともミニテストか?


 なんにせよ目が覚めたのだから授業に参加しよう。と、周囲から情報を得ようとしたのだが、それは無意味に終わった。


 何故ならクラスメイト全員が寝ているか、俺と同じようにきょろきょろと視線を彷徨わせていたからだ。


 しかし、そんな状況の中でも先生は何も言わない。

 呆れて授業を放棄したのか、俺たちが起きるのを待って説教をするつもりなのか。


 先生の意図はさっぱりだ。一瞬、声を掛けるべきか迷った。ただまあ、その役割は教卓の目の前の席であたふたしている委員長の松川保奈美が買ってくれるだろう。


 俺は思考を放棄し、徐に窓の外の景色に視線を向けて。


「……は?」


 そこで初めて違和感を覚えた。


 だってそこには、紅葉が広がっていたはずだから。

 紅葉が煉瓦色の街並みに変わっているなんて、普通信じられないだろう。


 創作ではないのだから「これは夢か?」なんて面倒な確認はせずとも、現実であることは確かだけど。だからこそ頭が混乱する。


 まいったな……わけがわからないぞ。


「ふわぁ~あ。やっべ、寝てたぁ。すまねぇサカセ、今どこ?」


 混乱の最中、不意に横からあくび交じりの声が聞こえてきた。


 どうやらさっきまで眠りこけていた親友の桜井隼太が目を覚ましたようだ。

 ただ、俺の視線は外の街並みに釘付けで、振り向くことなく口だけを開いた。


「なんか、やばいかも」


 思考が纏まらず語彙力が壊滅してしまう。

 まあ言葉での説明は不要だろう。


「はぁ? やばいってなんだよやばいって」

「見ればわかるよ」


 呆然としたまま、隼太に外を見るように促した。

 一応授業中だがそんなことこの状況においては大した問題ではない。


 隼太はただ単純に寝ぼけているだけだろうが、気にせず立ち上がって外を眺めた。


「ん? 外になんかあんのかって――なんじゃこりゃ」

「な? やばいだろ?」

「あ、ああ。これは確かにやばい」


 そう言った隼太は目を点にして、空いた口が塞がっていない。


 徐に振り返ると、いつからかクラスメイト達も窓側に集まっていた。

 ある者は俺たち同じように呆然と立ち尽くし、またある者は「どこだよここ!」「なんなの!?」「夢? 夢だよね!」等と十人十色の反応を示している。


 あっという間に教室は混乱の渦とかした。ただ、まだ上手く現実を呑み込めていないのか、取り乱すものや廊下に出ていこうとするものはいないようだ。


 俺も焦る気持ちはあるが、自分だけじゃないと思うと少し落ち着いてくる。

 一旦状況を整理しようか――そう思った時だった。


 バンッ! 


 と何かを叩きつけるような大きな音がして、教室が静まり返る。

 全員がその音のした方向を向くと、いつの間にか先生が教卓の前に立っていた。


「皆さん、まだ授業は終わっていませんよ。席についてください」


 先生はひどく冷静に、淡々とそう述べた。

 この状況にまるで違和感を抱いていないのか? 少なくとも、焦っているような素振りはない。いつも通りに見える。


 そんな先生の異常性に、クラス内カースト一位の小西悠平が異を唱えた。

 彼は文武両道や才色兼備と言った言葉がよく似合う、このクラスの実質的なリーダーである。


「先生は気づいておられないのですか? この状況は明らかに異常です。授業どころでは――」

「いいから席につきなさい!!!!」


 びっくりしたぁ。

 小西の発言を遮って先生が怒声を上げたのだ。


 藤原先生が怒鳴るところなんて初めて見た。俺もクラスメイト達も動揺で二の句が継げない。

 小西もまさかあの藤原先生に怒鳴られるとは思わなかったのだろう。何も言え返せずに席に着いた。


 そんな彼に倣い、俺たちも席に着く。

 そうして全員の着席を確認した先生は何事もなかったかのように話し出した。


「驚かせてしまって申し訳ないです。ただ、この場は黙って私の話を聞いてください」


 続く先生の声色は聴き馴染みのあるもので、先の怒声が嘘のように思える。

 隼太の「先生って癇癪持ちだったんだなー」という独り言にはノーコメントで。


「皆さんお察しの通り、ここは私立花星高等学園ではありません。ここは『モクセリア王国・キャノラ領・魔窟監視街アゼリア・探窟者養成機構・異世界人及び奴隷教育担当学区フェンネル』です。ご理解いただけましたね? では――」

