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086

「それで、先生は何て?」


「一時的に過剰な魔力が流れたショック、って言ってた」



 付き添いの工藤さんの表情は重い。

 彼女は小鳥遊さんが寝ているベッドの傍で椅子に座ったままだ。



「そのうちに目を覚ますかもだけど、後遺症が出るかもしれないって」



 抑揚のない声。

 いつもの気怠さがなく真面目モード。

 彼女が普段見せない一面だからこそ恐ろしくも感じてしまう。



「すまねぇ。俺のせいだ」


「先輩のせいじゃねーよ。あの男が悪ぃんだ」


「俺がもっと早く・・・」


「あ? 先輩!!」



 工藤さんはキッと俺を睨みつけ言葉を遮った。

 初めて向けられる彼女からの怒りにたじろぐ。



「先輩、みーちゃんの気持ちを台無しにするつもり!? なんでみーちゃんが頑張ってたのかわかってねーだろ!」


「・・・」


「んなんだからむっつり先輩なんだよ! みーちゃんに何かあったら許さねぇからな!」



 工藤さんの剣幕に俺はラノベ主人公的な鈍感力を発揮してしまったことに気付く。

 がつんと頭を叩かれたようなショックだった。

 まさか自分がこんなことをやってしまうとは。

 散々、香に釘を刺されたというのに。


 沈黙が流れた。

 すぅすぅと寝息が部屋に響く。

 お祭りの日に利用者もいない寂しい保健室。

 小鳥遊さんは何事もなかったかのように静かに眠っていた。



「小鳥遊さんに・・・何かあったら俺が責任取る。頼める立場じゃねぇけど、夜まで小鳥遊さんを看ててくれ」


「・・・そんなの言われなくてもやんよ。先輩は・・・あいつを、懲らしめてやってよ・・・」


「ああ、任せろ。小鳥遊さんを頼んだぜ」



 工藤さんの声は震えていた。

 俺は工藤さんの顔を見ないようにして保健室を出た。

 後ろ手に静かに扉を閉め、そのまま立ち尽くした。


 くそっ! 俺の阿呆!

 後味が悪すぎだろ! なにやってんだよ!

 どうしていつも後手に回ってばかりなんだよ!

 準備も自覚も足りねぇんだよ!


