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■■九条 さくら ’s View■■


 暖かいオレンジの間接照明の廊下を歩きます。

 窓から上品なランプに照らされた庭園が見えました。

 この季節にも咲く白や黄色の花で彩られたイングリッシュガーデン。

 高天原学園の庭で彼女が作っていたものよりも格段に規模も見栄えも良いものでした。


 貴族らしい調度品がところどころに置いてあり、ここが公爵家であると実感します。

 わたしの実家のような日本庭園を抱える和邸宅とは格の示し方が異なるのだなと思いました。

 わたしとソフィアさんは性格も外見も対照的な部分が多いです。

 それでもこうして親しく交わることができています。

 和洋折衷。異文化の融合。

 異質なもの同士が互いを尊重して有機的に繋がり合う様。

 それがきっとわたしとソフィアさんの関係なのかなと思いました。


 目的の部屋についてノックをしました。

 どうぞと返事がありましたので扉を開きます。

 廊下と同様に薄暗い間接照明の部屋でした。

 執務室だとわかる高機能な事務机にある弱々しいライトに照らされた彼女。

 疲れが滲んでいるその顔にわたしの胸がちくりと痛みました。



「ああ、さくら様。お目覚めになられたのですね」


「重ねてご心配をおかけしました。もう大丈夫です」



 ソフィアさんは席を立ちわたしを応接用のソファへ案内しました。

 ふたりで並んで腰かけると彼女はちりんとベルを鳴らしました。



「お呼びですか」


「お茶をお願いしますわ。彼女にはミルクティーに砂糖を多めで」


「畏まりました」



 すぐにやって来た執事さんに彼女はオーダーします。

 わたしの好みを覚えていてくださったことに笑みが零れました。



「ああ、さくら様・・・何からお話すればよろしいのか・・・」


「ソフィアさん、その前に謝らせてください。ごめんなさい」


「それは何を謝っていらしているのですか?」


「無理にここまで来たのに挙句に急に倒れてしまい、随分とご心労をおかけしてしまいました」


「いえ。ショックを受ければ誰にでも有り得ることです。それが真に大切なことであれば尚更ですわ」


「これはわたしの心の弱さです。こうしてご迷惑をかけてばかりでは嫌われて見限られても仕方がないくらいです」


「そんな迷惑だなんて! 彼の件はわたくしたちの共通の思いですわ」



 そこまで発言して彼女はしまったという表情をしました。

 わたしがショックを受けたアトランティスのことを連想してしまうと思ったのでしょう。

 ソフィアさんはわたしが大丈夫かと顔色を窺っていました。



「でも、もう大丈夫です。わたしは信じ抜くことに決めましたから」


「信じ抜く?」


「はい。アトランティスが沈んだと・・・皆が死んでしまったというのを誰かが確認したわけではないのですよね」


「・・・観測装置では陸地が無いという結論を得ていますわ。その時期に津波も観測されました。それに今は現地まで行ける余裕もございませんので」


「それでも人の目で目視されたわけではありませんよね」


「・・・ええ、そのとおりですわ」



 ソフィアさんが顔を上げます。

 色々なことを憂う表情が浮かんでいました。

 


