碧の友達
「たいがーっ!朝だよー!」
「ん…うるさい。もうちょい寝る」
殺し屋の大雅と同居を始めて初めての朝。
僕が起こしに行くと僕以上に朝が弱いらしく、機嫌を悪くし、布団を頭から被る。
「ちょ、大雅…僕もう大学行かなきゃなんだけど…」
少し焦りながら声をかけると、ばっと布団をはぎ飛び起きた。
「うわ、びっくりした。おはよ、大雅」
「え…ここ…あ。碧か。そうや、俺仕事中…」
「ん?どうしたの?」
「いや、何でもないわ。おはような」
少し疲れた顔で笑って布団から出てくる。
「…あんま寝れなかった?」
僕がそう問うと、大雅は少し驚いた顔をして眉を下げて笑った。
「うーん…ちょっと、寝る前に考え事しとって…」
大丈夫やで、と笑う大雅の目の下にはクマがうっすらとできていた。
僕が口を開きかけると、慌てたように大雅が声を出す。
「あ、碧!時間大丈夫なん?大学行かんと!」
その言葉に僕は腕時計に視線を落とし、玄関まで走っていった。
「ダイニングに朝御飯おいてあるから!食べてて!お昼は悪いけど適当に買いにいって!よろしくね!じゃあ行ってきます!」
鞄をつかんで玄関の扉開くと部屋の中からのんびりした声が聞こえてきた。
「はーい、了解。いってらっしゃーい」
「はぁ…」
大雅、大丈夫かな。ちゃんとお昼食べてるかな。
そんな心配をしながら一人で食堂に向かう。
明日から、お昼作って置いてってあげよう。
てかお弁当作れば僕の食費も浮くんじゃ…。そうしよう。
我ながら良い考えに辿り着けた僕は満足しながら唐揚げ定食を席まで運ぶ。
うん、今日も美味しそう。
大雅にも食べさせてあげたいな…。
「鳴海!どーしたの、そんな嬉しそうな顔して」
背後から声をかけられ、びくっと肩が揺れる。
ちなみに鳴海とは僕の名字だ。
「え…っと、?……誰…?」
顔を見ても誰だかわからない。
訳がわからず困惑していると、相手は目を見開き、僕の肩をつかんだ。
「っ!?え!?」
「俺!分かんないですか!?講義ずっと一緒だから覚えられてると思ってた…」
顔をぐいっと近づけて主張してくるが、生憎僕は講義中に限らず大学内の生徒を誰も認知していない。
「ご、ごめんなさい…あの…お名前は…?」
「えぇ…がちで覚えられてないやつじゃん…え、俺ただの勘違い野郎ってこと!?はっず!」
テンションが高くてついていけない。
「あの…お名前…」
「あ、名前?隼輝!坂上隼輝だよ。次講義で会ったら声かけて良い!?」
瞳を輝かせて僕を見つめてくる坂上くんはまるで犬みたいだ。
「あ…はい。どうぞ…好きにしてください。坂上、くん」
「えぇ、名字なんかやだ!距離ある感じするし!隼輝とかしゅんとか呼んでよ!俺も碧って呼んでいーい?くんづけのほうがいい?」
「分かりました…しゅんくん。碧で構いませんよ。あの…ところで、僕の名前なんてどこで知るんです?」
唐揚げを咀嚼しながら向かいに座ったしゅんくんへ視線を向ける。
「えーとね、ノートの名前見たー」
「ノート…?いつですか?」
「講義中。隣に座ったときにちらっと。てか敬語やめよ?もっと砕けてさ~」
お昼はもう済ませたのだろうか。
だらーっと机に伏せて上目遣いでこちらを見てくる。
「う、うん…」
距離の詰め方に戸惑っているとしゅんくんはにかっと笑った。
「もう友達なんだしさ!気軽にいこーぜー!碧!」
と、友達…。友達、か…。
小学生以来?よく覚えてないけど…。
気がついたら、いじめられてたもんなぁ。
こう考えると僕の人生、大分つまんなかったのかも…。
黙りこくった僕にしゅんくんは不思議そうな目を向けてくる。
「碧?どした?体調悪い?」
「あ、ごめんね。大丈夫だよ、ちょっとぼーっとしてた。えへへ」
「そう?最近風邪流行ってるからなー、気を付けろよ?」
「うん。ありがと。しゅんくんも気を付けてね!」
あー…嬉しい。
これが幸せかなぁ…。
友達と雑談して、ボッチ飯も卒業できて…。
……ちょっとだけ、生きたくなっちゃった。どうしよう。
「午後からは…講義入ってないな……本屋寄って帰ろうかな」
今日ね、友達ができたんだよ。
明日から、お昼も作っておくね。
大雅に言いたいことでいっぱいで本屋へと向いた足は軽くなってくる。
「え…っと。あ!」
あった。これなんか良いんじゃないかな。
唐揚げも、ハンバーグの作り方も乗ってる。
きんぴらごぼうもある。
このレシピ本見て作れたら、大雅食べてくれるかな。
その本を大事に持って、レジへ向かった。
「大雅ー、ただいまーっ」
「ん。おかえり」
「あのね!今日ね!」
帰ってすぐ、飛びつきそうな勢いで話し出す僕に大雅は苦笑いを浮かべた。
「落ち着き?ほら、鞄おろして」
「う、うん。あのね!それでね。今日、僕!友達が出来たんだよ!」
「え?友達…?」
「そう!声かけてくれた子がいて!」
「へぇ……友達な」
「………?あ、あと、今日のお昼何食べた?」
少し低めの声で唸るように言った大雅に首を傾げながらももうひとつ言いたかったことを思い出す。
「…コンビニ弁当」
「好きな食べ物何!?」
「……ハンバーグ…と、甘い物…」
「え。…大雅、思ったより可愛いんだね…?」
「うっさいな!!別にええやろ!聞かれたから答えたのに!!」
少し頬を赤く染めながらクッションを投げつけてくる。
でもちょうどいいや。
「あのね、大雅。明日からお昼にお弁当作っていってもいい?」
「え…逆に良いん?」
「うん、僕もお弁当作ろうかなって思ってさ。それなら大雅にも作ってあげたいし」
「ありがとうな!でも無理はせんでええから」
目を細めて笑う彼からはさっきの暗さは想像できなかった。
「……友達、な………」
僕は買ってきたレシピ本をぱらぱらとめくりながら見ていた。
ぼそっと呟かれた声に気付くことなく…。