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 幅約2メートル。

 心許ない手摺だけが設置された螺旋階段を駆け下りる。

 先頭を走るジャンヌの紅く波打った髪がふわふわと舞うのが印象的だった。



「はぁ、はぁ・・・小鳥遊さん、大丈夫か?」


「はい! アトランティスでたくさん走りましたから!」


「お、おお、頼もしいな!」



 俺たちは黒海北西部にある黒の聖地(ブラックラグーン)の入口から侵入を果たしていた。

 あれから目が覚めたら「わたしが案内します!」と突然に申し出た小鳥遊さん。

 皆が驚く中で俺はアイギスの仕業だと察してその意見を推した。

 結果、小鳥遊さんの案内でこの海底にある施設を走ることとなった。


 迷路状の施設内を駆け抜け、教団員らの幾らかの場当たり的な妨害を排し。

 魔物に会敵することはなく奥にあった円筒状の部屋に辿り着いた。

 その縦に長い筒は、上は高く海面まで伸びているようで、下は深く底が見えない。

 ぱっと見た感じ、高低差が数百メートルはあるんじゃないかと思うくらいの部屋だ。

 現在、その階段を駆け下りているところだった。



「武、限界が来たら言え! 今は美晴のペースに合わせているがお前のほうが心配だ」


「はぁ、はぁ、まだ大丈夫だ! 俺だって鍛えてんだ、もうしばらくは行ける!」



 ジャンヌと並んで先頭を走るレオンが声をかけてくる。

 主人公連中に比べると俺と小鳥遊さんは体力が劣る。

 だからこうして心配してくれているわけだが、俺だってかなり鍛えたんだ。

 簡単にへばるわけにはいかない。

 なにせ時間がないのだから。



「! メガリスだわ、また来たわよ!」


「次はわたしに任せてください!」



 この円筒の地底方面から定期的に岩石竜(メガリス)が上昇して来る。

 これで4度目。

 おそらくここから水上へと岩石竜(メガリス)が飛び立って行く。

 ジャンヌが黒海周辺を探索した際に発見した、こいつらの出入口だろう。


 大人しく出発してくれるなら互いに無視してすれ違いたい。

 だがもちろん相手さんは見逃してくれない。

 初回はやり過ごそうとしたところで吐息(ブレス)を吐かれてしまった。

 この狭い足場で躱しようもなく、危うく焼かれてしまうところだった。

 俺の反魔結界(アンチ・フィールド)で事なきを得たが、ほんとうにひやりとした。


 だから2度目以降は相手に攻撃されないうちに先制攻撃を加えることにしていた。

 それは遠距離攻撃が得意なさくらとリアム君にだけ可能なことだった。


 対処すると宣言したさくらが白魔弓(ザンゲツ)を構えた。

 青く輝く弓が彼女の白い肌を照らす。

 その幻想的な光に照らされた真剣な横顔がひどく綺麗に見えた。



「其の陰も貫かん――追跡矢(チェイス・アロー)!」



 詠唱と共に放たれる青白く輝く矢。

 あらぬ方向へ飛び出したそれは壁にぶつかるぎりぎりを飛翔して徐々に曲がる。

 そして狙った部分――岩石竜(メガリス)の尾の付け根へと正確に吸い込まれていった。

 胴の太さほどもある尾に刺さったその矢は反対側へ突き抜けていく。



「Gugyagugyagugya!?」 



 その小さな矢が巨体を穿つだけで悲鳴をあげる岩石竜(メガリス)

