027
そうして最後の練習日であり、追い込み日である日曜日を迎えた。
場所は武器棟の第2フィールド。
予約をすれば訓練などで自由に使える場所だ。
俺はそこを丸1日、押さえてある。
その場に集まったのは俺と主人公の6人。
皆、自分の武器を持ち出してきている。
・・・銃刀法違反とかないよね、今更だけど。
そしてゲストというか先生として凛花先輩と聖女様。
聖女様はOGということで学園への出入りは自由らしい。
だからこうして高天原までご足労を願ったわけだ。
が。聖女様を目にした凛花先輩の雰囲気が変わった。
「げ!? 飯塚 澪! 武、どうしてあいつが来ているんだ!」
「あら、楊 凛花。お久しぶり」
何やら慌てている凛花先輩と気にしない聖女様。
このふたりって知り合いだったの?
「俺が呼んだんだよ。具現化の指導をしてもらってるから」
「アタイとの訓練があるだろう!」
「どっちも終わらなかったんだよ。明日までに何とかしてぇんだ」
凛花先輩が溜息をつく。
そんなに嫌なのか反目しあってるのか。
鉢合わせにして悪いことしたかな。
「皆さん、初めまして。私、飯塚 澪。聖堂で聖女をしてる。ここのOGでもある」
「初めまして聖女様。ソフィア=クリフォードと申します」
ソフィアが優雅なお辞儀とともに挨拶を返す。
他の皆もそれに倣い順に挨拶をした。
「皆、休みの日に集まってもらってありがとう。明日のためにどうか協力しほしい」
「武さん、オレたち1年生全員の問題です」
「そうだ。むしろお前に託すことになってしまうことがもどかしいくらいだ」
結弦もレオンもやる気になっている。
うん、頑張らないとな。
「澪がいるのはいけすかないが今日は武に免じて我慢する」
「あら。何ならここにいる全員をいちどに修練しても良いのだけれど」
「アタイはやらないぞ! 武、澪と訓練しない方がいい。性格がひん曲がるぞ」
「凛花に任せていると脳筋になるばかりだと思うわ」
「なあ、凛花先輩も聖女様も後で話を聞くから。とにかく始めよう」
仲が良いのかツンツン掛け合いのふたり。
因縁を聞いてみたいけれどそれは今じゃなくていい。
俺は宥めて話を進める。
「・・・澪が協力するのならやり方を変えよう。武、最初はアタイと打ち合うぞ」
「え?」
「丹撃をアタイとぶつけ合うんだ」
「は?」
ええと。
言ってる意味はわかるんだけど。
それ、俺が吹き飛ばない?
「なに、アタイと同じレベルで打てば良いんだ」
「人間を辞めることになりそうだぜ?」
「君のほうが魔力は多い。最終的にはアタイが負けるはずだ」
「えええ」
シリーズ無茶振り。
あの岩を吹き飛ばす凛花先輩と正面から打ち合うって?
嫌な予感しかしねぇよ。
「ほら、武はそこに立て。協力してくれる君たちは20メートルくらい向こう側に立ってくれ」
「向こう側だな」
「わかりました」
さくらとレオンが素直に従うと、他4人もぞろぞろと距離を置いた位置に立った。
で、俺の目の前にいる凛花先輩は・・・ああ! もう気を高めてる!
凛花先輩の周りに緑のオーラが漂い始めていた。
「早くしろ! 打ち負けるぞ!」
「わかったよ!」
「相変わらず野蛮ね」
聖女様が茶々を入れるが、気にしている間はない。
すう、くら、とん。
集魔法を完成させて集中する。
凛花先輩と打ち合うんだ、全力でやらねぇと。
いつもよりも念入りに集中し、丹田に熱を集める。
「すごい! 武くんが輝いてるよ!」
「白の魔力ですわね。凄まじい量ですわ」
リアム君とソフィア嬢の声が耳に届く。
俺、そんなふうに見えてんのか。
っと、そうじゃねぇ! 打ち負ける!
「行くぞ武! 3、2、1」
うえ!!
先輩、かなり溜めてるぞ!
丹田がいつになくエメラルド色に輝いてる!
「0!!」
「くそ! 負けるかあぁ!」
先輩が振りかぶるのに合わせ、俺も大きく振りかぶる。
脇腹に力を入れ、腕から魔力が放出されるよう誘導する。
よしいけ! 俺の丹撃!!
