078
■■小鳥遊 美晴 ’s View■■
私は小鳥遊 美晴。
関東州立桜坂中学校2年生。
部活の所属は具現化研究同好会。
半年前に卒業した京極 武先輩に招待されて、今、高天原学園の門の前にいる。
・・・正確には何人か経由しての招待だけど。
「みーちゃん、早く行こうよ~」
「う、うん」
「すごいよね~、学園祭にこんだけ力が入れられんのって」
一緒に来たのは工藤 響ちゃん。
茶髪で色黒、ネイルやお化粧に余念のない子。
おかっぱで根暗の私とはセンスが違うのでいつも可愛くて羨ましくなる。
性格も明るくて表裏がない彼女がどうして私と一緒なのか不思議。
そんな対照的な彼女とは何の因果か親友だ。
私は「響ちゃん」って呼んでいる。
大勢の人が出入りしている正門で私は圧倒されていた。
『第49回 闘神祭』と箱文字が煌びやかにアーチを作っている。
今時、ホログラムを使わずモノで準備するところがお金や手間をかけていてすごい。
通りがかる人たちが「うわ、本物だ!」って驚いている。
「うっわ~、外国人ばっかり~」
「さすが国際学校だね」
「むっつり先輩に世界語習っといてよかったよね~」
「そうだね。皆、世界語で話してるなんて別世界だよ」
日本にあってこれだけ多人種を見ることができるのはこの学校だけ。
下手な国際大学よりも外国人の割合が多い。8割くらい?
髪の色の種類を数えるだけで両手じゃ足りなくなりそう。
私も響ちゃんも先輩に世界語を習った。
そのおかげで世界語が得意になってスピーキングもできるようになった。
ちょっと自信がついてきたところに、この学園祭へのお誘いをもらった。
先輩に会えるって聞いて、私も響ちゃんも即参加を決定した。
この訪問が世界語の腕試しのためだなんて、ついでだった。
「いらっしゃい! 高天原学園へようこそ!」
学園の生徒が門で出迎えてくれた。
この人は弓を背負っていたから弓道部かな?
案内の冊子を手渡された。
学園の地図や催し物のスケジュールなどが書かれた紙だ。
・・・紙媒体だよ!? 今時!
やっぱりこの学園、贅沢だよ!
「制服が軍服みたいじゃ~ん。白スーツでぴっちりして赤ネクタイなんて~」
「うん。でも、格好良いかも・・・」
「あ~わかるかも~。 こう、みんな、凛としてんよね~」
私たちも桜坂中学の学生服で来ている。
外の学校の制服もちらほらと見えるけど、外国から訪問した人はさすがに私服。
そんな中で白に金のストライプが入った高天原学園の制服は映えていた。
もう制服を着ているだけでモデルになれるんじゃないかってくらい。
世間でいう『憧れの高嶺の学園』に足を踏み入れることができる。
それだけで興奮してしまうくらいだった。
「見て! 出店がこんなにあるよ!」
「あ~さすが高校だねぇ~。たこ焼きとか外国人が食べられんのかな~」
150年くらい前の昔ながらのお祭りとして、写真や動画で屋台が立ち並ぶのを見たことがある。
でも今はイートインコーナーに焼きそばや綿あめといったものの自動調理機を並べるのが主流だ。
こういった、人が実際に立って販売する屋台の出店が立ち並ぶのは珍しい。
この設備だけで相当な費用がかかるはずだ。
私たちはそんな屋台の鉄板で焼かれる焼きそばや鯛焼きの良い匂いに晒され、食べ歩きをしたい衝動を我慢しながら中へと進んだ。
「そんでさ~、むっつり先輩はどこにいるって~?」
「えっと・・・大先輩には11時に食堂に集合って・・・」
「食堂?」
ふたりで貰った冊子の地図を見る。
正門、前庭、学園広場、事務棟、第1校舎、第2校舎、中庭、第3校舎、裏庭。
武器棟、魔法棟、その横にある広大な訓練フィールドに学生寮。
そのさらに外周にある遊歩道のような道。
校門とそこに見える校舎の位置関係から広大な敷地が見て取れた。
「・・・広すぎんじゃ~ん。ど~こよ~」
「食堂・・・ない・・・」
頑張って探すけれど、食堂という表記の建物が見当たらない。
そもそも学園でひとつの街のような規模というだけでおかしい。
それだけこの高天原学園が優遇されているのだろう。
「おや君たち。迷っているのかな?」
「は、はい。どう行けば・・・!?」
地図を覗いていたら女の人に声をかけられた。
迷っている風だったので助けてくれるのかな。
そう思って顔を上げ、息を飲んだ。
最初に目についたのが腰まで伸びるさらさらの金髪。
すっとした目鼻立ちに碧眼。
高貴・・・というよりも神秘的な空気さえ感じる。
思わず頭を垂れて跪いてしまいそうな。
そんな雰囲気を纏っている人だった。
「あ~? お姉さん、女神様みた~い」
「ふふ、そのつもりはなくともよく言われるのだ。それで君たちはどこへ行きたいのかな?」
「え、えっと・・・食堂へ行きたい、です」
「ほう、食堂?」
「待ち合わせしてんだ~、あたしらの大先輩と」
「ふむ食堂か・・・よし、この時間なら私が案内しよう」
「あ、ありがとうございます」
女神様みたいなその人は私たちについてくるように言うと歩き出した。
よく見ればお付きの人なのか、一歩下がった位置に背の高いアッシュグレーの髪色の男性も歩いていた。
もしかしてお貴族様か何かかな?
