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■■ソフィア=クロフォード's View■■


 クラシカルな調度品が品良く揃う。

 年代物を使うことが格式高いと言い出したのはどこの誰なのだろう。

 手入れはされているものの、古臭くそれでいて高級なものに囲まれると疑問に思う。

 古い時代のデザインはユニバーサル性も快適性も欠けていて不便だ。

 貴族の応接室は中世から一向に進化していないこと思い至ると苦笑が漏れてしまう。



「欧州賢人会議?」


「ええ、この欧州の行く末を話し合う密室会議でございますわ」


「クロフォードの当主は姉貴のパパでしょ。どうして姉貴がそこへ?」


「わたくしのお父様は軍人であり新人類(フューリー)の一戦士でもあります故、今現在も前線で指揮を執っております。ゆえに手が空いているわたくしが名代となりましたの」


「ソフィアさんのお父様が世界戦線を支えていただいているのですね」


「恰好良いな~、ソフィアのお父さん!」



 ここはわたくしの家。

 家と言っても日本の住宅のように狭小な建物ではなく、中世貴族然とした庭をもつ敷地に建つ屋敷だ。

 その応接室にわたくしたちは居た。

 久方ぶりの帰宅といえ休む間はなかった。


 混乱した市街地を抜け、なんとか皆でここまで辿り着いた。

 みなさまにはひと休憩していただき、その間にわたくしはお父様と交信し状況を確認し合った。


 世界戦線の状況は芳しくない。

 何よりあの化け物、メガリスが各国の首都を急襲したというのだ。

 あれと同じ個体が複数存在し、同時に欧州の国々を攻撃したらしい。

 要人に死傷者が発生する被害が続出し指揮系統を失った国さえあるという。

 クロフォード家を筆頭とする欧州貴族連合軍は、そんな各国を支えるため各地の戦線を転戦していた。



「その『賢人会議』って、アタマの良い人たちが出席するんだよね?」


「知能指数が高いかどうかは存じませんが、既にその意味では形骸化しております」


「形骸化? お偉い方の意見を承認するだけの会議ってこと?」


「ええ、昔は各分野に長じた人の集いでしたが・・・現状を言い換えれば『欧州貴族会議』ですの」


「なるほど、権力者、貴族の集いということですか」


「はい。そしてその決定が欧州貴族連合の意思となりますの」


「そこで欧州世界戦線の行く末を決めるんだね」



 わたくしが首肯するとジャンヌ様が首を振り、呆れ顔で声をあげた。



「それで臨時の会議に出席ってわけ? 現に今、闘ってるのに? 現場司令部の作戦会議でもなく、後方の文官たちが何を話し合うの?」


「主たる議題は超人類救済教団への対応、とのことですわ」


「はぁ? 超人類救済教団!? あんな胡散臭い連中、どう考えても怪しい新興宗教でしょ! 話し合う余地なんてある!?」



 ジャンヌ様は鼻息を荒くしていた。

 考えるまでもなく手を取り合う相手ではないということだわ。



「わたくしもそれに同意見ですが、戦闘力を持たない小さな国々はそうではないということですの」


「教団に従えば魔に囚われない・・・魔物に襲われないというわけですか。あの演説を信じるならば」


「ええ。例えば一般の方が魔物から逃げるだけのように。力のない国は堅実な庇護を求めるのですわ」


「え! まさか国ごと教団に入信するっていうこと!?」


「恐らくそういったことが話し合われるのでしょう」


「そうか・・・そうだわ、それよ! メガリスはそのために各国を襲っていたのよ!」



 ジャンヌ様が興奮してわたくしを指した。



「姉貴! メガリスを撃退できた国はどのくらいあるの!?」


「イギリス、フランス、ドイツの3か国のみですわ。残りは立ち去るまで被害を受けたそうですの」


「やっぱり! あいつ、AR値の高い具現化(リアライズ)じゃないと倒せないから!」


「ええと・・・教団がメガリスや魔物をけしかけて、それに音を上げた国に入信するよう働きかけている、と?」


「そうよ! 『魔物に襲われなくなる』と餌をぶら下げて! それなら状況に説明がつくわ!」



 さくら様の推論をジャンヌ様が肯定した。

 


