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 歓喜を分かち合う。

 溢れんばかりの喜びを共鳴(レゾナンス)を通じてさらに伝え合う。

 自然と涙が溢れ、声が枯れるほどに叫び続けた。


 人生でここまで喜んだことがない。

 それほどに俺の情動は振り切れていた。

 落涙し、叫び、飛び跳ね、そして誰にも抱き着いた。

 どれだけ表現しようと、伝え足りない。

 みっともないほどに俺ははっちゃけていた。



「ははははは!! 終わった、終わった、終わったあぁぁぁぁ!!!」



 最後には大の字になって大地へ身を投げ出す始末。

 そんな俺を皆が暖かな眼差しで見守ってくれていた。



「電波状態は悪いですが、取り急ぎ戦闘終結の報を入れましたわ。軍事作(ミッション・)戦成功(コンプリート)、と」



 ソフィア嬢がPEで司令部への報告をあげた。

 これをもって作戦の撤収段階へ進むことになる。


 もう無理に戦闘を続ける必要はない。

 司令塔を、生みの親を倒したのだ。

 魔物が新たに出てくることはない。

 アイギスによれば、魔王を倒せば現存する魔物たちも1日足らずで消滅するらしい。

 今は怪我をしないよう撤退すれば良いだけだった。



「皆様、お怪我はございませんか~」



 デイジーさんがへたり込んだ俺たちの様子を確認してくれる。

 幸い、目立った怪我は誰も負っていない。

 これも共鳴(レゾナンス)で増幅した力のおかげだろう。


 ここまでの強行軍も加わり、さすがに疲れ果てていた。

 俺はもう起き上がるのでさえ億劫になっている。 


 ・・・共鳴(レゾナンス)といえば。

 そう、俺はとうとう許容してしまった。

 それも全員と、だ。

 さっきの喜んだときにも互いの想いを通い合わせていた。

 俺はやらかしてしまったのだ。


 別れが辛くなるから。

 後々、彼らの人生に悪影響があるから。

 そういった理由で拒否を続けていたけれど。

 結局、俺は背に腹を変えられず彼らとの共鳴(レゾナンス)を選んだのだ。


 後悔はしていない。

 すべて終わってみて彼らの、皆の生命を助けられたことに満足していたからだ。

 やはり生命が最優先だ。

 俺の判断は正しかった。

 あとは懇切丁寧に謝って、土下座して。

 それから帰れば良いだけだ。



 ◇



 陽光を失っていく空を眺めていた。

 どう切り出そうか。

 いつ帰ろうか。

 香にも挨拶をしないと。


 ぐるぐると思考を巡らせながら、ひとり呆然としていた。



「武さん」



 そんな俺にさくらが声をかけてくる。



「終わりましたね。これでまた日常に戻れます」


「ああ・・・」



 彼女の眩しいくらいに輝く笑顔。

 思わず俺も笑みが零れてしまいそうになる。

 が、それを額面通りに受け取れない。

 今ここで絆されてしまうわけにはいかないのだから。



「さくら、実は・・・」



 期待と希望に満ち溢れたさくらに水を差す。

 罪悪感マシマシの発言をしようとしたところで。



「お~い! 武~!!」


「お姉ちゃん、皆、無事!?」


「香! 先輩!」



 その声にがばりと身体を起こした。

 第四部隊にいたはずの香と先輩が俺たちのところへやって来た。

 彼女らは第一、第二部隊に続いて戦艦に撤退するはずなのだが。



「すっごい爆発だったから心配で! 終わったって言われたけど、暗くなる前に前線へこの物資を届けるって抜けて来たの!」



 最後の爆発でこのあたりにあったスライドボードなどの什器類はすべて吹き飛ばされていた。

 徒歩で帰るとなると船まで戻るにしても結構な時間を要する。

 灯りもないなら暗くなって動くのは愚策。