 それが断末魔となり、あえなく落下を始め、そして魔力となって四散していった。



「やった! 狙いばっちりだね!」


「さすがね、頼りになるわ」



 リアム君とジャンヌが褒める。

 当のさくらは俺に向かってにこりと微笑みかけてきた。

 「どうでした? 武さんのために頑張りました!」と言わんばかりに。

 俺もにこりと笑みを返すとさくらは満足気に頷いた。


 さくらはずっとこの調子で俺の傍にいる。

 事あるごとに自分が役立つアピールをするし俺のやる事に協力的だ。


 これまで以上の近しい距離感に困惑してしまう。

 彼女を助けるために少し共鳴してしまったせいだろうか。

 俺自身、彼女の一挙手一投足に目を奪われてしまうことが増えた。

 それが彼女への恋慕だとかいうことを自覚する前に考えるのを止めた。

 これ以上しがらみを増やさずに事を進めなきゃいけないわけだから。



「ああして正面から弱点を突けるのだからな、恐れ入る」



 レオンも感心しきり。

 彼も1撃で倒したとはいえ、もっと大立ち回りで魔力消費も激しかったからの発言だ。


 ちなみに岩石竜(メガリス)の弱点は尾の付け根。

 これはラリクエ(ゲーム)と共通でそこに核がある。

 そこを抉ってしまえば奴は再生もできず沈む。

 だが岩石竜(メガリス)は岩で構成されるので防御力が高く意外に素早い。

 正面から相対すると簡単に攻撃させてくれないのだ。

 だからラリクエ(ゲーム)では長期戦になる嫌らしい相手だった。


 ・・・という俺の攻略情報をソフィア嬢に伝えると早速シミュレーターに反映してくれた。

 ボスポラス海峡を突破してからの3時間でリアム君とさくらが順に訓練した。

 こうしてその成果を見せてくれているわけだ。



「次が来ないうちに進むわよ!」



 ジャンヌがふたたび駆け出した。

 皆が頷いて後に続く。

 急がなければと誰もが意識していたからだ。

 勝利によるひとときの余韻はすぐに消えていった。



 ◇



 ボスポラス海峡を突破した2隻の戦艦はジャンヌたちが目撃した水中基地付近へ進んだ。

 現地に近づくとご丁寧に岩石竜(メガリス)が多数、空中で待ち構えていた。



「メガリスの大群・・・こちらへは攻撃して来ませんわね」


「さすがに近付いたら何かして来んだろ。で、守ってるあそこの下が基地で間違いない」



 恐らくはもう手がないので最大戦力で守っているのだろう。

 こちらへ積極的に攻撃には来ないが、近づけば攻撃するという意思が見て取れた。

 そのおかげで基地の場所をはっきりと確認することができたわけだ。



「ジャンヌ、入口はどこにある?」


「水中のはずよ。潜水艇で出入りしていたから」


「その出入口がわかりゃ話が早いんだけど」



 岩石竜(メガリス)が守る下を水中望遠で確認した。

 するとそこには縦に長い大きな建造物が存在してた。

 水面近くまで迫り出している部分もあるが、それを頭に深い湖底へと続いている。

 まるで水没してしまった塔のようだった。

 そんな巨大なものが浮いているとは考え辛いので湖底から伸びているのだろう。

 水深は1500メートル程度というから相当な大きさだ。



「あの規模の施設を水中に構築できるものなのか」


極圏高速鉄道(ノースポールトレイン)と似たようなもんじゃねえか?」


「いや、極圏高速鉄道(ノースポールトレイン)は掘削機と建築機が一体となった特殊な機械を使ったはずだ。徐々に伸ばしたからこそ建築できたのだ。然るにこの建物はこれひとつで独立している。水中に築く技術があったのか、或いは存在していたものをここに沈めたのか・・・」


「こんなでかいもんを持って来て沈めるなんて狂気の沙汰だろ」


「だが1から作るとなると数年では難しいぞ。それだけの工事ならばどこかしらで察知されるものだが・・・もしや以前からあったのだろうか」



 レオンの考察になるほどと唸ってしまう。

 でも今は作り方よりも侵入の仕方が問題だった。

 

