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共鳴とは何だろうか。
俺が導き出した答えは『絆』だ。
俺がいた時代では、相手との絆は言葉や行動で示すしかなかった。
一緒にいたり、相手を慈しむ言葉をかけたり、行動をしたり。
人間の想いなんて目に見えるカタチでわかるものではない。
共鳴は相手との精神上の結びつきを物理的に感じられる。
魔力を媒介として発生するこの現象は人類にとって福音だと思う。
この効果のおかげで疑念なく全幅の信頼を得られるのだから。
友情も愛情も、互いに感じられ、そして相手へ届けられる。
この現象はどんなに発達した化学でも絶対に実現できないだろう。
それだけの価値のあるものをこの世界の全員が持っている。
これがどれだけ世界平和へ貢献していることか。
元の時代に戻るなら共鳴だけでも持って行きたいくらいに。
この世界で生まれた『持てる者』には感じられない、絶大な能力だ。
そんな共鳴を受け入れることができる容量には上限がある。
その制約によりAR値の低い一般人のパートナーはひとりに絞られることが多い。
だからやたらめったら共鳴するもんじゃない。
でも共鳴するとパートナーとの蜜月をより充実したものにできる。
新人類の戦士ならば戦闘力向上も期待できる。
だから具現化で戦うのならば共鳴しない理由はない。
高天原学園ではよりAR値の高い相手との共鳴が推奨されていた。
◇
「わたしは先ず武さんとの共鳴を希望します。能力を高めるという意味ならばいちばん効果がありますよ」
「俺も先ずお前との共鳴を考えている。それでは駄目なのか?」
共鳴のキューピッドをしていたつもりがターゲッティングされている俺。
レオンとさくらに「何言ってんだこいつ」的な視線と言葉で返されて狼狽えてしまう。
ほかの4人と明らかに様子が違う。
「確かにわたしはソフィアさんと共鳴をしました。でもそれは武さんを求めるための想いの重なりから始まったものなのです」
「うん、それはソフィアから聞いた。そのさ、ソフィアと共鳴できるんならレオンとも共鳴できんだろ?」
「武、できるできないではなく、先ずはお前とだと言っている。俺はお前なしに共鳴は考えられない」
ふたりとも頑なだった。
言葉を変えて何度か提案してみても、先ずは俺と、と譲らない。
これまで近づかないよう誤魔化し続けて来たのが仇になってるような気がする。
「武、お前は俺たちと共鳴するのが嫌というわけか」
「あ、いや、その。お前らが嫌いとかそういうわけじゃなくてだな・・・」
「武さん、理由を教えてください。改善できるところがあれば何でも直しますから」
さくらが不安げな表情で訴えかけてくる。
いや、君たちへの不満は何もないんだよ。
・・・いやごめん、嘘。レオンは駄目。
同性同士は駄目。
俺はノンケなんだよ、性的なやつに発展したくない。
レオンがイケメンで嫌悪感もないのはわかってる。けど、それはそれ。
強い友情は感じてても、ね。
しかしなぁ、どうやって俺へのタゲを回避しよう・・・。
この裏技は手順の中で相手への想いを強く抱いてもらわないといけない。
このままだとこいつら、俺へ意識を向けてくる。
そうするとレオン×さくらじゃなくて、俺とふたりとになっちまう。
俺が共鳴しないよう、強い意志(?)を保てば良いのかもしれないが。
俺がこの世界に残るならともかく、帰るんだからそれじゃ困る。
共鳴できる容量を居なくなるはずの俺が占めてしまうことにも問題がある。
こいつらの人生は先が長いんだから。
未来の大切な相手のために取っておいてほしい。
むしろその大切な相手は君たち同士だと思うんだよ。
「お前らに不満なんてないよ。さくらは可愛いしレオンは格好良いし、俺には勿体なさすぎる。眩しすぎるくらいだ」
「ご不満がないのでしたら、どうしてなのですか?」
「っ、それは・・・凄すぎて気後れしてるというか・・・」
正直、俺自身さくらに惹かれすぎてて怖い。
共鳴なんてした日には別れられなくなりそうで。
このまま流されても良い、なんて中学の頃から感じてしまってるくらいだから。
でも俺には、過去に戻らない、雪子を捨てるという選択肢はない。
彼女は俺だけをずっと愛してずっと待っててくれるんだ。
一途に俺を考えてくれてる香でさえ彼女には遠く及ばない。
俺の最も愛してる彼女、俺を最も愛してくれる彼女が、俺の一番なんだ。
共鳴なんて関係ねぇ。
だからお前らとは駄目なんだ。
「武。さすがにその言い方は別の理由を疑うぞ」
「ああ、うん、ごめん。正直に言うよ。俺の古い倫理観だとパートナーをふたり同時に作るってのが有り得ない。ただひとりだけを選ぶことが相手への想いの証明になるって考えてる。だから、ごめん」
レオンには俺が過去から来て魔王討伐を頑張ってるって話はした。
だから過去、つまり古い価値観であるという点は信じてもらえるはず。
「武さん、それはほんとうですか?」
「うん、もちろん」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
さくらはあの白銀の瞳でじっと見つめてくる。
嘘は言っていませんか、と無言の圧力をかけてきている。
俺も無言で「嘘は言ってない」と目で主張する。
なんでさくらの視線がこんなに疑い深いんだ?