 だからたぶん今夜はこの場所で野宿をすることになる。


 香が俺たちに差し出してくれたのは食糧と水、テントに何枚かの毛布だった。

 なんと野営道具一式。このままこの場で夜を越すなら必要なものだ。

 有難い。

 そんなことまで気付いてくれるあたり、やはり出来る女だ。



「ああ、お姉ちゃん! そんなに消耗しちゃって!」



 先輩は姉である聖女様へ駆け寄った。

 「どうしてそんなに使っちゃったの!」「心配しないで。もうこれで最後だから」と。

 聖女様は相変わらず肩で息をしながら心配で質問攻めにする妹を宥めていた。


 そういえば聖女様の様子がおかしいのは何故だ。

 単に消耗しただけには見えない。

 俺に伝えられない何かをしてるっぽい。

 俺のせいで無理をしたんだから、何かしてあげられることがあれば良いんだが。


 彼女の様子を見ようとしたところで。

 どおん、とすぐ傍に何か重量物が落下してきた。


 ばっと反射的に飛び退く。

 まだ生きている魔物か何かか!?

 皆が警戒して、立ち上った砂煙を凝視していた。



「だからあれほど乱暴に着地するなと言っただろう。皆を驚かせている」


「あ~、許してくれよ。アレクだって急いで来たかっただろ?」


「数秒など誤差だ、もっと気を遣うのだ」


「アレクサンドラ会長! 凛花先輩!」


「おお、やはり無事だったね! さすが亲爱的武(ダーリン)!」



 流星のように着地したのはアレクサンドラ会長を負ぶった凛花先輩だった。

 急いで戦艦からここへ戻って来たんだろう。



「クロフォード司令官。大半の部隊は作戦開始地点まで帰投した。あとはここを含めた残存部隊が撤退すれば完了する」


「了解ですわ。働きに感謝いたします、メルクーリ大佐」



 ふたりは軍属的なやり取りをしばらく続けた。

 そらそうだ、ソフィア嬢は司令官。

 本来はこの場で道草を食っていては困るだろうに。


 PEで連絡できているとはいえ。

 目視での安否確認をするために会長はやって来たのだろう。

 凛花先輩がすっかりアッシーになってしまって・・・。



「あの、先輩」


「どした美晴」


「その。お時間がありますから・・・」


「・・・わかった」



 美晴、ではなくアイギスからの声掛け。

 時間。

 俺が戻るまでのタイムリミット。


 ――母体(マザー)を停止させてから半日くらいしか猶予が無いそうなんです


 戦いの前、俺はそう聞かされていた。

 つまり別れはそれまでに済まさなければならない。

 こうして倒した余韻に浸っている時間はそう長くないということらしい。



「・・・なぁ、アイギス」


「はい」


「どして半日しか猶予がないんだ? 折角だし数日後でも、と思うんだ」


「・・・母体(マザー)の本質は魔力循環装置です。それが無くなれば、空気中の魔力は数時間で核へ戻って消えてしまいます」


「――は? 魔力が消える?」



 魔力が消える。

 その衝撃的な事実を初めて聞かされる。


 それはよく考えれば分かったことだった。

 魔王が、母体(マザー)が宇宙からやって来た。

 そのときから人類は魔法を使えるようになった。

 だから魔王がいなくなれば魔法を使えなくなる。

 なんと単純な自明の理だろうか。


 俺は魔王の霧が人類の能力をこじ開ける鍵だと思っていた。

 でもそれは単なるきっかけでしかない。


 今になってすべてが繋がり、その答え合わせができた。


 魔王はムー大陸に着床すると2億年以上手付かずとなっていた龍脈から魔力を掬い上げた。

 ずっと循環していなかった魔力を世界中に充満させていく。

 そうして最初に撒き散らした魔力。

 それは溜まりに溜まった、黒く汚れた、澱の魔力、つまり魔王の霧だった。

 