 潜水艦で出入りしていたという話から入口は水中にあるのは確実だ。

 だから戦艦に搭載された小型潜水艇で接近して入口を探索・侵入する計画を立てていた。



「水中レーダーに艦影です! 恐らく潜水艇です、施設へ入っていきます」


「! 侵入個所を記録なさい」


「・・・まさか敵さんが教えてくれるとはね」



 望遠で見えないものかと観察していると偶然にも潜水艇の出入り個所を確認できた。

 きっとこちらの進軍を察知して急いで戻った奴がいたのだろう。

 幸運にも入口を確認できたことで、あとは近づければ良いという状況になった。



「おふたりとも、準備はよろしくて?」


『ええ、いつでも大丈夫です!』


『僕も大丈夫だよ!』


「攻撃開始!」



 侵入準備を進める間、船首にさくらとリアム君が立っていた。

 彼らはメガリスを敵の攻撃範囲外から撃墜するという役割を負っていた。

 出迎えてくれた多数の岩石竜(メガリス)が動かない遠方から狙撃する作戦だ。

 ソフィア嬢の合図によりさくらとリアム君の攻撃が始まった。


 さくらが放つ追跡矢(チェイス・アロー)は必ず尾の付け根に命中した。

 誘導弾のように飛翔する矢はどんなに動き回っても逃れることはできず、やがて当たる。

 そして1点にかかる威力は彼女の魔力相応のもので、岩石竜(メガリス)の身体を易く貫通した。


 攪乱しようと飛び回る岩石竜(メガリス)が少しでも腹側を見せればリアム君が即座に射撃する。

 彼の神穂の稲妻(ブリューナク)はその名のとおり稲妻のような速度で弾を打ち出す。

 電気や光の速度に等しいのだから視認して避けることは不可能。

 リアム君の正確無比な腕前ならば、的さえ直線状に存在すれば当てられるわけだ。

 撃てば即着弾し、狙いさえ正確であればノータイムで命中する。



『さすがですね、リアムさん!』


『あはは、さくらもすご~い! 正面から裏を狙えるなんて!』



 結果、ふたりは1撃1殺で岩石竜(メガリス)を仕留め、大半を撃ち落としていく。

 これには岩石竜(メガリス)との戦闘経験のあるソフィア嬢やジャンヌが驚いていた。

 「やはり武の知見は大したものだ」とはレオンの言。

 弱点という知識を提供した俺への賛美が皆の口から洩れたのだった。


 もはや「どこで知った」という言葉は投げかけられなかった。

 俺の特殊性は暗黙の事実として受け入れられつつある。

 知識チートのせいで特別視されてしまうのは気が引ける。

 卑怯なことをしている気もしたけれど命がかかっている。

 正当な手段と自分に言い訳した。



 ◇



 そしていよいよ施設への突入段階となった。

 が、ここで問題がふたつ発生した。


 ひとつは岩石竜(メガリス)だ。

 浮いていたやつらは殲滅したが、数分にいちどのペースで海中施設から飛び出してくるのだ。

 1体であればさくらやリアム君でなくとも、数人が力を合わせて対応はできる。

 さくらとリアム君は俺と一緒に施設へ潜入するメンバーに選ばれていたから迎撃はできない。

 だから高天原遠征部隊がこの対応に当たることになった。



「この場を守るくらいであれば任せてもらいたい」


「頼むぜ会長」


「アタイもついてるからな。万が一にもあの竜程度には負けないよ」



 この防衛指揮は戦艦えちごに搭乗しているアレクサンドラ会長が執り仕切ることになった。

 艦上の白兵戦に備えて船を飛び越えて応戦できる凛花先輩も残ることに。

 そして戦艦アドミラル=クロフォード側はソフィア嬢がそのサポートして残る方針とした。


 残留組は潜入部隊が戻ってくるまでこの現場を死守する重要な役割を負う。

 「ほんとうはわたくしもご一緒したいのですが。さくら様、諸々お願いいたしますわ」

 「ええ、任されました。ソフィアさんもどうか帰る場所をよろしくお願いします」

