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ずごん、どごん、ばしん。
物騒な地響きが繰り返される。
奈落からはたまに属性の色を帯びた光が顔を見せる。
今、下層で繰り広げられている闘いの激しさを、音と光が実況していた。
・・・ラストバトルとはいえ、傍観者なんてこんなもんだよな。
「皆さん・・・大丈夫でしょうか」
「信じるしかねぇな。俺たちが行ったところで足を引っ張るだけだ」
魔王戦に挑む勇者たちが勝つことを祈るだけのモブ。
そんな役割を果たしながらも、俺は一抹の不安を消せずにいた。
魔王はこの奈落の地下一面に広がっている。
下半身は巨大な樹木の根のように触手が幾重も折り重なり大地へと張り巡らされている。
上半身は女性の上半身のようなモノがついている。
その背中には半球状の突起が幾つも生えている。
が、人の理解する言葉を発することはないし表情もない。
モノと言ったほうがしっくりくる恰好だ。
今になればそれが母体というべきデザインであるのだと納得した。
木の根のように張り巡らされた触手は龍脈から汚れた魔力を吸い上げるため。
母体の背中に複数ある腫瘍のような半球体からは、集めた魔力で具現化された魔物が生み落とされる。
この魔物が人間と同化して消滅することで浄化を促進する。
まさに人類にとっては魔王と呼ぶに相応しい存在だ。
そんな機械をわざわざ女性型にデザインしたあたり、古代人は何とも悪趣味だと思う。
『――撤退、撤退いたしますわ! SS隊、総員退避!!』
『巻き上げてくれ!』
『急いで~!!』
「撤退だって!?」
PEから悲鳴に近い声が聞こえて来る。
魔王の攻撃に装備で対策をした主人公たちだぞ!?
負けるはずのない陣容で闘ったはずなのに!
「ちょっと行ってくる!」
「あ、先輩!?」
俺は駆け出した。
イレギュラーだ。
いや、やはり想定がおかしかったのだ。
あるべき姿にこれだけイレギュラーを重ねたのに、セオリーどおりであると断じた俺が悪い。
ラリクエはあくまでシミュレーターに過ぎないんだ。
ざわつく第三部隊の合間を縫って奈落が見えるお鉢までたどり着く。
ぎゃりぎゃりとチェーンが巻き上がる音が響き渡っていた。
地震が、大きな縦揺れが続き、蟻地獄の砂礫が崩れていく。
SS隊が乗ったゴンドラが見えたと思った矢先。
お鉢が勢いよく割れた。
そして何か巨大なものが大地を割って飛び出て来る。
ゴンドラごと大きく土砂が巻き上げられ、あたり一面に降り注いだ。
「おわっ!? 其の隔絶の齎す安寧よ、ここに――魔法盾!!」
まるで石の雨!
あんなの浴びたら怪我じゃすまねぇぞ!
できるだけ大きな盾を!
俺は全力で盾を展開した。
降り注ぐ土砂の質量から身を守るため。
周囲にいる人たちをできるだけカバーできるように。
「きゃあ!? 先輩!」
「美晴! 掴まってろ!」
俺と同様にあちこちで盾を形成している人たちがいた。
さすが戦い慣れしている先輩たち、咄嗟に対応できている。
どうにか前線が壊滅しない程度の損害に押し留められたようだった。
だがそんな安堵も束の間。
眼前に現れた巨大な脅威にどうしても目が奪われてしまう。
「母体です! まさか地表に出て来るなんて」
「ショートカットがお気に召さなかったのか!」
マネキンのように無機質な表情に背筋がぞくりとする。
無慈悲な使命を従順に実行し人類を殲滅しようとしている。
まさに魔王に相応しい風体。
諸悪の根源が目の前で暴れようとしているのだ。
蛇に睨まれた蛙のような気分とはこのことか。
・・・って、俺、怯むとこじゃねえ! どうにかすんだよ!
SS隊の連中はどうなった!?
ゴンドラごと吹っ飛んだぞ!
