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 食卓に置かれた1杯の紅茶。

 アールグレイの香りに包まれてひと息を吐く。


 テレビキャスターが滔々とニュースを読み上げていた。

 良い出来事と悪い出来事が並べ立てられ時間の経過にされていく。

 それは俺の周囲でも同じことだった。

 部屋の片隅に置かれたカレンダーは2040年を示していた。


 昨日は良かった。

 人生の中で一番、泣いた日かもしれない。

 娘の楓の結婚式だったのだ。


 「お父さん、これまで育ててくれてありがとうございました」という式辞。

 言われるとわかっていたそれを聞くと、我慢しようと思っていても駄目だった。

 人前で号泣してしまった。

 でも、息子の剛も、楓も、温かな笑顔で俺を見守ってくれた。

 彼らはすっかり大人になったのだ。


 そうして今日は子供ふたりが自立した初の朝だ。

 今日からひとりきりの朝を迎えるようになった。

 自由を得たはずなのに、不自由さを感じるのはどうしてだろう。


 窓の外を見る。

 よく晴れていた。

 子供たちの前途が明るいものだと祝ってくれているようで。

 俺も晴れやかな気になった。

 結婚式にかこつけて数日ほど休みを取ったのだ、ちょうど良い、報告へ行こう。



 ◇



 自宅から車でおよそ30分。

 春先の外気がまだ肌に刺さる。

 小高い丘の上にある墓地は閑散としていた。

 お彼岸を過ぎてしまっているからだろう。

 直前にお参りに来た人が多かったお陰で敷地内は綺麗だった。


 白く輝く四角い石。

 そこの端に慎ましやかに刻まれた「幸せはここに」の文字。

 軽く濡れ布で磨くと艶々と輝く。

 まるで彼女の笑顔のように。



「昨日、楓が結婚したよ」



 彼女に、自分に、言い聞かせるように呟く。

 お供えの花を添え、昨日にあったことを語り掛ける。

 傍目には独り言をする変なおっさんだろう。

 でも俺の横には確かに彼女がいた。


 墓石の側面に刻まれた「京極 雪子 安らかにここに眠る」の名前。

 早世した俺の伴侶の心残りは娘の結婚だった。

 ようやくその報告ができたんだ。

 俺たちの子育ては昨日、終わった。



「苦労をかけた。ありがとな」



 『ありがとう』。

 この言葉を言える心境に至ったのは今日が初めてだ。

 俺の昏睡事件から10年。

 彼女の心労は並み大抵のものではなかった。

 俺が目覚め、半年の療養を経て社会復帰したとき、既に病を抱えていたのだから。


 罪悪感に苛まれたのは言うまでもない。

 俺が倒れたばかりに。

 俺のせいで。


 倒れる直前にゲームを夜通しやり過ぎていたせいもあったと自分では思っている。

 というかそれ以外に原因なんて考えられなかった。

 だから俺はそれ以来、ゲームを辞めた。


 彼女が逝ってから5年。

 罪滅ぼしのために家事に、子育てに精を出した。

 そのおかげで子供たちは立派に巣立ってくれた。

 彼女の代わりに背負ったものを降ろせた。

 やるべきことはすべてやった。

 そう思うと心が軽くなった。



 ◇



 風が吹き抜けた。

 陽が高くなったおかげか、暖かい気持ちの良い風だった。

 ふと、白いワンピース姿の女の子が目に入った。

 広い鍔の白い帽子を被って、まるで御伽噺から出て来たお嬢様のようだった。



「えへへ・・・」



 16,7歳くらいだろうか。

 学生っぽい年代なのに墓地にひとり。

 親の墓参りかな?

 それにしては、俺みたいな五十路のおっさんに微笑みかけるなんて。



「どう、似合ってるかな?」


「うん?」



 彼女ははにかみながら、俺に見せつけるようにくるりと1回転した。

 きらきらとした瞳が俺には眩しい。

 人違いかと思って振り返ってみたけど誰もいない。



「おじさんに聞いたの。どう?」


「あ、ああ。似合ってるよ、うん、可愛い」


「やった! 可愛いって言ってくれた!」



 両手を上げてくるくると回転して喜びを表現している彼女。

 やはり眩しい。

 壮年と若者の感性ギャップが甚だしい。

 俺の方が恥ずかしくなってくる。



「あのね。おじさんにお願いがあるの」


「お願い?」


「うん。このゲーム、やってみて欲しいなって!」


「は? どうして・・・?」



 彼女はポシェットから一枚のディスクを取り出した。

 ◯◯ステのロゴがある。

 俺が持っている10年前のハードで動くやつだ。

 どうしてこの世代の子が? レトロ好きなのか?



