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■■小鳥遊 美晴 ’s View■■


 あちこちでどんどんと大きな振動音がする。

 時折ぴかりと赤や青の光が空を巡る。

 それは学園の生徒たちが奮闘している証だった。

 

 おかしな気分だ。

 皆が大騒ぎで焦っているのに私は高揚していた。

 このドキドキはなんだろう。

 肌が危険を感じるときの緊張感?

 目の前で具現化(リアライズ)を見られるという期待感?

 物語の主人公(ヒロイン)のように役割を与えられているという使命感?

 それとも・・・先輩の近くにいられるかもという、諦めたはずの恋慕の気持ち?

 そのどれもかもしれない。


 私たちは光柱を目指して走る。

 先頭をジャンヌさん。

 その後ろに大先輩のお姉さん、私、響ちゃん。

 いちばん後ろにリアムさん。

 フィールドから学園広場まで1キロメートルくらい。

 すぐに到着するはずなのにとても長く感じていた。



「! 止まって!」


「Gyarrrrrr・・・」



 ジャンヌさんの声に皆が足を止める。

 前方に魔物らしき何かが道を塞いでいた。

 こうして何かに遭遇するたび行動を制限されていた。



「はっ!」



 ジャンヌさんが槍で突いて仕留めている。

 ひと突きで狼みたいな魔物を倒した彼女に、横から飛びかかる別の魔物がいた。



「危ない!」



 私が思わず口にするのと、後ろからパシュウ、と音がするのが同時だった。

 ジャンヌさんに飛びかかった魔物はリアムさんの銃弾によって胴に穴を開けていた。



「リアム、ありがと!」


「危なかったね~」



 私が恐怖を感じる間もなく魔物は倒されていた。

 ジャンヌさんとリアムさんは阿吽の呼吸。

 隙は互いに補っていたし、無駄な動きもない。

 信頼し合っていることがよくわかる。


 羨ましい。そう思った。

 私は響ちゃんをこのくらい信頼できてるかな。

 出会って半年できっと共鳴もしてる。

 ここまで互いを信頼できるようになるのに何があったんだろう。



「美晴、響、大丈夫? まだ走れる?」


「は、はい」


「はぁ、はぁ・・・。いけるぜ~」



 闘い終わったジャンヌさんが気を配ってくれる。


 うん、私はまだ大丈夫。

 リア研に入ってから運動をしていない響ちゃんは少しきつそう。

 でもここで休む選択肢はなかった。



「あと少しよ。頑張って」


「・・・あーい」



 大先輩のお姉さんに励まされ、私たちはまた走り始めた。



「アレクサンドラは大型の魔物だけと言っていたけれど」



 走り始めると大先輩のお姉さんが言った。



「さっきから遭遇する小型の魔物は迷宮化の兆候。本来、居ないはずの場所に湧いている。あの光柱が龍脈に穴を開けているから」


「それって?」


「魔物が自然発生する迷宮が生まれる。アトランティスみたいに」


「ええ!?」



 リアムさんが驚いている。

 それはそうだ。

 魔物が自然発生するなんて。

 そんな物騒なものがここに出来たら、皆が無事に済まない。



「どうしてそんなことが・・・」


「その答えがあそこにある。行くしかない」


「はい!」



 高天原の学生たちはエリート。

 その中に混じって使命を得た私はその仲間入りをした気になっていた。

 だから無理をすることにも躊躇がなかった。

 そう、強い気になっていた。

 何をやれと言われてもきっとやり遂げられると。


 同じ気持ちなのか息が切れている響ちゃんも必死に走っていた。

 今は1秒でも早くあそこにたどり着かなきゃと思っているんだろう。


 昼間だというのに光柱が明るいせいで、かえって暗く感じる。

 それが得体の知れない不気味さを生んでいた。

 まるで神社の周りにある雑木林で迷子になってしまったかのように。


 孤独に浮足立っている私がいた。



 ◇


■■九条 さくら ’s View■■


「約束が違います! その言葉を教えていただけると!」


「あら、だからレオンに教えたじゃない。彼が言うかどうかは別だけど」


「そんな!? お願いです、教えてください!!」


「きゃは、どうしよっかな~」



 約束を違えられたとき。

 期待を裏切られたことに怒りを感じたり、失望したり。