「武様!」
「ソフィア! 無事だったか!」
「皆、近くに飛ばされただけだよ~」
砂埃で汚れながらも無事な様子のソフィア嬢。
にぱっと笑顔のリアム君。
さすが身体能力も優れた奴らだ。
ちょっと高跳びした程度で済んだらしい。
笑える余裕があるなら大丈夫だ。
「結界が厚すぎるわ! ケネスの煩苦の結界どころじゃない!」
「奴の攻撃を潜ってあれを破るのは厳しいぞ!」
駆け付けたジャンヌとレオンが、実行した作戦の問題点を指摘する。
結界。
ラリクエでも魔王は結界を張っていた。
防御力が上がる程度のもので、攻撃するとばりばりと効果音がする。
ドラ〇エ2の最後らへんのボス戦のように。
でもダメージは通るから、固い奴、くらいの感覚だったのだが。
それに攻撃。
奴は無数にある触手を鞭のように振り回す。
クラーケン的な雰囲気だが、魔王のそれは木の根よりも固いし素早い。
だから1撃でも貰ってしまうと打撲骨折では済まない致命傷を負う可能性がある。
威力のある攻撃で弾くか、避けるしかない。
それだけでもかなりの労力のはずだ。
「ケネスみたいに無尽蔵に魔力が供給されているわ!」
「全員での1点集中でも駄目だったか!?」
「ある程度は押せる感じでしたが突破はできませんでした!」
俺は耳を疑った。
特攻のはずの全員一斉攻撃で通らなかった、だと!?
結界含め、魔王が何かしらの防御をしていることは想定していた。
それさえも突破できるはずの作戦、それが全員による一点集中攻撃だ。
魔王の属性は白。全属性。
汚れた魔力を用いているので黒くて闇っぽいけど、実際は白なのだ。
だから対抗するには全属性でないと押し負ける。
実際、ラリクエでも魔王に対する属性攻撃はかなり弱められた。
対策として同時攻撃を行うにより複合属性を生じさせるとダメージが通りやすい。
なので攻略には同時攻撃が必須だった。
それなのに同時攻撃で突破できないって?
押せる感じだってんだから、たぶん効いてないわけじゃない。
こちらの威力が足りないのか、向こうの防御力が上がっているのか。
「アイギス! どうなってる!?」
「結界に高出力の補強を加えています。ユグドラシルに対策されたのでしょう」
「畜生、そんな発狂設定なんて要らねぇんだよ!」
クリア後に出てくる、裏ルートでボスがおかしいくらい強くなるやつ。
目の前の魔王がそんな存在に思えた。
確かに俺は31週目だけどよ!
攻略方法自体は合ってても、もっと鍛えてないと勝てないなんて!
「くそっ! まさかの威力不足・・・!!」
俺は後悔した。
レオンとさくらの共鳴を失敗したままにしたのが仇になったか・・・!
そう、あのとき。
レオンとさくらの共鳴は成功しなかった。
理由はわからない。
ほかに想い人がいたのか、そこまで通じ合ってなかったのか。
どんなにふたりが頑張って互いを想い合っても共鳴することはなかった。
俺はそのときほっとしていた。
俺との共鳴を試すことなく終われたのだから。
だが落ち込んでしまったふたりに俺から言葉をかけられるはずもなく。
結局、有耶無耶にしたまま、あの日は終わってしまったのだ。
「別の対抗措置を提案します」
「別のって、ほかに何か手段でもあんのかよ!?」
「人類の英知、オリハルコンで鍛造した武器なら結界を無効化できます」
「オリハルコン!? んな眉唾なもん、ここにねぇだろ!」
「日本では日緋色金と呼ばれている金属です」
「日緋色金!? まさか銀嶺のことか!」
結弦が声をあげた。
皆の視線が集まる。その腰にある刀、真打・銀嶺に。
破邪の力がある。黒い魔力に対して滅法強い。
魔力を通さず斬り裂く性質がある。
これまで実戦を通して得られた見解はそのくらいだった。
「オリハルコンは澱のある魔力によって硬化する特異な鉱物です。その澱のみを寄せて別に鍛造することで魔力的空隙を作り、魔力の絶縁を実現したものが聖剣と呼ばれる武器です。ゴンドワナでは理論までは成立しましたがこれを鍛える技術を見出せませんでした。その刀はユグドラシルの想定外であり、魔力での対策が不可能です」
「よし、なら銀嶺で斬ってみよう」
「相棒!? お待ちになって!」
こうして俺たちが相談している間、母体は不気味に沈黙していた。
こちらが手を出さないなら動かないのだろうか。
魔物を生み出す気配もない。
結弦は今ならばと、ソフィア嬢の制止も聞かず、スライドボードに飛び乗り一気に母体まで迫った。
「みっつ!」
接近と同時に銀嶺の軌跡が3閃、描かれた。
ばりん、ばりん、ざしゅっ!
