第5回 下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞&冬の童話祭2024
5年後に咲いたコスモスの花
何度も、ただの憧れだと思い込もうとした。
でも、無理だった……。
わたしを照らす三日月の欠けた部分は、わたしの心を映し出しているかのようだ。
人の心は、数式みたいに当てはめて上手く行くものではない。
あなたとわたしは、先生と生徒。
どうにもならない問題が、わたしの前には広がっている。
先生にとって特別な生徒になりたくて、いつもアピールした。
分からないところを探しては、今日も質問しに向かう。
問題文を覗き込む、先生との距離近い。
「先生、答えが分からないです……」
「ん?」
「数学みたいに、やっぱり答えは一つなのかな?」
先生のメガネの奥の優しい眼差しが、わたしを見つめた。
「本当は気付いてるでしょ? わたしの気持ちに」
「答えは一つでも、その過程は違うこともある。途中式は必ずしも一つじゃない」
何かをごまかすかのように答えると、先生は黒板を消した。
教室のカーテンが風に揺れる。
窓の外のコスモスの花が、わたし達を見守っていた。
当然のように、わたし達の関係は何も進展しないまま、わたしは卒業式を迎えた。
「先生! わたし今日で先生の生徒じゃなくなります!」
「うん、そうだね。ありがとう、でも……」
「待って、それ以上言わないで!」
分かってた。分かってたけど、聞きたくなかった。
「先生、最後に第二ボタンください……」
「へっ?」
「その、ワイシャツの……」
「こんなボタン貰ってどうするんだ?」
驚きつつも、少し笑った先生の横顔が眩しかった。
「これから、大学生になるんだろ。まだまだこれからだ。いろんなことを学んで、沢山の人と出会って、きっと僕なんかよりも素敵な人に巡り会えるよ」
先生はにっこり微笑み、第二ボタンをくれた。
「先生、わたしが一人前になるまで彼女作らないで!」
「それは……」
「わたしは絶対変わらないから!」
涙が溢れる前に逃げ出したくて、一方的に無理なお願いをして、わたしはその場を立ち去った。
× × ×
5年後、23になったわたしは、母校を訪れた。
「先生!!」
「おかえり」
「た、ただいま! わたしやっぱり、先生が……!」
先生は、あの頃と変わらない眼差しでわたしを見つめた。
「君に言われた約束、守ってるよ」
「へっ!?」
「まさか忘れてないよね? 君が言ったんだ、彼女作らないでって」
「えっ……!?」
先生はわたしの頭をポンポンした。
途中式は随分と遠回りしたけど、たどり着く答えは先生だった。
満月がわたし達を照らした日、コスモスの花言葉は咲いた。