「ちょ、ちょっと待ってくれないか先生。 そんなつらつらと言われてもわからない」


 先生がなにやら呪文を唱えていると、小西と同じくカースト上位の梶原麦(カジハラムギ)が立ち上がって口を挟んだ。


 梶原は野球部の筋肉野郎だけど普段は冷静で頭もいい。

 そんな印象のある梶原までもが困惑している様子に、いよいよ異常事態なんじゃないかと再び教室が慌ただしくなり始めた。


「やれやれ……仕方のない生徒達ですね」


 その様子に呆れた様子の先生は溜息をつき、廊下側の扉を向いて。


「師匠、いるんでしょう? やはり師匠の力が必要なようです」


 突然、誰かに話しかけた。何事かと梶原も口を噤んでしまう。

 教室を何度目かの静寂が包み込んだ。


 そして、勢いよく扉が開かれる。


「んん~~っ! じゃっはろぉ~~!」


 赤い影が宙を飛び、謎の言葉を発しながら弧を描いている。

 俺たちだけでなく先生までもがその影を目で追った。

 弧の到達地点は、窓ガラスの中央を指していて。


 ビターン!!


「ぶべっ!?」


 案の定、その赤い影が窓ガラスに衝突した。


「ぷっ」


 いや隼太よ。この状況でよく笑えるな……その能天気さを初めて羨ましいと思ったかもしれない。

 一先ず隼太のことは置いておくとして、皆呆気に取られている。これが普通の反応だろう。


 そんな中、平常運転なのは先生だ。


「はしゃぎすぎですよ師匠」

「あはは、めんごめんご――って、使い方あってる?」


先生の発言を受けてぴょんっと飛び跳ねるようにして立ち上がったその人物は、頭を搔きながらも満面の笑みである。


 赤紅色で艶のある髪のショートボブで、全身をダボっとした大きいサイズの赤い服で身を包んでいる。中性的な声と童顔で大きな赤い瞳に目を惹かれるが、多分性別は男だと思う。身長は150センチくらいで、年の頃は十五くらいだろうか。


 誰だろう。こんな髪色の人現実に存在するのか。ストリーマーかな。

 と、そんな感想を抱いている中、先生は会話を続けている。


「はいはいあってますよ。それよりもご無沙汰ですね。またお会いできて光栄です」

「ぶぅ、つれないなぁ……でもそうだね! ご無沙汰だ。元気にしていたのかな?」

「ええ、おかげで無事約束の日を迎えることができました」

「よかったよかった。本当にヒロノブには感謝してもしきれないよ! またこれからよろしくやろうじゃないの」

「はは、やめてくださいよ、らしくない」


 ガシッ。


 親密な会話からの、固い握手を交わす先生と少年。


 誰も話についていけていないのは言うまでもないだろう。

 引き続き呆然と眺めていることしかできない。


 二人の会話からわかったことと言えば、二人が只ならぬ関係であることだけだ。

 そんな俺たちをよそに握手を解いたご両人は教壇の上でこちらを向いた。


「では師匠、お願いします」

「おうともよ! 【声帯遮断】! それと【精神制御】!」


 直後、喉と頭の中に違和感を覚えた。

 それはどうやら俺だけではないらしい。あたりを見回すと皆喉元を抑えたり頭を抱えたりしていた。

 喉の違和感を取り除こうと咳をしようとして


「――」


 違和感の正体に気づいた。その正体を確かめるために口を開く。


「――――」


 やはりそうだ。声が出ない。

 なんだこれ。おかしい。怖い。何が起こっている。異常すぎる。やはり夢だったのか――


 《いや、これは現実で、恐らくあの少年が何かをしたのだろう。外の景色からしてすでに異常事態なのだから、特段驚くべきことではない。まずは話を聞いて、ゆっくりと状況を理解していこう。》


「……」


 今の思考の流れ、おかしくないか?