 これに精神を冒され、多数の人間が死亡した事件を大惨事と呼んだ。

 でもそのおかげで身体に魔力を循環させる方法を、身を以て人類は会得した。

 これが新人類(フューリー)の誕生だ。


 アイギスは人類が魔物に、澱に食われてしまわないよう力を授けた。

 それがアトランティスのアイテムであり、固有能力(ネームド・スキル)だった。


 あとは知っての通り。

 アイギスは鍵となる俺を過去からこの時代へ転移させ。

 そうして魔王を打倒するまで導いたのだ。


 そしてその結果、魔力は消える。

 魔力を循環させる装置が無くなったのだから当然だ。

 魔力が消えれば魔法も消える。

 権能も、魔力的な存在も。



「・・・おいアイギス。まさかお前が消える理由って」


「はい。魔力の消滅とともに、私は消え去ります」


「やっぱり・・・」



 戦いの後、魔物が1日で消滅すると言っていた意味が理解できた。

 そしてそれは・・・アイギス自身も消滅することを意味していた。

 タイムリミットのほんとうの意味を、俺はこのタイミングで理解した。



「なになに? どしたの? 深刻な話?」



 俺とアイギスが真剣な表情で向き合っているところに香が声をかけてきた。

 ・・・俺はともかく。

 アイギスは孤独に頑張って来たんだ。

 俺は彼女を、俺と彼女の間だけの存在で終わらせたくなかった。



「・・・深刻な話だ。聞いてくれ」


「ええ~? だって私、出発前にお話聞いたよ? もう済んだじゃん」


「そうじゃないんだ!」



 茶化そうとする香の態度に、つい苛ついて大きな声を出してしまう。

 びくりと肩を竦ませる香。

 それでも舌を出してテヘペロ的な顔をしているあたり、らしいというか。

 皆が怒鳴った俺に注目していた。



「・・・怒鳴ってごめん。でも大事な話だ。皆も聞いてくれ」


「どうしましたか?」


「なによ、さっきまであんなに喜んでたくせに」



 火を起こしたりテントを張ったり。

 野営の準備を始めていた皆に俺は声をかけた。


 深刻と言ってもこの戦いほどのことはないだろう。

 何せ諸悪の根源は倒し終えたのだから。

 そんな雰囲気さえ感じられる彼らの視線。


 俺も喜んでいる空気に水を差したくはない。

 でもここで言わなければいつ言うんだ。

 早く、彼女が消えてしまう前に。


 俺はアイギスのやってきたことを皆に語り始めた。



 ◇



「荒唐無稽なんて言葉で片付けられたら楽なのよね・・・」



 溜息とともにジャンヌが漏らす。



「まさか魔法が使えなくなるとは・・・」


「でも僕たちまで汚れた魔力を使うわけにいかないよ~」


「そうです、古代人の二の舞となってしまいます」


「こんな話・・・明日の朝には世界会議で大荒れですわ」


「なに、私たちは大惨事以前に魔法に依存しない文明を築いている。これで空も解放されるのだ、魔法に依る必要もない」



 ――魔法が使えなくなる


 その事実に皆が驚愕した。

 でも彼らは概ね受け入れる様子だった。

 引き換えに、魔物という人類共通の敵との戦いに終止符を打てるのだから。

 冷静にこの先のことを分析する声もあった。



「魔法はこれからもっと解析されて、便利になっていくものと思っていた」


「大惨事より前は存在すらなかったのよ、大した後戻りでもないわ」


「うむ。古代人からすれば我々の魔法の使い方など、火を見つけたばかりの人類と大差ないだろうからな」


固有能力(ネームド・スキル)もあなたのおかげだったのですね」


「はい。でもそれももう必要のないものです。魔力とともに消えゆきます」


「魔物もいなくなるからな。人間同士の争いの道具にならず良かったというべきだ」



 俺もそう思う。

 魔法なんて武器は魔物と戦うためだけのものにしてほしい。

 第三次世界大戦を起こした人類にまだ使いこなせる力ではない。

 核技術でさえ早過ぎると思うのだから。



「あんた・・・アイギスだっけ。世話になったわね、お疲れ様」


「こうして皆さんが頑張ってくれたことが何よりも喜びです」


「殊勝なのだな。2億3千万年・・・幾星霜とでさえ表現できたものではない」



 加えて一緒に説明をしたのはアイギスのこと。

 遥か昔から人類を見守っていたこと。

 彼女がアトランティスから同行して力を貸してくれたと。

 そして彼女は役割を終えてこのまま消えてしまう運命にあるとも。


 美晴の奇妙な知識と行動の理由に、レオンをはじめ納得したようだった。


 執行者と守護者。

 母体(マザー)守護の盾(アイギス)

