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■■九条 さくら's View■■
薄暗い空間に迸る眩しいほどの閃光。
少し遅れてばちばちという音。
それが彼に向かって走る電撃だと気付いたときには手遅れでした。
――ああ!! 彼に当たってしまう!!
間に合わないとわかっていても手を伸ばして地面を蹴りました。
僅かでも可能性があるなら――!!
「先輩!? きゃあああ!!」
「おわ!? 小鳥遊さん!?」
「美晴!!」
幸い彼は傷を負うことがありませんでした。
小鳥遊さんが身を挺して彼を庇ったからです。
彼女を心配しなければいけないところなのに。
わたしはほんの一瞬、心の内に喜色を浮かべました。
――これでひとりいなくなった!
決して人に見せることの出来ないどろどろとした黒い感情。
自分でも忌避すべきその醜さに身震いしました。
いけない、どうしてこんなことを考えてしまうの!
頭のもやを振り払い、彼女の安否をと切り替えたときには武さんが彼女を抱き起していました。
今度はその姿に胸の奥底に熱い煽りを感じます。
――彼女でなくわたしを見て!
その情動にまた困惑しました。
どうしてこんなに醜い感情を抱いてしまうの?
彼女は彼を助けてくれたのです。
わたしに対して邪なことなど考えてもいない。
感謝こそすれ、妬むなどお門違いなのに!
理性で押さえつけても黒く熱い澱みが胸の奥底で渦巻きます。
そのどろりとしたうねりに翻弄されたわたしは身体を動かすことができませんでした。
「くそ、何しやがる!! てめぇ・・・!?」
「黄色人種同士、震えて浄化を受け入れておれば良いものを」
「貴様! 弱者に牙を向けるなど言語道断!!」
間髪入れず、レオンさんが激高してゲルオクに突進しました。
まるで我を忘れたかのような怒りの形相を浮かべて。
「稲妻の草原!」
ゲルオクは床に電撃を這わせてレオンさんの接近を許しません。
レオンさんは飛び回りながら接近しようと躍起になっています。
いつも冷静なはずの彼が鬼気迫る表情をしていることに驚きました。
それだけ美晴さんのことを気にかけていたのでしょう。
そのことにもちくりと胸の痛みを感じました。
「貴族の風上にもおけんぞ! 恥を知れ!!」
「はっ! 貴様ならば白人至上主義を解すると思ったが、とんだ期待外れである!」
「ぬかせ! 権力を履き違える貴族主義など願い下げだ!!」
口上の応酬を重ねながらふたりは飛び回ります。
先ほどのアルバートと異なり防戦一方となるレオンさん。
それでも彼にかかりきりになるほどにゲルオクの気を引いていました。
合間に彼は武さんに送り、武さんが頷きました。
ふたりの隙を見て武さんは小鳥遊さんをわたしのところまで連れて来ました。
きっとこの合図だったのです。阿吽の呼吸でした。
それにもまた、もやもやとしたものを感じてしまいます。
「すまねぇ、さくら! 彼女を見ていてくれ!」
武さんはレオンさんを援護するつもりなのでしょう。
闘うために彼女をわたしに任せたいようです。
いつもならば当然にすぐに承諾するところです。
だというのに、肯定しようとする言葉が一瞬、喉の奥で詰まりました。
「っ・・・わかりました。お気をつけて!」
武さんは私に微笑みかけるとレオンさんを援護しようと駆けていきました。
その一瞬の笑顔にもやもやとしたものたちは鳴りを潜めました。
わたしは小鳥遊さんに塁が及ばないよう距離を置いて見守ることにしました。
移動するため身体の下に手を入れて持ち上げると小鳥遊さんは苦しそうな表情をします。
「うう・・・」
背中の火傷が痛むのでしょう。
それを見て、またどこかで昏いうねりを感じます。
いけない、わたしは何を考えているの!
わたしは必死にもやもやしているものを振り払いました。
そしてポケットから魔力傷薬を出して彼女の傷の治療を始めました。
◇
■■京極 武's View■■
「ぬぐぅ!」
「レオン!!」
ばちり、と大きく電撃が弾ける音がした。
レオンが右脚を負傷している。
くそっ! 助けに入るのが遅かった!