それは母体の前に貼られた黒い結界を割った。
それはあまりに呆気ないように見えた。
まるでそこに何もなかったかのように、綺麗な太刀筋だった。
「すごい、魔王に傷つけたよ!」
「だが結界がすぐに戻っている!」
「あんなの反則じゃない!?」
銀嶺は母体の本体に傷をつけていた。
だがそれは小さなもの。
結界はすぐに復元されていく。
傷をつけたにしても、あの巨体に対して爪の先ほどの傷だ。
これでは効果がないのと同じだ。
もっと大きく結界を破り、威力のある攻撃を与えないと駄目だ!
「!? 結弦、戻れ!!」
斬られたことで敵を認識したのか。
沈黙を保っていた母体が動き出した。
1本の巨大な触手の先を光らせて結弦に向けていた。
黒い魔力がちらちらと溢れて怪しい光を発している。
・・・あれは魔法なんてもんじゃない。
まるで魔力の暴発だ。余った魔力が爆発するってやつに似ている。
まさか、あの魔力を直接発射するってか!?
ラリクエで魔王はそんな攻撃して来なかったぞ!?
あんな至近距離じゃ躱すに躱せない!
「相棒、避けて!!」
「結弦ーーー!!」
俺たちが叫んだのと同時。
逃げる間もなく結弦に向けられたそれは無情にも攻撃を発した。
かっと視界が閃光に包まれる。
触手からレーザー光線のような魔力が具現化もせぬまま発せられたのだ。
怒号と悲鳴が飛び交った。
爆発音と大地を揺るがす衝撃。
想像以上の威力に、結弦の位置から瞬時に躱せるようなものではないと悟る。
身体がぞくぞくとして最悪の結果を想像してしまった。
ちかちかする目を無理やり見開くも、砂埃が舞ってよく見えない。
「聖女様!?」
そこには結弦を庇うように飛び出した聖女様の姿があった。
第一部隊にいたはずなのに、いつの間にあそこへ!
反魔結界であのレーザーを防いだ様子だった。
あの強烈な魔力を前にしてその身を晒す勇気は俺にはない。
それほどまでにあれは絶望的な気配を感じるものだった。
俺よりもAR値が小さい彼女が、躊躇なくそこへ飛び込んだのだ。
その行動は賞賛や驚き以外の何物でもなかった。
「結弦、貴方は絶対に死なせない!」
「ありがとう澪! でも、なんて無茶を・・・」
「それ、私のセリフよ! あとで覚えておいて!!」
涙を浮かべながら聖女様が怒鳴る。
その潤んだ瞳に結弦は気圧された様子だった。
「ふたりとも、早く上がって来るのだ!」
アレクサンドラ会長の声。
聖女様と一緒にこちらへ来たのだろう。
作戦が想定を外れたせいだ。
会長の魔法で蟻地獄の砂礫に岩の足場が数個、形成されていた。
結弦はふらついている聖女様を抱えると軽々と飛び跳ねてこちらまで戻って来る。
「相棒! 無茶をして!」
「ごめん」
ソフィア嬢の剣幕に素直に謝る結弦。
その腕から聖女様を解放すると、彼女は倒れ込むように地面に両手をついた。
「っく、はぁ、はぁ、はぁ・・・」
聖女様は肩で呼吸をして顔色も青白いように見える。
あの威力だ、相当に消耗しているに違いない。
「ああ、シスター澪、また無茶をなさって」
「おい聖女様、大丈夫か!? 魔力枯渇か!?」
「いいえ。武様、これは・・・」
「デイジー! はぁ、はぁ・・・良いの、武さんには!」
「・・・はい~、わかりましたぁ~」
「・・・? とにかく! 今は無理すんな、奥で休んで!」
デイジーさんに肩を借りて聖女様が後方へ下がる。
その間にも触手が暴れ、俺たちへ向けて振り下ろされてくる。
「武さん! どうしますか!?」
「とにかく防戦だ! 隙をついて結界を破って、強烈な一撃を加えるしかねえ!」
「破るといっても銀嶺でしか破れないぞ!」
「さっきより援護が増えただろ! もういちどやってみろ!」
もう俺たちの相談を待ってくれる様子ではなかった。
母体の巨大な触手が何本も躍動し、周囲に広がっていく。
正面の俺たちだけじゃない、第一、第二部隊へも向かって伸びていった。
「気をつけろ!! 正面から受けるな! できるだけ躱せ!!」
「わたくしたちも参りましょう。援護しますわよ!」
「うん、行こう!」
レオンが叫びながら走り出す。