 人類と魔物の戦いの裏で繰り広げられていたもうひとつの戦い。


 こうして記憶に残してくれる人がいるだけで、きっと彼女は報われる。

 この中の誰かがきっと記録に書き残してくれる。

 そうして人々の記憶の中に、大惨事から続いた一連の戦いとして刻まれていくのだ。

 世界を救った英雄譚と共に。

 人の記憶に残ることこそ、その人が生きたという証なのだから。



「・・・皆さん、有難う、ございます」



 落涙して謝辞を述べたアイギスに皆が優しい笑みを浮かべていた。



 ◇



 それからとっぷりと日が暮れて。

 美晴ならぬアイギスを囲んで、ミリメシの質素な夕食でひとしきり騒いだ後。

 俺はとうとう自分が帰るということをカミングアウトした。

 もうタイムリミットが迫っているから、これ以上黙っているわけにいかなかった。



「嘘、嘘、嘘ですよね・・・嘘と言ってください!!」


「ああ、武様・・・ようやくわたくしとご一緒いただけるはずでしたのに・・・」


「うえ~ん、武くん、家族だって言ってくれたのに・・・いなくなっちゃうの~?」


「ぐすっ・・・きょ、京極君、これで最後なの・・・?」



 こちら、衝撃のあまり涙する皆さま。

 俺の腕にしがみついたり、揺すったりして真偽を重ねて問うている。



「ふざけないで!! そんな大事なことを最後まで隠してたわけ!?」


「馬鹿野郎、あれほど隠し事をするなと言っただろう!!」


「武、今度ばかりはオレも許せないぞ! 秘密主義も好い加減にしろ!」


亲爱的武(ダーリン)、冗談が過ぎるよ。アタイとの仲はそんなものだったのかい!?」



 こちら、お怒りのあまり俺の胸倉を掴んだり揺すったりしてくる皆さま。

 青筋を立てていて、間もなく殴り飛ばされるんじゃないかと思う。



「あら~、さすがは『不屈のハーレム王』ですね~。見事な修羅場です~」


「呆れたものだ。あれほど話をしておけと言ったのに・・・」


「彼の立場なら戦いを前にして言えるものでもないでしょう」


「相変わらずねぇ、交通整理が下手なまま」


「先輩・・・・・・」



 こちら、第三者的に修羅場を傍観している皆様。

 あの、見てないでどうにか宥めてくれませんかね?



「落ち着くのだ!」



 ばしん。

 会長のアレが迸る。

 皆がその衝撃に口を閉じた。

 やっぱ便利すぎんだろ、それ。



「・・・京極 武は故あってここまで黙っていたのだ。我々は彼にどれほど助けられた? 我々は彼に十分に報いる方法も、時間さえも無いのだ。彼に感謝こそすれ、困惑させるなどあってはならぬ」



 会長の一喝。全面的に俺を擁護してくれている。

 あのときの言葉に偽りはなかった。つか、相変わらず男前すぎるぜ会長。


 ・・・でも俺、よく考えると皆を利用ばかりしてたはずなんだけどな。

 感謝される立場なのか?