どして?
何を疑われてんだ?
俺は香しかパートナーとして宣言してないぞ。
もしかして俺に雪子がいるのに香に手を出したってことか?
でもそんなこと誰も知らないはずだぞ?
俺はこれまで会長や先輩にも『過去から来た』って話だけしかしてない。
家族が居て嫁さんがいて若返ってるなんて誰にも話してない。
だからさくらは、俺の唯一のパートナーは香と認識していて、雪子のことは知らないはずだ。
それとも香以外の、ソフィア嬢やリアム君に惹かれてるってこと?
でもあいつらとは共鳴してない。
ソフィア嬢は敬愛から俺に剣を捧げてるってだけ。
リアム君は天涯孤独となったからジャンヌと俺を家族だと思ってくれてるだけ。
だから共鳴・・・パートナーって意味ではやっぱり香だけだ。
これ以上は水掛け論になる。
さくらの疑念は流すしかない。
「・・・俺と共鳴するかどうかは置いておいてさ。お前らふたりは作戦中、一緒に行動してもらうんだ。レゾナンスしといてもらわねぇと困る」
「そこに武さんは傍でご一緒いただけないのですか?」
「俺は回復要員なんだよ。この欧州軍には白属性の使い手が聖女様とデイジーさんと俺しかいねぇから、万が一にも前に出てやられるわけにはいかねぇの。だから俺との共鳴は必須じゃねぇ」
「武。これは俺やさくらの心情的な問題だ。俺とさくらの共鳴とは話が別だ。お前と特別でありたいと思っているんだ」
「そうです。貴方と絆を深めたいという気持ちをこの上なく抱いているのです。レオンさんとの共鳴が必要なら受け入れます。貴方との共鳴も一緒に結ばせて欲しいのです」
レオンが金色の瞳でじっと訴えかけてくる。
さくらも銀色の瞳で憂うように訴えかけてくる。
ふたりからの真剣なアプローチ。
それを真正面から受けていた。
・・・正直、嬉しい。
涙が出て来るくらいに嬉しい。
喜んで飛び跳ねて走り出したいくらいに。
こんだけ想ってもらえてたなんて冥利に尽きる。
相手が美男美女だとかスペック高いとか、そういうの抜きにして嬉しい。
流されても良いかなって傾いてしまうくらいに。
雪子以外にここまで言ってもらったことなんてないと思うんだ。
それにさくらのその気持ちは痛いほどわかる。
先日、さくらを助けたときに共鳴しかけた。
そのときにさくらからの想いの片鱗を感じてしまった。
高地の湖から溢れた水が滝となって落ちるように。
俺への想いが溢れ募っているのは嫌というほど伝わって来た。
だからこそ、ほんとうに惜しい。
だからこそ、これ以上深入りしたくないんだよ。
あまりに泥沼すぎる。
ふたりからの問いかけに俺は目を閉じ腕を組んで考え込んでいた。
俺なりの事情があるのは十分に伝わってると思う。
レオンとさくらと俺と、それぞれの共鳴について。
あとは俺次第。
「武さん」
「武」
「・・・」
・・・ほんと、どうすっかなぁ。
このふたりの共鳴はすぱっと諦める?
