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■■ソフィア=クロフォード's View■■


 超人類救済教団の演説の後。

 しばらくの沈黙が訪れていた。



「・・・『超人類』は存在する」



 静寂を破ったジャンヌ様の言葉に皆が目を見張った。

 超人類などという信じ難い存在を肯定したのだから。



「あの教祖が言っていたわ。超人類による『大いなる意思』の導きで動くと」


「『大いなる意思』・・・その超人類の助言ということでしょうか?」


「そこはわからない。でも『超人類は空から訪れる』とも言ってた」


「でも空を飛んだら魔物に撃たれちゃうよね」


「・・・もしかして、超人類は魔物の仲間なのでしょうか」


「それに身を喰らう蛇(ウロボロス)が例の教団と同一と考えると、魔物と仲良くしていても不思議ではございませんわね」


「えーと? 超人類と魔物と身を喰らう蛇(ウロボロス)は仲良しだってこと?」


「そうね、その可能性が高い」



 わたくしたちが知る状況証拠だけを積み重ねた結論。

 実際に裁判にかけるわけではないので今はこれで十分だ。



「あ~あ、頑張って基地を潰したのになぁ。ほとんど意味がなかったってこと?」


「ドイツ国内から排除できただけでも十分ですわ。内憂外患となると目も当てられませんもの」



 実際、もしドイツ国内に火種が残っていれば魔物との闘いどころではない。

 だからこそ先立って身を喰らう蛇(ウロボロス)を叩いた。

 世界政府をはじめとした、魔物に対する活動すべてに敵対する組織を。



「いずれにせよ教団が今の魔物の侵攻、最終戦争(アーマゲドン)に関わっているのは間違いございませんわ」


「魔物は人間を殺す。身を喰らう蛇(ウロボロス)も『浄化』と称して人間を殺す。どっちも厄介な存在ね」


「ええ、だからこそ、世界戦線の再構築を含めた戦略を整えませんと」



 そう、お父様と話をして、作戦会議という名の集まりに出席を・・・

 まさに動こうとしたそのタイミングで、突然、どかんと突き上げるような振動が足元を襲った。



「うわぁ!?」


「きゃぁっ! じ、地震ですか!?」



 リアム様とさくら様が立ち上がり様子を伺っていた。

 揺れは収まる様子を見せず、ばりばりと天井が剥がれ落ち、電灯が一部消えて暗くなる。

 ジャンヌ様がばっと駆け出し出入口の扉を開けていた。

 だけれどもわたくしは冷静に椅子に座ったままだった。


 ふふふ。

 このタワー・オブ・チーパー・バベルは豪奢、堅牢な建物として著名だわ。

 だからこそ公爵家の居所のひとつとして選ばれたのだから。


 突然の地震に落ち着いているのはわたくしが日本で地震に慣れてしまったから。

 滅多に地震の起きないドイツ育ちのわたくしは、高天原学園に入学するまで地震を体験したことがなかった。

 当初は取り乱して泣き喚いてしまい、揺れに慣れている日本人に醜態を晒してしまった。

 その時の武様やさくら様の落ち着きようといったら。

 「このくらいなら逃げなくても大丈夫」と平然としていらした。

 自身の慌てようと比してあまりの格差に愕然としたわ。


 そう、このくらいの揺れならば平気なはず。

 取り乱すなんて見苦しい真似、淑女がすることではないの。



「・・・それにしてもちょっと脆すぎるんじゃないかしら」



 天井が剥がれ落ちるなんて設計ミスかもしれない。



「危ないです、ソフィアさん! 早く!」



 いつの間にかほかの3名が出口へ向かって駆けていた。

 え? 避難が必要な揺れなの?



「姉貴! 急いで!」


「ジャンヌ様、慌てすぎですわよ」


「日本と違って欧州の建物は耐震性が低いの!! 走って!!」


「ひっ!? krass(吃驚ですわ)!!」



 そういう重要なことは最初に言ってほしいわ!

