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・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
――アトランティスからの脱出、お疲れ様でした――
ようやく話せたな・・・って1日しか経ってねぇはずなんだけどな。
命が関わることが続くとやたら昔に感じるよ。
探究者が成功したみたいで良かった。
――ええ、上出来でした。皆さんが無事でしたから――
おう、これもお前のお陰だよ、ありがとな。
それはそうと色々と聞きてえことがあんだよ。
――ええ、なんでもどうぞ。前よりも時間はあると思います――
お前、外の状況はわかるのか?
――はい、彼女の覚醒時に感覚を共有していますから、ある程度は――
なるほど。 今、俺はどういう状況なんだ?
――貴方は魔力枯渇で昏倒しました。戦艦アドミラル=クロフォードの医務室で手当を受けています――
アドミラル=クロフォード・・・ソフィアの船か。
無事に結界を破って助け出されたんだな。
んで、こうして話せてるってことは小鳥遊さんとご一緒してるわけだ?
――交代で貴方の看病をしているんです。彼女は手を握ったまま眠っています――
なるほどね。
じゃ、必要なことから聞こう。
この後は魔王より先に未来予測の権能を叩けば良いんだよな?
――はい、そのとおりです。ユグドラシルは黒海の黒の聖地と呼ばれる施設に触媒があります――
黒の聖地?
なんか特撮の悪役が作ってそうな基地名称だな。
――そこは超人類救済教団の本拠地です。教祖の名はケネス=ヤコブソン。執行者に捕らわれた憐れなる人類です――
捕らわれた、ね。
そいつも被害者ってことか。
執行者に教団の設立をさせられてるんだ?
――彼は教団に従えば魔物が襲ってこないという餌をぶら下げて信者を増やしています。既に欧州の過半数が教団に準じています――
はぁ!? 過半数!?
そんな怪しい新興宗教にどうして従っちまってるんだよ!
母体の思う壺じゃねえかよ!
馬鹿ばっかりなのか!?
――貴方が私に接触したことを察した母体が人類への総攻撃を開始したのです。これ以上の時間が経つと人類側が有利になると判断したのでしょう――
あんだって!?
それ、ラリクエの最終段階じゃねえかよ!
世界中を魔物が侵攻してるってのか!
――そうです。人々は魔物の恐怖から逃げるために教団へ入信しているのです。時空結界に捕らわれている間に2か月が経過していますから、情勢も大きく傾いています――
ソフィアはそんな情勢でよく欧州から出撃できたな・・・。
で、ヨーロッパを救うためにもその宗教団体を叩く必要がある、と。
くだんの黒の聖地への突入は正面から行って良いのか?
――対策は必須ですよ。敵となるユグドラシルはすべてを予測しています――
予測って。
そもそもよ、未来予測の権能ってのは何なんだ?
触媒っていうくらいだから魔法陣か何か?
――簡潔に言うなら、この時代で言う超高性能のコンピューターです――
・・・ん~、量子コンピューターを発展させたやつか?
未来予測ってくらいだから予言的なことをしてんだよな。
――単純に考えてください。こちらの行動はすべてユグドラシルにとって『想定内』です――
想定内って・・・未来予測の権能ってのはそんなに精度が高いのか。
――『カオス理論』はご存知ですか?――
知ってる。
バタフライ効果で有名な、複雑系の予測不可な事象のことだろ?
この世界全体の物質同士の関係とか。
少なくとも俺の生まれた時代じゃ解析不能の代名詞だったな。
――ユグドラシルは惑星上の影響し合うすべてを網羅しています――
は?
世界規模のピタゴラス〇ッチがわかるってことか?
この世で起こることを予測できるってこと?
それじゃ人間の意思も含めてすべてを想定可能ってことじゃねえか!
――そのとおりです。対策をしなければ何をしても予測されます――
そんなのどうやって勝つんだよ!
やったことのすべてが裏目に出るってことだろ!