この学校にいる人、見た目が高貴だったりして麗しい人がちらほらいる。
ほら、あの人なんて金髪縦ロール!
こんな見た目からお嬢様の人なんて実際に見たのは初めて!
あ、こっちに来る?
「アレクサンドラ様、ご機嫌麗しゅう」
「ソフィア=クロフォード。見回りは順調か?」
「ええ、特に問題ございませんわ」
「何よりだ」
はえ~! 綺麗!
ソフィアさんていうんだ。
こんな漫画やアニメーションに出てくるような人が実在するんだ!
あまりの美貌と立ち振る舞いに私は目を奪われてしまった。
「あら? こちらの可愛いお連れ様は?」
「ははは、はい! あああの、案内をして、もらってます・・・」
じっと見つめていたらソフィアさんと目が合った。
にこりと微笑みかけられて、自分のことだと気付いてびっくりした。
ここ現実だよ! 画面越しじゃない!
綺麗な人に上品に話しかけられたので、慌ててしどろもどろになっちゃった・・・。
「あ~、みーちゃん怖がりだからごめんね~」
「ふふ、お気になさらず。日本の方は緊張されることが多いと聞いておりますので」
うわ~! 大人な発言!
扇子をかざして澄まし顔なんてほんとうにお嬢様だ!
「君はもう交代の時間だろう。もうここまでで良いぞ」
「もうそんなお時間ですの? では私はこれで。武様のところへ参りますので」
え? 『武様』?
ここ、日本人の生徒、少ないんだよね?
それで名前が被ることなんてある?
もしかして!
「あ、あの!? すみません! その人、京極 武って人ですか!?」
響ちゃんもアレクサンドラさんもソフィアさんも。
突然、大きな声を挙げた私に、驚いたように注目した。
自分でもそんな勢いよく聞いてしまったことに驚いていた。
「・・・そう。武様のご招待の方ですのね。会長、わたくしが案内を引き継ぎますわ」
「む、そうか。だが私も食堂に用事がある。このまま同行しよう」
「ではご一緒いたしましょう」
先輩の名前を聞いたソフィアさんの視線が急に鋭くなった。
私と響ちゃんを品定めするように見ていた。
その視線に気圧されてはいけないような気がして、私は頑張って平静を装った。
「ん~、ソフィアお姉さんはむっつり先輩のこと知ってんだね~。あの人、元気にやってる~?」
「む、むっつり・・・!? どうしてそんな呼び方を?」
ソフィアさんが響ちゃんの言葉に反応した。
そうだよね、ネガティブな言葉だから。
う~ん? 会いに行くって言ってたし先輩と親しい人なのかな?
「え~? だってあたしらと同じ部室にいて~、2か月くらい会話らしい会話もしなかったんだぜ~。むっつりだろ~」
響ちゃんが言っていることは事実だ。
でもそれは私が「何も強制されないことに安心した」と言ったからだ。
そこに居るだけの部活だったから、先輩は会話をしないよう私に気遣ってくれたのだと思う。
人が居るのに話しかけずに過ごすというのも、ある意味、気まずいと思うのに。
そう考えると「むっつり」が良い意味に思えてしまうから可笑しい。
「・・・それでもご招待を受けてこちらにいらしている。その寡黙な、だらしのない先輩へ会いに来たわけですわね」
「あ~? お姉さん!」
ソフィアさんは意趣返しとでもいうように先輩を評した。
すると響ちゃんは急に立ち止まって強めにソフィアさんへ呼びかけた。
ソフィアさんは澄ました顔のまま、響ちゃんを見ている。
え・・・響ちゃん?
