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■■ジャンヌ=ガルニエ's View■■


 ばりばりばりがっしゃーん。


 硝子が砕け散る音とともに残滓となった魔力がきらきらと飛び散った。

 それに混じってあの黒い霧も撒き散らされていく。



「うぐわあぁぁぁぁ!! 痛だだだぁぁぁぁ!!」


「レオン!!」



 レオンの突きが教主の脇腹を貫いた。

 奴は噴き出る血を手で押さえながら絶叫している。

 いい気味よ! これで少しは時間が稼げる。

 さすがはレオン、あれだけの結界を貫けるなんて!


 だけれども黒い霧に塗れたレオンはその場に倒れ込んでしまった。

 あれ(・・)はさくらを昏倒させたのと同じもの。

 それにリアムまで冒されてしまっている!

 見れば広がった黒い霧は武にまで届いていた。

 傍にいた美晴も倒れてしまい、さくらも苦しんでいた。


 舞い散る茶色の魔力の残滓と黒い霧の中。

 あたし自身も息苦しさを覚えてくる。

 でも今、全員が倒れるわけにはいかない!


 ふたりを教主の前から救出しようとして駆け出したところであたしは気付いた。

 レオンが突き破ったのは教主を守る結界だ。

 こんな、この空間全体に舞い散るようなものじゃない。

 じゃあ降ってきているこの残滓は一体なに?


 認識の外で何かが起きた。

 あたしは足を止め舞い降りる悪魔と天使の破片がどこから来るのか探った。

 それはこの空間全体に降り注いでいるこの残滓。

 これは部屋を覆っていた時空(プレインズ・)結界(フィールド)のもの!


 誰かがこの部屋へ駆け込んで来る気配と、その声が聞こえたのは同時だった。



「――静謐を齎す雄大なる護りの力よ、ここに! 反魔結界(アンチ・フィールド)!」


「デイジーさん!?」



 その詠唱により張られた結界が、あたしを含め皆を守るように覆ってくれる。

 それは降り注ぐ黒い霧を弾きあたしたちを守ってくれていた。



「覚悟なさいまし! 疾風突(ヴィントシュトース)!」


「あだぁ・・・!? な、舐めるなぁ!!」


「ソフィア!」



 続いて飛び込んできたのはソフィアだった。

 文字どおり目にも止まらない疾風となった突きが教主を狙う。

 奴に届いたと思ったところでばりんばりんと結界を突き破る音が響いた。

 惜しい! 防がれた!

 悶絶していたくせに結界を張り直す余裕はあったみたい。



「甘いなあぁぁぁ!!」



 腹部から流血しながらも黒い王者の剣(カリバーン)を生み出した教主はソフィアに狙いを定める。

 あの黒い結界の内から斬りつけようというのだ。

 痛みに歪んだまま、涎を垂らしながらにやついていたその顔は何とも無様だった。



「参りますわよ! ――疾風(シュトゥルム・)怒濤(ウント・ドラング)!!」



 だがソフィアの攻撃はそれで終わらなかった。

 連続で繰り出される強烈な突きが教主を守る煩苦の(ハンドレッズ・)結界(フィールド)を削っていく。

 その攻撃のあまりの激しさに奴は怯んだ。


 反撃できずばりばりと徐々に砕かれていく結界。

 このまま受けるだけでは危ないと焦ったのか、教主は大剣を不格好に薙いだ。

 それに合わせてソフィアが飛び退く。



相棒(バディ)!」


「応!」


「なに・・・!?」



 がしゃーん!


