082
■■橘 香 ’s View■■
燻っていた火種に風を送る。
ふいごの役割をするのは私。
そうしないといつか、思わぬところで火が燃え上がってしまう。
優しい彼は拒絶できないからそこで火傷する。
そうなっては誰のためにもならない。
「さ、行くよ。まさか、ここで王様みたいに待ってるつもりじゃないよね?」
「行くけどよ。・・・なんか納得いかねえ」
「納得いってないのはあの子たちでしょ? ほらほら!」
「わかったよ、わかったから」
ぐずぐずとしていた彼は観念してついてきた。
頑張ってる姿を見て少しでも感じてもらわないと。
報われない時間がどれほど苦しいか、私はよく知っているから。
「・・・前にさ、2番は俺が良いと思う相手を選べって言っただろ?」
「うん、言った」
「それ、俺が選ばないって選択肢もあるんだよな?」
「もちろん」
「権利を獲得したやつとデートして、合わないと思ったらそれでいいってことか」
「あのね、逃げるだけで向き合わないのは違う。中学のときと同じことをしてると思ったから、私がこうして出てきたの」
「・・・」
はぁ。
さっき皆の前で問い詰めたというのに。
まだ彼は自覚が足りない。
「拒絶して相手が傷つくって思ってるでしょ? 傷つくのは当たり前よ、気持ちをぶつけてるんだから」
「うん」
「あの土手でさくらを泣かせたんだからよくわかってるよね? ああやって本気でやり取りしないと納得なんてできないの」
「・・・ん」
「相手が傷つくと貴方も心が痛くなる。それは相手の痛みがわかるからなの。それが貴方の優しさ」
「・・・」
「考えてもみて。それでもさくらは傍にいるよね? 諦めなかったのは彼女の強さよ」
「ん・・・そだな」
重ねた言葉に納得している様子の彼。
・・・学園に入学してからヨリを戻したと言っていたけれど。
これ、たぶんあの子との間に進展があったな。
うん。やっぱりさくらは強い。
私のいちばんのライバルね。
「でも他の子たちとは向き合ってきてないでしょ。いちどずつ、機会を作っていくべきなの」
「・・・なんか性急なんだよなぁ」
「相手がひとりやふたりならそれでいいの。3年かけてじっくり考えれば良い。でもそうじゃない」
「う~ん・・・」
彼は困惑していた。
相手が多すぎるっていうのは私も思う。
このレースに参加しただけでも澪さんを除いて11人だ。
ハーレムと揶揄されたところで否定なんてできない。
桜坂中学の人たちはわかる。
彼と同じ時間を傍で過ごして、彼の人間性に惹かれたんだろう。
優しくて、直向きで、諦めない強さがある。
面倒見もよくて、知恵があって、踏み出す勇気もある。
何より目指すところのために継続する根気。
見た目じゃない武の魅力だ。
でもSS協定の面々はどうだ。
話を聞く限り、彼が何もしないうちからすり寄ってきた。
AR値が高いからだと彼は言っていたけれど、ほんとうにそうなのか。
見た目だけで彼に惹かれるとは到底思えない。
それならお互いのほうが良いに決まっている。
だから私には裏があると思っている。
もちろん、10月までの半年間で人間性に触れて惹かれたかもしれない。
でも最初の動機が別にあるのなら、おいそれと私は受け入れられない。
身分や立場、過去のしがらみ。
それこそ政治的、経済的な理由。
そういった利己的な理由があると私は睨んでいる。
だからこそ表面的な部分で彼には流されて欲しくない。
「とにかく。多いなら多いなりに順に向き合うしかないの。ほら!」
私は彼の手を引いて、いちばん近くの星マークを目指した。
◇
■■小鳥遊 美晴 ’s View■■
ゆらゆらと吊り橋が揺れる。
両端に手すりのない、床板だけの吊り橋だ。
その下は崖になっていて川が流れている。怖い。
そこから落ちても危険のないように下は太い網で覆われていた。
