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ファンタジーの片隅にて  作者: クロイナニカ
7/9

森の狼

 ロゼと買い物に出まわった日から二日後。

 俺は早朝から冒険者組合(ギルド)に向かっていた。


 普段のペースであれば、俺は依頼(クエスト)を終えた後は五日から七日ほど休んでいる。

 時間にしてもいつもと違い、こんな早くからギルドに向かうのはいつぶりのことになるだろうか。


 それは昨日のこと。


 明日こそは一緒にクエストを受けようとロゼから散々に誘われ。

 顔見知りの受付嬢に説得された結果、今日は休日を返上してギルドに向かうことになったのだ。

 本音を言ってしまうと、ここ連日休めてる気がしないので、休暇はもう少し取りたい。


 早朝の賑わいを他所に、俺は空を見上げる。


 いつもは真昼頃にギルドに向かうせいだろうか、早朝は少し涼しい気がする。

 歩いているところが日陰になっているという理由もあるのだろう。

 憎たらしいほど心地の良い空気を肺に摘め、感情と混ぜ合わせて吐き出す。


 ――しょうがない、頑張るか。




 俺が普段、朝早くからギルドに向かわない理由は二つある。

 一つは容姿のせいで同業者に新人と間違われるからだ。

 身長だけ見れば、実はロゼより俺の方が小さい。


 二つ目は、単純に利点(メリット)がない。

 早朝からギルドに行かなければならないのは、実績が足りないか、仲間探しのためだ。

 一定の実績があれば、受付嬢にその人に見合った依頼(クエスト)を提示してもらえるようになる。

 逆に言えば、実績が足りない場合は適正なクエストを提示してもらえない。

 なので、冒険者はギルドの掲示板に貼られているクエストから仕事を探す必要になる。

 クエストの競合を避けるため、受けられるクエストは早い者勝ちなのだ。

 そういった理由で、早朝はギルドにそれなりに大勢の冒険者が集っている。

 冒険者が集まるということは、仲間を集めるのにも都合が良い。


「やぁロゼちゃん、よければ一緒にどうだい?」

「ごめんなさい、本日も先約がありますので……」


 といった感じで、仕事仲間を探すのだ。

 もちろん、固定で冒険を共にすると決める人もいれば、その日限りだけ手を組む者もいる。

 とくに新人は、教育次第では自身の立ち回りを理解して行動してくれる仲間にもなるし。

 その教育するということ自体がギルドの評価点にもなるのでベテランから誘われることも多い。


 ――組もうと思えば他にも冒険者がいるのだから、別に俺と組む必要ないじゃないか。


 受付嬢曰く、今のギルド内でロゼと同い年で冒険者を本業としているのは俺だけらしい。

 なのでどうせ組むなら同年代で組む方が心強いと言われたのだが、見た目が大人の方が心強いだろうに。


「あっ、ネロさん。おはようございます、待ってましたよ」


 ちくしょう、見つかっちまった。

 いや、待ち合わせをしていたのだから別にいいのだけれど。


 駆け寄ってくるロゼと、ギルドの扉横で佇む俺に視線が集まる。

 その視線は二分に分かれていて、小さな子供がいることへの疑問の視線と、俺のことを知っている故の好奇心の視線だった。


「えっと、では今日はどんなクエストを受けますか?」

「好きなの取ってきなよ、とりあえず朝食取って待ってるから」


 それだけ伝えて、俺はいつもの料理を注文して待つ。

 俺が適当な仕事を選んで、それに彼女を連れて行くということもできるのだが、それはきっと彼女のためにはならない。


 冒険者と魔物にはそれぞれ二十の階位がある。

 一番下が二十位で、数字が減るほど上の階級ということになっている。

 そして周囲の環境や魔物の階級に応じて、クエストのだいたいの難易度が決まるのだ。


 階位が十一位以下の冒険者は、受けられる依頼も十一位相当のクエストまでとされている。