 教主の背後から聞こえたその気合い。結界が砕け散る音。

 それはあの忌々しい結界を完全に突き崩した音だった。



「がああああぁぁぁぁぁ!?」


「二の型、双撃!」



 奴の背を一閃する刃。

 絶叫とともに数歩ふらついた教主がばたりと倒れた。


 何故、彼らがここに来たのか

 その後ろに見えた、ここに来るはずのない仲間の姿。

 劇的な登場のせいか、2か月ぶりのせいか。

 その姿に涙が溢れてしまう。



「ゆ、結弦まで・・・!」


「ごめん、遅くなった」


「ううん、助かったわ! どうしてここに・・・」



 血を払うよう千子刀(ムラマサ)を振り下ろし、結弦は納刀するように具現化を解いた。

 サムライの血筋を感じさせるその立ち振る舞いは、目を奪われてしまうほどに美しさを感じた。



「ああ、こんなに()が溢れてるなんて。よく耐えたわね」


「え、澪さん!?」


「其の白き輝きを以ち穢れを祓い給え――白の禊(ピュリファイ)!」



 ここに来るはずのない澪さん。

 彼女は詠唱とともに両手を広げその魔法を解放した。


 澪さんを中心としてふわりと白い光が広がっていく。

 それは空中や地面はもとより、皆の身体についていた黒いものを消し飛ばしていく。

 あたしが介抱しようとしていたリアムもレオンもさくらも、浮かべていた苦悶の表情を緩めていく。

 あたし自身も息苦しさが消えて気分が良くなった。

 気付けば周囲は春先の陽光に包まれたような穏やかな空気で満たされていた。



「すごい・・・消えた! あ、ありがとう、澪さん!」


「――溢れし終末に対なる光を掲げよ。励起の章、第2節」


「・・・?」


「これが私の掲げられる光よ」



 正直、何がどうなって彼ら彼女らがここへ来たのかはわからない。

 でもこのおかげで皆が助かりそうだ。

 だけど――



「! そうだ、澪さん! タケシを、タケシを診てやって!! 死にそうなの!!」


「ジャンヌ。らしくもない、落ち着きなさい。危険な状況ほど周りを見るの――祝福(ブレス)



 澪さんから放たれた優しい光があたしを包む。

 あまりの事態に興奮したままの神経を静めていく。

 誰かが倒れ、泣いたり叫んだりするときほど無防備なものはない。

 そう、状況を把握してるあたしが冷静にならないでどうする。


 すう、と冷静に状況を把握できるようになると、あたしが騒ぐことに意味がないことを理解する。

 彼女は既に倒れているタケシの首筋や額に手を当て、簡単に容態を把握しているところだったから。



「・・・これは重傷ね。ジャンヌ、ほかに危ない人はいない?」


「うん、黒いやつは祓ってくれたから、タケシ以外は軽い怪我だけ」


「わかった。デイジー、良いかしら」


「はぁい」


「彼は離脱(・・)している。貴女は身体再生(ヒーリング)を全力で」


「シスター澪、まさか、また(・・)お使いになるのですか~。貴女はもう・・・」


「良いからやりなさい。これで利子を含めて貸しの返済は最後よ」


「・・・はぁい、わかりました~。おまかせください~シスター澪。武様のためにも頑張ります~」


「それから、結弦」


「ここにいるよ澪。どうすれば良い?」


「これから魔力枯渇寸前まで使うと思うの。後のフォローはお願い」


「わかった、任せて。でも無茶はしないで」


「ええ、心得てるわ。ふふ、こうして心配されるのも悪くないわね」



 無表情だったはずの彼女が浮かべる悦ばしいと言わんばかりの表情。

 あたしがその違和感に驚いている間に指示は進む。

 今のこのやり取りだけでも聞きたいことは多々ある。

 でも無力なあたしは何も協力できず、固唾を飲んで見守るしかない。

 ただタケシの治療が成功することを祈るだけだった。



「始めて、デイジー」


「はぁい、いきます。・・・満ちたる生の躍動をここに――身体再生(ヒーリング)