「お姉さんさぁ~・・・」
不良が凄むように、響ちゃんがソフィアさんへ迫る。
身長が足りなくても、普段はだらけた雰囲気の響ちゃんが真剣な顔をすると怖い。
お姉さんもその眼差しを冗談と受け流さず向き合っている。
ああ、喧嘩になっちゃう!?
「きょ、響ちゃん、駄目だよ!」
慌てて響ちゃんの腕を持って揺すったけれど、ふたりは視線を合わせたまま。
どうしよう、とハラハラしながら見守る。
「お姉さん・・・ほんとわかってんじゃん!」
「・・・え?」
「むっつり先輩、見た目じゃね~んだよな! あのだらしね~感じがい~んだよ!」
「ほほほ、そのとおりですわ! あの距離を感じさせる寡黙さや粗野に見せる言葉遣いが良いんですの!」
「・・・え?」
響ちゃんもソフィアさんも、破顔して頷き合っている。
ふたりがまさに意気投合した瞬間を見た。
「そう~! そうなんだよ~! どうせこの学園でもだらしね~雰囲気なんだろ?」
「ええ、制服のボタンも普段は外していらしてますの」
「やっぱね~。桜坂のときもそ~だったんだ。あたしも口は悪ぃ~けど、むっつり先輩ほどじゃね~し」
「・・・」
びっくりした。
ソフィアさんと響ちゃんが理解し合っている。
こんな美人さんと、まさか先輩が共通項だなんて。
・・・先輩、こんな美人さんと仲良しってこと?
もしかしてこの人は先輩と恋人同士なのかな?
「ちょうど武様を含め皆の時間が合うのが11時半になっておりますの」
「へ~。そんじゃ、ほかの人も来んだね~」
「ええ、この高天原学園で武様とともに過ごしているメンバーがいらっしゃるはずですわ」
校舎を抜け、庭を抜け、学園の敷地の端へ向かっていた。
ちらっと地図を見るとこの先は学生寮がある。
そっか、全寮制だから寮の傍に食堂があるんだ。
地図上では食堂と一体となって記されているからわからなかった。
そうか、屋台等で買ったものは学園祭で設置されたフードコートで食べることができるから、食堂には用事がないよね。
「あちらですの」
その食堂と呼ばれる建物は、わたしが知っている食堂という規模を遥かに超えた大きさをしていた。
◇
高天原学園の食堂はとても広かった。
ショッピングモールのフードコートでもこの大きさはないと思う。
自動調理機だけでなく人が作るコーナーもある。
そして利用する学生の数も多かった。
今は11時前。ちょっとお昼には早い時間帯。
お祭りの最中だから、学園の生徒たちは交代で食事に来ているのだろう。
「うむ、ちょうど良い時間だ。私はこれで」
そう言って、最初に案内をしてくれた会長と呼ばれた人が去っていった。
・・・その先でパンの販売が始まる様子。
あ、並んだ。もしかしてパンを買いたかったのかな。
「後ほど、またお顔を合わせることになると思いますが、わたくしも一度失礼いたしますわね」
「あ、ありがとうございました」
「ほほ、ごめんあそばせ」
華麗な仕草で挨拶をすると、ソフィアさんもどこかへ歩いて行った。
ふたりで取り残される。
人はそこまで多くないとはいえ、ここから大先輩を探さないと・・・。
「あ、小鳥遊さ~ん! 工藤さ~ん!」
気を入れようとしていた私たちを遠くから呼ぶ声がした。
「あ~、大先輩じゃん。な~んかコスプレの人もいる~?」
響ちゃんが指差す方向に飯塚先輩がいた。
今回、具現化研究同好会のメンバーに呼びかけた人。
といっても、先輩と面識のある部活のメンバーは大先輩と響ちゃんと私しかいないのだけれど。
傍へ行くと大先輩のほかにもう一人いた。
隣にいる白い法衣を着た人は誰だろう?
「良かったよ~。迷子になってるか心配してたんだよ~」
大先輩はいつもどおりおっとりした様子で私たちを迎えてくれた。
「この学校、広すぎ~」
「女神様みたいな人に道案内をしてもらいました」
「女神様・・・それ、アレクサンドラ?」
「え? えっと・・・はい、そう呼ばれていました」
隣にいた無表情の白ずくめシスターに話しかけられた。
「あ、ごめんね。この人、私のお姉ちゃん。『澪』っていうの」
「道案内なんて殊勝。今度、褒めておくわ」
・・・無表情なのに声は普通に抑揚がある。
日本人っぽいのに不思議な人だ。
「えっとね。私も呼んでくれた人と待ち合わせてるの。そろそろ来ると思うんだけど・・・」
「あ~? 大先輩が先輩から呼ばれたんじゃねの?」
「ううん。私と同じ学園の人で有名な人だよ。弓道大会で優勝して卒業式で答辞を読んだ人」
「す、すごい人なんですね?」
「そうだね~。京極君の1番だって言ってたし」
「「え!?」」
私と響ちゃんの声が被った。
1番!? あの先輩と!?