「ああ・・・ごめん、俺、ゲームはもうやってねぇんだ」


「えっ!? そんなぁ、話が違うよぉ〜!」



 彼女は地団駄を踏んで不満を表面した。

 元気よすぎる。

 ・・・話が違う?



「もう、折角、来たんだから! 良いから、ほら、受け取って!」


「お、おお・・・」



 強引に渡されると受け取ってしまうのが日本人。

 というか何で俺にゲーム?

 タイトルは――



「ラリクエ2210? 何だこれ?」


「やってみればわかるって! それじゃ、1週間後の10時にここで待ってるから! 感想を教えてね!」


「あ、おい!」



 名前も名乗らずに少女は駆けて行った。

 謎のゲームソフトを渡された俺は困惑して立ち尽くした。


 『ラリクエ』ってタイトルにするとダサいぞ。

 ・・・まさかほんとに『Rainbow Lucifer Quest』のこと?

 攻略掲示板でだけで流行ってたネットスラングがタイトルになるわけねぇのに。

 

 つーか、1週間後って!

 どうすんだよ。

 1週間後も墓参りに来いって?

 はぁ・・・まぁ良いけどさ、時間もできたことだし。



 ◇



 帰宅して少女に渡されたパッケージを眺めた。

 簡素なイラストだった。

 煌めく虹色の渦の中に、ひとりの青年が立っているだけ。

 その青年っぽいやつも黒い影だけ。誰だかわかりゃしない。

 こんなのじゃゲーマーは手に取らないだろう。

 B級ゲームっぽい。

 AVG? RPG? それすらもわからない。

 裏を見てもクレジットや開発会社のロゴさえない。

 この10年前のハードで動く、ということしかわからない。

 それすらも怪しいんだけど。


 ・・・。

 ・・・・・・。

 仕方ねぇ、やるか。

 どうせ時間を持て余す。

 もう子供の世話もねぇし、今は趣味らしい趣味もないしな。


 質素なディスクを入れて起動するとハードの起動ロゴが流れる。

 インストールが走ってやたら長い圧縮ファイルの展開で待たされる。

 どんだけ容量を喰うんだこのゲーム。


 ようやく起動した。

 オープニングムービーが流れる。

 桜の舞う学校らしいものが背景にあった。

 なんだこれ、学園もの? つか、ラリクエじゃん。

 本気でラリクエのオマージュっぽいな。

 ああ、やっぱり。

 ラリクエ主人公6人が、本編と同じくらいのクオリティで描かれてる。

 おいおい、今となってはあんなマイナーなゲームのコアなファンがいたのかよ。

 クオリティ高そうだぞ、このファンディスク。


 とりあえず進めてみるが主人公を選べなかった。

 6人以外の、謎の男主人公視点で話が始まった。

 パッケージの影の奴だろう。もしかして主人公は固定?

 ま、ファンディスクだし、こういう設定もありだよな。


 俺はそうして『ラリクエ2210』なるゲームを始めた。



 ◇



 1週間後。

 睡眠不足気味で目の下にくまを作ったまま、俺は少女との約束の場所に来た。


 案の定、徹夜気味にやりまくってしまった・・・。

 いや! それでも後悔はない!

 あんなに感動できるゲームだったなんて!


 ラリクエだって倒れるくらいやり込んだのは大好きだったからだ。

 それのオマージュ作品が面白くないわけがない!

 ラリクエのストーリーをリスペクトしつつ、それ以上の内容が詰め込まれていた。


 本編では語られなかった裏設定が盛りだくさんだった。

 こんなの同人で作って、開発スタッフに何か言われないのだろうかと思うくらい。

 例えば身を喰らう蛇(ウロボロス)との対決だって、本編ではレオンやソフィア嬢が倒したってだけの1文で済まされていたものを、黒海の基地へ突入して撃破するという熱い展開があった。

 しかも、すべては超人類なんて古代人が計画した話だったとは!