「わけわかんないよね! 大丈夫大丈夫! 説明しますとも」


 俺たちが困惑に表情を歪めていると、少年が横に揺れながら話し出した。


「今ちみ達にしたのは【声帯遮断】と【精神制御】っていうスキルだよ! 【声帯遮断】は本来なら魔法の詠唱を防ぐスキルなんだけどね? これから色々と説明していく上でいちいち質問されるのが面倒だから使ったんだ。【精神制御】は本来君たちの世界でいうバフ? スキルで恐怖とか怒りみたいな尖った精神状態を抑えるスキルだね。これから色々知っていって取り乱したり鬱になっちゃったりするのを防ぐためかな!」

 

 淡々と日常生活に馴染みのない単語が述べられる。


 今の説明で分かったことと言えば、俺たちが声を出せない理由と不自然な思考の流れの理由。それがどうやらスキルによるものらしいこと。


 元々小説執筆の趣味やゲームを通して創作としての馴染みはあった。だから外の景色からして薄々は予期していたことだけど、やっぱりここは異世界なのか。


 それを実感すると同時に一瞬、不安や恐怖の感情が押し寄せてきた。しかし、その感情達もたちまち遠のいていく。


「じゃ、一旦落ち着いてきたところで、色々とお話していこうかな!」


 そう言って教卓に身を乗り出す少年。


 ふと隣に立つ先生に目をやると、今までに見たこともないような優しい表情で少年を見つめていた。

 一体どういう関係性なのか。話を聞いていれば知ることができるだろうか。


 思考を切り替え少年に視線を移すと、彼は思い出したかのようにはにかんで。


「っとと、自己紹介が遅れていたね! 失敬失敬。僕の名前はガーベラ・キャノラ。この学区フェンネルの副理事長だ。よろしくね!」


 最後に右目をウインクさせた。


 その後、ガーベラと名乗った少年は常に陽気に、時折先生と言葉を交わしながらも、この世界についての説明をしていくのだった。


***


 ガーベラの説明でわかったことはこうだ。


 この世界は剣と魔法、魔窟と呼ばれるダンジョンや魔物のいる異世界である。


 今いる場所はモクセリア王国のキャノラ領にある魔窟監視街アゼリアという街の探窟者養成機構に属する異世界人及び奴隷教育担当学区フェンネル。


 俺たちはその学区フェンネルの一室に教室ごと召喚された。


 召喚の目的は魔窟の調査を生業とする探窟者の人員確保だそう。


 この世界には魔窟がいくつか点在しており、モクセリア王国は世界で最も魔窟の数が多いらしい。


 よって探窟者は必須であるが、何分危険な仕事であるために人手不足なのだそうだ。


 俺たちからすれば何を勝手なことをと思う。しかし、ガーベラ曰く「命の恩人に借りを返すと思って頑張ってよ! 死なないようにこうして養成機関を作ったんだからさ」とのことだ。


 命の恩人。どうやら元の世界は超巨大隕石の衝突で崩壊したらしい。にわかには信じられない話だったが、ガーベラのスキルによってその疑念は「そういうことなら仕方ない」と自然に消化されてしまった。