 ソフィア嬢とさくらのこの会話に、彼女らにもいろいろあったのだろうと推察した。


 そしてもうひとつの問題。

 こちらの方が内容は深刻だった。

 というのも黒海周辺に位置する国々から軍の出動があったという情報が届いたのだ。

 それは超人類救済教団に恭順した東欧の国々からの出動だった。



「バルカン半島近辺の国に大規模な海軍はおりませんが、こちらに大挙されると身動きが取れなくなりますわ。早くてもここへの到達は明日以降。離脱も考えると猶予は24時間程度でしょう」



 さすがに2隻では戦力差は明白、逃げるしかないという結論だ。

 こうして、1日以内に作戦を完遂させるという条件が追加されてしまったのだった。



 ◇



 既に円筒形の螺旋階段を最後まで降りていた。

 途中で岩石竜(メガリス)を倒した数は10を超えている。

 15分近く階段を下りていた。

 こりゃ帰りが思いやられる。


 筒の底の手前で階段は終わっていた。

 終点から筒の横に続く通路に入る。

 この筒の上部は、岩石竜(メガリス)の海上への出入り口だった。

 ならば底はメガリスが生まれ来る通り道なのかもしれない。



「この奥です、行きましょう!」



 小鳥遊さんによる道案内で、順路が間違っていないことを確認する。

 だが少し進んだところで俺は足を止めてしまった。


 

「武、どうした?」


「・・・待ってくれ。何かおかしい気がする」


「おかしい?」



 少し気の立ったような声でレオンが返してくる。

 そりゃそうだ、急がなければ残された海上の面子が危ない。

 だから急いでるのに止まれというのだから。

 それに攻めているんだ、止まる理由がないと皆が思っているだろう。


 ・・・順調すぎだと思っていた。

 ここまで目立った抵抗さえなかったのだ。

 潜水艇の侵入時に入口が閉じることもなく、教団の人間も散発的にしか抵抗していなかった。

 まるで俺たちを迎え入れたかのような反応だった。


 未来予測の権能(ユグドラシル)が繰り出してくる魔物は岩石竜(メガリス)だけ。

 俺たちに無効だとわかっている手段しか打って来なかったのだ。

 逆にほかの攻撃手段を用いていなかった時点で、この違和感に気付くべきだった。



「罠だな。このまま進んだら何かある」


「何かって何よ。どうせ進まないとそのユグドラシルってやつを破壊できないんでしょ?」


「うむ。時間をかければ相手側に有利になる。留まるタイミングでもないと思う」


「・・・まぁ、そうか」



 ジャンヌとレオンの言葉に納得する。

 そうだよな、躊躇したところで不利になるのは俺たちだ。



「道は一本道です、迂回はできません」



 小鳥遊さんが補足してくれる。

 これはアイギスの知識だから疑いようもないだろう。

 それでも立ち止まる俺に、皆がどうしたと視線を寄越す。


 こういう直感がものを言うとき、どうすれば良いんだろう。

 あまり経験のない俺に答えは見い出せなかった。

 具体的なことは何もわからないし言えなかったから。



「・・・この狭さならメガリスも来ねぇだろ。せめて慎重に行こう」


「うん、わかった。罠を警戒しながら進むわ」


「なら僕は後ろを見張ってるね!」



 こうしてジャンヌが先頭を、リアム君が殿を務めてくれることになった。


 普通に歩くくらいの速度で奥へと進んでいく。

 諜報員として斥候技能に優れたジャンヌだ、きっと罠があっても察してくれるだろう。

 隣にはさくらとレオン。

 仮に魔物が来てもこの面子なら大丈夫だ。

 俺は自分にそう言い聞かせて足を進めた。


 不思議な水中施設の深部は、止まっていれば耳鳴りがしそうなほど静かだった。















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