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 俺の生まれは1980年代後半だ。

 だから第二次世界大戦やベトナム戦争なんてのも知らない。

 同じ時代で大勢の人が亡くなったのを見たのはテロと自然の大災害だ。

 特に大震災の津波は色濃く記憶に残っている。

 逃げ惑う人が次々と波に吞まれていく中継を見てしまった。

 それは結構なトラウマで。

 直接の被害がなかった地域に住んでいたのに、まるで自分が呑まれるイメージが刷り込まれていた。


 今、俺の目の前に映し出された映像。

 黒く大きな津波のようなものが、街を覆っていく光景が繰り返されていた。

 それも2030年であるようなテレビのように同じシーンの繰り返しじゃない。

 すべて、人類が魔物の侵略から守り通していた、複数の地域だ。


 欧州の都市。アテネ、ローマ、ベルリン。

 北米の都市。ニューヨークにオークランド、アトランタ。

 東亜の都市。シンガポールに香港、上海、天津。

 いずれも大惨事を乗り越えて人類の経済活動を担っていた地域。

 そこをもの言わぬ黒の津波が覆い被さっていく。

 上空からの映像だけで個別の人間の姿は見えなかった。

 それがまた変に想像を掻き立ててしまっていた。



「これが聖書で謳われる最後の審判だよ。人類は須らく浄化による魂の選別にかかるのだ!」


「・・・なんて酷い・・・」


「・・・人のすることなの・・・?」


「こんな・・・」


「あああ・・・!」



 皆が呆然としてその光景を見つめていた。

 嘆きはするが涙してはいない。

 画面越しに見るそれは現実味がないことなのかもしれない。


 第三次世界大戦や大惨事の映像なんて検索で見ることができない。

 ましてや世界戦線の実際の映像など配信されることはない。

 だから若い世代は多くの人が亡くなってしまうことに実感がない。

 こうして映像で見せられても現実のものとして感じられないのだろう。


 だがこの映像は、俺にあの震災の津波を彷彿とさせてくる。

 胸の内に渦巻く何かが不調を訴え、ぐらぐらと視界が揺れた。



「ぅ、うぐ・・・」


「先輩! しっかりして!」


「ぐぷ・・・っく・・・はぁっ・・・」



 気分が悪いなんてもんじゃなかった。

 ぐるぐると視界が回転して平衡感覚が失われていく。

 えずいて戻しそうになるのを堪えるので精一杯だった。

 小鳥遊さんに介抱されて何とか立っているだけ。

 くそっ、情けねぇ! こんなときなのに!!

 人殺し野郎が目の前にいるんだぞ!!



「ははは! もはや君たちがどう頑張ろうと無駄だ、審判は完遂するだろう!」



 ケネスの宣言にレオンが悔しがった。

 ジャンヌが唸り、リアム君が溜息をついた。

 奴を倒そうにも実力で敵わない。

 手詰まりだった。


 何とかしたい。

 何とかしてやりたい。

 けれども身体が言うことをきかなかった。



「いいえ! まだ希望はあります!」



 俺を介抱していた小鳥遊さん・・・アイギスが叫んだ。



母体(マザー)の活動を停止させれば魔物の組織的活動は止められるのですから!」


「ほう、どうやって止める? 君たちはこの特等席からの|見物だけが許されている《・・・・・・・・・・》というのに」



 アイギスはそこで沈黙した。

 俺の腕をぎゅっと掴んだ手の力をより強くして。

 小鳥遊さんが不安なのか、アイギスが困っているのか。


 理由はどちらかわからなかった。

 でも。

 『助けてくれ』と。

 その言葉にならない意思を俺に伝えて来ていた。

 その手形がつくほどの強すぎる悲鳴のおかげで俺は何とか思考を取り戻した。


 考えろ、考えるんだ、俺!

 俺の武器は考えることだ!

 攻略方法を考えるんだ!


 策略がうまくいって陶酔してるやつは絶対に隙がある。

 あの野郎は俺たちの力を凌駕してこの場に封じていることで終わった気になっている。

 それをどうにか利用する方法を考えるんだ!