 例外として階位が上位の冒険者と組んで受ける場合は、それ相応の上位の階位も受けられる。

 俺は上位の階位なので規定上は彼女を連れてでも適正なクエストを受けられるが。

 そこまで彼女の面倒は見たくないのだ。


「あの、ネロさん。これギルドの固定クエストなんですけど……」


 そう言って彼女が見せてきたのは十八位のクエストで、ありふれた素材採取の依頼だった。

 備考欄には一人で受けることは推奨されていないと書かれている。

 固定クエストは『スライムの肉片収集』と一緒で常にギルドが掲示しているクエストのことだ。

 そのクエストに必要とされる素材もまた、いくつあっても損にはならないとされている素材だった。


「ん、いいんじゃないかな。受けてきなよ」


 それだけ伝えて、残りの朝食に齧りつく。

 やはりというか、彼女の選んだ依頼はそこまで大変なものではなかった。




 魔物は、住む場所によって姿形、特徴が変わってくる。

 同じ見た目なのに熱に強かったり寒さに強かったりするのだ。

 見た目が同じだからと言って、発生区域が違えば同じ対策は取れない。

 なので魔物に付けられる名前というのは、間違った推測が立てづらいように大雑把な外見で決まる。


 今回の目標は、フォレストウルフという魔物だ。

 (ウルフ)種という四足歩行で素早く動き回る魔物で、(フォレスト)に出現しているのでフォレストウルフと呼ばれている。

 俺たちの住んでいる町の周囲で出現するフォレストウルフは集団で四~七匹の群れになっている。

 縄張りと言えるようなものはあまり作らず、狩りのとき以外では群れの中に近づかなければ向こうからは襲ってはこない。

 素材としてだが、肉は食べられないことはないが不味い。

 しかし皮は滑り止めとして優良で、武器の柄に巻くなどして素人から玄人まで多く使われている。

 また、錬金術の進歩のおかげで加工して軟膏にすることができるらしく、軽度の傷などにはよく効くのだそうだ。


 さて、フォレストウルフは縄張りというものはあまり作らないので、群れを見つけるのが少々難しい。

 縄張りを作る魔物ならば、周囲に多少なりと分かりやすい警告があるからだ。

 そういうことに長けている冒険者もいるが、俺の得意分野は一種の捜索ではなく。

 区域の調査、あるいは大体の場所が判っている魔物の情報収集だ。


「じゃあ、クエストでは本気を出さない方が良いってことですか?」

「そうと言い切れないけど、緊急時の離脱や帰りを考慮すると、全力で挑むのは個人的には良いと思わないかな」


 そんなわけで、俺とロゼは雑談交じりに小さな望遠鏡をのぞきながら獲物を探す。

 その時の話題は戦闘時の立ち回りだった。


「ネロさんは何か基準とかあるのですか? その、これがダメなら撤退とか」

「そうだな……」


 少し考えてから、俺は五本の指を立てる。


「五手でおこなえる行動で制限して、それがダメなら基本は諦めるかな」

「五手、ですか?」


 本気や奥の手を話さないというのは、冒険者の自衛だ。

 彼女がそれを知っているかは知らないが、それが常識だ。

 ただそれはそれとして、何ができるかは共有しておかないと連携に関わってくる、らしい。

 まぁ、どれも昔聞いただけの話で、実践できていると思えない。

 俺は普段は一人での行動なので、連携以前の話なのだ。

 自分に何ができるかを説明するのは難しいが、それは必要なことなのだろう。


「縮地術って一歩で長距離を高速で移動する流動術の応用技があるんだけど、基本俺はそれを主体に立ち回ってる。

 一歩につき一手で、攻撃で一手。それらを組み合わせた最大五手。

 その範囲での行動が通じなかったら一時撤退かな。

 まぁその時々で手数を増やしたり減らしたりすることもあるから絶対ではないけど」


 そんな話をしていると、ようやく目標の獲物の群れを見つける。

 数は六。

 望遠鏡越しにこちらを注意しているのが見えるので、おそらく接近には気づかれている。 

