買い物に行こう 後編
俺はなるべくしてなったというか、それしか道のなかった人間だ。
しかし、俺のように森で拾われて、生きるために冒険者になるというのは珍しい部類らしい。
では、ロゼの場合はどうだろうか?
貴族が身分を隠して冒険者になるというのは珍しい話でもない。
だが、実をいうと、ロゼのような人物が冒険者を目指すのは稀だったりする。
七才になったから冒険者組合に登録するという子供は確かにいる。
しかしそれは、自分のお小遣い稼ぎや生活の足しにするため。
集めた素材を納品するために必要だからとりあえず登録しているのだ。
もちろん、これはロゼには当てはまらない。
貴族や富豪など、生活に余裕のある裕福層の家庭で生まれた女性というのは、基本的に蝶よ花よと育てられ。
ナイフとフォークより重いものを持ったことがないという者も多い。
教育方針として剣術や魔法を教える家庭もあるが、それでも家を出て独り立ちしようと考えるのは早くても十三才。
王都にある魔法学院に通える年齢になるか、学院を卒業する十六才ぐらいが平均だ。
ロゼは今は十一才らしい。
それなりに厳しい教育を受けているようだが、それでも自身の使っている武器のこともよく知らない世間知らずなお嬢様だ。
つまりこれも当てはまらない。
そんな少女が何故家出をしたのか。
動機はおそらく、勉強が嫌になったからだ。
魔法銃と魔術弾について説明する前に、この国の魔術具について説明しなければならない。
魔術具は基本、魔力を込めるだけで、込められた魔法が発動する道具のことをさす。
大きく分けると何度でも使える物、使い捨ての物、何度でも使えるが触媒が必要な物の三種類あり。
制作には魔物の体内にある魔石を使うのだが、魔物の種類によって書き込む魔法陣に調整が必要になるそうだ。
過去国内では様々な魔術具が制作されたのだが、その大半は作り方が確立されておらず、量産が難しいものになっている。
そんな世の中で開発された魔法銃というのは、とても画期的なものだった。
魔法銃には、魔術弾を発動するにあたって、共有になる部分の魔法陣が刻まれている。
これによって、魔術弾に刻む魔法陣の量が減り、魔法銃も多少勉強すれば自作できるほど簡易化された。
そして魔術弾も、必要な魔石の性質などが数値化されているらしく、僅かな誤差はあれど、同じものが作れるようになっているのだそうだ。
その他にも魔力を込めたあと任意のタイミングで引き金を引いて、魔法を発動させることができるなど、魔法銃にしかない利点も多くあり。
王都を中心に、徐々に魔法銃を使って戦う冒険者が増えているのだとか。
さて、長々と説明したが、今回大切なのは、魔術具を扱うには魔力を込める必要があるというところだ。
彼女は言った。小さい頃から魔術の勉強をしていたと。
そして言った。魔力を込めるぐらいしか出来ないと。
だからこそ、俺は何を言ってんだこいつと頭を抱えた。
そう、彼女は魔術の勉強が身にならなかったのだ。
魔術具が魔力を込めるだけで使えるという知識が身につかなかったほどに。
故に。
「すごい! ホントに魔力を込めるだけで撃てるんですね!!」
と、俺の埃が被っていた魔法銃で魔術弾を試し打ちした少女が、目の前にいるのだった。
俺達が使ってる宿屋とは別の宿になるのだが、その宿屋の庭には試し撃ち用の的がある。
これはガルドが自分で使うために設置したものだが、他の人も使っていいという条件で大家に許可をもらったのだそうだ。
丸太のようなかなり分厚く硬い木製の的で、魔力を込めると元の形に戻るという優れものだ。
色々応用ができそうな技術が使われている的だが、少なくとも建築素材などにはあまり向かないらしい。
そんなこじんまりとした射撃場で試し打ちを終えた俺とロゼは、再び魔法銃の専門店に向かうことになった。
やはりというか、ロゼは特に火薬弾にこだわりはないらしい。
その道中、俺たちは冒険者向けの雑貨屋に立ち寄った。
雑貨屋はドロボウ対策なのか、店の外から窓口にいる店主に必要な物を注文する形式になっている。
ここに用事があったのは、ロゼではなく俺だ。
「発破三個と焼却剤二瓶分」
「あいよ」
俺は道具入れから空になった革袋を店のカウンターに置く。
なれたもので、省略された注文を聞いた店主は店の奥に入っていった。
「……はっぱ?」
「液体火薬入り何たらみたいな名前で……
……まぁ、爆発する道具だな」
「なるほど、それって何に使うんですか?」
「……色々?