「てめぇ!」
「ふん、汚らわしい黄色人種に肩入れするなど白色人種の風上にもおけぬ! そのまま朽ちるがよい!」
「貴族の義務を示して初めて貴族たるのだ! お前のような権利にのみ奢る者など貴族を名乗る資格などない!」
見下す視線をレオンに寄越すゲルオク。
それを睨み返すレオン。
殺気立って対峙するふたり。
それは俺の知らない世界の、高潔なる者、傲慢なる者の対立とも見えた。
俺はその間隙で考えた。
レオンの怒りは理解できている。
俺の可愛い後輩に傷をつけたこいつを許すわけにはいかねぇ。
だからこの野郎をのしてやることには賛成だ。
不意打ちをしてくれたんだから不意打ちでやってやりたい。
そうだ、探究者はどうなんだ?
実は使えたりしないのか?
レオンは失敗していたが俺自身、固有能力を試していない。
やるだけやってみよう。
「――探究者!」
ぱきん。
世界がセピア色に染まり静寂が訪れる。
おお、できるじゃん! 封印されてねぇ!
探究者が特殊なのかな。
とにかくこれなら何とかできる!
デフォルメエルフ、ディアナが俺の目の前に現れた。
どうするの、と問いかけるように首をかしげている。
そうだよな、この状況をどう調理してくれようか。
今、必要なのは目の前のこの馬鹿野郎を戦闘不能にすることだ。
そのためにこの野郎の背後から一撃を食らわせたい。
具現化ができる場所からの遠距離攻撃が望ましい。
それなら彼の出番だ。
彼の一撃があれば事は済む。
感の良い彼女ならきっと、遠目にレオンが闘っているという状況は理解してくれる。
目の良い彼ならきっと、敵であるこの野郎を戦闘不能になるよう撃ち抜いてくれる。
彼らは無事で、少し迷ったけれどもここに無事に辿り着く。
それはこの野郎も、未来予測の権能も予測不可能なことなんだ。
さぁ。
出番だぜ、仲良しのおふたりさん!
この憎らしい野郎に一撃を!
彼女の仇を取ってくれ!
放出された白の魔力が周囲を染め上げていく。
ディアナが団扇を扇ぐように送り出していくそれは、どこかへと飛んでいく。
ぱきりぱきりと不思議な音がして何かが変わっていく。
そして魔力の放出が終わったところで感触を得る。
上手くいった――!
ばいばいと笑顔で手を振るディアナ。
いつも礼を伝えることができないのだけれども、きっと彼女のおかげで効果が出ている。
いつか言葉で礼を伝えたいな。
ぱきん。
世界に色が戻った。
「さぁ、吾輩が引導を渡してやる! 貴様に相応しい浄化のっ・・・ぐがああぁぁ!!」
「なに!?」
レオンに向かって電撃で止めを刺そうとしていたゲルオクが声をあげて倒れた。
ばちいぃぃぃん! と激しい音がしたことで具現化によるものだと理解する。
「レオン! 無事!?」
「遅くなってごめ~ん!」
「ジャンヌとリアムか!」
それは俺たちが入ってきた方角のほぼ反対方向からの攻撃だった。
ゲルオクの背中にリアム君の神穂の稲妻が刺さったのだ。
倒れたゲルオクはびくびくと痙攣して泡を吹いている。
これでしばらくは目を覚ますこともないだろう。
「ナイスタイミングだ、助かったぜ!」
「あはは、武くんが呼んでくれたからだよ~」
「!?」
リアム君のその言葉に驚く。
ソフィア嬢も言ってたけ気がするけど、やっぱ探究者で伝えた意志って伝わっちまうのか?
でも使うときってどうしても掛け声を入れるからなぁ。
「それで、こいつが黒幕ってわけ?」
ずっと不快な笑みを浮かべて様子を見ていた教祖をジャンヌがじろりと睨む。
レオンも立ち上がって横に並んだ。
「くくく、ははははは!! かかったな、ついに見つけたぞ!! 貴様が特異点だな!!」
「あん?」
「『大いなる意志』が示したのだよ! この場で力を使った者が、第一に排除すべき者だとな!」
教祖が俺を指して叫ぶ。
まさか探究者のことか!?
誰も発動したことさえ感知できないはずなのに!
気付けば暗かったはずの周囲が明るい。
それは俺の足元が青白く輝いていたからだ。
そう、ケネスの野郎が仕掛けた罠で、俺がターゲットだと示されているのだ。
「貴様さえ排除すればすべてが計画どおりになる! 死ねぇ!!」
「あれは!? ・・・下がれ武! 王者の剣!!」
「おわぁ!?」
ばちいいいいぃぃぃぃん!!