駆け足で向こう岸を目指して走る高天原の女子生徒。
どぉん、とその横からバスケットボール大の玉が飛んでくる。
「よっと!」
彼女は身体を捻ってその進行方向から身を外す。
華麗な動作にほうっという声が観客からあがる。
だが、避けたはずの玉が彼女に向かって曲がった。
「うそっ・・・きゃっ!?」
ばんっ、と玉が彼女に当たる。
バランスを崩した女子生徒は、それでも落ちないように足元の板にしがみつく。
何とか落下せずに踏み止まった。
「おおお、落ちてないよ!」
必死に失格ではないと主張する彼女。
確かに落ちてない。
でも床板を掴んだせいで吊り橋は横向きになって進める状態じゃなかった。
どぉん、どぉん。
容赦なく玉は発射されていく。
「ちょ、待って待って! ぎゃっ!!」
動けない彼女は抵抗虚しく、玉の直撃を受けて網の上へ落下してしまった。
「失格です! 残念でした!」
これで連続3人目。
簡単そうに見えてやっぱり難しい。
『攻城の橋』と名付けられたそのイベントは、要するに不安定な吊り橋を渡るだけ。
ただ横から玉が飛んでくるのでそれを避けながら、だ。
そしてその玉はただの玉ではない。
AR値に応じて威力が変わる玉らしい。
AR値が高ければ高いほど、その威力も強くなるとか。
そして属性。
自分の対立属性なら玉が避けていく。
自分と同じ属性なら玉が寄ってくる。
それ以外の属性は引力も斥力も働かない。直進するだけ。
「問題は飛んでくる玉の色がわからないことなのよね」
「あはは、ぜんぶ当たるって思って構えるしかないんじゃない?」
「簡単に言うわね。あんたもさっき吹っ飛んだでしょ」
私の前で相談しているのは紅い髪のジャンヌさんと、栗毛色の髪のリアムさん。
ふたりとも私と同じくらいの身長だから何だか親近感がある。
でも歳は2つ上の先輩なんだよね。
「あら、美晴に響じゃない。ふたりもここから?」
「え、えっと・・・2つめです」
「うそ!? もう1つクリアしたの!?」
ジャンヌさんもリアムさんも驚いていた。
どうやらふたりともここで足止めを食っているみたい。
うん・・・難しそうだし。
「次あたしの番ね。最初みたいに当たらないわよ」
「頑張って! ジャンヌ!」
ジャンヌさんがスタート地点に立った。
よーい、どん! と声がかかると、だっと彼女は駆け出した。
「あ~、速いね~!」
「すごい!」
不安定な吊り橋の上なのに地面の上のように速い。
あれならすぐに向こう岸へ・・・!
どぉん、どぉん。
玉がいくつか発射されるけど、すでに彼女が通り過ぎた後。
なるほど、早く行けば当たらないのかな。
これなら楽勝・・・!?
・・・そうは問屋が卸さなかった。
避けたと思った玉のひとつがジャンヌさんの後ろを追いかけ始めた。
しかもジャンヌさんよりも速く。
「来たわね!」
ジャンヌさんはその玉を直前まで引きつけるとばっと橋から身を投げる。
えっ!? 自分から落ちた!?
よく見ると彼女は吊り橋を支えるロープを片手で持っていた。
なるほど? 落ちてはいない。
そのまま彼女は吊り橋を軸に回転する。
すると追いかけて来た玉の前に吊り橋の床板が立ちはだかる。
ばんっ! と迫っていた玉は弾かれてどこかへ飛んでいった。
「これなら当たらないで・・・ひゃっ!?」
うん、とても上手に躱したと思う。1発目は。
遅れて打ち出された数発のうち、もう1発が彼女を追いかけていた。
そうして回転した彼女の側面から直撃した。
ぼおん! と激しい音がして、彼女はすごい勢いで弾き飛ばされていた。
「こんなの無理よー!!」
・・・。
あんなに飛ぶなんて。
さっきの女子生徒の比じゃない。
ジャンヌさん、AR値がとても高いんだ。
AR値に応じて威力があがるってこういうことか。
もしかして、属性の引力も斥力もAR値に応じてるのかな?
