魔法少女キター!
それは俺が高校に入って充実した毎日を過ごしていたある日、唐突にやってきた。
「やはり時代は魔法少女ですぞ!」
そんな事を熱く語るのは俺の中学からの親友の田中。
少し小太りで、頭に迷彩柄のバンダナをつけた彼は、由緒正しい非常にオープンなオタク。
本人は自分がオタクであることは認識しているらしいが、オタクとしてのプライドなのか。
『拙者は、オタクはオタクでもなんでもいけちゃう、いいタイプのオタクでござるよ!』
ジャンルとしてはなんでもいけるやつなのだが、最近はどうやら『魔法少女物』にハマっているらしい。
そんな彼は、最近頼んでもないのにいつも家に押しかけ、魔法少女について信じられないくらいの熱量で語り、布教しては帰っていくのだ。
「魔法少女って言われてもなぁ...。俺にとっちゃ女児アニメという認識しかないぞ」
「デュフフ、これだからひろ氏は分かってないでござるよ」
田中はニチャアと笑みを浮かべると、グイグイと俺に滲み寄ってくる。
ええい!近寄るな!
「ひろ氏、良いですかな?そもそも魔法少女というのは...」
俺は、あっこれ長くなるやつだ、と思いながらスマホを出していじりながら、田中の魔法少女理論を右から左へと聞き流す。
といっても特段見るものがあるという訳ではなく。
適当にその辺のネットニュースをポチポチ流し読みするだけなのだが。
【安土県桃山市でまたも通り魔発生
【未確認生物発見か!?
【正体不明の血痕またも見つかる
「げっ、また通り魔が出たのか、しかも家に近いな...」
「聞いているのですか!ひろ氏!魔法少女の良さを!...もう一度話した方がよいですかな?」
「いや!!それは全く!全く以って必要ない、大丈夫だ!」
田中は俺が聞いてないのに気づき、机をバンバン叩きながら俺の方を見ていた。
「わるかった!わるかったからもうウチの机を壊すのはやめてくれ!」
俺はどうどうと田中を諌める。
「まったく、拙者のこーんな大事な話を無視して何を見てたでござるか?」
「大事...?」
俺にとってはどこが大事なのかはさっぱりわからんが。
まぁいい。反論するともう一度語ってくるだろう、おとなしく白状するとしよう。
「...ネットニュースだよ。ほら、またウチの近くで通り魔だと」
「ほんとでござるか...?物騒な世の中になったでござる」
田中はやれやれと両手を広げると、持ってきていた魔法少女グッズをいそいそとカバンに詰め出す。
「お?帰るのか?」
「通り魔も出たらしいでござるからな、帰りが遅くなると母上が心配するでござる」
「ああ、それが良いと思う。俺も心配だからな。」
「それは拙者の心配でござるか??」
「あ~...。お前のことでもある。」
「はぁ、これだからひろ氏は...。」
田中の魔法少女談義が終わる事に安堵した俺は、今日一の笑みを浮かべて田中を送り出す。
田中は最後にデュフフと笑うと、そのまま夕日に向かって歩き出す。
「はあーっ、やーっと帰ったよ」
俺は長いため息を吐くと、自分の部屋に戻る。
「机、壊れなくてよかったよ。本当に。」
と、机をポンポンと叩く。
「ったく、これが可愛い幼なじみとかだったら嬉しいだろうけどなぁ」
そんな叶うわけがない薄い願望を口にしながら椅子に腰掛けると、ふと視界の端に棒のような物を見つける。
よく見るまでもなく、それは可愛らしい装飾がされた魔法のステッキだった。
「おいおい...。田中のやつ、ここに忘れて帰ったな?」
追いかけるか...?いやでもせっかく帰った手前、届けに行くのも面倒だな。
通り魔もでるらしいしな。うん。決して面倒な方が上回ってなどはいない。決して。
「明日にでも返しに行くかな。」
...いや、待てよ。
でもこのままにしといたらもっと面倒臭い事になりそうだと明日の様子を想像してみる。
『ひろ氏~!酷いでござる~!』
俺の頭の中の田中が、俺の部屋で駄々をこねる様子が容易に想像できた。
仕方ないか。
俺はそう思い直し、そのへんに落ちていた適当なカバンに魔法のステッキを入れて、夕日の中に消えていった田中を追いかけることにした。
「さっき出てったばっかしだし。田中の足ならそう遠くには行ってないはずだな。」
そうボソボソと言いながら家のカギを閉めて家を出た。
そして、近くの公園を横切った所で見覚えのある背中を見つける。
あの小太りな背中は間違いなく田中だ。
「おーい!田中、忘れ物!」
カバンからごそごそとステッキを取り出した俺は、田中に近づこうとして足を止める。
「なんだ...あれ...」
俺は、いつも見ているあいつの背中の先を見て呆然と呟く。
そこにいたのは。
到底この世のものとは思えない黒い『ナニカ』だった。
形状は人のような形をしているが、関節など存在しないのだろう。
ぐにゃぐにゃと手足をブラつかせている。
遠くからでも分かる腐臭に、耳を覆いたくなるほどの気持ち悪い音。
それは紛うことなき化け物だった。
「なん、だ、あれ...」
俺はあまりの恐怖に足を竦め、目をそらした。
なんなんだあいつ。
本当に存在しているのか?
気持ち悪い、生き物とも思えない『ナニカ』が...。
俺は全身に冷や汗をかいた。
そして、額に汗がにじみ出してきたころ、俺は思った。
いや、待て。
今目をそらして逃げたらあいつは、田中はどうなる?
連日ニュースになってる『通り魔』の正体がもしあいつなんだとしたら?
俺は最悪の事態を想像した。
そう思い、意を決しもう一度やつのことを見た。
俺の視界の先で、化け物が田中に向かって腕を振り下ろそうとしている。
ヤバい、ヤバいヤバいヤバい。
そんな言葉が頭の中に反芻する。
「このままじゃ田中が...!」
どうしたらいい。
どうしたら、田中を救える。
俺がいまするべき最適な行動は何だ?
ええい、もうどうにでもなれ。
俺はそう考えるやいなや、持っていた魔法のステッキを化け物に投げつけようと振りかぶる。
すると、唐突に魔法のステッキが光り出す。
「...なんだ!?」
あまりの眩しさに目を閉じてしまっていた俺は、1 段階視界が下がったような感覚に襲われる。 それと同時に、化け物への恐怖心が一切無くなっていた。
『なんだ...何が起きた?』
何が何だかさっぱり分からないが、さっきの光で化け物が田中を落としている。
今のうちに田中を化け物から引き剥がせば、田中は助かる。
そう思った俺は軽く走りながらに田中に駆け寄ると、田中の背中を思いっきり後ろに引っ張る。
すると、まるで小さい子供を投げるかのように軽々と後ろに放り投げてしまった。
『あれ?田中ってこんな軽かったっけ?』
以前、『拙者のことをお姫様抱っこしてみるでござる!』と意味の分からないことを言い始めてきかなくなって、俺が持とうとしたときは、もっと重かった気が...。
それに最近、魔法少女ウエハースを食べ始めてからはもっと太っていっていたような。
色々と疑問を思い浮かべながら、後ろに走り、目の前の化け物から距離を置く。
田中の方を確認すると、余程怖かったのか、俺の方を見てガクガクと震えている。
そしてなぜか俺の方を指さし...。
「ま、魔法少女キター!!!」
「ほぁ?」
謎の奇声をあげるのであった。
これが、俺のごく普通な生活が普通でなくなった日であった。
3日おきくらいに投稿します。
18時投稿予定!