 家族の心配や帰りたいという思いまでもが抑制されてしまう。


 結局、俺たちはこの世界で生きていくしかない。という結論に至ってしまうのだ。


「――というわけで! ちみ達にはこれから三年間、この学園で探窟者として持つべき教養や戦闘技能を学んでもらいまっす!」


 ということらしい。

 一通りの説明を終えたらしいガーベラは、横に立つ先生の肩を叩いて人差し指を立てた。


「なんですふぁ――やめてください」


 振り向いた先生の頬にガーベラの指が食い込む。よくある悪ふざけだ。


 ガーベラは心底楽しそうに笑って


「大体は言ったかな?」


 と質問を投げかけた。


 先生はずれた眼鏡をクイと上げ、小さく頷く。


「ええ、そうですね。最低限ではありますが、一通りおっしゃっていただけたかと」

「そうかいそうかい。じゃ、そろそろスキルを解いてあげようかな。えいっ」


 そう言ってガーベラは指を鳴らした。

 途端に喉と頭の中の違和感がきれいさっぱり消失する。


「……あ、あー」


 試しに声を出してみると、問題なく発せられた。

 みんなも思い思いに声を出したり咳をしてみたりしている。しかし、特段慌てている様子はない。


 俺もそうだが、先の衝撃的な現実をガーベラのスキルで消化しているからか冷静だ。

 声が出せることに安堵し、皆胸を落ち着かせている。


 そんな中、教室中央に座る小西が挙手をした。


「ん、質問かな? どうぞどうぞ」


 ガーベラに促され、小西が席を立つ。


「大体の事情は把握しました。その上で、二点ほどお聞きしたいことがあります」

「うんうん! なにかななにかな?」

「で、では一点目ですが、キャノラ副理事長は藤原先生とどういったご関係なのでしょうか」


 相変わらず楽し気なガーベラに対して、小西が真剣な眼差しで問う。

 そう言えば先の説明では触れていなかったな。俺も気になるところだ。

 その質問に対して、口を開きかけるガーベラを制止して藤原先生が前に出た。


「その質問には私が答えます。私は三年前までの二年間、この世界で探窟者をしていました。単身で召喚され、その時に師匠にお世話になったのです。帰還の際、元の世界の崩壊の未来を知らされ、今回の計画を立てたというわけですね」

「な、なるほど……わかりました」


 先生が述べる答えに対して、少なからず動揺で声が震える小西。動揺しているのは俺たちも同じだ。


 自分たちも召喚された身だからこそ受け入れられる事実だろう。ただ、まさか先生がそんな異世界ファンタジーな経験をしていたとはな。


 この話だけを聞いていると、先生やガーベラは確かに命の恩人に違いない。


「では二つ目の質問ですが、我々は探窟者? になるとお聞きしました。しかし戦うすべがありません。先ほど副理事長がおっしゃっていた魔法やスキルを我々も使えるということでしょうか?」


 確かに俺たちはごく普通の人間だ。戦う相手が小説やアニメみたいな魔物だとすれば、まともに戦えるとは思えない。いくら格闘技を習ったところで焼け石に水だろう。


 その問いに対し、ガーベラはこれまで以上に大きな笑顔を作って教卓の上に飛び乗った。

 そして左手で廊下側の扉を指さして言う。


「その答えも含め、まずは訓練場に移動しよう! お楽しみのステータス発表とクラス分けの時間が待っているよ! さ、早く行こ行こ! 楽しみだなぁ!」


 そのまま教卓の上で足踏みするガーベラ。

 そんなハイテンションな彼に、俺たちはついていけなくて。


「は、はあ……」


 普段頼りがいがあってリーダーシップの塊である小西までもが、肩を落としてため息をついていた。


***


 ガーベラに導かれるままにやってきたのは、校舎と渡り廊下で繋がる体育館のような建物だ。道中、校舎内を移動したが、外観こそ中世風ではあるものの中身は一般的な学園と変わりない様相をしていた。


 訓練場に入るとそこには数人の黒いローブを来た人たちがいて。ローブの右胸の辺りには道中でも見かけた菜の花のようなデザインの紋章が描かれている。校章か何かだろうか。


 室内にガーベラと俺たち、それに藤原先生の全員が入室。

 それを確認したガーベラが僕たちを見て口を開いた。


「さあ! じゃあ早速みんなで言ってみよう! 『ステータス』と!」


 ん、なんて? ステータス?


「行くよ! せーのっ!」

「ス、ステータス!」


 あまりの急な振りに舌を噛みそうになったが、何とか言うことができた。

 不揃いではあったが、皆も同様に声を出している。


 直後、視界に半透明のダイアログボックスのようなものが現れた。


【ハナマキサカセ】

 

《パラメーター》


 攻撃値 62

 耐久値 50

 体力値 70

 魔力値 37

 俊敏値 54


《スキル》


【水やり】


 以上が俺の視界に表記された内容だ。

 まるでゲームのステータス画面のようだな。


 各々が俺と同様にその画面に目を奪われている。ただ、他人の画面は見ることができないようで、傍からは虚空を見つめているようにしか見えない。


 俺たちがその画面に気を取られていると、ガーベラが手を鳴らして注目を集めた。


「それはステータスと呼ばれるこの世界の生活補助機能さ! 誰でも使えるものだから、ヒロノブみたいに特別だなんて勘違いしないようにね? あはは!」

「師匠、よけいなことは言わないでください」

「あはっ、めんごめんご!」


 相変わらず仲睦まじいい会話をしている。

 ただまあ、確かに小説やアニメだと自分だけが見られるパターンの作品もあるが、そうではないらしい。


「そのステータスとスキルの能力測定を元に『星無し』から『デカゴン』まで九つのクラスに分けていくからね! これから順番に測定していくから、待機中はステータスでも見ているといいよ! 君たちの世界で言うところのタッチパネルのようなものだから、色々と触ってみてね!」


