084
具現化射的。
ラリクエの闘神祭でもあったアトラクションのひとつ。
この世界では「七試練」と呼ばれているらしい。
「いきますわよ! は!!」
気合とともに振りかぶったのはソフィア嬢。
投擲するのは竜角剣。
狙いは10メートル先の、弓道でも使われる大きめの的だ。
彼女の手を離れた竜角剣は勢いよく飛び出した。
でも竜角剣はいつもよりもサイズがとても小さい。
長さは10センチもない。まるでダーツの矢だった。
・・・そしてその竜角剣は徐々に失速していく。
的の手前でぽとり、と落ちた。
「ま、またですの!? また届きませんでしたの!?」
がくりと膝から崩れ落ちる彼女。
絶望的な表情を浮かべて泣きそうになっていた。
「ふふふ、わたしが先に当てますよ」
そんなソフィア嬢を余裕そうに見下すのはさくら。
意気揚々と銀髪をさらりとなびかせて的前で構えた。
的を狙うなんて目を閉じていてもできる彼女になら、これは朝飯前の課題。
白魔弓を構えた彼女は颯爽と矢を番えた。
ひゅっと彼女が放った矢が的に向かって飛び出す。
そして・・・あらぬ方向へ向かって矢は飛んで行った。
さくらの扱う弓矢も玩具サイズになっていたからだ。
「~~~~~~~!!」
「おーほっほっほっ! さくら様、まだまだのようですわね!」
落ち込んでいたはずのソフィア嬢が立ち上がり、ぶるぶると震えるさくらを嘲笑っている。
・・・。
俺、この世界に来て初めてソフィア嬢の悪役令嬢的な高笑いを聞いたよ。
こういうノリのときに出てくるんだな。
彼女らの具現化はAR値を制限されているために効果がおかしい。
若草の至という腕輪型のアーティファクトによって。
「きぃぃ!! また! また外れましたの!?」
「あはははは! ソフィアさん、気合が足りませんよ!」
なんかこいつらいつになく盛り上がってんな。
そんなに涙目になりながら罵り合って。仲良すぎだろ。
「はい! 当たりです! クリアおめでとうございます!」
「わーい!」
隣のブースで小さな女の子が当てて喜んでいた。
彼女が使ったのは槌。工具くらいのハンマーを投げて的へ当てていた。
スタンプを貰って嬉しそうに、兄であろう付き添いの在校生のところへ走って行った。
「あんな小さな子に先越されるなんて・・・」
「く、屈辱ですわ・・・」
ふたりで仲良く落ち込んでいるさくらとソフィア嬢。
頑張ってるんだけどね。確かにこんなに難度が高いとは思わなかったよ。
そもそもラリクエの闘神祭。
前半は縁日や遊園地のようなミニゲームが詰め込まれてる。
パートナーと一緒に回って親密度を上げるイベントだ。
屋台であれこれ買って食べるとか、的当てするとか、釣りをするとか、迷路を脱出するとか。
妨害のある吊り橋を渡るとか、池の石をジャンプするとか、風雲○○○城的なものもあったはず。
ゲームではこれらのイベントを楽しんでいる会話が中心。
アトラクションの中身はあまり語られなかった。
だからこんなに凝ったイベントになっているとは想像もしなかった。
「ねぇねぇ武。私もやってみて良いかな?」
「あん? 香がやんの?」
「うん。だって、具現化の体験ができるんだよ?」
「ああ、うん。やりたくなるよな」
で、この具現化射的。
その名の通り具現化で的へ当てればクリア。
だけれども学園生徒には簡単すぎるので『若草の至』で制限がかけられている。
嵌めた人のAR値を固定で30にしてしまうという代物。
学園生徒は自身の魔力を制限された状態で行うことになる。
具現化は普段の力をベースに訓練をしているので、その総量が変わると安定性が激変する。
特にギャップが大きければ大きいほど影響が出る。
それがさっきのさくらとソフィア嬢のミニ具現化だった。
サイズも小さくなるし、存在も不安定になるのでへろへろになる。
だからまともに扱えなくなっていたのだ。
・・・彼女らには悪いけど見ているぶんには面白すぎる。