うん、だからあんなに玉が追っかけてきたんだ。
つまりAR値が高ければ高いほど不利なゲーム。
「あはは、すごーい! ピンボールみたい!」
そんなジャンヌさんをみてお腹を抱えて笑っているリアムさん。
仲が良いんだなぁ、楽しそう。
折角だし、こうやって楽しめると良いよね。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・なに笑ってんのよ!!」
「だって、だって、ジャンヌが・・・あはははは!」
戻って来たジャンヌさんが怒ってもリアムさんは笑っていた。
「信じらんない! 2回も失敗するなんて!」
「あはは、玉の引力がすごすぎるよね!」
「もう、なんだってあんたはそんなに楽しんでるのよ!!」
怒っているはずのジャンヌさんはリアムさんに釣られて笑みを浮かべていた。
ふたりとも、もう1番同士に見える。
もしかして私と響ちゃんの関係と同じかな?
親しい人がいて、そのうえ先輩と仲良くなりたいって思うの。
「響ちゃん、次だよ?」
「あ~ほんとだ。じゃ~先にやるね~」
「うん、頑張って!」
響ちゃんがスタートラインに立った。
大丈夫かな。きっと私たちは玉が当たっても痛くはない。
でも直進する玉に当たると落ちてしまうから用心しないと。
響ちゃんは始まるとマイペースに歩き始めた。
揺れは平気そう。あのペースなら制限時間は余裕だ。
橋の途中に差し掛かると、どぉんどぉんと玉が発射された。
響ちゃんは・・・直進する玉を避けるだけ。
ジャンヌさんのときのように誘導されていない。
やっぱりAR値に依存するんだ。
「AR値でこんなに差があるの?」
「安心して見てられるね」
「あんた、彼女たちと競争してんのよ?」
「えー、お祭りだから楽しまなきゃ!」
「・・・もう」
・・・うん。
ふたりとも、そんなにがっついてないんだ。
パートナーがいると余裕があるのかな。
なんだか安心してしまう。
でも私は本気だ。響ちゃんは関係ない。
頑張れるだけ頑張る!
「いいぞー! がんばれー!」
知らない人から歓声があがった。
気付けば響ちゃんはゴール手前だった。
どぉんどぉんどぉん。
後半になると玉の数が増えていた。
いくら誘導されないといっても数が多ければ当たる。
同時に3つを避けた響ちゃんの横から玉が迫っていた。
「危ない!」
「あ〜? うぜぇ〜」
ぼん!
響ちゃんは拳でボールを弾いていた。
・・・あれ?
そんなに軽いの?
普通のドッヂボールみたい。
「ゴール! おめでとうございます!」
観客もびっくりしているところで無事ゴールした響ちゃん。
スタンプをもらって戻って来た。
「みーちゃん、あれ、当たっても良いドッヂボールだ」
「そ、そうなんだ」
相変わらず気怠そうにしてる。
でも少しだけ顔が笑っていた。
うん、照れ隠し!
響ちゃんは照れ屋さんだからね。
やっぱりAR値が低い私たちは有利なんだ。
次の人が響ちゃんをまねてグーパンチしていたけど、見事に吹き飛ばされていた。
「ね、美晴。貴女、武の2番を目指してるのよね?」
「は、はい」
「そっか。知ってると思うけど、あいつ、いい奴だから。頑張って!」
「・・・ジャンヌさんは先輩のどこが良いと思うんですか?」
「ん? そうねぇ、波乱万丈なところ?」
ジャンヌさんは呆れたような表情で続けた。
「だって、いつもあたしたちに関わりたくないって装ってるくせに、何かあると首を突っ込んでくるのよ? それで苦労したり死にそうになったりしてさ。馬鹿みたいじゃない」
「・・・」
先輩の姿が想像できる。
きっと具現化研究同好会のときのように、端で大人しくしようとしていたんだろう。
でも何か問題があって、つい、手を出してしまった。
それも何回も。
「それも全部、自分のことじゃなくて他人のことなの! ほっんと、馬鹿よね。そんなの、こっちが気になちゃうに決まってるじゃない」
「うんうん、武くん、いつも限界を超えてるよね」
「だいたい躊躇しないところがおかしいのよ! 普通、自分が危なかったら手を引くわよ! それで波乱万丈なんだから」
褒めているんだか貶しているんだか。
でもジャンヌさんは嬉しそうに話していた。それが答えなんだ。
「先輩、そんなに頑張ってるんですね」
「傍にいると飽きないわよ? トラブルメーカーだから」
「あはは、そうだね~。武くん、なんだか昔からの悪友みたいな感じだよ」
ジャンヌさんもリアムさんも、先輩の話をしているととても嬉しそう。
うん。やっぱり先輩は先輩なんだ。
「あ~、みーちゃん。そろそろ出番だぜ~」
「あ、ほんとだ。ありがとうございました! 行ってきます!」
私はスタートラインへ駆けた。
何故か、失敗せずに渡り切れるという確信があった。
◇
次にやって来たのはフィールドの外れにある川。
フィールドにある3つ目のイベントは釣りだった。
「みーちゃん、釣りってできんの~?」
「ううん、やったことない・・・」
「だよね~。あたし食べるの専門~」
「あはは」
掲げられた看板には『無力釣り』とある。
・・・無力? 無気力?