基本的には魔物に投げてダメージを与えるものだけど、物が小さいぶん威力が弱いから、それだけで倒せる魔物はあんまりいないな。
だからちょっと改造して獲物を探す時の罠として使ったり、顔に投げつけて目くらましに使うのが基本だ。
あと俺の場合だと、魔物の口の中に放り込んだり傷口に埋めたりする」
「うわぁ……」
そんな感じで、ロゼは引き気味に道具の使い方を聞いては、自分も使えそうなものを考える。
ちなみに焼却剤は素材をはぎ取った後の魔物の死体を焼くときに使う。
死体をそのままにすることは推奨されていないらしく、倒した魔物は土に埋めるか焼却剤を使って焼くことと決められている。
不思議なもので焼却剤を使って焼くと、火が燃え移って山火事が起きたりしないのだ。
もちろん例外もあり、例えばギルドから素材採取の依頼を受けたとき、魔物の後処理はギルドが受け持つ。
大きな魔物ほど素材の持ち帰りが難しく、討伐時の装備では解体も大変だからだ。
手間賃を取られるが、ギルドに依頼して回収してもらうこともできる。
結局のところ、ロゼが買ったのは、導き針という登録した王都か櫓の方向に針の先が向く道具だけだった。
剥ぎ取り用のナイフなどは既に持っていたらしい。
森などから迷わず帰るための導き針を持っていなかった方が驚きだけど。
魔法銃の専門店に戻ってくると、驚いたことにガルドがいた。
どこに誰がいても不思議ではないかも知れないが、個人的に彼はこの時間帯は仕事をしているイメージが強かったのだ。
「あれ、仕事は?」
「ん? 昨日までで粗方稼いだから今日は休みだ」
嬢ちゃんから聞いてないのか、と聞かれるがもちろん聞いてない。
というか昨日は奢る必要なかったじゃねぇか、金持ってんだろ。
「ガルドさんはどうしてこちらに?」
「おう、注文していた部品が届いたらしくてな。古い銃の整備ついでに取りに来たんだ」
そう言ってガルドは肩に乗せるように担いでいた口紐を指ではじく。
しかし肝心の背負われていた革袋の大きさからして部品というにはあまりに大きく、魔法銃が2丁まるまる入っているのではないかという大きさだった。
「デカいな」
「銃身が六本入ってるからな」
何処に使うんだよそんな数。
そんな世間話をしてる中で、店の奥から眼鏡の下に眼帯を付けた老人が黒い長身の銃を持って現れる。
彼は魔法銃の整備士らしい。
「終わったぞ」
「原因何だった?」
「陣が欠けとった。一から書き直して保護塗料も塗ってついでに軽く掃除したから、今すぐにでも使えるぞ」
「ほう、そいつはいいな」
そう言って整備士との会話を切ったガルドは、上機嫌な顔でロゼに受け取った魔法銃を渡す。
「……え?」
「やるよ、五世代ぐらい前のお古だが、六四よりかはマシだろ」
困惑しながら受け取るロゼに、ガルドは続ける。
「『レナーラ六〇九型』、規格は第二種。
筒内生成式、火薬弾不可、魔力保存時間は三時間、準魔力保存庫六発。
第一規格は想定してないから欲しけりゃ自分で用意しな」
「え? あの、いいんですか?」
歯を見せながらガルドは笑い、大きな手をロゼの頭に乗せる。
「まぁ、これから銃使い手の同士になる奴の相棒が、魔力保存機構すらないってのは流石に可哀想だからな」
「っ! ありがとうございます! 大切にします!!」
ロゼはそう言うと、今にも飛び跳ねそうなほど嬉しそうに受け取った魔法銃を抱きかかえる。
ガルドの容姿と相まって、その姿は親子のようだった。
「ネロ、お前さんもせっかくだから魔術弾の一発でも買ってやれ」
「えぇ……」
そんな義理は無い。
昨日の祝盃の代金だって俺持ちだったし。
お膳立てされてたとはいえ、冒険者として必要な基礎知識はある程度教えて、依頼報酬も譲渡した。
