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黒海海底の超人類救済教団の基地。
その奥深くの部屋は地上と同じだけの環境が整備されていた。
気温、気圧、湿度、そのほか人間が生きていくに必要な大気環境。
それだけを見ても俺たちがここまで招き入れられているという自覚があった。
その反面、俺たちを無力化しようという意思も明確だった。
落とし穴によって仲間とも分断されていた。
レオンにジャンヌ、リアム君は別のところへ落とされたようだった。
現状、主人公級の戦力は一緒にいるさくらだけ。
しかも仕組みはわからないが具現化ができなくなっていた。
文字どおり一般人となった俺とさくら、そして小鳥遊さんの3人。
「・・・誰だ!」
月並みなこんな言葉でも状況を把握するには役立つ。
向かって来る何かが会話も成立しない何かかどうかを判別できるから。
・・・魔物だったらこちらの所在を知らせることになるわけだが。
「・・・武か?」
「レオンさん!」
薄暗い通路の向こうから来るレオンへ駆けていく小鳥遊さん。
良かった、あいつは近くへ落ちてたのか。
身体能力の高いレオンがいれば具現化が無くてもどうにかなるかもしれない。
「無事だったか」
「お前たちこそ!」
「ああ、良かった!」
ほっとした表情で小鳥遊さんが無事を喜んでいる。
やっぱ俺よりレオンとの仲を深めたんじゃねえかな。
吊り橋効果かもしれんけども、船の中でも一緒に居たみたいだし。
「ジャンヌとリアムは一緒じゃないのか?」
「いや、俺だけ別のところに落ちた。いくつか部屋を経由してここに着いたところだが、ふたりは見かけなかった」
「なら先にふたりを探そう」
分断されたなら合流したほうが良い。
俺たちはレオンが来た通路から進んだ。
彼によればいくつかの分岐があったそうなので彼が通っていない方面へ進むことになった。
落とし穴に落ちたときよりも通路は明るい。
通路の先まで見通せるくらいの明るさはあった。
無機質な壁が相変わらず通路の先まで続いていた。
◇
長い螺旋階段を降りてからずっとこの壁だ。
ここは古代人が作った施設なのだということがわかる。
ということは未来予測の権能は近いのだろうか。
「待て。何かあるぞ」
「動いてる・・・?」
「あの光はなんでしょうか?」
レオンを先頭に入ったその大きな空間。
縦にも数十メートルは突き抜けている場所だった。
そこにはホログラムで映したような巨大な紋様が浮かび上がっていた。
具現化のように光るそれは不気味に蠢いている。
まるで血液が流れるかのように脈動しているようだった。
「はははは! よくぞ来た、憐れなる写し子たちよ!」
「! 貴方は超人類救済教団の教祖・・・!」
その生きているかのような紋様の前に立ち塞がる髭面野郎。
赤黒い外套を纏い悪役ヅラの気持ち悪い笑みを浮かべた奴。
さくらの言葉で察した。
こいつが超人類救済教団の教祖・・・!?
「お前がケネス=ヤコブソンか!」
「いかにも。君たち旧人類を浄化する者だよ」
堂々たる悪役の登場。
だが見える範囲でほかに何もいない。
何か出て来る前にこいつを制圧しちまえばどうとでもなる気がする。
俺はシューティングゲームの1面の最初に回避不能のでかい壁を設置する派なんだよ。
武器はないけど全力で飛びかかれば人をひとりくらいどうにかできる!
悪役の口上なんて聞いてやるか!
「おらあぁぁぁぁぁ!!」
「おい、武!」
「水城壁!」
「あだ!?」
「おやおや、せっかちだね」
「先輩!?」
問答無用でケネスに飛びかかった俺の目の前に突如、壁が出現した。
ぶち当たって顔面をぶつけて悶絶する俺。
畜生、俺に設置されてちゃ世話ねえよ!
痛すぎる・・・目から星が出たが何とか鼻血を出したりはしなかった模様。
ケネスの口上に悔しがる余裕もない。
「武さん、大丈夫ですか!」
「くそ、やっぱ駄目か・・・って」
それよりも聞き覚えのあるあの声・・・!!
「お前、アルバート!?」
「久しぶりだねぇ、京極 武!」
見覚えのある金髪細目の狐顔!
典型的な悪意しか感じねぇ笑み!