 オマージュ作品か、と期待半分で始めた俺の予想は大きく裏切られたのだ。

 昨夜、ようやくゲームを終えたばかりで興奮気味の俺は早く誰かに話したかった。

 でもわかってくれそうなのはあの少女しかいない。

 だから俺は少女が来るのを心待ちにしていた。



「おじさーん! お待たせー!」


「おう、来たか」



 先週と同じ格好で少女が駆けて来た。

 急いで来たのだろう、少し息が切れている。



「はぁ、はぁ。ごめん、ちょっと予測よりずれちゃって」


「いいよ、大して待ってない」



 普通、『予定より遅れちゃって』じゃねえの? と思ったが突っ込まない。

 彼女なりの哲学?があるのだろう。



「それで! ゲーム、やってくれた!?」



 開口一番、彼女は、ずい、と可愛らしい顔を俺に近付けてくる。

 そのちょっと吊り目気味な、気の強そうな雰囲気に気圧される。



「お、おお、やったぞ! クリアした! すげぇ作り込みだったよ!」


「え!? 1週間で全部やっちゃったの!?」


「50時間くらいか? 土日もあったし、平日の夜も頑張っちまったよ。ははは」


「ははは、じゃないよ! 睡眠不足じゃない! 不健康だよ、もう!」



 やってくれと、感想を聞かせてくれと言われていたのに。

 どうしてこの少女は怒っているんだろう。



「ああ~、やっぱりお母さんやおばさんが言ってたことは正しかったんだ~」


「うん? ゲームの感想を言うんじゃねえのか?」


「違うの! そうだけど、そうじゃなくて! ああ、もう!」



 もどかしい様子で少女はまた地団太を踏んでいた。

 ほんと元気だな。

 気を取り直したのか、怒るのをやめた少女は俺に向き直った。



「あのね! 登場するキャラクターで、誰がいちばん良かった?」


「キャラ? ああ、すげえよな! ラリクエのオマージュ具合に感動しちまったよ。主人公だけじゃなくてサブキャラが生き生きしててびっくりした!」


「うんうん」


「原作で居なかった先輩キャラが立ってて好きだったなぁ~。『白の女神』飯塚 澪と飯塚 恵の姉妹も良かったし、『狂犬』楊 凛花のぶっ飛び具合も良かったぁ。アレクサンドラ会長も格好良すぎるだろ」


「おおー、先輩好き!」


「後輩中学生の小鳥遊 美晴もすごかった。一般人なのに勇気ひとつでアトランティスへ突入してくんだぜ? レオンに護衛してもらってるって言っても、すげえ決意だよな」


「ほほー、後輩も好き!」


「俺は原作ファンだからな、もちろん主人公も好きだぜ? 処女プレイで使ったレオン=アインホルンと、レオンで攻略した九条 さくらは想い出補正で好きだね」


「ほうほう、レオン=アインホルンと九条 さくら推し!」


「ああ、もちろん結弦やソフィア嬢、ジャンヌにリアム君もストーリーがいっぱいあって良かったな!」


「うんうん、主人公は外せない!」


「ん~、でもこの謎の主人公もすげえ活躍してるよな。そっちにも感動しちまった。苦労して能力使えるようになって、そんで主人公たちをサポートすんだろ? 最後に過去へ帰っちまうなんて、オマージュ作品に許されざる感動シーンだぞ?」


「おっと、この物語の主人公にも感化されちゃいましたか!」


「あー、でもこのファンディスク込みで言うなら、推しは橘 香だな! 主人公の気持ちを最後まで汲んで、一歩、身を引きながらずっとサポートするデキる女! 彼女は涙なしでは語れねぇよ!」


「あはっ! 橘 香が一番!!」



 オタクっぽく早口で語る俺。

 それにうんうんと頷いて飲み込んでくれる彼女。


 いやいやいや、良いね!

 ゲームクリア後に語り合える相手がいるなんて!

 映画の後の感想戦が楽しいやつと同じだよ!