 デイジーさんがタケシに触れて魔力を注いでいく。

 タケシの身体が白い魔力に包まれた。

 斬創がじわりと消えてゆき、擦り傷なども治っていく。

 あれだけの傷を治せば失神していても痛みで呻くはず。

 あいつがぴくりとも動かないのは、きっとそれだけ深刻な状況だからだろう。


 身体再生(ヒーリング)が進んでいく傍ら、澪さんはタケシの横に跪いた。

 両手を胸の前で組み祈りを捧げるよう目を閉じる。

 そして・・・傍目からわかるほどに彼女の身体に白い魔力が満ちていく。

 彼女はその魔法の発動に全神経を集中しているようだった。



「・・・其の白き御名の原、白き泉へ戻り発つに至らぬ、蒙昧なる子らへ差し伸べ給う・・・」



 聞いたこともない詠唱。

 あんな魔力を溜めて、あんな長い詠唱で。

 あれがあたしの知らない奇跡を導く魔法であることは確かだ。


 澪さんから生み出される白の魔力は渦を巻き、タケシの身体を包んでいく。

 そしてその光が視界を白一色に埋め尽くすほどに輝くと高く天井まで伸びた。

 まるでそれは天上にいる神へと救いを求めるように――



「・・・其の白き慈悲、我が御魂の欠片を以ちて齎し給え・・・」



 澪さんの額には汗が滲んでいた。

 その魔力の制御に相当の技量を要するということだ。


 タケシがこの魔物との戦いでキーパーソンだということは薄々理解してる。

 兄貴や姉貴の、さくらの、リアムのお気に入りだということも。

 でも。

 それ以上にあたし自身が彼に無事でいて欲しいと思っていた。

 あたしはただ、無事に成功するよう祈るしかなかった。


 タケシと澪さんから塔のように立ち上った白い渦。

 その中心に一筋の光が降臨した。

 まるで天使が舞い降りたかのように――



「――彷徨える御霊よ、今ここに在れ! 復活(リザレクト)!」



 ◇


■■京極 武's View■■


 人は考える葦である、とはよく言ったものだ。

 こうして考えること自体を知覚することで自身を認識するというのだから。

 それは遠い昔から人間が人間たることを理解する瞬間であったのだろう。


 そう、意識がある。

 俺は未だ生きている。

 こうして意識があった。

 周りが明るいし何となく煩い。

 誰かがすぐそこで呼んでくれていると感じる。


 水底から浮き上がり水面へ呼吸を求めるときのように。

 浅い眠りから現実へと舞い戻るこの瞬間はいつも希望に満ちている。

 引きずった疲れを取り払い、思考をリフレッシュし、新たな出来事を刻む。

 それがどんなものかを知ることさえ生きていることなのだ。



「武」


「・・・う・・・」



 名前を呼ばれた。

 反応して出た呻き声が、自分が発したものと理解するのに数秒を要した。



「ほら起きて。皆、待ってるよ」


「うん・・・うん・・・」



 頑張れば目を開けるくらいには覚醒が進んでいた。

 引っ張り上げれば水面へ顔を出せるくらいの感覚。

 この状態の微睡はとても心地良い。


 まだ起きたくなくて寝るんだという意思を示すため寝返りを打つ。

 仰向けから横向きになった。

 後頭部にあった枕が頬に当たる。


 ・・・妙に弾力があり温かい。

 少ししっとりとしたこれは、きっと人肌だ。

 ぷにっとして気持ち良い。つい頬擦りしてしまうくらいに。



「~~~~~!!」



 ・・・人肌?



「寝ぼけちゃ駄目!」


「っ!?」



 指が添えられ、強引に開かれる俺の瞼。

 寝てるところで無理やり目を開けるなんて子供の悪戯か!



「おはよ。目が覚めた?」


「・・・おはよう」



 飛び込んできたのは香の顔・・・とお胸。

 膝枕から眺めるのは久しぶりだ。

 半分だったのが3分の2は隠れるようになっちゃって。

 ああ、こんなに立派になったのか。

 すっかり良い女になったなぁ。


 俺がぼけっと香の胸を眺めていると、その視線を感じ取ったのか香の頬に朱が差す。



「元気そうじゃない? 早く起きられるよう手伝ってあげる」


「ん~? っ!? ぶはっ、うひゃひゃひゃ!! や、やめっ、やめろ!!」


「や~めない! 嫌ならさっさと起きて!」


「わかった、起きる、起きるから!」



 いきなり俺の脇腹をくすぐり出した香。

 くすぐりに弱い俺は悶絶してすぐに降参した。


 はぁはぁと呼吸を整えて半身を起こす。

 にやにやとしている香のせいで自室にいるような感覚だった。

 だけど彼女の後ろに見えたもので、自分が今、どこにいるのかを悟った。


 暗い空間。

 俺の周りにいる高天原の面々。

 その奥に浮かぶ、脈動しながら青白い光彩を発する文様、未来予測の権能(ユグドラシル)



「! ああっ! おい、どうなった! ケネスの野郎はどうした!? あれ? どうして香が居んだよ!」


「あっはっは! ほら落ち着きなよ」


「へ? むぐぅっ!?」



 笑い飛ばしながら慌てる俺の頭を抱く香。

 膝枕からの視界3分の2に埋もれて、太腿とはまた違う柔らかさと弾力を堪能する。

 ・・・じゃなくて!