大先輩が1番じゃなかったの!?
ぐるぐると疑問符が頭を回りだした。
おかしいな、在学中はガリ勉で仲の良い人はいなさそうだったのに。
「惠。それ、私も初耳」
「え? お姉ちゃん、京極君のこと教えてるんじゃないの?」
「誰とも付き合っていないように見えたけど・・・この学園の人ではない?」
「う、うん。緑峰高校に在学してるよ」
緑峰高校! その1番の人はとても優秀だ!
弓道大会で優勝して、首席のような成績を修め、あの先輩を射止めた人!
アレクサンドラさんやソフィアさんだって見た目はとても美人。
大先輩のお姉さんによるなら、それでも先輩はこの学園の人には見向きもしなかった。
高天原へ進学する先輩と吊り合うなんて!
いったい、どんなすごい人なの!?
「あ、来たよ。お~い、ここだよ~」
「え?」
大先輩が気の抜けたような声で呼びかけていた。
見れば食堂の入口からこちらへ歩いて来る3人がいた。
皆、緑峰高校の制服を着ていた。
ひとりは金髪の格好良い男の子。
さらさらの栗毛色の髪にすっとした顔つきの人。
なんだか見たことがある。昨年、陸上部のエースって呼ばれてた先輩だ!
もうひとりは・・・あ、あの人も見たことがある。
電子研究部へ見学に行ったときに案内してくれた人だ。
ちょっとオタクっぽいけど切れる雰囲気の眼鏡の先輩。
部活で成果物を作らなきゃって聞いて、私は辞退しちゃったけど。
そして、そのふたりの前を歩いて来てる人。
ポニーテールに黒髪。釣り目でちょっと気が強そうに見える。
でもとても上機嫌で嬉しそうにしていた。
「惠さ~ん! お待たせ~!」
やって来たポニーテールの美人さんが、大先輩のいう1番の人?
ソフィアさんやアレクサンドラさんのように息を飲む美人ではない。
でも私たちよりも背も高くて、すらっとしてて・・・胸も大きくて。
大人な雰囲気の美人さんなのは間違いない。
「皆、わざわざ来てくれてありがとう!」
その場に集まったのは7人。
皆を見渡しながら、ポニーテール先輩が場を取り仕切るように話す。
「橘さんに呼ばれちゃ、行かないわけにいかないよ!」
「ふふ、諒くん。口がうまくなったねぇ~」
「諒、橘さんに鼻を伸ばしてるんじゃ・・・」
「ち、違う! 俺は若菜一筋だぞ!」
あれ、この人、否定が肯定だと気付いていないのかな。
皆がそのやり取りに和んでいたところでポニーテール先輩が言った。
「皆にはね、武が友達がいないなんて寂しいこと言ってたから集まってもらったの! びっくりさせてやろうと思って!」
「え!? 俺と武は赤い糸で繋がれてんだぞ! 何を言ってるんだ、あいつは」
「私も諒も友達以上の関係よ。武さん、またひとりで居ようとしてるのかしら」
橘さんと呼ばれたポニーテールの先輩がうんうんと頷いている。
「あたしらだって単なる後輩じゃね~ぜ。先輩とお近づきになったことあんだから。な、みーちゃん?」
「う、うん」
つい頷いてしまった。
いや、うん、合ってる。
私たちも先輩とは懇意にしたんだ。
あわよくば、なんて気持ちも抱いているのは否定しない。
でも、緑峰高校の2人も先輩と親しそうだ。
いちばんのライバルは大先輩だと思っていたのに。
あれ・・・もしかして。
この場にいる人、みんな先輩に招待されてるんだよね?
え? 全員が恋敵!?
「はい! それでは・・・武が来るまであと20分くらい。それまでにお互いの自己紹介を済ませておきましょう!」
ポニーテール先輩が言った。
お互いに顔を見合わせる。
それぞれが品定めするかのように。
年齢でも、立場でも、容姿でも、性格でも。
私はこの場の誰にも勝るところがない。
先輩に手を取って引っ張ってもらうだけの存在。
・・・でも。
私をこの場まで引っ張ってきた、私の気持ちは確かにある。
だから、その気持ちには嘘をつかないようにしようと誓った。