 近くに獣の死体が見え、口元が血だらけなので今は食事中だったのだろう。

 死体の正体は大きさや細部の特徴からして(ベア)種、魔物かどうかはわからない。

 傷跡からして、死体を見つけたのではなく、狩りによって倒されている。

 落ちていた死体ではなく狩りで得たということは、餌から簡単に離れることはないはず。

 こちらから襲い掛かってもすぐに逃走せず、向こうも応戦してくるだろう。

 群れの長を先に倒してしまうと、ウルフ達はバラバラに散ってしまう。

 一匹でも多く狩るには長は後回しにしなくてはいけない。


 だいたいの方針が決まったので、俺は死体グロいなぁと呟くロゼに話しかける。


「まず俺が群れに突っ込むから、それを確認してから援護射撃を頼む。

 ただ右から2番目、一番最初にこっちに反応した奴以外を狙ってくれるとありがたい」

「え? あ、はい、お受けいたしました」


 体内の魔力の循環を外側に大きく迂回させ、皮膚や衣服の防御力を上げる。

 出来るだけ少ない労力で済む移動ルートを計算する。

 短剣を逆手に持ち、足から息を吐くイメージで走りだす準備をする。


「準備はいいか?」

「はい」

「俺は狙うなよ?」

「……はい!」


 大丈夫かな……。


「よし、いくぞ」


 俺は息を大きく吸い、横目でロゼが魔法銃を構えるのを確認してから魔力を放出させ、放物線を描くように自分の体を空中に投げ飛ばした。


 一手目、群れの中に入る。


 二手目、魔物の頭に短剣を刺し、咆哮を上げようとする近くの魔物の口の中に小型爆弾を投げ入れる。


 三手目、別の二匹の魔物に近づく。


 四手目、二手目と同じやり方で二匹を狙う。


 五手目、このまま全滅出来そうだったけど木の上に離脱する。


 ――さて、あと二匹はロゼに任せたいところだけど。

 そう考えていると、二匹の魔物の頭が爆弾により破裂し、内一匹の胴体にロゼの放った魔術弾が命中する。

 どうやら彼女が狙っていた魔物と俺が狙っていた魔物がかぶていたらしい。

 まぁ、組んでから初日で連携が上手くいくはずもないか。

 俺は魔物が逃走する前に、木から飛び降りながら短剣に魔力を通し、魔力で伸ばした刃で長の首を落とす。

 そして残った一匹に短剣を投げようとしたところで、その魔物の胴体を魔術弾が貫いた。


 そういえば、彼女がガルドから譲り受けた魔法銃はそれなりの連射力があるのだったか。

 俺の持ってた魔法銃は準魔力保存庫という魔術弾を連射するための機構がない単発式だったので、あまり連射できるイメージが無いのだが。

 いや、それにしても……。


「すいません、ネロさん! 一匹間違えました!!」

「いや、問題ない。お疲れさん。

 ……いい腕してるな」

「え? あ、はい! 実は結構小さい頃から趣味で魔法銃を使ってて、早打ちが得意なんですよ」


 なるほど、昔から魔法銃を扱っていたのか。

 連射力は魔法銃の性能だとしても、弾に追尾機能を付与できないので命中力は完全に射手の技能なのだ。

 ……まてよ?

 ロゼが最初に持っていた魔法銃は『フューレ六十四型』という競技用の魔法銃だった。

 彼女の知識量からして、それ以外の魔法銃は使ったことがないのだろう。

 しかも競技でしか使われないような弾で。


 そんな魔法銃一式がある家庭。

 貴族と思われる彼女の出身。

 聞き覚えのない魔法銃の大会。


 もしかしなくても、それ大会じゃなくて社交界なんじゃ……。


「あの、ネロさん。皮の剥ぎ取りってどうすればいいんですか?」

「ん? ちょっと待ってな」


 まぁ、今はそんなことはどうでもいいか。

 調査などの仕事を多くしているせいか、余計な方へ考えてしまう。

 俺は剥ぎ取り用のナイフを取り出し、ロゼに説明しながら皮を剥ぎ取った。

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