ばしいいいぃぃぃぃん!!!
最初に来たのは目が眩むほどの輝き。
打ち上げ花火が目の前で炸裂したのかと思わせるくらいの、白と緑の火花が散った。
「きゃっ!?」
「うわっ!」
ジャンヌと結弦の驚きの声が遅れて耳に届いた。
ぐ、すげえ力だ!
押し負ける!
トラックが正面からぶつかってきたような、そんな理不尽な圧力だ。
両足を踏ん張って飛ばされないよう姿勢を作る。
「武さん!!」
悲鳴にも似たさくらの声。
俺の腕から溜めた熱が通り抜けて行く感覚。
丹田から力の抜ける感覚。
激しい魔力消費!
え、これ、継続して魔力放出してんの!?
バリバリバリバリ!!
一瞬かと思ったら数秒、俺と凛花先輩の拳の間で魔力が散り続ける。
傍から見たら綺麗な花火に見えんのかな。
どうしてか他人事のような思考が頭を過る。
その一瞬の隙だった。
ばしぃぃぃん!
花火が弾けた。
打ち込んだ右腕が壁に押し潰されるように。
痛みを感じる間もなく衝撃が腕から全身に広がっていく。
「うっ!? ぐああぁぁぁ!!」
踏ん張った程度で止められるわけなく、俺は全身が壁にぶち当たったかのように弾け飛んだ。
うげ!? これ、死ぬ!?
「来る! 受けるぞ!」
「はい!」
「承知ですわ!」
吹き飛ばされた俺は、身構えたレオンとさくら、ソフィア嬢に受け止められた。
ずどん、と俺を支える彼らの腕の感触。
ああ、回転して身体が横になってんな。
頭、胴、脚をそれぞれに抱えられた。
ずざざ、と彼らが踏ん張って受け止めたことがわかる。
こんなの受け止めたお前らもすごすぎ。
お陰で意識はまだある。
「武くん!! 大丈夫!?」
「ちょっと、生きてる!?」
リアム君とジャンヌの叫び声。
こっちが不安になるくらいだよ。
意識はあるけど返事できる状態じゃねぇ。
身体全体を駆け抜けた先輩の丹撃はまるで全神経を焼いたようだ。
痛みで声も出せねぇ。
俺の全身から立ち昇る緑色の煙のようなものはきっと先輩の魔力。
うは、丹撃って相手の身体に魔力を流し込んでんのかよ。
これ魔力で身体を蹂躙されてんのか。
感電してるようなもんだな・・・。
「ご無事ですか? 骨折などは無さそうです」
「目は開いてるな。意識はありそうだ」
ソフィア嬢とレオンが俺を観察して判断してくれる。
痺れて声が出せねぇから助かるよ。
「武、これが丹撃だ。打ち負けたらほぼノックアウトだろう」
「ぐっ・・・ああ・・・」
しゅうしゅうと魔力を全身に迸らせている凛花先輩がやって来た。
見るだけで凄ぇ威圧感だよ。喰らったから尚更。
「まったく強引ね。ほら皆さん。武さんを下に置いて」
そこにやってきた聖女様。
指示通り、俺は地面に横たわらせられる。
「少し痛むけれど我慢して」
そう言うと、聖女様が魔力を練り始めた。
全身から白いオーラが溢れて輝いている。
「満ちたる生の躍動をここに――」
そう詠唱すると聖女様が俺の身体に触れる。
「身体再生」
これは・・・回復魔法!?
聖女様から放たれた魔法に包まれる。
・・・ぐっ!? 痛ぇ!?
「ぐ、あああ!!」
「え!?」
「タケシ!?」
回復しているはずなのに痛みで苦しむ俺。
それを見てさくらとジャンヌが驚いている。
「落ち着け。身体が再生するときは痛みを伴う」
凛花先輩が動揺している皆を落ち着かせる。
ぐ・・・この痛みはそういうことか。
我慢しろって、傷が再生するときの痛みのことね。
時間にして数秒間。
一瞬だけれども受けた半分くらいの痛みに苛まれた。
それが収まった頃、ようやく俺は焼けるような痛みから解放された。
「くっ・・・はぁ、はぁ。ありがとう、聖女様」
「いいえ。今日は貴方への指導を見届けるまで帰れないから」
相変わらずの無表情で宣言する聖女様。
・・・って、帰れないってちょっと含みない?