「はぁ、はぁ・・・うう・・・(おいアイギス)」


「(はい)」



 俺は小鳥遊さんにもたれるようにして囁いた。

 


「うくっ・・・(俺が合図したら4人に触媒の接続部を破壊するよう伝えてくれ)・・・ぷはぁ」


「先輩!(貴方ひとりで闘うのですか? 無茶です!)」


「・・・(心配すんな)大丈夫、だ」



 口の中に溜まった気持ち悪い何かを飲み込んで。

 俯いたまま、ひとこと、探究者(クアイエレンス)と呟いた。



 ◇



 ケネスは映像を俺たちに見せつけるばかりで何もして来ない。

 その少しの時間で何とか平衡感覚が戻って来た。

 俺は狼狽したままの皆の前に出て振り返り声をかけた。



「おいお前ら、怖ぇんだろ? どうしようもねえんだろ? 俺がやってやっから小鳥遊さんと後ろで見てろ」


「武、何をする気だ」


「タケシ?」



 レオンもジャンヌも怪訝な表情を浮かべる。

 それはそうだ、戦闘能力の低い俺ができることは限られている。

 でもこれは必要なこと(・・・・・)だった。



「おいケネス。一発殴らせろ。痛みを知らねえお前に教えてやる」


「ほう。特異点自ら死に急ぐなら是非もない。来るが良い!」


「武くん、危ない!」



 奴は漆黒の銃口を向けた。

 あれはリアム君の神穂の稲妻(ブリューナク)の模造だ。


 さっきこいつの攻防を見て俺は確信したことがあった。

 こいつは別に戦闘技術に優れてるわけじゃない。

 膨大な魔力を背景にただ権能をぶん回しているだけだ。

 主人公連中は驚いて正面から受けたから押し負けたのだ。



「さぁ、冥途へ逝け!」


「武さん!!」


「――反魔結界(アンチ・フィールド)



 ばちいいぃぃぃん!


 銃口から放たれた黒い悪魔を眼前で弾く。

 焦げ茶の魔力はすぐに霧となって消えた。

 神穂の稲妻(ブリューナク)は直線的な武器だ。

 目や体の動きを見ていれば防御は易い。



「白の魔力! そうか君は聖堂の修練を受けたのだったな」


「おうよ。俺が身に着けたもんはそんだけじゃねえぞ、覚悟しやがれ」


「ぬかせ。死ね!」



 ケネスは銃を手放すと俺に急接近する。

 次は・・・手を両手を大きく揃えて振りかぶった。

 あれは王者の剣(カリバーン)を出す!

 間違えるな、右腕に溜めろ!

 すう、くら、とん!



「うらあぁぁぁぁ!!」



 ばちいいいぃぃぃん!!



「ぐううぅぅ!」


「ぬぅぅぅ!!」



 奴の剣戟に合わせて丹撃を込めた一撃を重ねる。

 白と赤黒い魔力が飛び散る。

 歓迎会の訓練でやった、レオンとの撃ち合いの焼き直しだ。

 しばらく均衡を保った俺の拳は、やがて王者の剣(カリバーン)を押し退けた。



「単純に魔力勝負なら瞬間出力のでかい俺に敵うと思うな!!」


「な、なに!?」


「だああああぁぁ!!」



 ばちいいいいぃぃん!


 気合で奴の具現化(リアライズ)を粉砕して拳を振り抜いた。

 そのまま殴れると思ったが、奴は飛び退いて俺の攻撃を躱した。



「武くん、すごい!」


「武さん、援護します!」


「あたしもいくわよ!」


「待て、手を出すな!」


「え!?」



 この機に乗じて動こうとしたこいつらを止める。

 お前らの仕事はまだだ!

 アイギス、ちゃんと話を通せよ!



「小鳥遊さんを守ってろって言ったろ! 下がってろ!」


「ですが・・・!」


「俺の言うとおりにしろ!」



 俺は振り向いて一瞬だけ4人と目を合わせた。

 余裕なんてなかったけど、意識してニッと笑顔を作って。

 俺は大丈夫だ、言うとおりにしろ、と伝わるように。


 すると俺の意図を察したのかレオンが頷いてくれた。

 前に出ようとするさくらの腕を引いて一歩下がった。

 よし、そうだ。頼んだぜレオン。



「ははは、泣けるシーンの演出かね! 君が僅かに早く死ぬだけだというのに」


「いちいち煽らねえと喋れねぇのかよ」


「その減らず口も終わりだと言っているのだ!」



 次は槍か、弓か。

 凌がれた同じ手を直ぐには使わねえだろ。

 奴の一挙手一投足に全神経を集中する。

 紅魔槍(フィン・マクール)なら一瞬で間合いを詰めて突いてくるはず――!