実際に釣っている人たちを見てみる。
何だかおかしい。
釣り糸を垂らすところまではいい。
みんな、目を閉じて瞑想しているかのようだ。
水面なんて見ていない。
あ、あの人、引いてるのに気付いてない。寝てるのかな。
・・・え? なにこれ?
「学外の人だね、いらっしゃい」
「あの、これは・・・」
「魚を釣ったらクリアの無力釣りだよ!」
「無力って・・・?」
私が質問するとスタッフの人が川を指す。
そこを覗き込むと、虹色に輝く鯉のような魚がいた。
「あれはマギ・フィッシュ。通称『魔力食い』っていうんだ」
「珍しい魚ですね?」
「そのとおり! 聞いて驚け、アトランティス産の新種さ!」
「え!? アトランティス!?」
あの浮上したという大陸。
世界戦線の重要な拠点になっている、という話は授業で習った。
でも実際、何がどうなっているのかはわからない。
そんな場所から取り寄せられた魚だというから驚きだ。
「そう、アトランティス産の魚。日本じゃこの学園だけでお目にかかれる代物さ」
「ほぇ~。そんで、そのすんごい魚を釣ればい~の?」
「そう、それだけ。釣るのはこの釣り具でどうぞ」
「・・・皆さん、どうして寝ているんですか?」
「皆、瞑想しているんだよ。この竿は特製で魔力の導通が良い素材でできてるんだ」
魔力が流れやすい素材?
電気で言えば銅線みたいなものかな。
「例えばほら、こうして少し魔力を流すとこのとおり」
スタッフの人が釣り糸を足元にあったバケツに入った水へ垂らす。
そこに魔力を流したのか・・・水面が少し凍りついていた。
「わ! すごい、凍った!」
「お~、すごいね~」
「ははは、冷却の魔法だよ。こうやって魔力が簡単に流れてしまうんだ」
「つまり、持ってると自分の魔力が水に流れちゃうってことですね」
「そう、察しが良いね」
スタッフの人が釣りをしている人たちを指した。
「マギ・フィッシュは魔力を食べるんだけど敏感でね。この竿の先についた餌の魔力玉に食いつくには、糸に流れる魔力が安定していないと駄目なんだ」
「魔力が安定?」
「要するに気持ちが落ち着いてれば良いんだよ。だから皆、瞑想してるんだ」
「なるほど・・・?」
AR値が低い私たちには縁遠い話だ。
とにかくやってみてから考えよう。
私と響ちゃんのふたりで竿を借りて、空いている場所へ移動する。
ふたりで並んで座って川へ糸を垂らした。
水中には・・・そもそもマギ・フィッシュがいない。
あれ、ここじゃ駄目なのかも。
「やあ、響ちゃんに美晴ちゃん」
「あ~、結弦さんだっけ」
「うん、そうだよ。よく覚えてくれていたね」
「どうですか、釣れそうですか?」
「はは、ボウズだからここに座ってるんだよ」
美男子の結弦さん。日本人仲間だ。
濡れ烏羽色の前髪で少しダークな雰囲気なのが良い。
私たちの学校にいたら即、カーストトップに君臨しそうだ。
「魔力を安定させるのって難しいんですか?」
「う~ん。やってはみているんだけど、たぶん、無理だね」
「無理?」
「ん~、どう表現すればいいかな。呼吸を止めるのって無理だよね?」
「はい」
「止まらない呼吸で空気を静止させるようなもの、かな」
「う~ん? そうなんですね?」
本当にその例えどおりなら、絶対に安定しないと思う。
それでもクリアできる前提の試練なんだから無理ということはない気がする。
「さっきコツを掴んだんだ。まぁ、見ててよ」
結弦さんはそう言って瞑想を始めた。
・・・。
・・・。
駄目だと言ってたのにどうにかなるの?
