163
このラリクエの世界に来てから何度も死にそうになった。
でもそのとき最初から生命の危機を感じていたかといえばそうではない。
ディスティニーランドのときのほうが感じていたくらいだ。
そう、死んだとき、死にそうなときはいつも無我夢中だった。
何故ならば誰かを守ろうと文字どおり必死になっていたからだ。
誰かのために俺は自ら危険へと飛び込んでいた。
だから死ぬ覚悟なんてしていなかったし、そのつもりもなかった。
南極のときくらいだ、死んでも良いと思っていたのは。
だけれども今。
目の前の絶望に際して俺は死を意識した。
例えばマグマが煮え滾る火山の火口へ飛び込めだとか。
巨大な隕石を受け止めろだとか。
そういった類の、目に見える絶望がそこにあるからだ。
見ているだけでどんどん手足が冷えていく感覚。
行動の結果を考えると脚の力が抜け震えてしまう感覚。
脳天から爪先へ、ぞくぞくと魂が抜けていくような感覚。
それらは俺の身体の自由を悉く奪っていく。
折角、詠唱を終えたというのに最後の言葉を紡げないでいた。
編み込んだ魔力が行き場を失ってばらばらと四散してしまいそうだった。
「ぐぅ・・・!」
おそらくは刹那と表現できる、ごく短い時間。
その一瞬で俺は思考を巡らせた。
俺は何をしようとしている?
死ぬとわかっていて何をしたい?
全力で結界を張ってこの後ろにいる人たちを助ける?
こんなもの、あの魔力を前に無駄だとわかっている。
俺が助かる道はひとつ。
そこにいるアイギスに帰還するための権能を使ってもらうこと。
こんな死と隣り合わせの世界なんておさらばすればいい。
アイギスは俺が望めばいつでも送還してくれると言っていた。
きっとこの状況でもやってくれるだろう。
ここは俺のいる場所じゃないんだ。
こんな不可思議な現象、仮想現実と何ら変わりもない。
悪い夢を長く見過ぎたと思えばいい。
幼いころに見たホラー映画のように、寝覚めが悪い日が数日ほど続くだけだろう。
そうだ、帰った方が良い。
雪子を待たせてんだ、彼女が俺の一番だろ。天秤にかけるほうがおかしい。
それに逃げ帰った俺の行動を誰が咎めるわけでもない。
俺に責任なんてない。
アイギスに呼ばれて可能な限りの協力をしたんだ。
俺じゃなきゃ駄目なユグドラシルだって停止させたんだ。
あとはこいつらが、この世界の人間が頑張れば終わるはずのことなんだ。
なんでこんなことに付き合ってんだ。
死を目の前にそんな当たり前の保身を肯定していく。
この場から踵を返して、すぐそこのアイギスに声をかけるんだ。
自分にそう言い聞かせていく。
それが雪子を悲しませない唯一の方法なんだから!
そうして俺は振り返った。
振り返った瞬間に金縛りに遭った。
俺を映す銀色の瞳に射貫かれたからだ。
「武さん」
「さく、ら・・・」
いつの間にか俺のすぐ後ろへ立っていた彼女。
真剣な表情をしたその瞳はすべてを見透かしているようだった。
今まさに抱いていた俺の中の弱い心。
それまでも射貫かれた。
彼女に俺の弱い部分を見せてしまった。
皆を見捨てて逃げ出そうとしているこの姿を!
無様に狼狽するはずだった。
だが彼女は笑みを浮かべて俺に近付いた。
そしてその綺麗な両手を俺の頬に添えて――
「――――」
雪の精霊が触れたくらいの感触。
一瞬だけのその柔らかさに思考が停止した。
アイギスへ駆け寄ろうとした俺の足も止まってしまった。
重なった唇が離される。
笑みを浮かべたままの、その絹のような白い頬に一筋の涙が輝いていた。
彼女は硬直したままの俺を背中に隠すように母体の前に出た。
そして俺に背中を向けたまま両手を広げた。
「生きてください。少しでも長く」
この場面で彼女にできることなんてない。
仮に身体を盾にしたところで数秒も変わるまい。
だというのに――
――生きてください
――少しでも長く
頭の中で反響した彼女の想い。
そこに込められた彼女の想い。
雷で撃たれたような衝撃が俺の全身を駆け巡った。
それは俺の中の何かを壊すのに十分だった。
俺は振り返り再び母体に向き合った。
そして、俺を庇うように広げたさくらの片手を掴んだ。
「――――」
目と目が合う。
――どうして戻ったのですか?
――逃げるのではないのですか?