 頭の中で自分を罵る。

 そのくらいしないと気が収まらなかったから。

 唇を嚙んで拳を握りしめているところに。

 それはひっそりと俺の耳に届いた。



「うっ・・・みーちゃん・・・ぐすっ・・・」



 それで俺は意思を固めた。

 何もせず過ごすのは止めだ、と。



 ◇



「アタイも不注意だった。本当にすまねえ」


「それは被害者に言うべき言葉だ。この場にいる者に言う必要はない」


「だけどよ! ・・・くそっあいつは許さないからな!」


「落ち着け楊 凛花。焦っても何も変わらない」



 アレクサンドラ会長に諭され、立ち上がりかけていた腰を下ろす凛花先輩。

 凛花先輩はさすがで、軽く意識が飛んだだけでピンピンしていた。

 本人曰く、油断して食らってしまっただけ、だそうな。



「皆、監督不行き届きを問うならば総括の私の責任だ。その責は事態を収めてから甘んじて受けよう」



 アレクサンドラ会長のその言葉に、凛花先輩をはじめとした生徒会一同の心持ちが定まる。

 これは会長ひとりに背負わせる問題ではない、と。



「会長が責を負うよりも、ゲルオク殿に正式な謝罪を要求すべきだ」



 そうだそうだ、と賛同の声があがった。


 当事者のゲルオク自身は政治的な権力を振りかざすつもりもなかっただろう。

 だがその行動規範は欧州白人貴族のそれだ。

 であれば、この学園内でその規範に沿った行動は傍若無人であり、高天原生徒会への挑戦だといえる。


 だからこそ、皆の意識が同じ方向を向いていた。



「だが、フツヌシの部は交流試合。出場予定の彼を学園規則で処罰するには影響が大きいのでは?」


「うむ、相手はドイツ王国リウドルフィング大公。表立って問題とすれば世界政府への影響も出る」


「ではお咎めなしということですか!?」



 その発言に「そんな!」「許されない!」と言葉が飛び交う。

 その場の誰もが事件の概要を聞いて憤慨していた。

 騒然となった空間にアレクサンドラ会長が右手を掲げた。



「静まれ」



 ばしん、と一条の光が生徒会室に走る。

 集まった関係者はその衝撃に驚き口を閉じた。

 ・・・便利だな、アレ。



「ここは高天原学園だ。相手が政治的な権力を盾にしようとも闘神祭の間の主導権は我々にある」



 皆が会長に注目する。

 その碧眼から発せられる眼光は鋭かった。



「であれば、政治を関与させぬ間接的な手段、いわゆる直接に手を下してしまえばよい」


「直接に?」


「なるほど、試合で、ということか」


「うむ、皆の溜飲が下がる程度にな」



 凛花先輩が確認するとアレクサンドラ会長が頷いた。



「幸い、現在は予選の最中だ。決勝トーナメントの枠を増やすことは可能だろう」


「水増ししてしまうってことだな!」


「だがそれを悟られ不公平を勘繰られると面倒だ。シード枠に予選通過者を割り当てれば目立たないだろう」


「なるほど」


「水増しは2組が限界だな。それで事を為す」



 フツヌシの部は国際交流試合。

 世界政府の主力部隊をはじめ、世界戦線の防衛部隊、キャメロット、トゥランといった他機関の者が集う。

 具現化(リアライズ)実践のため、最前線の技術を学ぶ。

 それがこの交流試合の目的だからだ。


 この中に『生徒会からの刺客』枠を2つ割り当てゲルオクと対戦させるという算段だ。

 もちろん彼らが他の対戦者に負ける可能性もあるが、直接、学園の生徒が手を下すことに意義がある。

 だから決勝で当たる必要はない。どこかでゲルオクを下せば良いのだ。


 方向性が決したところで、また誰かが発言した。



「それで誰を出すのですか? フツヌシの部は相応の実力者でないと」


「楊 凛花を当てる。明日は警備担当だったがそこは別の者で組み直す」


「おしっ! やってやるぜ!」



 おお、と場の空気がどよめく。

 もともと凛花先輩は闘神祭には不参加の予定だった。

 理由はふたつ。ひとつは強すぎること。

 もうひとつはペア出場枠だけど一緒に出場できるパートナーがいないから。


 いや・・・正確にはいるんだけど。

 皆も知っている。その相手はアレクサンドラ会長。

 でも会長はこの学園祭の統括という立場上、出場できない。

 だから凛花先輩もエントリーせず、警備の遊撃隊長という立場になっていた。