「この襲撃が自作自演ですって・・・!?」


「うわぁ、壮大なマッチポンプだね」


「感心してる場合じゃないわ! 世界中が教団に取り込まれるわよ!」



 動乱期にはよく宗教が生まれる。

 それ自体は歴史が証明している。

 だから超人類救済教団の誕生は自然発生したもので魔物の侵攻とは別と考えていたわ。

 けれどもジャンヌ様の言うことが真ならば。

 人類、いや、地球生命に対する敵対的生物と手を取り合う教団に下れというのだ。

 人間社会自体を破壊しようとしているこの事態を、世界の危機と言わずして何という。



「超人類という視点で見るとその教団でさえ道具なのよ!」


「その『超人類』は何を目的にしているのでしょう?」


「世界を『浄化』するんだって。あのおじさんが言ってたよ」


「『浄化』とは・・・?」


「たぶんだけど、人類の絶滅ね」



 ジャンヌ様の言葉に絶句する面々。

 理解できないという様子でリアム様も疑問を浮かべる。



「う~ん? 『超人類』が人類とは別の生き物だとしてさ。世界征服するなら征服して従える人が必要だよね。皆が死んじゃったら征服したって意味がないんじゃないかなぁ」


「そうよね。教祖は『高潔なる超人類は空から訪れる』って言ってた。大惨事のとき魔王は宇宙からやって来たわけでしょ。超人類も宇宙からやって来るって考える方が自然よね。ってことは『超人類』は宇宙人、エイリアンなの・・・?」


「そのエイリアンが地上に住むにあたり人類が邪魔だから排除する。なるほど、ファンタジーですが理屈は通りますわね? その筋書きであれば人間は滅ぼされる運命なのでしょうけれど」