 すらすらと説明をし終えると、ガーベラは先生に何やら告げて訓練場の奥に進んでいった。


 俺たち27人の生徒達が九つのクラスに分けられる。つまりは一クラス3人ということになるけど、かなり少人数のクラスなのかそれとも俺たち以外にもクラスメイトがいるのだろうか。


 そういえばここの説明に『異世界人及び奴隷教育』とあったが、奴隷がクラスメイトなのか?


 まあなんにせよ、わからないことだらけであることには変わりない。


「では、出席番号順に能力測定を行います。最初は相田! 相田智哉!」


 しかし先生は俺たちの理解を待ってはくれず、早速能力測定を開始した。


「は、はい」


 物静かで影の薄い相田が、おずおずと小さく返事をしてガーベラたちの元に向かっていく。

 一人目ということもあり、全員がその様子を見守っている。


「やあやあ相田君! いきなりこんなことになって驚いているよね? すまない!」

「い、いえ……別に」

「そうかいそうかい! あはは! では早速、表示されているステータス画面をスクロールして『開示』の表記を選択してくれるかな」

「わ、わかりました」


 相田が言われるがまま操作すると、彼の目の前のスタータス画面が俺にも認識できた。

 遠くて内容までは確認できない。


 それからガーベラは相田の背後に回り込み、そのステータス画面をのぞき込んでいる。


「ふむふむ……ステータスは魔力値のみ平均以上だね! スキルは……ほお、【隠者】とな? 能力詳細は……ふむ、自身に対する認識を拒絶する、か」


 ガーベラは頷きながら表記された内容を咀嚼し始めた。

 相田は挙動不審にその様子を眺めている。


 その後、相田から距離を取ったガーベラはパッと太陽のような笑顔をして告げる。


「じゃあ、試してみよう!」

「え、えっと……どうやって」

「最初はスキル名を口にするといいよ! 慣れてくれば使おうと思うだけで使えるようになるけどね!」

「わ、わかりました……い、【隠者】!」


 直後、相田の姿がその場から消えた。

 みんなも驚きを隠せず、あたりに視線を彷徨わせる。


 さっきまでそこにいたはずなのに、今はどこにも見当たらない。

 そんな中、ガーベラは満足そうに頷いて


「なるほどね! これは凄いや。僕の眼にも君の存在を認識できないよ」


 と、感想を述べた。

 いやいや、本当に相田はどこに行ったんだ?


「あ、あの! ぼ、僕はここにいるんですけど、その……どうやったら戻りますか」


 不意に、相田の声だけが聞こえてきた。

 声の発信源に目を向けると、いつの間にか相田の姿が元の場所に現れている。


「安心していいよ。もう、戻っているからさ! でもそうだな、認識が戻る条件は時間か、それとも声を出すことか……どちらにせよ良いスキルだと思うな!」

「え、あ、そ、そうですか」

「うん! じゃあ、次に行こうか! 君は戻って大丈夫だよ」

「あ、はい」


 そうして、相田の能力測定が終わった。

 それからは続々と順番に能力測定が行われていく。


 みんなも能力測定で何が行われるのかを理解したようだ。だからか、自分のステータス画面に目を通したり、会話を始めたりと各々動き出した。


 俺もみんなに倣ってステータス画面に目を落とす。


 スキル【水やり】か……なんだこれ。能力の想像がつかない。

 そう思って試しに【水やり】の表記をタップしてみた。

 