そいつはあの歓迎会でやり込めた元副会長、アルバート=エリオットだった。
俺を妨げたのはこいつの固有能力、水城壁。
事情聴取の後に姿を消したという噂を聞いてはいたけど、まさかここに来ていたとは。
「アルバート! お前、こんな奴らの手下に成り下がってたのか!」
「ああ、憐れだねぇ。我々を遥かに超越している超人類の偉大さを理解できないとは」
「お前は食いものにされてるだけだよ、知らねえのはてめぇだろ」
「ははは! 負け惜しみにしか聞こえんなぁ!」
相変わらず俺たちを見下した態度のアルバート。
小さなステッキを俺たちに向けて、いつでも撃てるぞと言う意思を伝えてくる。
少しは相手の話を聞いて吟味しろっての。
こいつ、この性格だからこそ身を喰らう蛇に利用されたってのによ。
その身を喰らう蛇が超人類に利用されているのもわかってねぇだろ。
この期に及んで孫請け利用されてるなんて!
俺は立ち上がると皆の前に一歩出た。
具現化の使えない状況なら、誰が出ても同じだからだ。
ヤツが具現化を使ったのを見てレオンが王者の剣を試していた。
だが具現化は成功しない。
まだ俺たちへかけられている謎の束縛は有効だ。
「君たちは贄なのだよ! 人類大浄化の狼煙としてのね!」
「生憎、俺は天邪鬼なんでね。人の思い通りになるのが大っ嫌いなんだよ」
「良いぞ良いぞ、京極 武! 君のような生きの良い魂はさぞ浄化のしがいがあろう!」
「そもそもよ、大した具現化もできねぇ俺みたいな半端もんがどうして『生きの良い魂』なんだ? そのアルバートのほうがよっぽど生きが良いだろ」
「おっと無知蒙昧も罪だねぇ! ははははは!」
何が可笑しいのか、アルバートはけたけたと笑っていた。
その笑い声が俺の神経を逆撫でしていく。
そんな俺の様子を察したのかケネスが口を開いた。
「その疑問に答えよう、京極 武。浄化のための魂はな、より強く燃えているほうが良いのだ」
「あんだって?」
「そう、ちょうど君たちのような正義の味方が標榜するようなもの望ましい。慈愛、希望、感謝、勇気、諦めぬ意志力・・・人間を人間たらしめる尊厳を作る、そういった前向きの感情こそが浄化に相応しいのだよ」
「・・・希望を絶望に染め上げるのが良いなんて、随分と悪趣味じゃねえかよ」
いやこれ、もはや悪役ですって宣言するような発言だろ。
そもそもこんなことを肯定するやつを野放しにすりゃ世界にとってマイナスしかねえ。
冗談で言うならともかくこいつは大真面目だ。
人類の敵以外の何者でもない。
「ケネス、てめぇ、人間のくせにどうして人類を魔物に売ってんだ」
「売った? 誤解だよ。私は人類を終末の先に生き永らえるために動いているのだからな」
「浄化して殺しちまえば生きるも何もねぇだろ」
「ははは、超人類の御業を知らぬが故よな! 浄化した魂は新たな器に収められるのだよ」
「器? 輪廻転生って意味か?」
「魂の選別。そう、わかりやすく言えば『最後の審判』を経て、尚も価値のある魂のみが生き永らえるのだ! 浄化により澱を背負うだけ、その価値が高まるのだ! 我らは感謝されこそすれ、恨まれるはずもない! 人類を導いているのだからな!」
陶酔感に酔った歪んだ声が響いた。
ケネスは俺たちを憐れむような視線を向けてくる。
そんなことも知らないのか、だから導いてやる、と。
教祖のトンデモ理論にレオンやさくら、小鳥遊さんは理解が追いつかない様子。
あいつの意図は俺にこう言って悔しがらせて、抵抗を促したいんだろう。
そういうのに乗っかるのさえ嫌気が差すのは、相変わらず俺の天邪鬼の仕事だった。
「あーはいはい、ご高説どうも。俺は魂の価値なんて興味ねぇよ。故人を含めて人を貴ぶ目的じゃねぇ宗教は要らん。死んだら終わり。俺は死にたくねえし周りの連中を死なせたくねえ。死なねえためにやることをやる。だから俺の用事は後ろのソレを壊すってだけなんだよ」
こいつのペースには乗らねえ。
あくまで俺は俺のペースでやる。
情報を聞き出すところまでは相手してやったけどもう良いだろ。
後ろの未来予測の権能っぽいのをぶっ壊して終了だ。
「ははは、我らと君たちと相容れぬことは承知しているさ。そういう君たちを歓迎するために彼を招いたのだからね」
「そういうわけだ、下級生ども。今度は浄化への引導を渡してやるぞ」
もう話は終わった、とアルバートが前に出て来る。
後ろの3人を守るよう、俺も一歩、前へ出た。
するといつの間にかレオンが俺の隣へと並んでいた。
「レオン?」
「やはりお前は隣に立っていた。頼りになる男だ」
視線をアルバートに向けたまま、レオンは口角を上げていた。
こいつ、具現化が使えねぇのにやる気か?