 推論から飛躍しすぎている。

 想像話を区切るため、わたくしは別の話題に切り替える。



「ところで・・・明日の会議の議題のうちひとつにドイツ王国に対する査問がありますの」


「え? これだけ戦線を支えて矢面に立っているドイツの何を査問するの?」


「魔物と通じているのではないか、という疑惑があるとのことですわ」


「はぁ? 何の言いがかり? まったく逆じゃない。教団のほうが通じてるってのに何を・・・」


「査問にあたり他の幾つかの国と貴族も槍玉に上がっておりますが、クロフォード公爵家は疑惑貴族代表として対象となっていますの」



 ――ドイツ王国は魔物と内通している――


 その話を聞いたとき、わたくしはなにを馬鹿なことを、と一笑に付した。

 だけれども今この状況下になってしまうとその濡れ衣が自作自演を成立させるための筋書きと理解できる。



「魔物と通じてる疑惑って? 教団じゃあるまいし、あんな知性の欠片もない生き物と何をどうやって?」


「・・・お父様の率いる貴族連合軍が展開する地域は魔物は、それに合わせて逃げ出しているそうですの」


「え? 魔物って猪突猛進で逃げないよね?」


「そうね、あたしがこれまで見た魔物もそうだったと思うわ」


「ですが現に先日のこの惨事が起こってから、そのような事象が確認されているのですわ」



 ジャンヌ様もさくら様も吃驚されている。

 常識が覆されていくことが起こり過ぎていた。



「つまり『貴族連合軍は魔物と通じ世界戦線を押し上げているふりをしている』って?」



 さくら様もリアム様も、信じられないものを見るかのようにジャンヌ様の言葉を聞いている。



「『そうして守っていると恩を着せ小国から富を吸い上げようとしている』――と」


「仰るとおり。それが今回の査問の内容ですの」


「何を馬鹿なことを言ってるの!? 姉貴のパパがどれだけ身体を張ってると思ってるのよ!!」



 犠牲を払ってこれだけ貢献しているのに「査問」などとはいったいどういう了見なのかと。

 我が事のように怒りを露にしてくださるジャンヌ様。

 それを見てわたくしの溜飲が下がる。

 理解者がいるというのはこれほどに心強いとは。

 わたくしは改めて友人以上の彼女らに感謝した。



「・・・姉貴。あたしは嫌な予感がする。そんな吊し上げの会議には行かないほうが良い」


「ジャンヌ様。これは貴族の責務、ノブレスオブリージュですの。誤った道を歩む貴族を正すのもそのひとつですわ」


「でも! 下手すると魔女狩りになる!」


「ええ、承知しておりますわ。それでも我らドイツ王国が、クロフォードが人類の旗印となるために行きますの」


「ソフィアさん・・・」



 さくら様もジャンヌ様もリアム様も。

 わたくしを心配そうな目で見つめている。

 そこまでわたくしを想っていただけるなんて。

 それだけで勇気付けられる。

 わたくしは自然と笑みを浮かべてその返礼とした。



 ◇



 会議の手配に世界戦線の戦況確認、そして教団の動向を探る。

 更には各国の実態の把握。

 いちばんは武様の、アトランティスが無事なのかどうか。

 それらの指示に奔走されているうちに日が暮れた。


 ジャンヌ様はひと休みしたところで「あたしはあたしにできることをやる」と夜の闇へ消えて行った。

 諜報活動をするとリアム様も連れて、だ。

 教団と魔物の繋がりを探ってくるという。


 わたくしが一段落したときには既に20時を過ぎていた。

 クロフォードの名を使って行う通達などは緊張する。

 お父様の代理とはいえ、貴族としての正式な通知には変わりないのだから。



「ふぅ。こんなことに忙殺される暇は無いのに・・・」


「ソフィアさんお疲れ様です。あれだけ動いたのですから少しは休憩してください」


「はぁ、まったくですわ。どれもこれも魔物が来なければ済んだ話ですのに」



 さくら様へ八つ当たり気味に愚痴を吐く。

 苦笑しながらもこうして付き合ってくれていることが嬉しいわ。

 予想外の重責にも彼女が一緒に居てくれるだけで心強い。

 むしろわたくしが一緒に居させられる・・・いや、今は考えない。


 メイドから紅茶を受け取りひと息つく。

 アッサムレモンティーの芳醇な香り。

 雑事から思考を解放してくれる。


 明日の会議は荒れそうだ。

 ただでさえ許し難い情報を把握してしまった。

 恐らくは割れることになるだろう。

 それでもクロフォードの矜持は貫く。

 改めてわたくしたるアイデンティティを確認した。


 さくら様は紅茶に口につけたようだけれどもすぐにカップを置いた。

 メイドにミルクと砂糖を要求しているのを見てくすりとしてしまう。

 相変わらず苦い味わいが苦手なのね。

 彼女らしくて可愛らしい姿。


 少し落ち着いたところでばたばたと廊下を走る音がした。

 屋敷で走るなんて誰かしら。

 家格に相応しい振る舞いをすべく教育的指導が必要ね。

 入って来た者に言い渡そう。

 眉をひそめて扉が開くのを待つ。

 案の定、コンコンコンとノックしたのに返答も待たずに扉が開かれた。


 果たしてやって来たのは我が家の家令だった。

 齢70を超えクロフォードに長年仕える白髪の男性、ロベルトだ。

 沈着冷静な彼が息を切らせる姿を見たのは初めてかもしれない。



【お嬢様失礼いたします。無作法をお許しください】



 端麗なドイツ語で告げる彼。

 慌てているはずなのにゆったりとしたその声色に改めてこの家に帰ったと実感する。


 ロベルトは目配せでさくら様が居ても話して良いか尋ねる。

 わたくしは大袈裟に頷く。



【良いわ。急ぎでしょう、続けて】


【は。お嬢様が最優先と仰られた件がわかりました】


【! アトランティスのことね。何がわかったのかしら】


【申し上げにくいのですが・・・アトランティス大陸が消滅したとのことです】


【はい!?】



 がたん、と反射的に椅子を蹴って立ち上がってしまう。

 揺れた机のティーカップからぱしゃりと紅茶が零れた。



「ソフィアさん!?」


【消滅、ですって!?】


【は。各種観測装置がすべてゼロ値を示したとのこと】


【消、滅・・・】



 立ち上がったというのに力なく椅子にへたり込むわたくし。

 ミルクと砂糖を持って来たメイドが、零れた紅茶を見て慌てて拭き取っていく。


 感情に振り回されては駄目。

 取り乱したところで変わらない。

 努めて冷静に。

 今は無になるの。

 日に何度も醜態を晒すものじゃない。


 それに彼の死を聞いたわけじゃない。可能性がある、というだけ。

 事実だけ伝えれば良いわ、事実だけ。

 それだけ言うのよ、ソフィア。



「ソ、ソフィアさん? どうしたというのですか?」



 ドイツ語をご存じないさくら様が目を丸くしている。



「さくら様。落ち着いて聞いてくださいまし」


「はい」



 わたくしの抑揚のない声に彼女もただ事ではないと察する。

 彼女のその表情を見て逡巡した。


 彼女に言うの? これを?

 高天原で告げたときでさえアレだったのに。

 パンドラの箱を開ける気分だわ。


 息を飲むさくら様。

 わたくしも別の意味で息を飲む。

 でもここで言わない選択肢はない。

 いつかはわかることなのだから。



「アトランティス大陸が・・・消滅したのですわ」


「――――――――」



 無機的に告げるわたくしの声。

 対するさくら様は目を見開いて――。


 がたん、どさり。



「さくら様!?」



 彼女は目を見開いたまま、こと切れるように椅子から崩れ落ち床に伏せてしまう。

 わたくしもすべてをかなぐり捨てて意識を飛ばせれば楽だったのに、と。

 一瞬だけ浮かんでしまった無責任な感情を一蹴した。





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