「お、やんのか香。ならこれを腕に嵌めな」
「ありがと、凛花」
なぜかここのスタッフを凛花先輩が担当していた。
生徒会の腕章をしていたので手伝わされているんだろう。
いつの間にあんな大嫌いだった生徒会に所属してんだよ。
ちなみに俺がさくらとソフィア嬢を眺めている間に、香は凛花先輩と打ち解けていた。
香さん、人と親しくなるの早すぎ。
気付いたらマブダチのようになっていたことに心底驚いた。
『若草の至』を腕に嵌める香。
これ、AR値が30以下の人が嵌めると30まで押し上げてくれるという効果もある。
だから学外の人がチャレンジするときはこうやってAR値を底上げしてやるわけだ。
・・・ゲームじゃこのアーティファクト、呪いの腕輪的なやつだったのに。
「ん~? あはは、ちょっとふらつくね?」
「普段、身体にない魔力を一時的に入れてるからな。気分は悪くないか?」
「うん、平気みたい」
「いいね。もともとAR値が高いだろ? よし。折角だし、深淵の瞳にもチャレンジしてみるか?」
「深淵の瞳?」
「え?」
この射的、学外の人は具現化の練習をしていないので道具を使う。
具体的には剣、槍、槌、弓といった武器を針金のようなもので象ったオブジェ。
これもパンゼーリ博士が発明したもの。
このオブジェを手に持つと、自分の魔力がオブジェに流れる。
その武器などに親和性があれば具現化されて、針金の中にそれっぽい実体が現れるのだ。
簡易的な具現化装置といったことらしい。
で、学外の人が本気でチャレンジしたいときのために深淵の瞳が用意されている。
俺たちが覚醒するときに使ったアレだ。
AR値が30あると発動するので、なんと低いAR値の素人も自分の固有能力を知ることができる。
ただし魔力の制御が必要なのでそう簡単に動かない。
もともとAR値がそこそこある香。
凛花先輩が一緒だから・・・もしかしたらやっちまうかも。
「気分が悪くなったときに身体の中を熱が動き回ってただろう」
「うん。まだうねうねしてる」
「身体を巡ってるそれが魔力だ。いつもより多いから感じやすいんだ」
「なるほど」
「そいつをコントロールする。香、お前は武道経験が長そうだな? 流れが安定している」
「んー、さくらほどじゃないよ。弓道が6年目」
「弓か! そいつはいい、集中に慣れてるだろうからな。よし、ちょっとこっちに来い。魔力操作の基礎をやろう」
「武、行ってくるね?」
「ああ、行ってらっしゃい」
端のほうで魔力操作の練習をするようだ。
さくらとソフィア嬢は相変わらずぎゃーぎゃーと騒いでいる。
・・・ずっと騒がしかったせいか、少しだけ時間を持て余す。
「あ、先輩!」
「むっつりせんぱ~い」
「ん? 小鳥遊さんに工藤さんじゃん。調子はどう?」
おかっぱ小鳥遊さんにコギャル工藤さん。
色々巡って来たんだろう、ふたりでここにやって来た。
「頑張ってます! 先輩はひとりですか?」
「いや、さっきまで香がいたんだけどね。向こうで魔力操作の練習中」
「あ~? 魔力操作?」
「えっとね・・・」
俺はふたりに説明した。
この射的の内容と腕輪のこと。
香がやろうとしている覚醒のこと。
具現化研究同好会に所属しているから、ふたりとも魔力関連のことに予備知識はある。
簡単な説明で理解してくれた。
「あ! じゃあ橘先輩は必殺技をやるんですね!」
「必殺技・・・?」
「え、えっと! 固有能力のことです!」
「ああ、なるほど。必殺技」
うん。ゲームをやってる人ならそう言いたくなる。
個人に依存する能力で強力な技で。
必殺技だよな。
「ところでふたりとも、ここ、挑戦すんだよな?」
「はい! ここが最後です!」
「せんぱ~い、案内してよ」
「俺、スタッフじゃねえんだけどな」
と言いつつも、頼られると断れない俺。
このアトラクションは人気だから混雑している。
スタッフが出払って道具だけ不用心に置いてあった。
・・・まぁ生徒会主催なんだし俺が触っても問題ないよね?