俺の心の平穏のために。
俺の想定より皆は強い。
残りの4人が共鳴したんだから、あいつらがラリクエの主人公と見做せば良い。
レオンとさくらは選ばれなかった、その他2名という扱い。
それなら共鳴してなくても問題はないはず。
・・・でもなぁ、ここまで話を振っといてそれはないだろ。
俺だったらブチ切れる自信がある。
小一時間どころじゃなく問い詰めたいやつだ。
「・・・ちょっとだけ待ってくれ」
落ち着け俺。
こういうときは根本に立ち戻るんだ。
優先順位を考えよう。
俺の第一の目的は元の時代に、雪子のところへ戻ること。
ならば帰る手段の確保が第一。
それは小鳥遊さんがいれば大丈夫。たぶん。
・・・大丈夫だよな? こればかりはアイギスを信じるしかない。
第二にそれまで生き延びること。
やることをやってる間、生き延びれば良い。
これは香との約束だ。
必ず生き延びるための準備は惜しまない。
第三に魔王を倒してこの世界を存続させること。
じゃないと元の時代に戻るにしても後味が悪い。
そのためにこうして俺は頑張ってるわけだ。
とすると・・・。
うん、生き残る方が優先だ。
香との約束を守る方が大事だ。
こいつらの戦力がないと危ない可能性もあるんだから。
共鳴しちまうと別れのときに尾を引くかもしれねぇ。
でも背に腹は替えられん。
仕方ねぇ、腹を括るか。
「・・・あのさ。俺がやろうとしてる方法は、俺を通してレオンとさくらの魔力を混ぜ合わせて共鳴を促進すんだ。だから俺の魔力も混ざる。そんときに俺と共鳴するかもしれない」
恐る恐る話を進めるよう水を向けてみた。
「そうなのですね!! 是非! 是非やりましょう!! すぐにでも!」
「お、おう」
さくらは目を輝かせて俺の左手を両手で握った。
ちょ、顔が近い! 近すぎる。
あまりに食い気味すぎて引いてしまう。
レオンはさくらの言葉にうんうんと頷いていた。
口に出さないだけで、お前も食い気味なんじゃね?
なんか口元が緩んでんぞ。
・・・こんなんでほんとにチャレンジして大丈夫か、これ。
「いちおう言っておく。主題はお前らの共鳴だ。だからレオンはさくらの、さくらはレオンのことを強く意識してやってくれ。そっちができねえなら中断するからな。成功した後に俺と共鳴するなら、それはそれだから」
「わかった」
「その、レオンさんと共鳴できたら、武さんのことを考えても良いわけですよね?」
「うん。レオンのほうを先にしてくれよ?」
「はい!」
こうして俺は共鳴を進めることにした。
3人で円環を描き互いに手を握る。
さくらのすべすべとした手。
レオンの少し皮の厚くなっている手。
これから始まることへ興奮か、期待か。その両方か。
ふたりとも熱いくらいに温もりを感じた。
集中してくれと言ってあるのでふたりは目を閉じていた。
ちらりと見れば落ち着いている様子。
共鳴に集中しようとしているんだろう。
俺からの想いは一片も逃さないぞというように。
頼むから先にお互いのことを考えていてくれよ?
そもそもこの裏技は、パスが繋がれば魔力が自然に流れて相手の中に入る性質を利用したもの。
相手の中に無理やり想い人の魔力を送り込み共振しやすくすることで共鳴を促進する。
そのための前提として、自然共鳴するための下条件が整っている必要がある。
つまり日常的に一緒に過ごす時間が多くて。
互いに深い信頼や愛情があって。
憎からず相手への想いを抱いている。
もうすぐ共鳴するかも、というところまで話が進んでいないと駄目だ。
・・・あの日。
闘神祭が終わって会長からの尋問を終えた後の、あの夜。
ふたりは一線を越えていたはずだ。
だから前提条件は絶対に満たしてる。
結弦やソフィア嬢みたいに確認はしなかったけど大丈夫。
ちくりとした胸の痛みを無視して俺は詠唱を始めた。
「其の境は彼我になし――魔力同期」
◇
2211年3月15日、夜。
2隻の戦艦はマラッカ海峡を越え、フィリピン南岸を通過し、パラオで最後の補給をした後、ミッドウェー諸島へ至った。
ムー大陸南岸からここまで、およそ50キロメートル。
目と鼻の先に、諸悪の根源である魔物の生誕地があった。
いよいよ明日、ムー大陸への攻撃が開始される。
『アメノムラクモ』の作戦開始は16日 午前5時。
開始とともに先鋒の日本軍が大陸北西より上陸を始める。
その3時間後、大陸北東より北米軍が上陸を始める。