私も響ちゃんも黙って見守っていた。
ただ釣り竿を持ったまま瞑想しているだけ。
「・・・!」
すると向こうからマギ・フィッシュが泳いで来た。
結弦さんの釣り糸近くまで泳いできて・・・。
あ、あと少し・・・!
ばしゃっ。
マギ・フィッシュは結弦さんに向かって器用に尻尾で暴れて水を飛ばした。
びしょびしょに濡れてしまう結弦さん。
あの魚、まるで結弦さんをからかっているかのようだ。
「・・・ふ、ふふふ、ふふふふふふ」
俯いたまま、笑い始める結弦さん。
こ、怖い。怒ってる。
「この魚! タタキにして食ってやるぞ!」
ボルテージが上がったのか、結弦さんがいきなり刀を手にしていた。
マギ・フィッシュ目掛けてそれを突き刺そうとしている。
「ピピー! はい、そこ! 失格にするよ!」
スタッフの人が笛を吹いて注意してきた。
我に返ったのか、結弦さんはボルテージを下げ、すとんと腰を下ろした。
「・・・おびき寄せるところまでは良かったのだけどねぇ」
そして半分諦めたかのようにぼやいていた。
・・・うん。難しいということだけは理解した。
何はともあれ、私たちもやってみよう。
そうして釣り糸を垂らしてみた。
響ちゃんも隣で垂らしていた。
・・・。
・・・。
うん、来ない。
「釣りは気長に待つしかないね」
「みーちゃん。あまりかかるよーなら、次のとこへ行こ~よ」
「うん。でも少しはやってみようよ」
こんなのでほんとうに釣れるかな。
そう心配したところで結弦さんが話しかけてきた。
「響ちゃん、美晴ちゃん。ここ以外もまわって来たの?」
「は、はい」
「おお、すごいなぁ。オレはここであいつとやりあってるばかりなのに」
さっきみたいに濡らされたりしてるのかな。
ムキになっているだけのようにも見える。
「その。結弦さん。結弦さんは武さんのどういうところが気になってるんですか?」
「ん・・・あの慌ててる横顔」
「・・・え?」
「だってほら、武は目尻とか眉、可愛いじゃない?」
「はぁ・・・?」
先輩が、可愛い。
そう考えたことはなかった。
そっか、そうだよね。
先輩、格好良いって雰囲気じゃない。
具現化研究同好会に居たころから他人には大人しく見えていたから。
きっと、結弦さんにはそのイメージなんだろう。
「性格も良いところばかりなんだけど、オレはビビっときたから」
「あ~、結弦おにーさんは、一目惚れなんだね~」
「はは、そういうことになるね」
ちょっと頬を紅く染めながらも結弦さんは楽しそうだ。
先輩のことを考えているんだろう。
何だか結弦さんの雰囲気とは真逆の理由でちょっと可笑しかった。
「あれ? 引いてる?」
顔に笑みが出ないようにしていたところで。
気付けば私の竿がぴくぴくと動いていた。
思い切って竿を引いてみると・・・。
「あ、釣れました」
「ええ!? おい、お前! なんでそんなあっさり釣れてるんだ!」
「・・・」
どうやらこの子はずっと結弦さんと戦っていたらしい。
その虹色の綺羅びやかな雰囲気とは裏腹に、なんだかふてぶてしい目つきだ。
結弦さんの呼びかけにこの子はびくん、と1度だけ身じろぎした。
◇
・・・こうして何の苦もなく私はクリアした。
響ちゃんもすぐに釣れてクリアとなっていた。
もしかして私たち、魔力の安定以前に竿に魔力が流れていなかった・・・?
ともかくスタンプを貰って次に進んだ。
「武のこと、頼んだよ」と諦め気味に呟いた結弦さんがちょっと可哀想だった。
これで3つ。時刻は14時45分。
想像以上に良いペースだった。