――落ち着いてください。この世界に外側からの力をかければ話は変わります――
外側から?
探究者で予測をずらすってことか?
――はい。貴方の権能で外側から力をかけられます。既にアトランティスからの脱出でバタフライ効果が起こっています――
なるほど?
俺が起こり得ることを覆したってことか。
――そうです。ユグドラシルは今現在、世界にあるものから計算しています。この世界に存在しない力は計算を乱すわけです――
まるで俺がバグみたいな存在なんだな。
で、奴さんは乱れた部分の再計算をしてると?
――いちど乱れるとカオス系に陥ります。予測を単一世界に戻すには数日ほどかかるでしょう――
数日で戻んの!?
どんだけ計算が早いんだよ!
そんじゃ未来予測の権能に辿り着く前に対策されんじゃん!
――はい。ですがそこに加わった力が大きければ大きいほど乱れは加速します――
ああ・・・整理してる横で暴れられると余計に混乱するってやつね。
んじゃ、インパクトが大きいほうが良いわけだ。
――既に大きな綻びを作り出しました。当面は修復不可能なほどのものを――
そうなの?
大きな綻びって、もしかしてアトランティスに居た全員が脱出したってこと?
――はい。現人類総戦力の三分の一はアトランティスにありましたから――
三分の一!
おいおい、高天原学園、どんだけすげえ奴らなんだよ・・・。
――それだけの戦力でしたから時空結界で隔離したのでしょう。分断して人類の戦力を殲滅する計画だったと思われます――
ひえ、マジか・・・ほんと脱出できて良かったぜ。
中でもう1日くらい遅れてたら世界が滅びかけてたわけだろ?
おっそろしいな、おい。
――今はその乱れを加速させるべきです――
つーことは、予測に含まれなかったことを動かせば乱せるわけだ。
脱出した全員でユグドラシルを破壊に向かえば良いのかな。
――そうですね。ただ戦艦えちごは作戦を終えたのでこのままではハリファックスへ帰還することになるでしょう。そこも変えないといけません――
なるほどそっからか。
戦略を変更させんだろ・・・難しいな、おい。
こりゃ会長とソフィアにご意見伺いをしねぇと駄目だな。
そもそもさ、俺の探究者はどんくらい行使できんだ?
今回だって俺が想定したことを実現するだけで魔力枯渇したわけだし。
――動かそうとする世界線の遠さによって異なります。あり得ないことほど魔力を消費するでしょう。アトランティスで使用した権能もかなりの規模でした――
あれでかなりの規模、なのね。
ふ~む・・・具体的にどうってのは自分で試すしかねぇか。
まぁそうだよな、俺がきついって思う程度なんてあんたにはわからねぇだろうし。
――お力になれずすみません。ですが、負担を減らす方法はありますよ――
なんか嫌な予感がするけど話だけ聞いとく。
どうすりゃ良いんだ?
――共感です。共感していると身体における魔力の垣根が薄くなりますので周囲の魔力も使えるようになります。手持ちの魔力も振幅が大きくなって強化されますよ――
それだろうと思ったよ。
でも俺の共鳴相手は香の一択だし、香はここに来られねえからな。
無理だよ無理。
俺だけで頑張るしかねえって。
――そうですか。ですが。いざというときは共感の力を思い出してください――
ああ、手段として頭に入れとくよ。
生か死かの選択肢で間違えるわけにはいかねえからな。
――ええ、是非そうしてください――
じゃ、起きたらそのための方法を考えるとして・・・。
ああ! そんでさ。
もうひとつ聞いときたかったことがある。
執行者とか守護者とかってどういう存在なんだ?
神様じゃねえよな?
――『エクソダス計画』という言葉は知っていますか?――
あん?
エクソダスは旧約聖書の出エジプト記の名前だっけ?
――そうです。その困難からの脱出になぞらえて、迫り来る危機から脱する意味で使用される言葉です――
ああ、SFでそんな題材もあったな。
資源を消費し尽くしちまった地球から全人類と文明が宇宙に脱出するってやつ。
汚しちまった地球が永い時間をかけて自浄できるようにして旅立つんだろ?