嫌な予感がしてきたよ。
「武、これを繰り返すぞ。まだ無駄な放出が多い。とにかく腕から絞って出せるようにするんだ。アタイに打ち勝て」
「ええ!?」
ちょっと待って!
痛いどころじゃなかったんだけど!!
「相変わらず激しいな」
「見ているほうが痛々しいですわね」
レオンとソフィア嬢が素直な感想を口にしている。
うん、俺もそう思うよ!
実際痛ぇんだよ!
「ほら、時間がない。先に集魔法で回復しておけ」
「う、わかったよ」
凛花先輩に促され、第2ラウンドに向けて俺は準備をするのだった。
◇
試行すること5回。
およそ2時間、この苦行を繰り返した。
ばしいいいぃぃぃぃん!!!
「押し勝った!?」
「相殺ですわね!」
俺の視界は白と緑の火花で塞がれている。
結弦とソフィアの評価が状況を把握する手助けとなる。
「やった・・・!?」
「ふぅ。そうだ、よくできたじゃないか」
俺はようやく凛花先輩の一撃を相殺することに成功した。
お互い吹き飛んだりもせず、拳を突き合わせた格好で火花が収まった。
やったよ! 先輩と同じ出力で放てたよ!
「武。君はこれで一箇所に魔力を流すイメージを体得できた。その腕に流す要領で、先日の防御をするんだ」
「あ、そこに繋がるのか」
凛花先輩はそのまま俺の全身に疑似化を施した。
そうして宣言する。
「アタイは具現化せずにハイキックを左右にする。右腕だけ魔力を流せ。左はそのまま受けろ」
「やってみる」
俺はふたたび集魔法で魔力を練る。
すう、くら、とん。
この少しの集中は必要だけども数秒で魔力を集められるようになってきた。
「いくぞ」
「はい!」
先に右側からのハイキック。
さっきの丹撃の意識で右腕から魔力を放出させる。
ばしぃん!
うん、これ。魔力で硬化して受けたときの感触。
「次、左!」
一呼吸も置かず左側からのハイキック。
今度は普通に腕だけで防御する。
ばしん!
ぐ、痛い!
けど我慢できる痛さだ。
「よし! できたじゃないか」
「・・・できた、のか」
先輩から合格をもらった。
俺は思わず両腕を見た。
右腕に白い魔力が漂っている。
左腕は何ともなっていない。
うん、大雑把だけど流れは制御できてるんだな。
「やったよ! ありがとう先輩!」
「よくやった。あとは実戦だ」
「目下の課題はおしまい? なら、今度は祝福の練習ね」
喜びも束の間。
聖女様が前に出てきた。
次は具現化の訓練だよ。
「武さん。協力してくれる方がいるなら話は早いわ。貴方の祝福で皆を守ってあげて」
「え?」
「私は畏怖をかけるから」
・・・あの訓練ね。
ええと。そうすると誰かが恐怖に踊らされることになるわけだよな。
「どういうこと?」
リアム君が説明を求める。
「えっと。聖女様が誰かに畏怖の魔法をかけんだ。恐怖を受ける魔法でとにかく怖くなる」
「ええ!? 怖くなるの!?」
「俺が使う祝福の魔法で防御して、その恐怖から守るって課題だな。もし掛かっちまったら、そこから助け出すためにも使える」
そりゃね、魔法で怖がらせるよって言われたら嫌だよな。
精神に作用するんだからお化け屋敷どころじゃねぇし。
さて。問題は誰に怖がってもらうか、だ。
・・・俺に選べって? 選べねぇよ。
聖女様の罵倒訓練の方がマシに思えてきた。
「甘いことを言っていると遅くなるから。順番にやっていく」
「え!?」
「最初は凛花ね。畏怖」
「ちょっ! 待てって!!」
止める間もなく。
凛花先輩に畏怖がかけられる。
「う、うわあぁぁぁぁ!!」
「ほら早く助けてあげて」
「くそ・・・!」
俺は慌てて凛花先輩に駆け寄る。
落ち着け、具現化だ。
魔力を上向き気分で放出すれば具現化されるんだ。
「くっ!? 来るな、来るなぁぁぁ!!」
早くしねぇと! 先輩、本気で怖がってるよ!!