「もう何ともないから私がこうしているんだよ」


「ぶはっ! ああ、もう大丈夫だから! 落ち着いた、落ち着いた!」


「ほんと~? じゃ、この人は誰?」


「聖女様。え・・・あれ? デイジーさんも?」


「・・・何ともないようね。良かったわ」


「これでお勤めは終わりました~」



 どうして、と香に視線をやる。

 俺はぐい、と顔を掴まれて横を向かされた。

 そこにはここに居るはずのない面子がいた。



「ソフィアに結弦! は? 先輩まで!?」


「武様にお呼ばれしましたもの、何を差し置いても駆けつけますわ」


「相当な強行軍で来たところで乱戦してたからな、驚いた。ギリギリ間に合って良かった」


「ここまで来るの、ほんとうに大変だったんだから! それなのにこんなに心配までさせて! ぐすっ!」


「あ、うん。ごめん」



 事態が掴み切れていないけれど、先輩が涙を溜めているところを見てやらかしたっぽいと悟る。

 つーかこう大勢に囲まれている時点でやらかしたっぽい展開だ。

 何がどうなったんだよ。



「このとおり皆は無事だ。俺もお前と肩を並べたのだ、簡単にはやられん」


「・・・レオン! ジャンヌにリアムも!」



 レオンが闘っていた記憶はあるけど詳細が思い出せずぼんやりしている。

 もう終わったのだと、レオンがにっと微笑を浮かべるのを見て俺も口角を上げた。

 何とかなったってことだな。



「っ・・・ほら、言ったとおりでしょ! これが波乱万丈じゃなくてなんて言うのよ」


「良かった、武くん! ジャンヌも泣いて喜んでるよ!」


「っ! ちょっと、リアム! 余計なことを!」


「あはは」


「心配かけたな、すまん」



 目を赤くしたジャンヌにリアム君。

 ふたりとも泣いていた様子。

 ・・・どう考えても俺のせい。

 でもなんでだ、なんか記憶が漠然とし過ぎて思い出せん・・・。


 香はずっとべたべたと俺の身体をいじって押したり引いたりしていた。

 腕や脚の筋肉をぐにぐにされるとくすぐったい。

 何だこれ、じゃれてるのかな?

 そう思っていたら香は、ぱんっと俺の背中を叩いた。



「うん、身体よし! 記憶も問題なし! 待たせたわね、来て良いよさくら。小鳥遊さんも」


「! 武さん、武さん!!!」


「先輩、先輩、先輩!!!」


「どわあっ!?」



 香の合図とともに、解き放たれた猛獣のように飛び込んで来るふたり。



「あああ、武さん!! 良かった、良かった、ああああぁぁぁ!!」


「先輩!! もう、駄目ですから! 絶対、駄目ですから!! 命なんて懸けないでください!!」



 俺にしがみ付き泣きじゃくるさくら。

 ぎゅうと抱きついて文句を言いながらもぐりぐりと顔を押し付けて来る小鳥遊さん。


 ・・・ああね。

 こりゃ完全にやらかした後だ。



「ほんとごめん、心配かけた」



 とかく宥めるようふたりの頭をぽんぽんと撫でてやる。

 ふたりはずっと声をあげながら俺にひっついていた。



「さて。再開の涙に割り込んで悪いが邪魔するぞ。京極 武」


「会長! え、ここに全員を揃えたのは会長なのか?」


「いいや。皆、君に呼びかけられたと言っている。君が固有能力(ネームド・スキル)を行使した結果なのではないか?」


「・・・・・・そうかも?」


「あ~、アタイも呼ばれたくらいだしな。それで武、悪い奴らはふん縛ったんだけれども、あとはどうすれば良いんだ?」



 凛花先輩が指す方向を見れば、ケネスとアルバート、ゲルオクの3名が縄で縛られて猿轡までされていた。

 ケネスに至っては相当に失血したんだろう、ぐったりしている。

 ぎりぎり生かされてるって感じだよ。ま、あいつは自業自得だ。



「あ、そうだよ! 未来予測の権能(ユグドラシル)! あれを止めねぇと!」


「お前からそう聞いていたので俺とジャンヌで何度か破壊を試みた。だが無理だった。破壊する傍から再生してしまう」


「壊すのはあの左右にある菱形の十二面体で良いよのね?」


「うん、あれのはず。お前らでも駄目なのか?」


王者の剣(カリバーン)で切断しようが、紅魔槍(フィン・マクール)で貫こうが、元に戻ってしまう。ほかの部分でも同じだった」


「ねぇ。ほかに壊す方法はないの?」



 そう問われて困ってしまう。

 アイギスには「絶つんです」としか教わっていない。

 破壊する手段までは教えてくれなかった。



「・・・俺はあの菱形が龍脈から魔力を吸い上げて、それを未来予測の権能(ユグドラシル)へ供給してるから、その流れを絶てって聞いたんだ」


「破壊の手段は知らないと?」


「ああ。どうすりゃ壊せるかなんて聞いてない」


「武。要するに魔力の流れを断てば良いんだな?」


「うん、そういうことのはず」


「ならオレがやってみよう」



 結弦が菱形の脇へ歩み出た。

 そして居合・・・一の型を構える。

 その手には白木の鞘に包まれた刀が握られていた。



「・・・銀嶺?」


「しっ!」



 ばちいいいぃぃぃん!