「ほら、この腕輪が『若草の至』。AR値を30にしてくれる」
「ほえ~。あたしら落ちこぼれでもほんとに上がんの?」
「上がるぞ。でも普段、魔力に触れてない身体だとギャップで気分が悪くなる」
「え~。車酔いみたいになんの?」
「んだな。だからそこのベンチで横になれる準備してから嵌めんだ」
ふたりを案内して座らせる。
俺も魔力酔いで散々苦労した。
慣れるまで辛いんだよな。
「そんで。もし耐えられねぇと思ったら腕輪を外すんだ」
「ん~? 何度もやってりゃ慣れんの~?」
「身体が慣れんのは数か月かかる。一時的な慣れなら10分くらいだな」
「え~、だりぃ~な~」
工藤さんがどうにかしてよ、と言わんばかりに訴える。
でもこればっかりは俺にはどうしようもない。
「・・・ちょっと怖いです」
「高天原の目玉イベントだよ。人生経験として具現化してみんのも良いんじゃねぇかな」
「わ、わかりました! 頑張ります!」
俺が焚き付けると小鳥遊さんは決心してくれた。
そうして腕輪をはめた。
「あ~、みーちゃん。あたしもやっからさ~」
続いて工藤さんも嵌めた。
嵌めた直後には変化はない。
ふたりとも緊張した様子で大人しくしていた。
「ん~、なんかお腹が熱ぃ~」
「はっ、はっ・・・ぐるぐる、まわります・・・」
魔力が集まって巡ってきたのか、呼吸が早くなって辛そうな表情。
おおう、ふたりとも一気に来たね。
香と違って普段の数倍にAR値が上がっているはず。
慣れない魔力に晒されてっからな、相当辛いと思うんだが。
「う゛う゛~~」
「だぁ~りぃ~~」
二日酔いを通り越して病人のようにうつ伏せになって呻くふたり。
きっと頭痛と眩暈で重い風邪症状になっている。
・・・どうにかしてやれないのがもどかしい。
つか、これ。苦しみすぎ。
無理なんじゃなかろうか。
「おい、辛いなら外せ。無理してやるもんじゃない」
「う゛~~! 私は、まだ~~」
「だぁ~~~、ごめん、あたし無理ぃ~」
工藤さんはギブアップ。
腕輪を乱暴に外して仰向けになった。
うん、諦め大事。
工藤さんは少しずつ魔力が抜けて表情が楽そうになっていく。
「うあ~・・・せんぱ~い、あたしがんばったよ~」
治って来たら物欲しそうな顔をして訴える工藤さん。
これは・・・あれか。
「ああ、よく頑張ったな」
「うひゃ~!」
前にやっていたみたいに頭をわしわしとかき混ぜてやる。
相変わらずわんこのような反応をすんね、君。
これがご褒美って。俺、変なことを教えこんじまったかも。
一方、小鳥遊さんは続けて苦しんでいる。
額に汗を滲ませ、はぁはぁと呼吸も荒い。
本人が頑張るというんだ、見守ってやるくらいしかできない。
「ええと・・・こうかな?」
いつの間にか香が戻って来ていた。
深淵の瞳の前に座って、凛花先輩の言うとおり魔力を流し始めている。
「お、そうそう。循環が上手いね。無駄がない」
「おおお、褒められたよ! 武!」
「・・・凛花先輩、あんまし調子乗らせんでくれ」
「あ? お前、愛しい彼女なんだろ? 応援してやれよ」
「そうだそうだ~!」
「・・・」
えーと?
このふたり、ライバル同士じゃねぇのかよ。
凛花先輩は前に「1番に成り代わる」って言ってたし。
香も自分で「1番なの」って凛花先輩に宣言したはず。
ほんっと、ラリクエの価値観がよくわからん。
理解不能なラリクエ倫理は健在だった。
「じゃ、その装置の両端を持って」
「こう?」
「そうだ。そのままさっきみたいに魔力を流して・・・」
「うん」
凛花先輩の指導で香は魔力の流れを掴んだらしい。
でも10分くらいだろ? 早すぎる。
香の素養があったのか、凛花先輩の指導が良いのか。その両方かもな。
だって深淵の瞳が薄っすらと輝いている。
学園の生徒だってすぐに出来ないやつがいるというのに。
しかしすげえな。ほんとに覚醒できんのか?