 様々な感情に揺り動かされます。

 わたしは激しく動揺していました。


 必死に訴えました。

 馬鹿にされたって良い。彼を救うためなら何だってしてみせる。

 でもレベッカさんは勿体ぶってのらりくらり。

 わたしは焦燥感にばかり駆られます。



「お願い、お願いします・・・」


「レベッカ、あまりお遊びをする時間はないぞ?」


「あら、うふふ。それじゃ早速。レオン様、その鬱陶しい娘を切り捨ててくださいませ」


「え・・・!?」



 何事かと事態を理解する間もなく。

 レベッカさんにけしかけられたレオンさんがわたしに向かってきます。


 いつも優しく力強く振る舞っているレオンさん。

 『高天原の金獅子』。

 LLL(レオン・ラブ・リーグ)の面々を痺れさせていたあの横顔はそこにありませんでした。

 何も感じさせないくらいの無表情。

 綺麗な金色の瞳は輝きを失ってわたしの姿をただ映しているだけです。


 そのあまりの落差に理解が追いついていませんでした。



「さくら! 危ない!」


「きゃっ!?」



 がきん。

 呆然としていたわたしの手を橘先輩が引いてくれていました。

 わたしが立っていた地面が大きく抉れています。

 彼の王者の剣(カリバーン)は容赦なくその場所に叩きつけられていました。

 背筋がぞくりと冷えました。

 彼がわたしをわたしとして認識できていなことへの恐怖で!



「しっかりして! 彼に今、呼びかけても反応しない!」


「そんな・・・!?」



 わたしに刃を向けるレオンさん。

 愕然として、それ以上考えることができません。


 彼があのアーティファクトの力で魅せられていることはわかっています。

 でも・・・それでも!

 心のどこかで期待していたのです。

 この半年間、彼と共に行動して培ってきた絆。

 互いを信頼する強い想い。

 それがあんな道具に負けることはない。

 そんな甘い期待がわたしの胸の中にあったのですから。



「レオンさん! わたしです、さくらです!」


「さくら、駄目!!」



 ぶおん、とレオンさんの大剣が耳元を過ぎていきます。

 また強く橘先輩に手を引っ張られていました。


 がらがらと崩れゆくわたしの幻想。

 それを否定する橘先輩の叱責が余計にわたしを混乱させていました。



「きゃはは! 状況を理解できないなんて、さすが端女は無様ね!」


「あなたに・・・人の心を弄ぶあなたにレオンさんの何がわかるのですか!」


「うふふ、何とでも言いなさい。美しい幻想を抱いたまま逝くといいわ」



 レベッカさんの挑発にかっとなって言い返したわたし。

 気付けば横からレオンさんが横薙ぎに斬りつけて来ていました。

 あれは押されても引かれても躱せない。

 そう悟るくらいの勢いでした。



「!! 凛花さん! お願い!!」


「あ~もう、世話が焼けるね!」


 ばちいぃぃん!


 橘先輩の叫びに凛花先輩が呼応しました。

 気付けばレオンさんの手から王者の剣(カリバーン)が離れ、空中で四散していきます。

 彼女がレオンさんの腕を蹴り上げていました。

 具現化(リアライズ)を失ったレオンさんは様子を見るようにわたしから距離をとりました。



「ふむ、ソフィ。そこの髪を束ねた女を殺ってしまえ」



 そのタイミングでゲルオクさんが発した言葉。

 ソフィアさんが私たちに向かって突進してきました!



「ひっ!?」


「下がって!」



 ばちいぃぃぃん!


 橘先輩の目の前で赤と緑の火花が散りました。

 腰を抜かすように後ろに飛び退いた橘先輩の前に結弦さんが立っていました。



「ソフィア! オレだ、相棒(バディ)だ!」



 強く押し返されたソフィアさんは、ひと呼吸の間を置いてふたたび結弦さんに迫ります。



「ソフィア!?」


「・・・」



 結弦さんの呼びかけに反応せず、無表情のまま。

 動揺する結弦さんにソフィアさんが剣を振りかぶります。


 彼女はあれだけ親しかった結弦さんを何度も斬りつけていました。

 防戦一方の結弦さん。

 ばちんばちんと竜角剣(クリスナーガ)をぎりぎりの位置で受け流していました。



「下がるんだ、結弦!」


「凛花さん!?」



 その激しい斬り結びに凛花先輩が割って入りました。


 ばちいぃぃん!