潤んだ瞳を驚いたように丸くして。
目で問いかける彼女に俺は笑みを浮かべて答えた。
「一緒にいようぜ」
さくらはひとつ、大きな瞬きをした。
それからまた柔らかい笑みを浮かべた。
「はい」
また頬に一筋の涙が光った。
それだけでもう、十分だった。
俺は彼女を守りたい。
推しだとか、寝覚めが悪いとかじゃない。
彼女が俺に向けてくれていた透き通ったその想い。
俺がずっと目を逸らし続けてきたその想いを確かに感じた。
刹那、ばしんと青白い奔流が駆けた。
俺を慈しむ想いが全身を駆け巡った。
すべてが許され彼女に肯定されていく気がした。
もう疑う余地もなかった。
彼女と視線が交わうたび、確信が堅牢になっていく。
頷き合うと俺はふたたび母体と向き合った。
すると視界の端で俺の隣に誰かがいることに気付いた。
さくらと反対側。
そちら側の肩にぽん、と手をかけられた。
「俺の大きな身体ならば、少しは足しになるだろう」
「レオン」
見れば美晴に肩を借りて彼はそこにいた。
今からやろうとしていることがどれだけ無謀かわかりきっているだろうに。
その言葉から、とうに覚悟を終えていることを理解させられた。
「先頭に立つならば俺は隣にいる」
彼は口角を上げていた。
俺はその表情を見て意図を汲んだ。
そうだ、俺は、俺たちは『守るために立つ』。
これは高天原学園の心構え。
隣にいるこの人を守る。
それだけの単純なことにさえ人は躊躇する。
だが彼は立った。
さくらと同じく、無力な死を前にしてさえ、先頭に立った。
これは無謀だとか無駄だとか、そういう問題じゃない。
この瞬間、俺は悟った。
どうしてレオンが高天原学園を選んだのか、という理由を。
俺はその崇高な志を確かに彼の中に見た。
そのためになら、何者にもなることができる!
ばしん、と。
赤と白が交じり合った奔流が巡った。
それは俺の中の不安を打ち消していく。
それがどれだけ俺を勇気づけてくれたことか。
手の届く範囲のすべてを守りたい。
この人を守りたい。
そのためになら何でもやってやる!
レオンが満足気に頷いた。
さくらも笑みを浮かべたまま頷いた。
もうやるべきことはひとつだけだった。
「静謐を齎す雄大なる護りの力よ、ここに――」
包み込むような慈愛の心。
守り通すという燃える闘志。
その結果を構成するに足るふたつの意思が、俺を媒介として展開されていく。
気付けば母体の光は収縮を終え発射寸前だった。
恐怖はなかった。
来い。
守り切ってやる。
「――反魔結界!!」
視界が光に包まれた。
真っ白になってしまったのは母体のレーザーに包まれてしまったからか。
まるで太陽の中にいるのではないかと錯覚してしまうくらいの光量だった。
でもそれは次の瞬間に訪れる感覚に否定された。
ずしん、と。
大型トラックや電車が突っ込んで来たのではないかと思うくらいの衝撃。
そう感じるのは俺の身体ではなく精神。
俺から展開されている結界が受け止めた衝撃だった。
「うおぉぉぉぉ!!」
気付けば叫んでいた。
ふたりと紡ぎ上げた膨大な魔力をひたすらに結界へと送り込んでいた。
俺の全力などはとうに超えていた。
あとからあとから供給される魔力を、ただひたすらに、広範囲に。
少しだけ目が慣れた。
見えたのは結界の障壁に沿って四散を続ける母体の攻撃だった。
信じられなかった。
俺から発せられる溢れ出る膨大な魔力が結界を維持できていることも。
それがあの絶望を拒絶するに足る力に届いていることも。
ただただ必死だった。
時間感覚などなかった。
俺ができることは、ただこうして結界を維持するだけ。
辺りで悲鳴や怒声が聞こえようが、蚊の鳴くほども聞こえなかった。
◇
夢を見終えた。
朝、目覚めたときに戻ってくる現実感。