「出来ることは限られる。だがこの状況でもお前は諦めない。躊躇わない。その気概くらい共有させてくれ」
「俺は単に往生際が悪ぃだけだぜ? 何ならお前の腕力が頼りになるって思ってるくらいだ」
「使えるのなら幾らでも使え」
委細承知、と。
やってみてどうにかして活路を見出すという俺の意図を汲んだうえでレオンは前に出たのか。
「頼りにしてんぜ、親友」
「ふっ、期待を裏切る成果を出すのはお前だけでないことを教えてやる」
「おお、見せてくれよ。先ずはアルバートを抑え込むぞ」
「承知した。まるであの時の焼き直しだな」
歓迎会のとき、俺たちはレオン以外、具現化を使いこなせなかった。
それでも先輩たちを抑え込んだのだ。
ならば今、具現化できないからと言って諦める理由もない。
アルバートを牽制していた視線をちらりとレオンに向けると目が合った。
互いに僅かに笑みを認める。
合図はそれで十分だった。
「いくぜアルバート! そんなに浄化してぇんなら教祖と一緒にお前らからしろ!」
◇
その闘いは一方的だった。
片や具現化で防御も遠隔攻撃も近接攻撃もできる。
片や生身の人間による徒手空拳のみが攻撃手段。
後者は1度でも攻撃を受ければ1撃で行動不能に陥ってしまう。
必然的に逃げ回るばかりとなっていた。
「ほうら、先の威勢はどうした! 避けてばかりではないか!」
「ほっ! はっ! んな見え見えの攻撃なんて当たるかよ!」
アルバートがステッキから放つ、レーザー状になる水鉄砲を躱す。
視線を向けてから撃つので冷静になっていれば当たることはない。
さくらの弓よりも軌道がわかりやすいからな。
「強がりばかりを。息が上がっているじゃないかぁ!」
「お前こそ意識が抜けているぞ!」
「水城壁!」
俺に気を取られている奴の横から迫るレオン。
そこに水壁を張って妨害するアルバート。
さっきから似たような展開の繰り返しだった。
アルバートは思ったよりも戦闘経験が少ない。
何度か死線を潜ったレオンはもとより、俺でさえそれがわかるくらいだ。
動きは直線的で相手の動きを見てから反応する。
要するに戦いやすいタイプの相手だった。
様子見を含め、こんな攻防を数分間ほど続けていた。
そのおかげで相手の行動にバリエーションがないことを察していた。
「レオン、合わせろ!」
「よし!」
距離を取って水鉄砲を躱していた俺は一転して前進を始めた。
対応してアルバートが水鉄砲を放って来る。
それを飛んで、潜って、身体を捻って避ける。
ジャンヌの槍を受けたときよりも楽だ。
アルバートはあのときから戦闘経験が増えていないようだ。
だから経験を積んで成長した俺たちに翻弄されるのだろう。
肉薄してくる俺に慌てたのか、ステッキを手放し水の剣を生成したアルバート。
だがその一瞬で反対側からレオンが迫った。
「飛べ!」
「水城・・・ ぐはっ!?」
勢いをつけたレオンの蹴りが入った。
対応する間もなくアルバートの身体がくの字に曲がる。
そのまま床を2,3回バウンドして滑っていった。
「ナイス、レオン!」
レオンの飛び蹴りが胴にクリーンヒットしたのだ。
まともに起き上がるのも困難だろう。
これでアルバートは無力化できた。
俺は奴がびくびくと痙攣している姿を見てひと息ついた。
「武、油断す・・・後ろだ!」
「え?」
その束の間に油断した瞬間だった。
意図せぬ方向から俺に向かって何かが飛んで来た。
ばりばりという音だけが先に耳へ突き刺さった。
「先輩!? きゃあああ!!」
「おわ!? 小鳥遊さん!?」
「美晴!!」
俺が小鳥遊さんにどん、と押されてバランスを崩すのと。
彼女が悲鳴を上げるのはほぼ同時だった。
おい、なんで俺を庇ってんだよ!
後ろに居たんじゃねえのか!?
何かを受けて失神した小鳥遊さんを慌てて抱き起す。
見た目は平気そうだが少し焦げ臭い。
慌てて彼女の背中を確認すると服が破れて火傷跡が露出していた。
これは・・・電撃!
「くそ、何しやがる!! てめぇ・・・!?」
「黄色人種同士、震えて浄化を受け入れておれば良いものを」
人種主義を掲げるその高慢な物言い。
俺とレオンの前に現れた男。
それは闘神祭での因縁の相手、ゲルオク=フォン=リウドルフィングだった。
俺様貴族の登場により、終わらせたと思っていた闘いは振り出しに戻されていた。