 電光石火で竜角剣(クリスナーガ)を蹴り上げています。

 その刺突剣も空中で緑の残滓として消えていきました。

 ソフィアさんも具現化(リアライズ)を失って下がっていきます。



「さくら、結弦! 君たちではパートナーを傷つけられないだろう」


「でも・・・」


「オレが・・・」



 武さんの次に親しいレオンさん。

 彼のために何かしなければいけない。

 そんな使命感から否定の言葉を出したものの、わたしはどうすれば良いかわかっていませんでした。

 結弦さんも同じ様子です。

 


「アタイが止めておいてやる。その間に武を、ふたりを救う方法を見つけるんだ!」


「「・・・」」



 わたしたちに背を向けて壁となってくれている凛花先輩。

 彼女の言わんとしていること、しようとしていることは理解できます。

 ですが・・・レオンさんとソフィアさんです。

 無手の凛花先輩ひとりで支えられるのでしょうか。


 迷っているわたしと結弦さんは言葉が出てきませんでした。

 自分の生命を他人に預ける。

 そんな簡単なことが無責任に思えてしまい、頼り切ることが出来ないでいました。



「こら! さくら、結弦!」


「「え!?」」



 そんなわたしと結弦さんを、橘先輩が首に腕を回して引き寄せました。



「貴方たちが優秀なのはわかってる! でも自分ができないことまで抱え込むな! 力があっても出来ないこともあるの! 少しは先輩を頼りなさい!」



 橘先輩のその言葉。

 わたしの弱さからくる葛藤を理解したうえで。

 それをも包み込んでくれるかのような言葉でした。



「わ、わかりました。ありがとうございます」


「ううっ! 凛花さん、お願いします!」


「よし頼まれた! アタイの貸しは高いからな、覚悟しとくんだ!!」



 そうして一歩前へ出た凛花先輩。

 その頼りになる背中が大きく見えました。



「はっはっは! ソフィ、その忌まわしい黄色人種(イエローモンキー)に思い知らせてやるのだ!」


「レオン様、クロフォード公爵令嬢と一緒にお願いしますね」


「他力本願でしか動けない狢が調子に乗るな!!」



 言葉の応酬の次は実力行使。

 すぐにばちん、どかんという音とともに3人が闘い始めました。



「ほら、さくら、結弦。いい、ふたりとも落ち着いて」



 流されるまま、思考が動揺していたわたしを、橘先輩が諭してくれています。



「大変なときほど落ち着くの。自分を取り戻す。ほら、深呼吸をして」



 橘先輩の言葉は自然とわたしの中に入ってきました。

 何をすればいいか教えてくれる、そんな力強い優しい言葉。


 わたしたちは言われるがまま、深呼吸をしました。

 吸って、吐いて、吸って、吐いて。

 十数秒という長い時間、それを繰り返します。


 そうして幾分か思考がクリアになりました。



「良い? やることを整理するよ」



 わたしと結弦さんが落ち着いたのを汲んだ橘先輩。

 思考をうまく誘導してくれています。



「武を助けるにはあの結界を突破しなきゃいけない。でも結界を無効化する『言葉』はレベッカが教えてくれない。だから強行突破するしかない」


「ですが強行突破をすれば武さんの魔力が使われてしまうのですよね?」


「そうだね」


「それにオレたちが近づいても『結界』に弾かれてしまう」


「うん。まずはそこから。その方法を探そう」



 既知の事実を、ただ改めて確認するだけ。

 橘先輩の静かな、それでいて強く支えてくれるようなその声色。

 それがわたしと結弦さんの気持ちを鼓舞してくれていました。


 ・・・あのときと同じです。

 1年前、武さんが意識不明で南極から帰国したとき。

 泣き喚いて取り乱すわたしを抱きしめてくれた橘先輩。

 「さくら、落ち着いて。ほら、深呼吸して」

 その抱擁が教えてくれた、わたし自身を強く持つ方法。

 「彼はそこにいる」

 自分自身の最後の拠り所となる、本当に大切なものと向き合うその気持ち。

 「まだ(・・)消えてない。大事なものを自分から手放さないで」

 吹雪いた心の平野に、最後に残されるその輝きを教えてくれた、あのときと。


 そう、今、わたしにできることを探します。

 わたしたちよりも非力なはずの橘先輩。

 彼女がこれだけ力強くわたしたちを支え、希望を捨てていないのですから!








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