 そう思ったところで聖女様と目が合った。



「武さん。ほんとうによく頑張ってくれたわ」


「聖女様、あんたにはほんと感謝しかねぇ。鍛えてくれただけじゃなく2度も蘇らせてくれただろ。ほんとうなら俺はここに立ってねぇはずなんだから」


「いいえ、私は私に与えられた役割を、武さんは武さんに与えられた役割を全うした。これはその結果よ、決して偶然などではないわ」



 凛とした言葉で告げられると背筋が伸びる。

 だが聖女様は少し苦しそうな表情をした。

 やはり身体のどこかがおかしいのだろうか。



「おい、調子悪いのか?」


「武様~。シスター澪は・・・」


「駄目よデイジー」


「いいえ~言わせていただきます~。武様、シスター澪の奇跡は~、特殊な固有能力(ネームド・スキル)なのです~。対価を必要とします~」


固有能力(ネームド・スキル)・・・復活(リザレクト)のことか? 対価っていったい・・・」


「補足します。権能、復活(リザレクト)は因果律操作のひとつです。滅する運命である魂に別の魂で補填することで、滅する運命を取り消し魂を呼び戻すものです」



 美晴ならぬアイギスがフォローしてくれた。



「別の魂でって・・・え、それってどっから持ってくんの?」


「術者、シスター澪の魂の一部です~。失われていく魂を自らの魂の一部で満たすのです~」


「それじゃまさか・・・」


「うん。お姉ちゃんが調子が悪いのは、京極君を呼び戻したときに魂を捧げたから」



 魂を捧げてもまだ生きてるじゃん、という突っ込みがすぐに浮かんだけれど。

 これだけ調子が悪そうにしているのだから想像を絶する苦痛を抱えているはずだ。

 彼女は迷わず2度も俺という一個人にその対価を払った。

 いったい・・・どれだけ俺に期待していたというのか。



「おい、聖女様! なんでそこまで・・・!!」



 それは哀れみなのか後悔なのか、それとも世界が課した理不尽に対してなのか。

 彼女に当たるのはお門違いなのに俺の声は自然と怒気を帯びていた。

 だがそれを彼女は手で制した。



「武さん。私は黒海で古代人の話を聞いたときにすべてがわかったの。カサンドラの唱えた聖堂の、白の教えの本質。それは穢れ、澱のない世界を築くこと。私はその聖典に導かれるまま使命を全うしただけだったと」



 聖女様は祈るように目を閉じ両手を胸の前で組んだ。



「これまで多くの先輩たち、同輩たちが犠牲になった。それらは須らく、その誰もが魔物のいない世界を夢見たからなの」


「・・・・・・」


「貴方はその人たちの犠牲すべてを報われるものにしてくれた」


「・・・・・・」


「その行為がどれだけ尊いものか、高天原学園生であった貴方ならわかるでしょう」


「・・・ああ」



 名も知らぬ先達たち。

 それこそリアム君の祖父母、フェイリムやミアだって犠牲者だ。

 そう、聖女様の最愛の人であったコウガでさえも。

 彼ら彼女らが捧げた命は、まさにこの魔王討伐の、魔物の駆逐のためにあった。

 どれだけの人の悲願だったのだろう。

 それが成し遂げられたのだ、そう想うだけで目頭が熱くなった。



「ね、私だけじゃない。大惨事からこれまで、人類が支払ったすべての対価がこの魔王討伐という結果なの」


「・・・だからってよ、あんたが俺に犠牲を払うってのは・・・」


「私もその礎のひとつというだけ。本来はあのとき(・・・・)死んでいたはずなのに残酷な運命に生かされた。その魂の行き先が貴方の運命を繋ぐ架け橋だったというだけよ」



 俺だってそれはわかってる。

 でも彼女は俺のために魂を、自らの生命を削った。

 寿命が縮んだのか、身体が極端に弱くなったのか、その両方なのか。

 俺にはその結果がもたらすものがわからない。

 ただそれが俺をこの場まで導く必要経費だったということだけしか。


 彼女の犠牲は過去の先達たちが生命を対価に積み上げて来たものと同等である、聖女様はそう言いたいのだろう。

 でも俺は考えたくなかった。

 自分の不始末を、彼女の尊い犠牲でフォローされていただなんて。



「俺の成果が誰かの犠牲で成り立つなんて、俺は考えたくねぇんだよ・・・!」


「ふふ・・・可笑しいわ」


「・・・あん?」



 絞り出すような俺の言葉に聖女様が笑う。

 その言葉が的外れだと言わんばかりに。



「ねぇ武さん。それは貴方も同じこと。貴方はこれまで。いったいどれだけの犠牲を払ったの?」


「え、犠牲って・・・?」


「貴方は本来自分に関係のないこの世界で、関係のない人のために、どれだけの対価を払ったの?」


「・・・・・・」


「自らが為した成果も見られず、何ら対価も持って帰れず。その鍛えた身体でさえ仮初めのものなんでしょう? 帰る時にすべて無になるとわかっていて、どれだけの時間を費やして、どれだけの苦痛を感じて、どれだけの我慢をしたの?」