世界が意味を成して、色を獲得していく。
俺の意識が戻って来ていた。
意識がある。
右手にさくらの手が握られていた。
左腕でレオンと肩を組んでいた。
ここが紛れもない現実であると理解した。
母体の周辺には窪みが出来上がっていた。
もともとあるクレーター状のそれとは別に、大きく抉れている。
おそらく俺が張ったのであろう結界に沿って半月状の窪みがあった。
あの攻撃のすべてを凌げたのか。
急に不安になって俺は後ろを振り返った。
そこには第三部隊の学生たちが呆然としていた。
地にひれ伏したり、蹲っていたり、腰を抜かしていたり、立ち尽くしていたり。
いずれも何が起こったのか理解できないといった様子だった。
その中にデイジーさんに支えられて座り込んでいる聖女様の姿もあった。
相変わらず肩で息をして苦しそうではあるが、僅かに笑みを浮かべていた。
俺はそれを見て、ようやく現実へと戻ることができた。
「武様! お見事でしたわ!」
「助かったぞ!」
「やるじゃない! 凄かったわ!」
「ありがとう、武くん!」
ソフィア嬢に結弦、ジャンヌにリアム君。
駆け寄ってきた皆に称賛され、守り切れたことを理解した。
「武。あれをどうにかせねば」
「ああ」
レオンは正面を睨んでいた。
膨大な魔力を放出した母体はすぐに動けないのか沈黙していた。
だが見る限り、例の母体を守る結界は元通りに見えた。
「仮に結界を破ったところで、結界が再生するまでの数秒間で与えられる攻撃なんてそう強力なものにならない」
「だが、それしか手段はない。銀嶺で地道に攻撃をしよう」
レオンと結弦がそう結論を出し、皆もそのフォローをしようと動き始める。
「待て、無駄に体力を消耗するのは愚策だ」
「ならどうやって攻撃すれば良いのよ!」
動き出そうとした主人公たちをアレクサンドラ会長が止めた。
ジャンヌが食ってかかる。
皆からあれこれと方法論が出てくるが結論が出そうな様子もない。
俺は怪我をしていたさくらとレオンの傷を身体再生しながら考えた。
あの攻撃を防げたところで倒せなければ意味がない。
結界に少しだけは穴を開けられるんだ。
なら、瞬間的に強烈な攻撃ができれば足りるはず。
攻撃、攻撃。
ラリクエでこの母体を攻略するとき、ラスボスだけあって体力は相当だった。
巨体の見てくれどおり、何十回、何百回も攻撃を命中させないと倒せない。
レオンや結弦の攻撃力がそこで輝くのだ。
修練した成果がここで生きてくる。
だが、それらの攻撃は、現実では結界で貫通さえしない。
ちまちまと結弦の銀嶺で削ったところで雀の涙だろう。
ふと見れば、唯一、結弦が傷をつけたはずの場所が綺麗になっていた。
やはり本体も少しずつ再生しているのだ。
一撃を強力なものにしなければ倒すことは不可能だ。
いくら具現化が強力でも一撃の威力には限界がある。
結弦とコンビを組んで誰かが攻撃して。
それを何十回、何百回と繰り返す。
その間に母体が再生するから、それを上回るペースで。
・・・現実的ではない。
初心に帰れと自分を落ち着かせる。
流されるな、ここはゲームじゃない。
ショートカットみたいな抜け穴があるはずなんだ。
そう思って俺は周囲を一瞥した。
第一、第二部隊が態勢を立て直している。
あの攻撃を防いだという事実が士気を高めていた。
皆が攻撃態勢を取っていた。
戦闘継続は可能だ。
また触手を凌いで似たような攻防はできる。
散らばった触手の残骸や抉れた地面、崩れ落ちた砂礫。
誰かの装備だった防具や服の切れ端。
持ってきた什器の一部が無造作に倒れていた。
いずれもゲームではお目にかからない代物。
ここがシミュレーターではないと教えてくれる。
それらを順に目に収めて、もういちど目に戻して。
俺は閃いた。
これしかない!
これならいけるはずだ!