「うんうん、とっても良い感想をありがとう!」


「おう、まだまだ語り足りねえぞ」


「そうなんだ! それじゃ、続きをもっとお話しない? 感想を聞きたい人がほかにもいるんだ!」


「他にも? すげえな、こんなマイナーゲームを知ってるやつがほかにもいんのか!」


「うん! 主に開発陣だけど。是非、感想を聞きたいって!」


「開発陣! え、会えるのか!? 良いぞ。こんなおっさんでも良けりゃ、いくらでも付き合うよ」


「やった! それじゃこっち来て!」



 少女はまた強引に俺の手を引いていく。

 墓地を出・・・ずに、霊園の奥にある森へと入っていく。



「おいおい、こっちは何もねえぞ?」


「良いの良いの、私、こっちから来たから!」



 手を引かれるがまま、俺は彼女について行った。

 あのマイナーなオマージュを語り合える彼女が悪人だとも思えない。

 どうせあとは平凡な人生の終わりが見えてるんだ。

 何があったって、今のこの不可思議な状況のほうが話のネタになる。


 それ以上に、年甲斐もなく好奇心がはやって仕方なかった。

 この不思議な少女が、俺に何を見せてくれるのか。

 そのことにわくわくしていた。



「ついた! ここだよ!」


「ここ? 何もないぞ?」


「うん、どこからも見えないよね!」



 霊園から徒歩5分くらい。

 本気で周囲に何もない、鬱蒼とした木々に囲まれた場所だ。

 まぁGPS付きの端末で見れば、霊園のどっかを指しているんだろうけど。



「あーあー、聞こえる~?」



 少女は腕時計に話し始めた。

 いや・・・あれは端末だ。ウェアラブル端末。

 スポーツをやる人がよくつけてる、なんたらウォッチってやつだっけ。



「あ、これ? すごいでしょ、小さいのに高機能! パーソナル・アンサンブルって言うんだ! 誕生日に買ってもらったんだ~♪」


「ぱーそなる・・・? 見たことねぇ端末だな」


「あはは。ちょっと待っててね!」



 少女はそう言ってから端末に向かってあれこれと話をしていた。



「うん、うん! 連れて来たよ! 聞いてたでしょ!」


「・・・誰と話してんだ?」


「ああもう! そんなの、そっちへ行ってから喧嘩して!」



 端末の向こう側でぎゃーぎゃーと騒いでいるのだろうか。

 なんだか煩そうに表情を歪める少女。



「うん! わかった、10秒後ね!」



 10秒後?

 何か来るのか?

 つい周囲を警戒してしまうが、10秒で到達できそうなものは何もなかった。


 そもそも行くって言ってたよな?

 と思っていたら、少女が俺の両手を掴んだ。



「ほらほら、行くよ! 驚かないでね!」


「え? 行くって、どこに?」


「とっても良いところ!!」



 にこにこと笑顔の絶えない少女。

 その可愛い少女に、人気のない雑木林の奥で手を握られて立ち尽くすおっさん。

 誰かに見られたらやばい絵面だと思う。

 つか、誰も来ないでほしい。マジで。

 つい手を振り払いそうになる。



「おわ!?」


「あ、危ないから手を離さないでよ!」



 俺と少女の周囲に白い光が集まり始めた。

 そして・・・浮遊感があると思ったらほんとうに浮いていた。

 驚く俺を彼女が宥め、両手をしっかりと持ち直した。



「お、おいおいおい! これ、どうなるんだよ!?」


「あはは! すぐ終わるから! 爆弾教授、グリーン博士のタイムトラベルへようこそ~!」


「はぁ!? タイムトラベル!?」



 浮いてしまった彼女と俺の周囲に白い光が集まって来る。

 ファンタジー的な展開は夢見てたけどさ!

 こんなおっさんに、しかもこんな場所でなんて!



「行先は2228年だよ! 行ったら修羅場だから、覚悟しててね~」


「おい、修羅場って・・・!?」


「甲斐性見せてよ、お父さん♪」


「あ゛あ゛!? おとうおおおぉぉぉ・・・――――」



 まるで高いところから飛び降りるような加速感に包まれて。

 俺の視界は少女と同じ純白に包まれていったのだった。






 This story is over !


 Thank you for your reading !




 



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