 そして俺の予測は当たった。

 地面を蹴ってこちらへ突進してくるケネス。

 具現化(リアライズ)された漆黒の槍は俺の胸目掛けて一直線に迫る。

 速い。だが銃弾よりは遅い。

 軌道が読めれば直線的なそれを避けることは可能だった。



「はっ!」


「死ねぇ!!」


「よっ! ふっ!」


「貴様ぁ! 何故、避けられる!!」


「そんなん自分で考えろよ!!」



 さっきアルバートの水鉄砲を避けたのと要領は同じだった。

 こいつ、単に魔力による身体強化で基礎能力を上げているだけだ。

 技術的なもんまでコピーできるわけじゃねぇ。

 ならジャンヌのあの百変化する戦法が使えないのも当然だ。

 素人的な動きならば俺だって見切れる!



「おらよ!!」



 ばちいいぃぃぃん!


 タイミングを合わせ、俺は紅魔槍(フィン・マクール)に一撃を入れた。

 衝撃に耐えきれなかったのだろう、ばちんと弾けた槍を奴は手放して後ろへ下がった。



「ぐっ! 何故だ!」


「好い加減、殴らせろよ!」


「調子に乗るなぁぁ!!」


「そっくりお返しするぜ!」



 無手になったケネスへ迫ると、奴は炎の魔法を放って俺を牽制した。

 あの魔法は汎用能力(コモン・スキル)だ。

 こいつ、やっぱり魔法の権能は持ってねぇ。


 よし、この流れで次は弓だ。

 突進して抑え込んでやる。

 そしてここがチャンスだ!



「いくぞおおぉぉぉ!!」



 腕を振り上げて、大声で。

 俺は大袈裟に叫んだ。

 これが合図だ。 

 俺が突っ込んだら頼むぞ、お前ら!


 俺は振り返ることなく奴に向かって地面を蹴った。

 俺への迎撃は弓だと思ったが、奴は具現化(リアライズ)することなく俺を迎える。

 カウンターか? 何をする気だ?

 

 だがここで止まるわけにはいかない。賽は投げられたのだ。

 奴まで20数メートル。

 時間にして数秒。

 あの野郎の横っ面に拳を振り抜く妄想を掻き立てて突っ込む。


 よし、あと数歩!

 何を出そうとこのまま丹撃で吹き飛ばしてやる!



「おらあああぁぁぁ!!」



 奴は俺を見据えながら微動だにしない。

 避けない!?

 これは何かある!

 あるだろうけど、このままやってやる!


 1メートル。

 振りかぶった拳を突き出した。

 魔力をありったけ、拳に乗せて。

 これはもらった!

 予想よりもコンマ数秒早い手応えを感じた瞬間、その音は聞こえた。


 ばりぃぃぃん!

 ばりぃぃぃん!



「!?」



 野郎の眼前、手に伝わる衝撃に驚いた。

 奴はニタリと表情を歪めた。


 ばりぃぃぃん!

 ばりぃぃぃん!


 連続して響くガラスが割れるような音。

 これは・・・結界を壊す音!

 しかも何重にもなってやがる!!


 ばりぃぃぃん!

 ばりぃぃん!

 ばちん!



「くそっ!!」



 ななつめの壁に阻まれ、俺の拳は止まった。

 いったい何重に重ねたのか。

 出力で敵わないなら数で勝負。

 純粋な魔力の多さで物を言わせやがった!



「その程度かね」


「ぐあ!! 痛ぇっ!」



 俺は飛び退いた。

 だが無防備にも全身を晒したせいで、カウンターの魔法を喰らった。

 風の刃が顔目掛けて飛んで来たのだ。

 慌てて両腕で顔を庇ったけど、左腕に結構な傷をもらってしまう。

 このまま連続で貰ってしまわないよう後ろに飛び退いた。


 それと前後するタイミングで。

 視界の左端にレオンが、右端にジャンヌが突進するのが見えた。

 よし、俺がダメでもあいつらが――!


 ばりばりばりぃぃぃん!!

 ばちばちばちばち!!



