俺、魔法少女
田中の奇声を聞き、俺は怪訝な顔を浮かべる。
魔法少女?この化け物の事か?
「あいつ...恐怖で頭がおかしくなったか?」
SAN値0というやつだろうか?
ただオタクなだけだと思っていたが、ついに頭まで...。
まぁ、無理もない。あんな化け物につかまれていたんだもんな。
俺は田中の頭の心配をしながらも、化け物からは目を離さないようにした。
「田中!今はとりあえずこの場から離れるぞ!」
「はぅあ!?謎の美少女が拙者の名前を知っているでござる!デュフフ、これは恋の予感でござるか?」
さっきからこいつは何を言っているんだ?
俺がさらに田中の頭の心配をしていると。
田中がものすごいキメ顔をしながら、そっと口を開いた。
「拙者、足がすくんで 1 歩も動けないでござるよ」
…こいつ...見捨てていこうか...。
もう見捨てていってもいいよな。
誰にも怒られない気がする...。
本気でそんな事を考えていると、化け物の方に動きが見える。
だらんとしていた腕が急に刃物のような形に変形し、それを力任せにぶんっと振り回してきたのだ。
「うわ!?あぶねぇ!!」
幸いにも速度はそこまで速く感じず、俺は当たる寸前のところで刃物を避けることができた。
これなら田中が動けるようになったら逃げ切れるかもしれない。
『兎に角田中をなんとかして逃げないと...!』
『逃げる?どうしてだい?』
そんな事を考えていた俺の頭に、何かが話しかけてくる。
いやいやまて。
俺に厨二設定はありませんよ?
ここに来て俺の第 2 の人格あらわれたのか?
それとも俺もとうとう頭が...?
だとしたら相当ショックだな。 全く。求めてないぞ、そんなもの...、などと思っていると、頭の中で再び声が鳴り響く。
『今の君なら勝てる、さぁ勇気を出して!』
『やかましい!それが出来たら苦労しないんじゃい!』
俺はそう心の中で叫びながら、その叫びを発散するように拳を前に突き出す。
するとボンッという軽い音と共に、化け物の腹に風穴が空き、化け物は地面をごろごろと転がる。
「う、うそぉ...?」
もしかして元々強くなかったのか?
え、まさかの見掛け倒しってやつ...? ポカンとしながら倒れた化け物を見ていると、化け物は刃物のようだった腕をムチのような形に変え、俺の足に 巻き付けてくる。
俺はなんともいえない不快感に襲われ、あまりの気持ち悪さにそのまま足を振り上げると、化け物がそれにつられて宙を舞い俺目掛けて飛んでくる。
「あ!えーと、えーと、せいっ!」
化け物にぶつかる直前、軽く横にかわしながら頭部にパンチ。
すると先程と同様、軽い音と共に化け物の頭が弾け飛ぶ。
「やった!これで...」
なんだ!全然弱いじゃん!
勝利を確信してガッツポーズを決めた俺の脇腹に、化け物の足と思われる部位が深々と突き刺さり、地面 を何バウンドもしながら塀にぶつかる。
「いってぇ...くもない?」
次いでくると思われた痛みがなく不思議に思っていると、頭の中で再び声が鳴り響く。
『やつに人体的急所はないよ!目で見るんじゃなく感じるんだ!』
頭の中の声は今日一わけわからない事を発する。
だが、ここに来てこの頭の中の声は信用出来るとなぜか感じた、なんやかんやでこいつが言ってきた事は今まで本当だったからだ。
俺は静かに化け物を観察する。
『目で見えない?感じる?』
そんな大雑把な感覚を辿っていくと、黒い化け物の中を動き回る何かを見つける。
何かある。
きっとあそこを狙えば...!
俺はそのまま化け物に急接近、すれ違いざまに振り下ろされる手らしき何かを避け、ソレ目掛けてキックを繰り出す。
だが化け物も何かを察知したのか、焦ったように俺の攻撃を避ける。
「どうやら、本当にそこが弱点みたいだ…なっと!」
俺はキックの状態からもうひと回転、飛び蹴りをかます。
普段なら出来ないような芸当だが、謎の全能感から出来ると確信があった。
そして見事に弱点に命中し、何かを粉砕。
化け物は、金切り声をあげて、空中に霧散していった。
「やった...のか?ははっ、俺やっつけちまった」
化け物をやっつけたことに安心したのか、今更になって腰が抜けそうになる。
が、しかしここで腰を抜かすわけにはいかない。
なんてったって田中がいるからな。
SAN値0のあいつをこのまま放っておいたら大変な事になる。
俺はなんとか踏ん張りながら田中の前に行き、助け起こす為に手を差し伸べる。
「おい、田中、無事か?」
「は、はぃぃぃ!」
田中は恋する乙女のような反応をすると、差し出された俺の手をにぎにぎ。
「助けてくれて感謝でござる!デュフフ、あなたはとても強いのでござるな…」
ええい!寄るな触るな!気持ち悪い!
というかなんでこいつはこんな他人行儀なんだ?
俺は田中の手を振り払いさっと手を引っ込めると、顔を顰めながら辺りを見回す。
何故か田中が残念そうにしているが、知ったことでは無い。
「どうやら他に通行人はいなかったようだな」
あんな化け物がでたんだ、被害が出なくてよかったよ。
「壁や道路にも傷はなし、お?」
俺は誰も乗っていない車が一台ぽつん、と置いてある事にきずく。
この車、壊れてたらとんでもないことになってたんじゃ...、と感じ、なんともなかった車を見て安堵した。
しかし俺は、ふいに見た車の窓に反射して映る少女の姿に気がつく。
「おいおい、誰もいないと思ったら、こんな子供までいたのかよ危ねぇなぁ」
全く気が付かなかった。
それだけやつに夢中だったのか俺は。
見た感じ怪我はなさそうだし、顔色も良さそうだ。
子供に怪我がなくてよかった。
「おーい、大丈夫かー?」
そう言いながら後ろを振り向いた。
しかし後ろを見ても誰もいない。
…あれ?
嫌な予感がした俺は、試しに変なポーズをしてみると、窓に反射する子供はその通りに動いている。
俺はははっと顔を強ばらせる。
まて、これもしかしてもしかする...?
試しに頬をつまんでみる、痛い、そして窓に反射する子供も同じ動きをしている。
俺は思った。
ああ、これは嫌な予感が的中している。
本当に言ってるのか?
こんなことがあっていいのか。
しばらく考え、一周回って俺は改めて思った。
あれ、これ俺じゃね?と。
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