香が魔力を循環させると深淵の瞳がぼうっと輝いてきた。
うん、発動してる。
「・・・かむい・・・え?」
「何か声が聞こえたか?」
「うん、――其の名、『神威』――って、偉そうな声で」
「お、覚醒できてるぞ!」
「まじかよ!?」
――神威。
ラリクエの隠し固有能力のひとつ。
弓の武器で、単純な威力だけならさくらの白魔弓を超える。
ただし覚えるのはランダム生成されるモブキャラ。
後半のRPGパートでムー大陸遠征時、稀に使えるやつがいるだけ。
そういうモブキャラは基礎能力が低くてAR値もそんなに高くない。
いくら便利な固有能力があっても総合能力が低くなるのだ。
主人公優遇のラリクエでは致し方のないこと。
だからそういうモブを連れて歩くのはお遊びプレイ限定となる。
「えっとね。漢字で、神様の威信って書く、神威だって」
で・・・まさか香が神威を持っているとは。
さすがモブ仲間。
俺みたいに意味不明な能力じゃなくて役立つし。
「香の固有能力だから、縁のある武器といえば弓だろ。さっきみたいに魔力を流して、弓矢を思い浮かべてその名前を言ってみて」
「うん。・・・神威」
水色の魔力がばちばちと集まり、香の手に強弓が握られていた。
・・・さくらと同じくミニサイズ。
そりゃね、AR値が同じなんだから似たような結果になるよね。
「あはは、なにこれ! 可愛い!」
「おいおい、やけに安定してるな。香、具現化したことがあるんじゃないか?」
「ううん、初めてだよ。うわ~、でも私の能力ってこんなのなんだぁ」
学園の生徒でも苦労する具現化の覚醒を、香はいとも簡単にやってのけた。
アトラクションの挑戦項目として深淵の瞳を用意していたのだろうけれど。
まさかこうして覚醒できる人が現れるとは思われていなかっただろう。
「ともかくやってみっか。香、そこからあの的を撃ってみろ」
「うん」
的前に立つ香。
神威の弦や矢を触って感触を確認している。
・・・玩具で遊んでいるようにしか見えない。
「あはは、軽すぎて変な感じ。弦の張りもまるでないね」
「橘先輩・・・?」
「香様のお力ですの?」
「ごめんね、先に射たせてね」
青く輝く神威に、子供の喧嘩をしていたさくらとソフィア嬢が目を留める。
そりゃね、学外の人の覚醒なんて見られるもんじゃないし。
「ん・・・いくよ」
そうして香は出鱈目な方向を向けて矢を放った。
素人目には絶対に当たらねぇだろ、と思う方角。
軋みもなく軽々と引いた神威から、矢は玩具のように軽く飛び出した。
さくらの矢と同じく、へろへろと飛んで・・・ぐぐっと曲がり・・・。
皆、和やかにそれを見ていた。
え、こんなので命中するんだ~、と。
その重たい音と振動を感じるまでは。
――ずごん
その場にいた人たちの動きが止まった。
「ずごん?」
「あ、的が!」
「え?」
皆が的に目をやる。
的の中央に穴が開いていた。
支えている後ろの木の部分もまとめて貫通している。
え!? あのへろへろで!?
「・・・貫通、したね」
「は!? 勢いなかったよな!?」
「あはは、具現化ってすごいね?」
「いや、あの・・・うん。すげぇと思う」
こんなん、どう評価すりゃ良いんだよ。
学生が具現化を当てても、ぽこんって弾かれてるやつばっかりだったのに。
どうして神威だけ貫通してんの!
「あ、当たりです! おめでとうございます!」
固まっていた司会役のお姉さんが止まった空気を動かす。
ああ、そうだよ。アトラクションだったよ、これ。
「やった! スタンプもらえる!」
唖然とする皆を横目に、香はウキウキとお姉さんからスタンプを貰っていた。
「た、橘先輩! どうしてあれで当たるんですか!」
「あら、さくら。感覚よ感覚。軽い弓なら軽いなりに、ね」
「軽い弓・・・?」
「貴女、弓で遊んだことがないでしょ?」
「え?」
「ほら。小さな子が玩具の弓で遊ぶような感じでさ。八節をせずに、びょんびょん射ちまくって遊んだりしてるとわかるの」
「・・・」
「こういう小さい弓って安定性がなくて癖が強いから。触って感覚を掴むの」
香の本当なんだか嘘なんだかという説明にさくらが愕然としていた。
いや・・・これさ、俺も思うよ。偶然なんじゃねぇのって。
「あ~、疑ってるな!? ほら、もう一回やるよ?」
「は、はい。お願いします」
「わ、わたくしも参考にさせていただきますわ」
さくらに便乗してソフィア嬢も香の的前にギャラリーとして並んだ。
香はまた神威を出して矢を番える。
香はやっぱり変な方向を向いて、八節もこなさずに矢を放った。
またへろへろと飛んで・・・ずごん。
・・・この威力はやっぱヤバいな。さすが神威。
これを当ててる香はもっとヤバい。
「あ、当たりましたわ・・・」
「どうしてあれで・・・」
ソフィア嬢とさくらが信じられないものを見る目つきで香を見ていた。
「あっはっは! 弓矢の気持ちになればわかるから。頑張って!」
唖然とするふたり。
精神的な意味でやはり香は俺たちの年上なんだなと実感する。
香は腕輪を外し、上機嫌に俺の腕に抱きついて来た。
「やったよ武!」
「おおお!?」
そして満面の笑みを浮かべていた。
成果を出したんだからぽんぽんと背中を叩いて祝意を示す。
「感動~!! 具現化できるなんて夢みたい!」
「はは、良かったじゃん」
「勧めてくれた凛花さんのおかげだよ! 私もびっくりなんだから!」
「だよな。皆、びっくりだ」
いやぁ、まさかのサプライズだよ。
香のAR値が高かったらさくら並に戦闘力あったのかも。
こうして、もう時間かなと思ったところで。
少し涙目で俺を見上げる小鳥遊さんと目が合ってしまった。