瞬時にその方法で必要なことを考えていく。
考えがまとまったところで、喧々諤々としていた皆に向き合った。
「聞いてくれ! 俺に考えがある」
◇
少しするとふたたび触手が動き出し攻防が再開されていた。
だけれども今度は余裕があった。
回復したレオンとさくらの攻撃が格段に良くなったからだ。
憎からず俺と共鳴したふたり。
俺を介してふたりも共鳴したらしい。
紫色の魔力を纏って飛び回るその様は華麗のひとことだった。
共鳴ひとつであれほど差が出るものなのかと驚いた。
レオンは触手を正面から根本まで縦に斬り裂き粉砕できる。
さくらは魔力を溜め、根元を爆破する技で触手を切り離していた。
まるでこれまでが児戯であったといわんばかりに。
2度目の防戦が始まり、時間にしておよそ30分。
俺の読みが正しければそろそろだ。
「溜めが始まったぞ!!」
「退避しろー!!」
結界で守られたままの母体は触手を振り回すだけ。
それでも無尽蔵に再生するのだから徐々にこちらの戦力を削ることができる。
でもそれでは時間がかかりすぎるのか。
それとも鬱陶しくなって苛ついているのか。
母体がもういちどあのレーザーを撃ってくると読んでいた。
きっと連射しないのは魔力が貯まるのを待っていたからだろう。
そして読みどおり、奴は溜めを開始した。
「武さん!」
「武、やるか!」
「おう」
さくらとレオンが戻って来る。
あいつの溜めが作戦開始の合図だったからだ。
膨大な魔力が幾つもの触手の先端に溜められていく。
それがひとつの束になるよう集まって、先端がこちらへ向く。
やはり俺たちを最も障害のある対象と認識しているらしい。
「準備は完了しましたわ」
「時間はどのくらいだ?」
「合図からおよそ8.5秒ですわ」
「よし。やるぞ」
俺は主人公たちを集めた。
そして俺の身体に触れるように、それぞれが手を伸ばした。
俺はさっきと同じよう、さくらと手を繋ぎレオンと肩を組む。
結弦とリアム君は後ろから俺の肩に、ジャンヌは左手に触れた。
さっき理解したことがひとつあった。
魔力同期を使わずとも俺を介せば共鳴を促進できる。
レオンとさくらだけよりも、俺とレオンとさくらの3人で紡いだほうが魔力は高い。
ならば全員で紡げば相当な威力になるはずだ、と。
これがきっとアイギスの言いかけていたことなのかもしれない。
この方法は俺が各人と共鳴することが前提のようだから。
彼らとの共鳴を拒否していたから勧められなかったのだろう。
「これで最後にするぞ。あいつを倒す」
心をいちど平静に戻す。
そうして主人公たちそれぞれを感じるよう努める。
レオンの揺るぎない力強さ。
さくらの愛情に満ちた繊細さ。
結弦の歩みを止めない実直さ。
ソフィア嬢の奔放な明哲さ。
リアム君の愛嬌のある天真さ。
ジャンヌの滾るほどの情熱。
学園生活を通して感じてきた彼ららしさ。
それはラリクエで思い込んだそれとは異なる。
彼らの想いが、振る舞いが、俺という人間に向けられたことで生まれたものだから。
それが皆と過ごした時間で紡いだ絆だからだ。
高天原学園の1年間にも満たないごく短い期間。
それはこれまでに体験したことのないあまりに濃密なもので。
その中で育まれた彼らとの想いが確かに存在した。
腕から、肩から、ひとりひとりを感じる。
赤、青、緑、茶の魔力が俺の中に流れ込む。
少なからず俺に対して抱かれていた気持ちに喜びと感謝を添えて。
溢れ出るように増幅していくエネルギー。
羽ばたかせるように彼らに戻していく。
俺自身は何もできない。
でもこうしてお前らを応援することはできる。
それが俺に与えられた役割だ。
お前らならやってくれるんだ。
さぁ見せてくれ。
俺が推すだけの格好良さを、可愛さを、華麗さを、この特等席で見せてくれ!
俺は虹色に輝く期待を彼らに返礼し、そして叫んだ。
「今だ!!」
「撃て!!」
呼応するようにソフィア嬢が叫ぶ。
「結弦、行くぞ!」
「応!」
それを皮切りにレオンと結弦が飛び上がった。
さくらは俺に手を添えたまま。
魔力を増幅させたまま、俺の結界の発動準備をしている。
今まさに攻撃を撃たんと魔力を溜めに溜めた母体。
その目の前に高く高く躍り出て、ふたりは上空で身体を翻した。
レオンの手には、虹色に輝く王者の剣。
結弦の手には、夕暮れの赤い陽に輝く真打・銀嶺。
大上段に振りかぶる。
ふたりは並んでその武器を振り下ろした。
ばりばりばりん、がっしゃーん!
巨大な硝子が砕けるような音が響く。
結弦の銀嶺で大きな亀裂を作り、レオンの王者の剣で打ち崩す。
そういう作戦だった。
が、予想以上にレオンの攻撃が強化されていた。
彼の一刀だけでも結界を崩していたのだから。
これが共鳴の力!