 結弦の一閃と同時にびかりと光が視界を満たした。

 目が開けられないほどのそれに視界が奪われる。



「うわっ!?」


「まぶしっ!」



 ばしゅううううぅぅぅぅぅ・・・


 風船から空気の抜けるような音がして徐々に収まっていく。



「光が消えていく・・・やったわ! 稼働が停止してる!」


「ほんとだ! すごい!」



 歓声があがった。

 閃光から視界が回復してみれば、銀嶺で一閃した菱形がふたつに割れ、輝きを失い、その脈動を停止していた。

 そこから繋がっている上部の紋様が徐々に輝きを失っていくようだった。


 ・・・え、どして銀嶺で破壊できんの?

 あの刀、そんな特殊なもんなの?



「もう片方もやってしまおう」



 結弦がもう片側の菱形を破壊する。

 そうして魔力供給を止めることに成功すると、未来予測の権能(ユグドラシル)の紋様全体が輝きを失っていく。

 ばしゅうばしゅう、と何度か空気が抜けるような音が聞こえ、やがて鼓動のようなものも聞こえなくなり、しんとなった。



「これで止められたの?」


「たぶん?」


「なんか曖昧ね。ほんとうに大丈夫?」


「仕方ねぇだろ、止まってる状態なんて知らねぇんだから」


「油断しないに越したことはないぞ」



 ずっと俺にくっついていたさくらと小鳥遊さんを優しく離し、俺は立ち上がった。

 真っ直ぐ歩けることを確認し、その巨大な装置の前まで行ってみる。

 未来予測の権能(ユグドラシル)の紋様は円筒状に底が深くなっている場所に浮いていた。

 その穴の底は見えないくらい深い。

 踏み外せば蟻地獄の底へ滑り落ちそうに思えた。

 そこには近づかないようにしてぐるりと周囲を歩いてみる。

 この部屋は寂寥としており中央のこの紋様以外に目立つものは何もない。

 そう思っていたら、俺たちがいた場所とちょうど反対側に台座のようなものがあった。



「あれは何だろ?」


「待て、不用意に触るな。私が視てみよう」



 触ろうとする俺をアレクサンドラ会長が引き留めた。

 彼女は瞑想するように魔力を練り目を閉じて集中しる。

 丹田部分に土属性の茶色い魔力が集まりだんだんと濃くなった。


 きっとこれが大地の記憶(ミニ・ティス・ジス)なんだろう。

 こんな感じでこれまで未来予知をしてたんだな。


 魔力が収まり会長がゆっくりと目を開いた。



「大丈夫だ、あれに攻撃性はない。何者かと交信する装置だ」


「交信する装置?」



 なんか天空の城〇ピュタに似たような黒い石があったような。



「やってみるしかないだろう」


「なるほど?」



 そう言われたならやるしかない。

 これが通信装置だって?

 魔王・・・母体(マザー)とでも通信すんのか?


 台座はただの角柱だ。

 上部は平たくのっぺりとしていて何の文字もない。

 これが通信装置? 古代人の椅子の間違いじゃねぇのか?


 どこをどういじれば良いのかもわからない。

 何か無いかと、べたべたと触りながら台座を半周する。

 上にも何もないよな、と台座に手を置いてみる。

 すると唐突に俺を見ている皆の顔が明るく光った。



「あれ、みんな光った?」


「武、後ろだ!」


「写ってるわ!」


「えっ?」



 皆の驚いた表情にびっくりした俺は振り返り、そこでまた驚いてしまう。

 無機質だったはずの壁一面に映し出された映像。

 ホログラム状の映像らしきものには、不思議な奴が映っていた。


 短い髪で男とも女とも取れる中世的な顔つき。

 すらりとした身体。

 服は古典SFの宇宙服のような、ボディラインにぴっちりスーツを着ている。


 怪しげなそいつは第一声にこう言ったのだった。



『・・・こちらの声は聞こえるか、地球人の諸君』








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