――そのエクソダス計画を実行した者。それが貴方の質問の回答となります――
・・・おいおい、超古代文明を築いた地球の支配者だった、現人類でないヒトってことか?
――はい。そして貴方が挙げた理由でエクソダス計画を実行しました――
ええとつまり。
その古代人は地球上のすべてを使い尽くして住めなくなったから宇宙へ脱出した、と。
――そうです。ですが彼らのエクソダス計画は脱出で終わりではありません――
うん?
地球でこうして残された生物が住めるようにして脱出したんだろ?
――それも計画の一環です。こうして人類が魔物と戦うことでさえ――
・・・執行者が魔王を創り出してるって時点でそんな気はしたけど。
んじゃ、何のために執行者は魔王を、母体を創ったんだよ。
――簡単に言えば汚れた魔力の浄化のためです――
魔力の浄化?
そいや、そもそも魔力って何なんだ?
どうして俺の時代にはなくてこの時代にあるんだ?
魔王が降って来て大惨事が起こってから人類が魔法を使えるようになった理由は?
――魔力とは地底深くマントル上部に形成される第五次元のエネルギーです。物質界と対を為し、第四次元の時空を介して干渉することができるものです――
・・・・・・理解できねえよ。
そんで、その魔力は何で汚れてんだ?
――魔力を発見した古代人たちは魔法を使い始めました。生活のため、科学のため、そして争いのため――
力を得たらそれを使う。
火を見つけてから発展してきた現人類と同じだな。
――はい。それにより古代人はこの時代では考えられないほどの文明を築き上げたのです。ですが彼らは魔力を使い過ぎました――
使い過ぎた?
無尽蔵にあるわけじゃねえのか?
――いえ・・・枯渇はしませんでした。魔力は循環する性質がありますから――
なら、使い過ぎってどうして・・・?
――魔法を具現化するには、この物質界での安定を得るための型が必要となります――
型? ああ、発動に必要な感情のことか。
それで魔法の属性が生まれるんだよな。
――そうです。具現化するために費やされた感情は魔力と強固に結合します――
ふむ。
そのへんは自分でも具現化をしてるから想像がつく。
――そしてその結合は具現化を解いた後も消えません――
ん?
具現化が終わって霧散した後も感情は残るのか?
――はい、残ります。そうして解かれた魔力は感情を伴ったまま大地へと戻ります――
なんかフロンガスみたいな代物だな。分解されないやつ。
で、使い過ぎたって、もしかしてその感情が溜まっちまったってこと?
――そのとおりです。古代人たちの感情が魔力層の中に混じり始めました――
まるで水質汚染だな。
――正しいたとえです。汚れた魔力は具現化に悪影響を及ぼすようになりました――
そりゃまぁ、エネルギー源が汚染されりゃ影響も出るよな。
――汚れた魔力は本来あるはずのない具現化を生むようになったのです。その最たるものが魔物でした――
んんん!?
魔物って元は感情なのか!
それじゃ魔物が人間を襲う理由ってのは、その構成する感情のせいなのか?
――よく考えてください、魔法の用途を。そのために抱く感情を――
・・・・・・争いはともかく、生活で使う魔法とか優しいじゃん?
――魔法でモノを創り出すことはできません。モノに力を加えるだけです――
う~ん?
それって、押すとか引っ張るとか千切るとか潰すとかくっつけるとか焼くとか斬るとか。
そういった魔法のこと?
――はい。そういった魔法を使うとき、どういった感情を抱きますか?――
・・・・・・そうか、物の加工でさえ暴力的な感情を含むわけか。
『力を加える』ってのが穏便なわけないもんな。
――ええ。そうした小さな感情が積み重なった結果、魔力は害意を含むようになりました――
害意のある魔力を使うと暴走して人に危害を加える結果になるってことか。
それが自我を持つと魔物になって人間を攻撃する。
ううん、そんな危険なもん、使わなきゃ良いのに。
――はい。ですから魔法を禁止する動きもありました。ところがそれは実現が難しかったのです――
え? どうして?