赤い魔力の残滓が俺の目の前で飛び散った。
恐ろしい速度でケネスが斬りかかってきたのだ。
まるでレオンの王者の剣のような、赤黒い巨大な剣を振りかざして。
それを見たレオンが反射的に王者の剣を出して防いだのだ。
おいおいおい!
『教祖』らしからぬその速度はなんだよ!
ふつう、教祖ってヒョロガリで武闘派のお付きの人がいるんじゃねえの!?
なんでお前がそんなに強ぇんだよ!
「貴様、その剣は!?」
「くくく、触れて理解しただろう! 君の力だよ!」
ばちん、と鍔迫り合いを終わらせて距離を取ったケネスは王者の剣を放り投げた。
そして次に何かをその手に生み出していた。
あれもまた具現化・・・!?
「これはどうかな? 今度こそ死ね!」
「武くん!!」
「ひょわっ!?」
ばちいいいいぃぃん!!
今度は茶色の残滓が目の前で弾けた。
あまりに一瞬の出来事で瞬く間もなくその一瞬で終わっていた。
ケネスの手には真っ黒な神穂の稲妻らしき銃。
そこから放たれた弾を、リアム君が反射的に撃ち抜いたのだ。
俺の顔の目の前で!
「そうら、そうら、そうら!」
「くっ!? は! えい!」
「ぎゃあああぁぁぁぁ!!」
ばちいいいいぃぃぃぃん!
ばちいぃぃぃん!
ばちいいいいぃぃぃぃぃぃん!
銃弾を銃弾で撃ち抜くなんて、すげぇ!
すげぇんだけどさ!!
眼前で防ぐの止めて!!
こんなん怖いどころじゃねえよ!!
心臓に悪すぎる!!
恐怖のあまり腰が抜けそうになってへたり込む俺。
それを認めたケネスの目がにたりと歪む。
背筋がぞくりとした。
「ならばこれはどうだ!」
「!! 武! 動いて!!」
ばちいいいいぃぃぃん!
文字通り、電光石火だった。
目の前で紅い火花が散ったことでジャンヌの紅魔槍と、ケネスの赤黒い槍がぶつかり合ったことを知る。
「槍雨!」
「!? 槍雨!」
そのまま連続で20合近くも打ち合いが続き、紅い火花が舞う。
その音と光に囲まれて、俺はようやくジャンヌに守られていることに気付いた。
腰が抜けているわけじゃないけど動けない。
あまりの激しさに気を持っていかれたからだった。
槍の応酬が終わって我を取り戻した俺はケネスから距離を取ろうと駆け出した。
「ははは、離れれば逃れられると思っているのかね! 追跡矢」
「武さん!? 追跡矢!」
「はぇっ!?」
ばちいいいいぃぃぃん!
よたび、具現化同士がぶつかり合う音がした。
音に驚いて振り返った視界に、水色の残滓が俺の背後で散っていた。
「わたしたちの固有能力を・・・!!」
「どうなってるの? 属性だって出鱈目じゃない!」
「ははは、『大いなる意志』がもたらす力だよ! 諸君らの力は唯一無二なものではない!」
「くそっ! 武、狙いはお前だ、逃げろ!!」
「逃げろったってよ・・・おわっ!?」
ばちいいいぃぃぃん!
ケネスの動きは信じられないくらい俊敏だった。
まるで凛花先輩が武器を持って襲い掛かってくるかのように。
逃げ回る俺に対してケネスは武器を変えながら攻撃を繰り返す。
そのたびにレオンが、ジャンヌが、リアム君が、さくらが守ってくれた。
あいつらと同等の武器で攻撃されちゃ、防ぎようもねえぞ!?
なんで技まで真似てるんだよ!
どうすんだよこいつ!
なんかよく分からねぇけど体力的、魔力的な疲れも見えねえぞ!
・・・もしかして!
奴は主人公たちの固有能力をコピーするために誘い込んだのか!?
逃げるに逃げられない状況で俺は気付いた。
そうか、きっとそうだ!
最も脅威となる主人公の力を模倣できれば対抗策にも成り得るのだから。
奴は、未来予測の権能はこいつらの『型』を取ったんだ!!
最強の手札をコピーしたってことかよ!!