 それを覆すというのだから会長の本気度が伺える。

 凛花先輩が出るということはアレクサンドラ会長が出るということになるのだから。


 凛花先輩は掌と拳をぶつけ合わせてぱしんと音を立てた。

 不意とはいえ一撃を入れられたのだ、仕返しもしたいだろう。



「楊 凛花。今日の予選後に武器棟第2フィールドへ来るように」


「あ~了解」



 凛花先輩はそう返事をして隣に座っていた俺を見た。

 ・・・何か言いたげだな。



「おい武。君も一緒に来るんだ」


「え? ・・・わかったよ」



 凛花先輩は小声で俺に促した。

 なんだよ、事前調整に俺は必要ねぇだろに。

 ふたりを激励でもすりゃ良いのかな。



「もう1組はスサノオの部の上位者をあてがう。今年の1年生は見どころのある者が多い。そこに期待したい」



 フツヌシの部は個別エントリー方式を取っている。

 スサノオの部は1年生がほぼ参加だということに比べれば緩い募集方法だ。


 なにせ世界中からの挑戦者が集う部門。

 生半可な力では戦えない。

 来場者もそれがわかっているので『相応の実力者』を送り込んで来ている。

 そのおかげで予選からレベルが高い。

 興味半分で出場しようものならボコられて終わる。

 相応の実力と実績が必要ということだ。


 だから実績のない1年生は出られない。

 それを部門優勝者をもって出場可とすることで関係者を黙らせるという目論見。



「――方針は以上だ。何か意見のある者は? よし、解散とする」



 こうして臨時で15分と時間を区切って開催された臨時の生徒会会議は終わった。

 各自、急いで持ち場に戻るため駆け足で散っていく。

 すぐに会議室は会長と凛花先輩、そして俺だけとなった。



「・・・これで良いか、京極 武」


「会長、恩に着る。ほんとうに助かった」



 俺は頭を下げる。

 この臨時会議は俺が会長に頼み込んで開催してもらったものだ。

 そうしなければゲルオクへの報復は闇討ちくらいしかできないからな。



「可愛い後輩の願いだ。聞き届けてやるのが先輩の、会長の務めというもの」


「頼りになる生徒会長だよ」


「私にできることなど限られている。君が私を動かした結果と知れ。それが君の人望というものだ」


「人望・・・? 会長に言われると嘘くせぇな。そんなもん俺にあると思えねぇんだが」


汝、自ら(Μάθε τον )を知れ(εαυτό σου)


「・・・は?」


「まだ君は足りぬことが多いということだ」



 会長はそう言って口元を緩めた。

 ・・・よくわからん。

 わからんけども、俺に良くしてくれていることに、素直に感謝した。



 ◇



 会議後、俺は急いで予選会場である体育館へ向かった。

 既に予選は始まっており体育館は熱気に包まれていた。

 あちらこちらでわっと歓声があがっている。

 大きな白い布に筆字で「闘神祭」という垂れ幕が中央に掲げてあるのが何とも印象的だった。


 香をはじめとした知り合いの姿を探すも見当たらない。

 舞台をライトアップするため会場は暗めになっているし、人が多すぎる。

 近くにいないととてもわからない。

 仕方がないので俺はひとりで見物することにした。


 スサノオの部は4箇所にわかれて行われていた。

 各所でトーナメント形式での試合が並行して行われ、それぞれに優勝者を出す。

 その勝ち抜いた上位2名が明日午前中に行われる決勝戦へと進出する。


 それでも人数が多いため制限時間は3分。

 速攻で展開するため各箇所で激しい試合が行われていた。


 剣や槍といった武器で演舞のように舞い踊る者。

 その後ろでペアとなって火炎球(ファイアボール)風斬撃(ウィンドカッター)といった魔法で援護する者。

 あるいは胴の幅もあろうかという棍棒を力任せに振り回す者。

 あちこちで具現化(リアライズ)がぶつかり合う。

 花火をしているかのようにばちばちと様々な色の輝きが弾けていた。


 ファンタジーの世界で武闘会があるとこんな感じなんだよな。

 桜坂中学では無縁だったその剣と魔法の世界が目の前にあった。

 仲間内で何度も目にしたのに、俺はその幻想的な光景に改めて目を奪われていた。

 これほど一斉に具現化(リアライズ)を激しく行使する光景はこれが初めてだったから。


 ――A組決勝進出、レオン&さくら!