そうして、母体の結界に大きな穴が開いた。
「着地を!」
「うん!」
「こちらですわ!」
リアム君が土魔法で足場を作った。
それを足蹴に、レオンと結弦が素早く離脱する。
ソフィア嬢の風魔法で補助し、ふたりは1秒も無く俺たちのところまで戻って来た。
「総員、対衝撃防御!!」
「伏せろーー!!」
「頭を守れーー!!」
「其の隔絶の齎す安寧よ、ここに――魔法盾!!」
全員が揃ったところで、俺は全力で結界を張る。
今まさに溜めた魔力を放出しようとしていた母体 。
その女性の形をしていた巨大な姿が突然に歪んだ。
顔面に、胴に、触手に、ほぼ同時に丸いものが減り込み、貫通した。
大地を揺るがす衝撃。
一面に吹き荒れる爆風。
少しだけ遅れて連続で響き渡る轟音。
それは戦艦えちごと戦艦アドミラル=クロフォードから放たれた主砲だった。
母体は機械であって魔物ではない。
切り離された触手が残骸として残ったことで俺は気付いたのだ。
こいつには物理攻撃が有効だ、と。
戦艦の射程はおよそ50キロメートル。
海岸より20キロメートルのこの位置であれば砲撃可能だ。
結界さえなければ砲撃で大ダメージを与えられる。
俺はそう考えこの砲撃作戦を実行した。
戦艦での指揮には軍属で大佐でもあるアレクサンドラ会長を派遣した。
時速100キロメートルを超える速度で走れる凛花先輩に担いでもらって。
およそ10分強で戦艦に到着し現場で指示を出してもらった。
この場所に主砲の狙点を固定する。
アレクサンドラ会長の固有能力を用いて細かい狙いまで定めてもらっておいた。
そうしてPEを用い、タイミングを見て発射指示を出す。
砲弾の速度は秒速500メートルを超える。
この場所まではおよそ8秒強。
母体がレーザーを溜めるときの隙は1分以上あった。
攻撃の止むそのタイミングに合わせ、結界を破壊したというわけだった。
そして――
全身に強烈な衝撃を受け、あちこちが砕け散った巨体。
その時点でほとんどの機能が正常に動かなくなったのだろう。
母体が溜め込んだ魔力。
行き場を失ったそれはその場で暴走を始めた。
10を超える砲弾の衝撃が収まり、砂埃が晴れたところで、今度は光が溢れていく。
これも俺の想定どおり。
あれは暴発する。
母体が自壊する。
この目の前で!
「総員、対魔防御!!」
「急げー!! もっと強烈な衝撃が来るぞーー!!」
「物陰に隠れろーー!!」
「――反魔結界!!」
今度は魔力的防御だ。
全面の視界を覆うよう編み上げていく虹色の光が俺たちを包んだ。
少し遅れて先ほどの砲撃による衝撃とは比べ物にならないほどの衝撃が結界を押した。
遅れて大地を揺るがす強烈な衝撃。
まるで全方位にあのレーザーが放たれたかのようだった。
周囲の人たちに襲い掛かったエネルギーは凄まじかった。
結界を張っていても問答無用で壊され、飛ばされる者が続出した。
俺たちの周りで伏せていた人たちも突風に剝されるようにして飛ばされる。
唯一、結界の体を保てていた俺の虹色に輝く結界だけがこの場に踏み止まっていた。
◇
どのくらいの時間が経過したのか。
気付けば一面に荒野だけが広がっていた。
まるで隕石が衝突したかのような、新たなクレーターが生じていた。
もう暮れていく太陽のオレンジ色の光が弱弱しくその跡地を照らしている。
「・・・やった、のか?」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・そのはずだ・・・」
結界に全力を注ぎ、精魂尽き果てるくらいに消耗した俺。
レオンの呟きに願望を込めてそう返事をした。
主人公たちと、俺と、美晴と、聖女様とデイジーさん。
この場に残っていたのはそれだけ。
他は皆、爆風で吹き飛ばされてしまっていた。
直接に攻撃されたわけじゃない。
飛ばされたのは戦い慣れた先輩たちだ。
怪我はしてしまっただろうけれどきっと無事だ。
もうもうと上がる爆炎。
その様子を伺っていた俺たちの後ろから、美晴が前へ歩み出た。
母体が爆ぜた大穴をじっと見つめ、そして呟くように宣言した。
「・・・母体の活動停止を確認しました。皆さん、おめでとうございます」
小さな称賛。
アイギスのこの宣言は、人類が独立を勝ち取ったことを告げるものだった。
「やった・・・やった、やったぞおぉぉぉ!!!」
俺たちは文字どおり、皆で抱き合って大声をあげた。
歓喜のあまり、外聞も気にせず飛び跳ねた。
涙が出ようが、あちこちを触られようが、叩かれようが、どれもが悦ばしかった。
ようやく。
ようやくだ。
ようやく、長い長い俺の攻略が魔王討伐をしたのだから!