自分たちが滅ぶよりマシじゃん。
――たとえば貴方は電気を使えなくなるとしたらどうですか?――
なるほど無理だな。
そういうことか・・・でも宇宙へ脱出したら地球から供給される魔力が無くなるんじゃねえの?
――ああ・・・ごめんなさい、もう時間のようです――
あ? 話の途中なのに。
また続きを聞かせてもらうぞ。
――ええ、是非、機会を作ってください。まだお伝えしたいこともありますから――
って、おい!?
言うことがあんなら先に言えよ!
ああ、もう、またかよ・・・!!
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「――――、――しさま、武様」
「んん・・・」
ぼんやりと意識が戻る。
例により白い天井でも見えるのかと思ったが視界は金色に染まっていた。
輝く金髪縦ロールが俺の目の前にあったからだ。
「ん・・・ソフィアか」
「武様! 気付かれましたか! ああ、ああ! よくぞご無事で!!」
俺を覗き込んでいたソフィア嬢と目線が合う。
涙を浮かべたその顔を見るととても悪いことをしてしまった気分になってしまう。
だんだんと顔を歪めた彼女はそのまま俺の身体に伏して湧き上がる声を押し殺した。
うう、うう、と震える声をぶつけられるたび、俺の胸中に響いていく。
アトランティスに彼女が来てくれたお陰で生き延びることができた。
その有難みも然ることながら、その動機となった彼女の純粋な俺への想いに囚われてしまう。
「ソフィア・・・置いて行ってすまなかった」
ソフィア嬢が俺へ抱く気持ちは理解している。
崇拝にも近いその恋慕を見ながらスルーしてきたのは俺だ。
俺が何度も無下にしてきたその気持ちを大切にして、彼女はここまで来てくれた。
それを考えるだけでこみあげるものがあった。
そんな自分の気持ちを誤魔化すよう、伏した彼女の頭をぽんぽんと撫でてやる。
するとひくひくと嗚咽を漏らしながらも彼女は顔を上げて涙を拭いた。
「・・・武様」
「うん」
「わたくし、ソフィアは・・・貴方の剣となり盾となるために参上いたしましたわ」
「・・・・・・」
「あのとき、貴方がお呼びになったお声を確かに聞きましたの。『果敢なる令嬢』、と」
そう。
俺は探究者で彼女を呼んだ。
彼女の言う『果敢なる令嬢』という言葉を使って。
前に聞こえたと言っていたから、もしかしたら、とは思っていた。
まさか遠く離れた、もしかしたら時空間さえ越えてその声が届くとは。
「ああ、ソフィア。俺の呼びかけによく応えてくれた。ほんとうに有難う」
「はい、はい・・・! お役に立てて嬉しゅうございます!」
凛とした表情を作ろうとしても。
涙が溢れて何度も目尻を拭く彼女。
そのあまりのいじらしさに、俺は彼女の身体に腕を回した。
「た、武様・・・」
「ソフィア・・・」
それは俺から彼女への初めての抱擁だった。
華奢な彼女の身体からは良い匂いがした。
突然のことにしばらく身体を固くしていた彼女は、やがておずおずと俺の背に手を添えた。
アトランティスへ潜ってからずっと、俺は追われるように過ごしていた。
夢遊病者のように終わりのない戦いをしているかのように。
その夢見心地を打ち消すよう、間近に感じる彼女の吐息が、ここが現実だと教えてくれていた。
ソフィア。俺もお前のことを大事に想ってる。
まだその言葉を口にする覚悟まではなかった。
その代わりにもういちど彼女の名前を呼ぼうと決心して――
俺のベッドの足元のあたりで気不味そうにする小鳥遊さんと目が合ってしまったのだった。