「お待たせしました」



 執事さんがお茶を運んできてくれました。

 ハーブの香りが恐怖や焦燥感を和らげてくれます。

 彼が退室するとふたりでカップに口をつけました。



「さくら様が羨ましい。わたくしは冷酷なリアリストとして行動せざるを得ませんもの」


「公爵家の舵取りとして当然です。誇ることであって卑下することはありませんよ」


「・・・彼の生存を。可能性を信じきれぬ自分が嫌になりますの・・・」



 俯くソフィアさん。

 その悔しそうな表情に切り捨てた可能性に葛藤し苦しんでいたのだと悟りました。

 わたしは思わず彼女を抱きしめました。



「さ、さくら様・・・?」


「ソフィアさん、あなたはとても頑張っています。今もなおその役割を果たしています」



 抱きしめている腕にぎゅっと力を入れます。



「武さんの安否で不安なのに気丈に為すべきことを為している。とても立派です」


「・・・・・・っ」


「でも辛い気持ちをひとりで抱えてしまう必要はありません。今はわたしがいます、吐き出してください」


「さくら様・・・」


「何ができるわけでもありませんが、こうしてご一緒することはできますから」



 しばらくソフィアさんの頭を胸に抱きました。

 肩の震えが大きくなり、詰まるように零していました。



「うう、ううう・・・武様、武様・・・」



 気丈に振る舞っていても弱さは隠しきれない。

 わたしと同じだけ彼女も辛いはずなのだから。


 わたしは腕に力を入れます。

 貴女はひとりではないと。

 その不安をわたしも一緒に背負うと。

 そう彼女に伝えるために。



 ◇



 混じり合う緑と青。

 冬でも暖房がよく効いていて肌を晒していても寒くはありません。

 それでも重なりあった肌が、互いの双丘が火照りを優しく伝えていました。

 曇り一つない空色の輝きがわたしと彼女を覆っています。



「ああ、さくら様・・・」



 わたしの胸に埋まっている金色の髪を優しく撫ぜます。

 穏やかな吐息が互いの想いを伝え合ったのだと訴えていました。

 それは彼を求める同士として互いを勇気づける、幾度めかの情事でした。



「ん・・・」



 唇を重ねて自分を意識させます。

 こうして存在を伝え、伝えられ、互いに気持ちを曝け出す。

 レゾナンスを介して伝わる感情の触れ合いは琴線を鳴らします。

 不安も、安心も、喜びも、悲しみも。

 あのときから共有するそれらの気持ちがわたしと彼女の絆でした。


 きっとこの先、遠くへ行ってしまった彼を捕まえるまで。

 この絆は互いを励ます力となってくれると信じていました。



 ◇




「もう動揺することはありません、状況を教えてください」


「わかりましたわ。それでは・・・」



 翌朝。

 わたしは彼女から状況を聞きました。


 欧州賢人会議は紛糾し世界政府側の抗戦派と超人類救済教団側の恭順派に割れたそうです。

 主に世界戦線を抱える東欧の小国は軒並み恭順派となりました。

 抗戦派の戦線は大きく後退してスカンジナビア半島、ブリテン諸島、ドイツ、イベリア半島だけ。

 それ以外の地域はほぼ恭順派の地域となってしまいました。


 恭順派の領域には魔物が侵入しました。

 人間に対する破壊活動は行わないようですが、街中を徘徊したりするようになったそうです。

 主だった都市部がそんな状況になりました。

 仮にこの状態でまた魔物が襲って来るようになれば防ぐ術もなく国が滅んでもおかしくないとのことでした。


 ぞっとしました。

 いちど教団と協定を結び魔物に侵入を許してしまえば裏切ることはできない。

 これでは恭順ではなく降伏です。

 言葉巧みに人質同様の状況に陥ってしまっているのです。


 そして抗戦派の状況も芳しくありません。

 ドイツ国境には魔物が押し寄せたため、世界政府軍が防衛線を張っています。

 ですが恭順派の国々がまるで攻める準備をしているかのように軍を展開しているそうです。

 魔物や教団に唆されているのか、紛糾した会議の後始末なのか。

 断交しているため真意は不明ですが人間同士の戦いを準備しているようだという話です。

 まるでよたびの大戦が起こるかという情勢でした。



「仮に人間同士の戦端が開かれたとすれば収拾をつけられなくなりますわ。まさしく人類の滅亡です」


「・・・厳しい状況なのですね。どうすれば止められるのでしょう」