「・・・・・・」



 俺は言葉に詰まった。

 元の世界に戻るため。

 死なないため。

 そのために我武者羅になってやったこの魔王討伐。

 確かに、それは本来、俺が払う必要のなかった犠牲だった。

 運命に弄ばれたというのならこれがまさにそうだった。

 彼女の言葉で、ここに来るまでに何度も感じた理不尽を思い出す。



「貴方のその魂がこの世界で受けたすべての苦痛の対価を、誰が支払ってくれるというの?」


「・・・お、俺は、対価なんて・・・」


「アレクサンドラの言うとおり。この世界の誰も、貴方の犠牲に報いることができないの」


「・・・・・・」


「だからこそ、私は今ここで、貴方に最大の賛辞を贈りたい」



 彼女のその言葉に。

 どうしてか落涙していることに気付いて驚いた。



「っ・・・うくっ・・・」



 だってよ。

 そんなこと言われたらよ。

 言葉なんて出ねぇ。


 ここまで俺が頑張ってきたこと。

 苦心して涙して歯を食いしばって必死になって。

 そのやってきたすべてを理解して、初めて言葉にして認めて貰えたのだ。


 聖女様の言葉は心の中に凝り固まっていた苦い何かを溶かしていく。

 深く温かく沁み入り、溶けだした何かは歓喜へと変わっていく。



「京極 武たる聖霊に捧ぐ! 貴方のすべての研鑽に感謝を! 貴方のすべての苦痛に慈愛を! 貴方のすべての屈辱に希望を! 貴方の残されたるひとときに魂の安寧を! 貴方の奇跡の偉業に光あれ!」


「聖霊、京極 武様の偉業に、光あれ!」



 それは聖女様が心より放った祝福(ブレス)だった。

 デイジーさんも呼応して唱えたそれは、光の柱となって夜空へ舞い上がった。

 立ち上った柱は天頂から降り注ぐ光のシャワーとなった。

 まるで妖精が祝福してくれているかのように。

 この場が聖域であるかのように。


 それを見上げた俺の頭の中を走馬灯のように記憶が駆け巡った。

 この世界に転移したあのときから始まった、この不思議な物語。


 桜坂中学で猛勉強したあの時間。

 香やさくらと、先輩と。御子柴君や花栗さん、美晴に工藤さんと歩んだ3年間。

 レオンと挑んだ南極での出来事。

 そして高天原学園に入ってから。

 レオンと、さくらと、結弦と、ソフィア嬢と、ジャンヌと、リアム君と過ごした濃密な時間。

 聖女様と凛花先輩に鍛えられ、歓迎会を乗り越えるために過ごした2週間。

 さくらとソフィア嬢との遊園地の暗殺未遂事件。

 ジャンヌとリアム君のシミュレーター事件とアリゾナへの帰省。

 結弦の免許皆伝の儀。

 闘神祭での高天原襲撃事件。

 その後、先輩から始まったアトランティス遠征。

 ユグドラシルの停止に身を喰らう蛇(ウロボロス)打倒。

 そしてこの魔王討伐。


 一瞬にも感じられるそれらの時間が確かに今ここに繋がっていて。

 それを意識した瞬間に、もう止まらなかった。



「っく、うあああぁぁぁぁぁぁ!!」



 俺の中の何かが弾けた。

 さっきあれだけ叫んで騒いだはずなのに。

 今度は慟哭のように胸の奥を突いて何かが大声となって溢れ出た。


 駆け寄った香が俺が倒れないよう優しく抱きしめてくれた。

 意味も分からず泣き喚いている俺を皆が囲み、温かい言葉をかけてくれる。

 それは理不尽を感じ続けていた俺の心を癒してくれる、何よりも温もりと慈愛に満ちた対価だった。










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