 そうして見惚れていた俺の耳に、流れてきたアナウンスが留まった。

 仲間内の名前が挙がったからだ。

 そちらを見れば舞台上で倒した対戦相手に手を差し伸べているふたりの姿があった。

 さすがだよ、あのふたり。

 難なく勝ち抜いてんじゃん。


 見れば、あちらではソフィア嬢と結弦が、向こうではジャンヌとリアム君が勝ち上がっていた。

 まぁ、ね。彼らペアが負けるとしたら魔物くらいだろう。

 凛花先輩のような規格外でもない限り止められはしない。

 AR値の差はそれほどまでに大きい。

 例え共鳴している3年生のペアでもレオンの本気の一撃は受けられないだろう。

 だからこそ、彼らが主人公たり得るのだ。


 こうしてスサノオの部の予選は俺の予想通りの結果となった。

 ゲームと同じく予選で主人公同士はぶつからなかった。

 4つある各所のトップはSS協定の3組と、B組のトップと噂されている男女。

 ほかも普段の具現化授業で上位の成績を取っている者たちだった。

 彼らで明日の決勝トーナメントを行うことになる。


 俺はそこでようやく知り合いの姿を見つけた。

 御子柴君、花栗さん。

 その隣に先輩と聖女様と、香。

 良かった、全員が一緒に居てくれたよ。



「武! ほら、こっちこっち!」


「香! ようやく見つけた!」


「良かったよ~、迷子になってるのかと思ったよ~」



 香と先輩に大きく手招きされる。

 人をかき分けてどうにかそこまでたどり着いた。



「京極君、小鳥遊さんはどうだった?」


「ん。魔力が急に流れたショックで気を失ってるって。今は休んでるよ」



 先輩に問われ俺は状況を説明する。

 もっとも、周囲の歓声で皆に聞こえているのかどうか怪しい。



「このあと、保健室へお見舞いに行くよ~」


「そうしてくれ。俺はこのあとに用事ができちまったから行けねぇんだ」


「え? どうして」


「あの犯人の件。どうにか小鳥遊さんに謝らせるために動いてんだ」


「ん、そっか。武・・・それは良いけども。小鳥遊さんの件、わかってるわね?」


「ああ。同じことはやらねぇよ」



 香の確認に俺は頷く。

 あ、予選が終わったから・・・いけね、すぐ会長に会いに第2フィールドへ行かねぇと。

 SS協定の連中とは夜でいいか。



「ごめん、もう行く。香、あとは頼んだぜ」


「わかった。武も無理をしないんだよ」


「うん、ありがとな」



 ◇



 武器棟の第2フィールド。

 予選も終わって夜。

 当然ながら、こんな日に誰も居ない。

 呼び出した会長と凛花先輩を除いて。



「来たか、京極 武」


「会長、凛花先輩、お疲れ様」



 ふたりはフィールドの真ん中に立っていた。

 俺は入り口のドアを閉め、そこまで歩いて行った。



「早速だがあまり時間がないので手短に話そう。京極 武、明日は楊 凛花とともに出場するのだ」


「・・・は?」


「既に凛花には説明してある。どういうわけか来賓が増えてしまい、私が対応せざるを得ない状況になってしまった」


「それ、別のやつに任せられねぇのかよ」


「わかっていると思うがそれは無理だ」



 会長は致し方なしという雰囲気。

 折角、自ら闘うつもりだったところに冷水を浴びせられたようなものだ。



「このタイミングは私にはあまりに都合が悪い。何かしら私の動きに対応したと推定される」


「対応?」


「端的に言えばスパイだな」


「スパイ!?」



 どういうこと? ゲルオクの傍若無人って話じゃねえのかよ。

 そんな話はラリクエ(ゲーム)じゃ出てこねぇし。



「そう、スパイだ。残念ながら生徒会の中に漏らした者がいる。私はそういった不穏分子を取り除くよう動く」



 すげぇな会長。

 そんな簡単に取り除くなんてできんだな。

 この人も不思議だよ。



「そんなわけだからよろしくな、武」



 凛花先輩が嬉しそうに俺の手を取った。

 ・・・いやいやいやいや!!



「ちょっと待て! どうして俺なんだ! 戦う力がねぇからって最初に言ったじゃねぇか!」


「だが楊 凛花とならば戦闘はできるのだろう?」


「ぐ・・・そうだけど」



 そう、疑似化をしてもらえば戦闘力はある。


 ・・・。

 ・・・・・・。

 他に選択肢もねぇから言ってんだろうな。

 俺も腹をくくろう。



「わかった、やるよ」


「うむ。私はすべてが(・・・・)丸く収まるように動く。政治的なことは気にせずやるといい」



 どうしてか、この会長が言ったことは外れたことがない。

 会長が気にせずやれというならそうしよう。

 他にも2,3ほど意識合わせした後、解散となった。


 こうして俺は、明日の午後行われるフツヌシの部の決勝トーナメントに参加することになった。

 何の前準備もしていない状況で!

 でもやるしかない、やって小鳥遊さんへ謝らせるんだ!






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