 《スキル詳細》

【水やり】……開花させる。


「え、これだけ」


 何度そのスキル詳細に目を通しても、そこには「開花させる」としか表記されていなかった。詳細が詳細の機能を果たしていないじゃないか。


 だから想像するしかないけど……スキル名が【水やり】で詳細が開花させる、だろ。


 もしかして、花を咲かせるとか。


 いやいや何それ。それでどうやって戦えというんだ。


 いや待て、こういう成長させる類のスキルは創作なら植物を成長させて攻撃に使ったりするし。

 まだ諦めるのは時期尚早か。


 そんな自問自答を繰り返していると、突然肩を叩かれた。


「なあ、サカセよ~ちょっとこれどういう意味か分かる?」


 眉を顰めながら声を掛けてきたのは隼太だ。

 どうやら隼太のステータス画面について問われているようだが、俺には見えない。


「なんて書いてあるんだ?」

「ん、ああ、他の人の見えないんだっけか。じゃあ」


 俺が問い返すと、隼太は何やら指を動かしだした。

 数秒後、隼太の前にステータス画面が現れる。どうやら開示の表記を押したらしい。


「これで見えるようになったんだよな?」

「ああ見えるよ」


 そこに映っていたのはスキル詳細画面だった。


 《スキル詳細》

【サイコロ】……一定時間対象のパラメーターをランダムで上昇させる。


「いや俺、ゲームは好きだけどキャラのパラメーターとか気にしないからよく分かんなくてさ。これ、どゆこと?」

「ん~、これは……」


 そのままじゃないか?


「前の画面にパラメーターが載っていたじゃん? 攻撃値とか魔力値とか、それをランダムで上昇させるってことだから、ゲームで言うところのバフなんじゃない?」

「バフ……バフかぁ。俺ってゲームじゃガンガン行こうぜなタイプだし、合ってなくね?」


 俺の解釈を聞いて肩を落とす隼太。

 バフはボス戦じゃ必須だし貴重だと思うけど、隼太には俺も合っていないと思う。

 頭を使うの苦手そうだし。


 ランダムって要素に隼太のギャンブラーな一面を思わせるけど。

 とはいえ、俺のスキルよりは実用的に思える。


「まあ、元気出せって。俺のスキルなんて【水やり】だぞ?」

「みずやり? みずやりって花に水をやるやつか?」

「多分……詳細を見ても『開花させる』としか書いてなくて、よくわからん」

「ほへー、俺もよくわからん」


 だろうな。


 とまあ、そんな雑談を交わしていると、急にあたりが騒めきだした。


 顔を上げると、皆能力測定が行われている方向を見ていることに気づく。

 釣られて見てみると、ガーベラの前に梶原麦が立っていた。


「このスキルが本物なら、君は最強のタンクになれるよ! 早速試してみよう!」


 ガーベラが目をキラキラと輝かせて興奮している。


「俺はどうしていればいい?」

「うーん、そうだなぁ。あ、ちょっと君たち、そこの武器庫から盾を持ってきてくれる?」


 落ち着いた様子の梶原の質問に対し、ガーベラはローブの人たちに指示を飛ばした。

 数秒後、ローブの人たちが丸い鉄製の盾を持ってきてガーベラに手渡す。


「これを構えてスキルを使ってくれればいいよ!」

「ああ、こうか? 【捕手】!」


 ガーベラから盾を受け取った梶原は膝を付き、野球のキャッチャーのような姿勢で盾を構えた。スキル名を口にした直後、彼の体が淡い光に包まれる。


「よしよし! じゃ、君たちは彼らに向かって攻撃魔法を放ってくれ!」


 梶原のスキル発動を確認したガーベラが再びローブ達に指示を飛ばす。

 支持を受けたローブ達が杖を構えた先は、あろうことか俺たちのいる方向だった。

 あいつらまさか――


「「「汝は炎の使者である。汝は魔力の根源に準じ、その力を行使せよ。炎弾!」」」


 こっちに打ってきやがった! 

 三人のローブの杖の先から炎の塊が放たれたのだ。


 炎の塊は真っ直ぐこちらに向かってくる。みんなもその光景に怯え、阿鼻叫喚の嵐だ。

 初めて見る魔法に興奮していたのは一瞬で、俺も目を細めて眩い光に手を翳していた。


 が、その直後信じられない光景を目の当たりにした。なんと、その炎の塊が急激に角度を変え、梶原の元へと向かっていくのだ。


 瞬きの内に炎が梶原に衝突して――


「ふんぬ!」


 霧散した。

 梶原は微動だにしていない。


「素晴らしいね! 君の耐久値の高さも相まって殆どダメージも入っていない! これは本物だよ! やったやった! これはすごいぞ!」


 俺たち全員がドン引きしているのに対し、ガーベラだけは嬉々として飛び跳ねている。

 