ソフィア嬢の掛け声に呼応して主人公たちが駆けだした。
彼らは第一部隊や第二部隊に向けて繰り出された触手にも攻撃を加えた。
それは凄まじいのひとことだった。
レオンの王者の剣が触手を根本から斬り落とし。
さくらの白魔弓が迫る触手の先端を貫いて吹き飛ばし。
ソフィア嬢の竜角剣が触手を正面から粉砕し。
ジャンヌが紅魔槍の投擲で触手を地面に縫い付け。
リアム君の神穂の稲妻による連射で触手を蜂の巣にし。
結弦が千子刀で触手を正面から真っ二つにした。
戦闘の激しさも然ることながら、踊るように舞う主人公たちに目を奪われた。
きらきらと飛び散る魔力の残滓が混ざり合い虹色に輝いている。
そう、まさにゲームタイトルで語られる幕引きのための闘いだった。
主人公たちだけじゃない。
第一、第二部隊の面々も黙ってはいない。
迫り来る触手を避ける位置まで後退しながら魔法などの遠距離攻撃で応酬した。
彼らも何本かの触手を黒焦げにして、蜂の巣にして、斬り落としていた。
あちらこちらで残滓となった魔力が煌めく。
まるで虹色のシャワーを浴びているかのようだった。
この光景だけ見ていれば善戦していると錯覚するくらいに。
魔王からは絶え間なく新しい触手が生えてくる。
それよりも攻撃のペースのほうが早いように見えた。
徐々に触手の数が減っている。
主人公たちは援護が多くなったおかげか余裕がある様子だ。
その証拠に、彼らはタイミングを合わせ、指示どおり一斉攻撃をした。
「参りますわよ! 3、2、1・・・」
ソフィア嬢の掛け声に全員が息を合わせる。
「・・・攻撃!!」
6人が綺麗に同じ場所へ攻撃重ねる。
全員での訓練なんてしていないのに見事な動きだった。
ばちいいいん、と激しく魔力の衝突が起こる。
その魔力の衝突の激しさにあれならば突破できるのでは、と期待してしまう。
だが、結界に食い込んだと思った攻撃は途中で跳ね返された。
あれで駄目なのか!?
ほぼ完璧に重なっているように見えたのに!
すぐに横から触手が突っ込んで来て、前衛3名は後退を余儀なくされる。
きっと地下でもこれが繰り返されたのだろう。
「きゃぁっ!」
ずどん、という鈍い音と振動。
ふいに聞こえて来た声で誰かがやられてしまったのだと理解する。
「さくら!?」
彼女は俺のすぐ近くまで弾き飛ばされて来ていた。
一緒に行動していたレオンが捌ききれず、1撃を貰ってしまったのだろう。
つか、おい! レオンは100メートル以上向こうだぞ!?
どんだけ吹き飛ばされたんだよ!
これ肋骨とか内臓とかやってるやつじゃねえのか!?
さくら、さくらが!!
途端、魔王のことなど意識から消え去り、彼女のことだけで思考が支配される。
絶命はしてないか?
身体の欠損はないか?
その綺麗な身体に治らない傷がついていないか!?
「さくらぁぁぁ!!」
「武様、周囲はお任せを!」
「さくらをお願い!!」
ソフィア嬢とジャンヌが援護に入ってくれる。
礼を言うのさえも時間が惜しく、ただ俺は駆けた。
「しっかりしろぉ! 身体再生!」
倒れた彼女を抱き起こしながら回復を始める。
苦痛に顔を歪ませるさくら。
「うぁぁ」と弱々しく漏れる声に血液が沸騰するようだった。
ああもう、そんなに痛いのか!
どうして俺が変わってやれねぇんだ!
早く楽になってくれ!
まるで俺自身が痛みを感じるような苦痛の時間。
祈るようにその回復を願う。
1分か、10分か。
とても長い時間、彼女の顔を見ていた。
こんな場面で、こんなに苦痛で歪んでさえいるのに。
どうしてか俺はその顔でさえ、尊く、そして綺麗だと思ってしまった。
「はぁ、はぁ、武! このままでは持たんぞ!」
「・・・わかってる!」
腕の中のさくらの様子が落ち着いたところで。
遠くで闘っていたはずのレオンがやって来た。
もう限界をだ、引き時だと訴えるために。
聖女様も倒れた。
さくらもすぐには復帰できない。
そうするといよいよ支えられない。
ジリ貧どころか崩壊の兆しだった。
撤退の二文字が脳裏をかすめる。
壊滅を避けるためには仕方ないのか!?