そして突撃部隊である欧州軍はさらにその3時間後に上陸開始となる。
そのときまで欧州軍はここミッドウェーに投錨し待機することになっていた。
作戦が始まれば休憩する時間もない。
上陸開始3時間前には作戦準備で点呼が始まる。
明日の午前10時までに十分な休憩を取り準備を終えるよう指示が出されていた。
◇
俺たちは全員で何度かミーティングを重ねていた。
上陸作戦に参加するのは次のメンバーだ。
第一部隊:左翼担当 アレクサンドラ会長、聖女様、高天原学園生の7割(近接攻撃部隊)
第二部隊:右翼担当 凛花先輩、デイジーさん、戦艦に搭乗している軍人部隊
第三部隊:主力突撃部隊 主人公連中、俺、高天原学園生の3割(遠隔攻撃部隊)
第四部隊:兵站担当 軍人部隊の兵站担当、先輩、香
残留部隊:戦艦待機 戦艦のクルー、小鳥遊さん
ほぼ作戦も固まり各自の役目も決まった。
会長に促され、俺の攻略知識を存分に披露し、それを反映してもらった。
だから準備は完璧。
装備然り、作戦然り、行動指針然り。
あとは十全にそれらを発揮できるよう、コンディションを整えれば良いだけ。
明日までは自由に過ごそうと言って、俺たちは夕食後に解散していた。
◇
甲板から見上げる夜空は綺麗だった。
アトランティスに向かっているときにも見上げたこの空。
日本と緯度が近いこともあり俺の知っている星座もちらほら見ることができた。
緊張して寝られないってことがないよう、俺は夜風で頭を冷やしていた。
こう、暗い空間にいると余計なことを考えないで済む。
これは昔からの習慣でもあった。
大勢で過ごすのは良い。気の置けない仲間であれば尚更。
でも大人になると、ひとりの時間も欲しいのだ。
ハードボイルドな自分に酔いしれ、下らない自尊心を満たすための時間。
推しを全霊で受け止めて涙し、明日への英気を養う時間。
俺はこうして星を見て過去や未来へ想いを馳せるのが好きだった。
「先輩、見つけました」
ひとり孤独を愉しんでいたところに背後から声が聞こえた。
振り向くことなくその場にいると、彼女は俺のすぐ横へ並んだ。
「おひとりのところ、お邪魔してすみません。どうしても伝えないといけないことがありました」
「ん? 伝えないといけないこと?」
小鳥遊さんも俺たちのミーティングに参加していた。
実働部隊ではないので細かい作戦まで知る必要がないというのに。
彼女は残留するということも了承していたし、不満もなさそうだったはず。
「あの。私、ようやくわかったんです。あの青い光が私の中にいることが」
「え? 青い光?」
「えっと・・・アトランティスの奥で、私に入って来たあの光です」
「そっか。アイギスと会話できたってこと?」
「えっと、はい。彼女が私に色々と教えてくれていることがようやくわかったんです。だから私、ユグドラシルまでの道筋がわかったんですね」
「おお、良かった。知らねえ何かが自分の中にいるってのは気持ち悪ぃもんな」
「はい・・・あの! 伝えたいことはそうじゃなくてですね」
「うん?」
自分の中に居ついてる存在を知れた。
それはとてつもなく大きなファクターだ。
しかもそれを告白できるのはアトランティスのあそこで一緒だった俺しかいない。
だからこうして俺に言いに来たんだと思ったわけだが・・・。
「先輩、あの、先輩は帰るんですよね?」
「帰るって?」
「とぼけないでください。先輩がもともといた時代に、です」
「・・・うん、そうだよ」
そう。
俺が帰るつもりだという話を、主人公連中には伝えていない。
香にも、だ。
これを言ったのは会長と聖女様と先輩だけ。
そうしないと十分な協力を得られない可能性があった。
もしかしたら、帰らせない、なんて言われる可能性さえも。
だから最後の最後まで伝えるつもりはなかった。
だがアイギスが彼女へ教えたのなら仕方がない。
いずれにせよ、権能を使うために小鳥遊さんには知ってもらうことになるんだから。
「先輩、聞いてください。彼女から教えてもらったんです。もし先輩が帰るなら母体を停止させてから半日くらいしか猶予が無いそうなんです。母体のある位置からこの戦艦まで戻る時間を考えると足りません。私も母体まで同行しないと駄目なんです」
「え!? 何だって!?」
それは突然の話だった。
俺はこの期に及んでのファクターの追加に驚きを隠せないでいた。
それは作戦の一部変更を考慮せねばならない事態だったのだから。