俺のすぐ目の前で激しい攻防が繰り広げられた。
ケネスのあまりの強さに4人がかりでなんとかバランスが取れている状況だった。
くそ、俺が守られる側だなんて・・・こいつを甘く見過ぎていた!!
「はぁ、はぁ、はぁ・・・! こいつ、どうして息も切れないの!?」
槍の刺突回数で負けたジャンヌは切り傷を負っていた。
「ぐうぅぅ!! 並みの身体能力ではない!!」
大剣の鍔迫り合いで押し負けたレオンが脚を軽く斬られていた。
「弾数が多すぎるよ~」
集中力が続かないリアム君が疲れた表情を浮かべていた。
「せめて、武さんだけでも・・・!!」
ジャンヌの持久力を上回り。
レオンの腕力や攻撃力を上回り。
リアム君の連射力を上回り。
さくらだけが対等に見えたが、これも時間の問題かもしれない。
「ははは、クライマックスに相応しいだろう! どれ、纏めて浄化に導いてやろう!」
4人とも必死になって闘ってくれているが俺には何もできない。
焦りばかりが募っていく。
どうすりゃ、どうすりゃ良い!?
あいつらが頼りなのにあいつら以上の力なんて・・・!!
「うう・・・絶つんです」
「! 小鳥遊さん?」
俺の後ろに倒れていた小鳥遊さんの声がした。
「魔力供給を絶つんです」
「・・・お前、アイギスか?」
「はい。聞いてください。ユグドラシルは龍脈に差し込まれた触媒の魔力供給で動いています。あの男はその魔力の一部を受け取っているのです」
「つーことはそれが続く限り、あいつは魔力切れはねぇってことか」
「そうです」
現実でアイギスと話ができたってのに。
それを喜ぶ間もなくこの事態を打開する方法を考える必要があった。
「で、どうやって魔力を受け取ってんだ?」
「発生源は龍脈に差し込まれた触媒です。ほら、ここから見て左右の下に菱形で回転している部分が見えますか? あれが触媒と紋様を繋ぐものです」
「わかった。だけどよ・・・」
対処法がわかったところで目の前の野郎を突破する方法が思いつかねぇ。
だって4人とも押されてこっちに下がって来てんだから。
「落ち着いて考えてください。貴方にはまだ手札があるはずです」
「手札だぁ・・・?」
そこまでアドバイスを受けたところで閃光が俺の目の前で弾けた。
「ぐあっ!?」
「きゃあっ!!」
「うわぁ!!」
「皆さん!? ――慈愛の清流!!」
黒い王者の剣から放たれた衝撃波が3人を吹き飛ばしていた。
咄嗟に水の汎用能力で水の膜を作ってさくらが受け止めていた。
くそ、皆、消耗しすぎてんぞ! もう持たねえ!!
「くくく、『守護の盾』よ。守護者どもの言いつけは守れたかね」
ケネスがにやついた表情のまま俺の横へ視線をやった。
まさかこれ、アイギスに言ってるのか?
「あなたがたの思いどおりにはなりません。既に世界線は書き換えられました」
「それが何だという。『特異点』と『守護の盾』さえ切り離してしまえば計画は執行できたのだからな」
「! しまった、まさか!」
「気付くのが遅いのだよ。そう、ここは時空結界の内だ!」
「なんだって!?」
こいつ、今、なんて言った!
ここが時空結界内だって!?
慌てて薄暗い部屋の壁へ目をやる。
そこにはどす黒い茶色の澱みが漂っていた。
確かにあれば結界っぽい魔力・・・!
いや、それよりも!!
ここで闘ってる間に時間が過ぎてるって!?
おい、上の、海上で待つ猶予なんて24時間しかなかったはずだぞ!!
「ははは!! 超人類が計画は成った! 諸君らには特等席の見学を許そう!!」
憎らしい笑い声を高らかに響かせ、ケネスは蠢く紋様の前に立った。
そして両手を広げると、ケネスの上にホログラムのように四角い何かが映し出された。
それは巨大なディスプレイのようなもので映像のように何かが映っていた。
「・・・おい、おい! 馬鹿野郎、こんなん冗談じゃ済まされねえぞ! ふざけんな、ふざけんなよ!!! おい!!!」
そこに映し出されたものを見て数秒。
内容を察した俺は、あらんばかりの大声で叫んだのだった。