なので今更そこまでしてあげるような義理は無い、のだが……。
ここで断ると、こいつに子供扱いされるのが目に見えるわけで。
実際のところ、俺はまだ子供だけど、それでもこいつにだけは子供扱いされたくないわけで。
「はぁ、……筒内生成式の第二種でいいんだっけ?」
「あの、ネロさん無理に買っていただかなくても、私自分でちゃんと払えますよ?」
「気にしなくていい、ただの意地さ」
さて、魔術弾には大きさがあり、小さい方から第一種、そこから数が増えていき、合計四種類の規格がある。
大きい規格であれば威力が高くなり、発動する魔法の種類も豊富になる。
それだけ聞けば大きい方が良いと思えるかもしれないが、もちろん欠点がある。
魔力を込めるのに時間がかかるのだ。
革袋に息を吹き込んで膨らませる感覚に近いだろう。
しかも魔術弾は何度でも使える魔術具だが、何度も使うと劣化していき、最終的には壊れてしまう。
一度に無理やり魔力を込めようとすると劣化が早まってしまうという消耗品なのだ。
桶をひっくり返して一気に樽の中に水を入れるようにもいかない。
なので、一度の魔力の消費が少なく、連射力のある小さい規格を好む者もいる。
ちなみに、中身だけ術の内容を変えて小さい規格に合わせることができる。
魔法銃の装填する為の規格が第三種用であっても、形だけ第三種で第一種の性能の魔術弾が扱えるのだ。
さて、今回の場合、魔術弾の規格は第二種。
特徴としては、生成される弾が細かく分散できるようにしたり、熱や冷気をまとわせたりできる。
直進する弾しか生成出来ない第一種に比べると自由に選べる弾種だ。
ただし。
「筒内生成式ってたしか直進系の魔術弾しか使えないんだっけ?」
「お、よく覚えてんじゃねぇか」
魔法銃には先端に弾を生成する先端式と銃身の筒の内部に生成する筒内式の二種類ある。
火薬弾は銃身が長いほど威力が上がると言われている。
筒内式も同じで、先端式に比べると威力が上がるのだそうだ。
ただし、直進する弾以外の弾を使用すると銃身が暴発する恐れがあるらしい。
かつては、弾種が豊富の先端式か一撃の威力が高い筒内式で好みが別れていたのだそうだ。
ちなみに物理学の進歩とかの理由で魔術弾が改良された結果、二つの型の威力は誤差と言えるほどになっているらしい。
そのせいか最新の魔法銃はだいたい先端式だったりする。
「ちなみに直線系だと今のおすすめはこちらの貫通特化ですね。
生成された弾の形状が先端が鋭利になっていて螺旋状の彫があるそうです。
従来と違って発射時に後から追加の方向性の破裂が発生して威力を底上げしています。
破裂分に魔力容量の一部がとられますが、強度含め貫通性能には一切問題ありません」
「それ俺にくれ」
迷っていると、俺に店員が勧めてくれた商品をガルドが購入を決める。
なんでだよ。
「……じゃあ俺もそれ二つ」
「はい、ありがとうございます」
ガルドの行動に頭を抱えながらも、俺は自分の購入した分の代金を支払う。
売れたことが嬉しいのか、上機嫌に店員が商品を袋詰めた。
そんな中、俺の服を軽くつまんで引っ張ったロゼは、小さな声で問いかけた。
「あの、どうして二つも購入されるのですか?」
「一個は予備だ。依頼の最中に壊れることもあるからな」
「なるほど、ではガルドさんが十個ぐらい購入されたのは何故ですか?」
「しらん」
そんなところでお金使うから金欠になるだよ。
まぁ別に、ガルドが金欠になって俺が困るわけではないので良いのだが。
ただそれでもこれだけは言わないといけないだろう。
「今日は奢らないよ」
「……おいおい、大人をなめるなよ」
ガルドは少し思案した後、問題ないと頷いた。