 一体何が起こったんだ。恐らく梶原のスキルが関係しているのだろうけど、大丈夫なら最初に言ってほしかった。


「終わりか?」

「うん! もう行っていいよ!」


 梶原はいたって冷静だ。


 俺たちがそれぞれ胸をなでおろしていると、先生が間髪入れずに次の生徒の名前を呼ぶ。

 もういちいち驚いていたらきりがないだろうな。


「なあ、もう少し前行かね?」

「そうだね」


 相変わらず能天気な隼太の提案に乗り、俺たちは能力測定の見やすい最前列に移動した。


 これ以上自分のステータスを見ていても得られる情報はないし、せめて皆のスキルを見て何か情報が得られればという魂胆だ。


 最前列に出ると、隣に委員長の松川保奈美が立っていた。


「あ、花巻君に桜井君」

「やあ松川さん、なんというかその、元気?」


 特に仲が良いというわけではなく、取り留めのないことを聞いてしまった。


「うん。元気ではある……かな。正直わけがわからないけれど、変に落ち着いているっていうか」


 そんな質問でも、松川さんは優しく答えてくれる。

 落ち着いているのはガーベラの【精神制御】のせいで感情が制御されていたせいだろう。


「それなぁ。俺もよく分かんないのに落ち着いてるわぁ」


 隼太のそれは【精神制御】関係ない気もするが、余計なことは言わないでおこう。

 そんな風に軽く雑談を交わしながら、俺たちは能力測定を観察していった。


 観察していく中で印象的だったのは小西と関根佳代か。この二人はガーベラもテンションが上がっていた。


 関根佳代は簡単に言ってしまえば女性版小西だ。文武両道で才色兼備という言葉は彼女にも当てはまる。黒髪ポニーテールが印象的な眼鏡女子で一見すると図書委員でもやっていそうな印象を受ける。しかしながらスポーツ万能でコミュニケーション能力が高い人気者だ。