「理想論でしょうけれど・・・教団が壊滅する、或いは魔物が居なくなるならば」



 教団に恭順した人々は『浄化』と呼ばれる儀式で日々、生贄を捧げているといいます。

 そのことに反発しようとしても教団を抜けることもできない。

 そういった状況が広がっているそうでした。

 彼らは魔物の先兵になってしまっているのでしょうか。



「欧州の状況は理解しました。その、アトランティスへ行く算段はどうでしょうか」


「・・・以前より状況は悪くなりました。北への備えも含め軽々に船は動かせませんわ」


「例えばホバー艇のような高速艇は使えないのでしょうか」


「無謀ですわね。物資も積載できず耐波性のない船舶では沈没の危険性が高く許可はできません」



 重苦しい雰囲気でした。

 でもわたしは諦めません。何かしら糸口があるはずです。

 その方法が見つかるまで彼女とお話をするつもりでした。


 そのときでした。

 ばたばたと廊下を走る音が聞こえました。

 人数はふたりぶん。

 彼女らが帰って来たのだと悟りました。



「姉貴! 起きてる!?」


「ただいま~」



 ばん、と扉を開き駆け込んできたジャンヌさんとリアムさん。

 見れば息を切らせています。

 よほど急いで戻って来られたのでしょう。



「騒々しい・・・少し落ち着かれてはいかがですの?」



 あまりの騒々しさに眉を顰めていたソフィアさん。

 自宅で廊下を走られるのは癇に障るようでした。



「おふたりともおかえりなさい、お疲れ様でした」


「急いで報告しないとと思って! 騒がしくてごめん!」



 ジャンヌさんが勢いよく頭を下げました。

 その謝罪に毒気を抜かれたようで、ソフィアさんは眉を下げてふうと溜息をつきました。

 ジャンヌさんは慌てた様子のまま話し始めます。



「無粋な行動は不問としますわ。それで、何かお分かりになりましたか?」


「見つけたのよ、奴らの、教団の拠点!」


「ほんとうですの!? よく見つけてくださいましたわ!」



 ソフィアさんが目を見開き立ち上がりました。

 教団への対策が検討できるからでしょう。



「場所は黒海の海中! 沿岸から目視でメガリスが出入りするのを確認したの!」


「メガリスが?」


「うん。教団の偉い人も潜水艦で出入りしてるみたいだったよ~」


「では教団と魔物が関係していることの裏付けもそこにあるのですね」



 ソフィアさんは話を聞きながらも考え込んでしまいました。

 どうすべきか検討されているのでしょう。



「それとあのおじさんに会ったよ」


「えっと、超人類救済教団の教祖ですか?」


「帰り際に待ち伏せされたわ。危なっかしいからすぐに逃げたけど」


「すごいよね~、僕が咄嗟に撃っても結界で弾いちゃうんだから」


「え!? 結界を使える人物なのですか?」


「うん。でも黒い結界なんて初めて見たよ」


「黒? 風の対立色の土ではなくて?」



 リアムさんの銃撃を防ぐとなると相当に強い結界です。

 それに黒いという結界。黒い魔力。

 闘神祭のときに目にした、あの黒い魔力なのでしょうか。


 黒い魔力とはいったい何なのでしょう。

 四属性が混ざり合うと白。黒にはなりようがないはずです。



「とにかくあそこに教団の幹部がいる。重要な拠点なのは間違いないわ」


「黒海を『黒の聖地』、ブラックラグーンなんて呼んでいたしね~」


黒の聖地(ブラックラグーン)・・・そこに『大いなる意思』もあるのでしょうか」



 考えても結論が出ることはありません。

 それ以上の情報がないのですから。



「この状況を打開するのなら攻めるしかないわ」


「でも西から軍隊を向けても難しいよね。 周辺は教団の信者で溢れかえっているから」


「ならば誰もいないところから行けば良いのですわ」


「え? 誰もいないって空からってこと? 魔物から迎撃されちゃう」


「いいえ、そうではございません」



 ソフィアさんは皆の顔を見渡しました。

 決意表明をするときのように、きりりとした表情で宣言します。



「さくら様、お待たせいたしました! 行きましょう! 大義名分が成りましたわ!」



 その言葉はこの閉塞感を打ち破り勇気を与えてくれるものでした。




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