正直、このまま魔王を倒す方法も思いつかない。
結界を突破する方法さえわからないのだから。
「あの、先輩」
「どした!?」
恐る恐る、という様子で美晴が声をかけて来た。
俺の表情が怖いのだと気付いたが、眉間の皺を緩めることはできなかった。
「先輩が拒否すると予想していましたので勧めませんでしたが、もうひとつ手段があります」
「手段? 結界を破る方法か?」
「はい」
「・・・聞かせてくれ」
アイギスからだった。
態々、俺が拒否するというくらいなのだから、きっと承諾できない。
だがこの現状、手段を選り好みなどできるはずもなく。
少しでも選択肢を増やそうと俺は耳を傾けた。
「貴方の身体は私が手掛けた器です。特別なチューニングをしてあります」
「チューニング?」
「そうです。いちど、アトランティスでも触れたのですが・・・」
「!? 危ない!!」
「っ!! きゃぁ!」
戦場で会話なんてするものじゃない。
ジャンヌが斬り裂いてくれた触手の一部が俺たちに迫る。
ちょうど美晴に重なるように。
胴体くらいの大きさの塊が、まるで隕石のように飛び込んで来た。
気付いて結界を張ろうとしたが間に合わない!
まずい、美晴が・・・!!
「美晴!! ぐあ!!」
「レオン!?」
「レオンさん!!」
咄嗟に飛び出たレオンが美晴を庇った。
レオンの体躯でさえ数十メートルも吹き飛んでしまう衝撃だった。
無防備な美晴が受けたら即死だったかもしれない。
「レオンさん! レオンさん!! レオンさん!!!」
美晴が必死な表情を浮かべ、脇目も振らずにレオンの元へ駆けていく。
その手にはどこから出したのか魔力傷薬が握られていた。
俺はさくらを介抱しているままで動けない。
彼女に託すしかなかった。
「あ・・・た、武さん・・・」
「さくら! 大丈夫か!」
そのさくらから弱々しい声が聞こえた。
見れば口から血を流している。
それほど内臓に喰らったのだろう。
回復したとはいえ、綺麗な顔が染まってしまうのは忍びなかった。
「はい」
「安心しろ、すぐにあいつをどうにかしてやるから!!」
勝手に言葉が口を突いて出る。
どうにかって何だよ。
どうにもなんねぇよ。
それでも、こうして彼女を安心させたくて仕方なかった。
「武様!! 危険です!」
「ああ~、あれは防げないよ~」
「ちょっと! 動けない重傷者ばかりなの!?」
ソフィア嬢にリアム君にジャンヌ。
周囲で守ってくれていた彼女らに一度に声を重ねられて何事かと顔をあげた。
そして、それらがどうして発せられたのかを悟る。
かっかとしていた俺の頭が急速に冷えていく。
何本もの触手が、その先端にあの光を溜めていた。
あれだけの数が放たれれば防ぐことなんてできない。
それらが、まるで1本の太い柱を形成するかのように束ねられていく。
狙いはこちら。真正面、俺に向けて。
まさに死の宣告だった。
今、あれをまともに防ぐ手段なんてない。
力の差を見せつけるように、さらに光が凝縮されていた。
逃げる? いや駄目だ。さくらにレオン、聖女様も動ける状況じゃねぇ。
止める? 無理だ、触手を斬り落とせるならとうにやっている。
避ける? どうにか、軌道を逸らしたりはできねえのか?
「武さん・・・ふふ・・・」
「さくら?」
「ごめんなさい。最期に貴方と一緒なのが嬉しくて・・・」
「・・・!!!」
半身を起こしたまま諦観の笑みを浮かべたさくら。
俺は無言で彼女をぎゅっと抱きしめて。
額と額をこつんと当てて。
そうしてから、彼女の肩を掴んで身体を離した。
「武さん・・・?」
さくらににこりと笑顔を向ける。
それから俺は一番先頭まで歩み出た。
あの凶悪なレーザーをどうにかするには先頭で結界を張るしかない。
出力の差が歴然としているとしても。
俺がやらねばならない、そう感じていた。
すう、くら、とん。
幾度も訓練して身体に染み付いた錬気の呪文。
その鍛錬の成果は咄嗟でも期待を裏切らない。
魔力を取り入れ、巡らせ、取り入れて。
そうして俺は向き合った。
目の前で洪水のように溢れる黒い悪魔。
俺の中の白の魔力も対抗するように限界突破をして肌から跳ねまわっていた。
あとは、これを――
「――静謐を齎す雄大なる護りの力よ、ここに!」