 小西のスキルは【加具土(カグツチ)】と言い、炎を自由自在に操る攻撃特化のスキルだった。

 対して関根のスキルは【薬箱】という、何もないところから薬を出現させる回復特化のスキルである。


 ちなみに隼太の評価は「バッファーは貴重だけど、運任せなのがちょっと残念かな!」というものだった。納得せざるを得ない。


「次、花巻咲華世!」

「はい」


 そしてとうとう俺の番がやってきた。

 緊張で心臓が高鳴っているのを感じる。何分、自分のスキルの詳細がわからない以上、どういった評価をされるか予測ができないからだ。


 それに殆どのクラスメイトが手持ち無沙汰に能力測定に注目していた。

 こんな状況の中で評価が低かったら嫌だな。


「や! 花巻君。早速ステータスを見させてもらおうかな!」

「ど、どうぞ」


 俺はすぐさま開示を選択し、ガーベラにステータスを見てもらった。

 ガーベラが頷きながら俺のステータスに目を通していく。


「ふむふむこれは……あははっ! ひどいパラメーターだね! 全部大幅に平均以下だよ!」

「えっ」


 俺のパラメーターって酷かったのか!? この人、それを普通に周りに聞こえる声量で言うし。

 まずい。恥ずかしい。


「まあそう気を落とすことないって! 問題はスキルなんだからさ!」


 二の句が継げない俺の肩をガーベラが背後から揉み、視線をスキルの項目に移した。

 でも、俺のスキルは。


「んん? 【水やり】とな。詳細は『開花させる』? これは、なんだなんだ?」


 本当……なんなんでしょうか。


 これまで幾人かのスキルを見てきたが、殆どが実用的で意味のあるスキルだった。それだけに、自分のスキルがどれだけ意味不明かを突き付けられて辛い。


 珍しくガーベラも首を傾げている。それから思い立ったようにローブ達に手招きした。


「確か渡り廊下に植木鉢があったよね? それを持ってきて!」


 その後、すぐにローブ達が一つの植木鉢を持ってきて俺の目の前に設置する。

 植木鉢には小さな芽が出ていた。


「さて、ちょっとスキルを試してみてよ!」

「……わかりました」


 ガーベラも俺と同じ結論に至ったようだ。つまり、花を咲かせる能力であると。

 俺はなんとなく右手を植木鉢に翳してスキルの使用を試みた。


「【水やり】! うわっ」


 すると、俺の右手の掌から謎の液体のようなものがシャワーのように放出された。

 予想外の出来事に一歩引きさがってしまう。


 ただ、無事にその液体は植木鉢にかかっていた。


「ぼ、僕の推測は正しそうだね! さてさて芽の方に変化は」


 気を取り直した様子のガーベラが植木鉢の傍に屈んで様子を見ているが。


「うーん……何も起きないね! あはは!」


 あははじゃないですよ。

 何も起きないって、じゃあこのスキルの能力とは一体。


 ガーベラは立ち上がると、腕を組みながら俺の目の前をぐるぐると回りだした。

 俺が泣きそうな顔でその様子を眺めていると、立ち止まったガーベラが満面の笑みで口を開く。


「つまり! 君の能力は単にどこでも水やりができるってことだよ! これは面白いね! あはっ」


 いや、何も面白くないが。


 恥ずかしすぎて本当に泣きたくなってきた。周りからは少しだが笑い声も聞こえてくるし。そりゃ馬鹿にされても仕方ないスキルだけどさ……


「じゃ、次行こう!」


 ガーベラは既に俺から視線を外し、次の生徒を迎え入れようとしている。

 俺はそんなガーベラを背に、重い足取りで隼太と松川さんの元へと戻っていった。


「げ、元気出して! 花巻君!」

「俺の時と大して変わらない反応だったなー。ま、気にすんなって」

「……そう、だね」


 もはや意気消沈してまともに頭が働かない。


 実を言うと雑魚スキルであることに文句はないのだ。ただ、皆に笑われて、恥ずかしい思いをさせられたのが辛い。そういう思いをしないために、俺はこれまで敵を作らないように、誰からも好かれるように立ち回ってきたというのに。辛い。


 最前列から離れ、壁に背を預けて項垂れる。

 その後、俺が項垂れている内に能力測定は終了した。


「いやはやいやはや! とても満足のいく結果に僕もわくわくが止まらないよ! 本当にヒロノブには感謝だね! ありがと!」

「滅相もないですよ、師匠」


 終了後、数分間話し込んでいたガーベラと先生が俺たちの元にやってきて話始める。

 相変わらずガーベラの笑顔は絶えない。


「では! これまでの能力測定の結果を元にしたクラス発表を開始するよ! 準備はいいかな?」


 ガーベラは耳に手を当てて俺たちの反応を待った。

 しかし、如何せん急な振りであったために誰も反応を返せない。


「もう、乗り悪いぞー! じゃ、発表はヒロノブからよろしく!」


 若干肩を落としたガーベラだったが、笑顔は絶やさず先生にバトンを託した。


「承知しました。それでは今からクラスを発表していきます。名前を呼ばれたら前に出てくるように」


 こうして、次々とクラス発表が行われていった。

 新しいクラスはこうだ。


 デカゴン  小西悠平 梶原麦 関根佳代


 ノナゴン  成田哲史(サトシ) 古牧ローラ 薬師寺みつき


 オクタゴン 小林海斗 和泉寅之助 池澤鈴羽


 ヘプタゴン 石井杏奈 漆戸日葵(ウルシドヒマリ) 権田冬季(ゴンダトウキ)


 ヘキサゴン 松川保奈美 相田智哉 岸本輝麻(テルアサ)


 ペンタゴン 塩原幸喜 一条陽花(ハルカ) 二瓶優


 テトラゴン 松原倫太郎 土門源貴(ゲンキ) 鵜飼メイ


 トリゴン  桜井隼太 新山太陽 神永アルラ


 星無し   紫咲純礼(ムラサキスミレ) 一華牡丹(ヒトハナボタン) 花巻咲華世


 まだ詳しく説明を受けたわけではないが、恐らくスキルやパラメーターを加味して能力の高い順にデカゴンから星無しに続いている。


 俺のクラスは『星無し』。つまりは落ちこぼれというわけだ。


「……はぁ」


 想像はしていたが、ため息しか出ない。

 しかも、最近いざこざがあって気まずい雰囲気の純礼と一華さんが同じクラスなんて……


 これは中々に厳しい異世界生活になりそうだ。

ここまで辿り着いていただけた読者様には感謝しかございません。

ありがとうございます……!

「面白そう」「先の展開が見てみたい」と思っていただけましたら、ブックマークと広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけますと作者の励みになります!

この度はお読みいただきまして本当にありがとうございました!

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