ええと。
すう、くら、とん。
集魔法して、丹撃と同じ要領で・・・。
自分にかけるときと同じくここで意思を込める。
俺、頑張ったよ! ようやく出来たんだから!
凛花先輩、ありがとう! ほら、もう大丈夫だから!
上向きの気持ちと凛花先輩への想い。
練った魔力を丹撃の要領で突き出す!
先輩・・・!!
腕からぱあぁっと白い魔力が飛び出した。
頼む、届いてくれ・・・!
果たして俺の祝福は凛花先輩に纏わりつく。
その白い輝きに包まれた先輩は、恐怖に引きつらせた表情を徐々に収めた。
「う・・・はぁ、はぁ。うう、祝福できたのか?」
凛花先輩に意思のある表情が戻った。
どうにか成功したようだった。
「すごいすごい! いちどで出来たじゃない!」
「さっきやった丹撃のお陰だよ。外へ向けての操作ができるようになってた」
「じゃ、皆へいちどにかける練習もしようか」
「えっ!?」
一部始終を戦々恐々と見守っていた主人公たち。
聖女様に一瞥されると、皆、後ずさった。
「いくよ。畏怖」
「だから心構えする時間くらいくれよ!!」
◇
集団パニックを目の当たりにするとああなるのだろう。
まさか主人公連中が恐れ慄く姿を目にするとは。
つか悲鳴に晒されるって生きた心地がしねぇ。
聖女様が全員にかける → 俺が順番に祝福で回復する。
その手順を2回繰り返したところで聖女様からさらなる課題が示される。
「そんなのじゃ間に合わない。全員にいちどでかかるようにして」
「出来てたら最初からやってるよ!!」
もう敬語使う余裕もねぇ!
必死に祝福をしまくってるというのに次々にかけていくのだから。
「うわぁぁぁぁ!」
「ひいぃぃぃぃ!」
「助けてぇ!」
なんかもうキャラ崩壊してるかのような悲鳴ばかり。
実被害がないのに阿鼻叫喚を目にするってどうなの。
実践形式でやりまくってるお陰で具現化する速度は格段に上がっていく。
だけど単体じゃなくて全体にかけろって?
どうやんだよ!
だって誰かにかけるときってそいつに触れてないと届かねぇんだぞ!?
聖女様はどうやって畏怖を範囲指定してんだよ!
「貴方のイメージの問題。ひとりを意識すればひとり。全員を意識すれば全員」
「どういうことだってばよ!」
全員をイメージだって!?
RPGで「味方全体」って指定するやつ!?
ええとええと。
ちょっと落ち着け俺!
ひとりにかける時はそいつをイメージしてんだ。
凛花先輩なら凛花先輩を意識してかけてる。
全員なら仲間全員を意識するって?
さくら、レオン、ソフィア嬢、結弦、ジャンヌ、リアム君。
6人揃ったあの食事風景が思い浮かんだ。
ああ、全員が集まったイメージって、俺にとってはあの円卓なのか。
個人ではなく全員に。あの円卓に座る皆。
離れているけど、彼らがいる方向へ向かって俺は具現化した。
「祝福!」
範囲が広いのだから魔力も多めに。
凛花先輩と打ち合うほどじゃないけれど、それなりに力を込めた。
すると聖女様が畏怖をかけるときのように薄く白い光が膜のように広がっていった。
「きゃぁぁ・・・。はぁ、はぁ」
「・・・はぁ、はぁ、早くしてよね。心臓に悪いわ」
「くそ、こうも簡単にかかってしまうものなのか」
悲鳴が止まった。
皆、地面に手をついたり屈み込んだりと、ひれ伏しているような状況だ。
ごめんよ、遅くなっちまって。
「すごい! やっぱりやればできるじゃない」
「聖女様も凛花先輩も無茶振りなんだって・・・」
「実戦形式がいちばん効率が良いんだ。君は時間が無いだろう」
「そうだけどさ」
できたことは素直に嬉しい。
けれど皆に負担をかけてしまった。
その罪悪感のほうが勝ってしまう。
「休憩を入れよう。昼食を挟んで午後は実戦だ」
「はい」
凛花先輩が取り仕切り、長かった午前の訓練を終えた。
長かったのって俺だけか。




