未奈との生活
「ねぇ、おにぃちゃん!いっしょにあーそーぼー?」
「あ!未奈!寝てなきゃ駄目やろ!まだお熱あるんやし」
「もう、おにぃちゃんこまかいっ!もうげんきだし!いいからあそぼーよー!」
「もう……後で母さんに怒られるんはいっつも俺やねんな」
呆れて肩をすくめる俺の腰あたりに顔を埋めて抱きつく妹。
母さんに怒られるの嫌だし、友達と遊ぶ時間も病弱な未奈がいて大体なくなってしまう。
それでも俺は甘えん坊な妹が可愛かったしついつい甘やかしてしまっていた。
「外遊びは今日はなしな!中でトランプでもしようや」
「えーやだぁ、おにぃちゃんトランプつよすぎてしょうぶにならないもん!」
「それは未奈が弱すぎるからやろー」
「うるさいなー!きょうはおにんぎょうあそびしよーよ!」
「えぇ…ええけどさぁ、人形の名前間違えたら未奈怒るやん…」
未奈は沢山の人形を抱えて俺の元へ走ってきてそのうち一つを俺に押し付けた。
「はいっ!このこはさらちゃん!かみのけくるくるでかわいーでしょ!」
「さらちゃん…あれ、ななちゃんは?」
「ななちゃんはこのこ!かみのけむすんでるの!りぼんがかわいーの!」
さっぱりわからん。
みんな同じ顔やし、未奈がヘアアレンジをよくするせいでどこで見分ければええんやろ。
「さらちゃんはおじょーさまなのよ。ほら、ここにさらちゃんのおこうちゃ!おしゃれでしょ」
「そうやなぁ…ななちゃんはさらちゃんと仲良かったよな、確か?」
「おにぃちゃん!ちゃんとおぼえるきないでしょ!ななちゃんはさらちゃんがあこがれなの!ななちゃんのおともだちはるるちゃんだってば!」
「るるちゃん…」
もはや覚える気すら失せる。
ただ今日は俺はさらちゃんを操れば良いらしいのでさらちゃんだけ覚えておけばええってわけや。
さらちゃん、お嬢様。よし、覚えた。
「さらちゃんきょうもかわいい~!ななもさらちゃんみたいになりたいわ!」
「あ、あらななさん。ごきげんよう」
こんな感じか。未奈の満足げな顔を見て安心した瞬間視界が暗転した。
次に視界が開けると小学生の泥まみれの未奈が玄関で立ちすくんでいた。
「どうしたんや未奈!」
「なんでもないよー…?」
「何でもないわけないやろ!何でそんな泥まみれ…」
「あー今日鬼ごっこしたんだぁ、それで転んじゃって」
「…ほんまか?嘘やないな?」
「ほんとだよぉ!あ、でも誰かにぶつかられちゃったんだけど…」
「なんやって!わざとか!?誰やそいつ!」
「そんなの知らないよ~いいからちょっとどいてよ、着替えたい」
「あぁ…そうやな、風呂入り?」
「ん、ありがと!」
俺はつま先立ちで走っていく未奈の泥まみれの靴を掴んで外へ出た。
「たわし…と、洗剤。…今日は晴れとるし明日までには乾くかな」
俺は水道で泥を洗い落とし、洗剤で汚れを洗い落とした。
靴の汚れが大体落ちてきれいになった頃、また俺の視界が暗転した。
次は泣き顔の未奈。まだ小学生だ。
「おにぃちゃぁ…っ、」
「未奈!どうしたんや!」
「もうやぁ…がっこ、いきたくなぁ…」
「何があったん…!?だって今朝はあんなに…」
「未奈といるとびょーきがうつるって…未奈気持ち悪いって……」
「は…?」
確かに未奈は病気しがちだ。
でもうつったりするものではないし、恐がる必要のないものだ。
「だれがそんな…」
「同じクラスの…っ、みなみちゃん…。未奈、せっかく熱下がってがっこぉ、行けるって…っ」
妹は今朝やっと熱が下がって学校に行けると喜んでいたのだ。
あんなに張り切って準備していたのに……。
俺は沸々と沸き上がる怒りを表に出さないように抑えるのでやっとだった。
「お兄ちゃん…、未奈、気持ち悪いの……?」
不安げな瞳を見つめ、俺はふるふると首をふった。
「未奈は悪くない。未奈はいっつもよう頑張っとる。俺は知ってるから」
未奈の頭をぽんぽんと撫でてやると、落ち着いてきたようで「うん…ありがとう…」と呟いた。
未奈がそっと俺の胸に顔を埋めると、またなにも見えなくなった。
ピーポーピーポー
何処かでサイレンが鳴っている。
救急車のサイレンに重なるようにパトカーのサイレンも聞こえてきた。
そういえば今日は未奈の帰りが遅い。
両親は出張で家に帰らず、この家の生活は俺と未奈で成立している。
もう空は薄暗くなっていて、いつもの帰宅時刻を遥かに越えていた。
迎えにいこうか迷いつつも、玄関の扉を開けたときだった。
プルルル…プルルル…プルルル……
「…電話…?」
この家の電話が鳴ることは滅多にない。
必要な場合は携帯にかけるからだ。
俺は不審に思いつつ受話器をとった。
「結城未奈さんのご家族ですか?」
「はぁ…そうですが…どちら様ですか?」
「こちら警察でございます」
警察…!?未奈は警察のご厄介になるようなことはしないはずだ。
ならなんで…まさか事故とか…!?
「結城さん、今から神楽高校へ来ていただけますか?」
「え?なんで未奈の高校に…?」
ぽそりとつぶやいたその答えは、電話越しの低い声で俺の頭をガツンと殴った。