「うおおぉぉ! くそっ、厚い!!」


「レオンさん、いきます!」



 未来予測の権能(ユグドラシル)目掛けて突っ込んだレオンの前にも結界があった。

 彼が王者の剣(カリバーン)で斬り払うも数枚を破壊するだけ。

 さくらの合図で飛び退いたところに、白魔弓(ザンゲツ)からの数撃が連続して同じ個所に当たる。


 ばりん、ばちん。ばりん、ばちん。ばりん、ばちん。

 的確に穿ち結界を突破せんとするが、そのどれもが重なった結界に阻まれていた。



「これでも突き通せないのですか!?」



 俺も目を疑った。

 あいつらのAR値で、それも数撃を重ねて、それでも破れないのか!?



「どんだけ重なってんのよ!!」


「うわぁ~、まだ駄目!?」



 ジャンヌとリアム君も反対側で奮闘していたが結果は同じだった。



「ははは、君たちでは突破できんよ! 死にたい奴から前へ出ると良い!」



 ふたたびニタリと憎らしい笑みを浮かべたケネスが神穂の稲妻(ブリューナク)を乱射した。



「きゃぁぁぁ!!」


「ぐおおぉぉぉ!」


「あぐっ!?」


「うわぁ!!」



 咄嗟の回避行動を取るも、マシンガンのように連射された銃弾を躱すなど不可能だった。

 レオンもさくらも、ジャンヌもリアム君も。

 腕や脚に銃弾を受けてしまっていた。


 まずい、あのままじゃ全員・・・!!



「お前ら、下がれ!!」



 いちど下がったはずの俺は思わず突進した。

 とにかくあいつらが逃げる時間を・・・!!



「おっと! 君を先に黄泉へ招待しよう!」



 こちらに向いた銃口。

 俺は迷わず反魔結界(アンチ・フィールド)を構築して――。

 奴の口角がまた上がったところで、それが過ちであったことを悟った。



「何・・・!!」


「繰り返せば猿でもわかるのだよ!」



 奴が攻撃手段として選んだのは銃弾ではなく王者の剣(カリバーン)

 この結界では防ぎきれない重さの一撃。

 だけどここから丹撃を拳に乗せる時間なんてねぇ。

 このまま受ける――!!



「うおおおぉぉぉ!!」



 ばちいいいぃぃぃん!


 白と赤黒い火花が散る。

 少しでも勢いを削るんだ!

 そう想って結界に魔力を流した。

 だが――。


 ばちばちばち・・・ばりいいぃぃぃん!!



「がああぁぁぁぁぁ!!!」


「武さん!?」



 あっという間に結界を突き破った剣が俺の胴を切り裂いた。

 肩口から腹部まで袈裟斬りでばっさりと。

 血が噴き出るのを見るのと同時に、炎がついたような痛みが全身を駆け抜けた。



「がは、あうぐううぅぅぅぅ!!」


「先輩!!」


「あああああ!! 武さん、武さん!!」



 目がちかちかして視界が一気に真っ赤に染まった。

 天地が動転して立っているのか倒れているのかもわからなくなる。


 あ、やばい。

 これは、死ぬ。


 すぅ、と寒気を感じて全身が重くなっていく。

 悲鳴をあげているのか、呻いているのかもわからない。

 急速に失われていく感覚が本能的な恐怖を呼び覚ます。

 このまま消えていくのか?

 これで終わりなのか?

 怖い、助けてくれ。

 そう口にすることもなく、真っ赤だった視界が徐々に黒くなっていく。


 ああ、南極のときはもっと楽に意識が消えたのに。

 死ぬってのはこんなに怖いのか。


 一瞬、視点が合った先に、ぐしゃぐしゃになったさくらの顔が見えた。

 何か必死に訴えていたが、声らしい声として聞こえない。

 深い水中でごぼごぼと耳鳴りがしているだけ。


 もう、見られなくなってしまう。

 あんなに綺麗な顔なのに、そんな歪めたら勿体ない。


 とても悲しいことだと思った。

 主人公(ヒロイン)は笑顔が似合う。

 どうしてそんなに泣いちまってんだよ。

 ほら、笑ってくれよ。


 そう口にできたのかどうかもわからない。

 ただ、視界が暗くなりさくらの顔が遠くなって消えていく。


 無情にも消えゆく意識の中で。

 ひときわ大きく、硝子が砕ける音が、くぐもった耳の奥底で鳴り響いていた。






 




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