 慌てて駆け出すわたくしが立っていた場所に落ちて来る天井。

 それを避けながら地下室から脱出するわたくし。

 轟音と崩落から生じる土煙を後ろに何とか階段を駆け上り、道路を目指す。


 日本で震度5程度の揺れを2回も経験した結果、こうして突然の揺れに驚かなくなったのに。

 結局、怖がることが正解だなんて!


 ビルの崩壊に巻き込まれないよう、わたくしたちはロビーを抜けて外へ飛び出す。


 陽光を感じ危険な場所を抜けたと軽い安堵を抱いた。

 屋外の空気で荒げた呼吸を整える自分を想像する。

 これで難は逃れたと。



「ああ!? 姉貴、避けて!!」



 先行していたジャンヌ様が振り返り叫んでいた。

 ビルの硝子や外壁が落下してきているのかと上方を警戒したわたくしの身体は、何かを視認する前に大きく突き飛ばされた。



「ソフィアさん!!」


「きゃっ!?」



 どん、と後ろから突き飛ばされる。

 それがさくら様によるものだと察したときには、数メートル先に頭から地面に滑り込むような体勢だった。


 淑女たるもの、衣服を破るわけにはいけませんわ。

 そのまま両手を地について受け身を取り、ハンドスプリングで回転し華麗に着地する。

 これが競技であれば相応の点数をつけてもらえるくらいに極まった動きを自負する。


 だけれど轟音とはじけ飛ぶ砂煙に着地した身体が押され、ふたたび回避のために距離を取ることになった。



「姉貴、大丈夫!?」


「ええ! 何がありましたの!?」



 わたくしは崩落の轟音と瓦礫が入り乱れる後方を振り返った。

 出て来た入口にだらりと黒く太い何かが垂れ幕のように下がっている。

 よく見ればそれは何かの触手のようにうねうねと動いていた。


 溶岩が固まったような黒くてごつごつとした表面のそれの先を目で追う。

 垂れ幕は尾だった。

 そこにいたのは体躯は20メートルを超える化け物だ。

 もっとも例えが近いのは竜であろうけれどその手足も見た目は黒い岩だ。

 地竜とは異なり翼があり蝙蝠のようなそれを広げると体長の倍はあるほどだ。

 その巨躯が鳥が羽を休めるかのようにビルにしがみついている。

 タワー・オブ・チーパー・バベルは、僅か数年のうちにその威容を失うことになった。



「魔物、ですの!? あんな魔物、記録にございませんわ!」


「姉貴、さくらが中にまだいる!」


「え、さくら様!?」



 わたくしを突き飛ばしたさくら様はロビーにいた。

 あれの尻尾を回避できるようわたくしを突き飛ばし、自らは反動で内側に残ったのだ。

 彼女は目の前にいるあれのせいで出るに出られぬ状況になっていた。



「――紅魔槍(フィン・マクール)


「――神穂の稲妻(ブリューナク)



 ジャンヌ様とリアム様が臨戦態勢を取る。

 わたくしも、と先に脚に風を纏ったところでそれは聞こえた。



――我はメガリス。天よりの浄化を担う者――



 聞こえた、というよりも襲い掛かって来た、という表現が近い。

 それは声ではなく魔力の波動だったのだから。

 その証拠に耳を覆いたくなるような大音声に、鼓膜にはまったくと言っていいほど影響がない。

 代わりに身体の芯を揺さぶられるような衝撃が走るのだから。



「な、なに!? アレが喋ってるの!?」



――哀れで脆弱なる写し子(・・・)どもよ、その身を捧げよ――



 まるで突風の中で吹き飛ばされぬよう、風に逆らうかのように。

 強烈な波動に耐えるよう両足を地面に張り立てた。

 波動は人間の魔力に直接に叩きつけられていた。

 魔力に関わる訓練をしていない者では耐えられないほどの。


 目の前のおふたり、さくら様は声の影響を受けなかった様子。

 でも2度目の咆哮にわたくしは動揺していた。

 気丈に振る舞う外面が破壊され、臆病な心の中が露出してしまっていた。

 あの巨体が、その言葉が、わたくしを恐怖の色に染め始めていた。


 いけない。

 飲まれては駄目。

 そう気丈に振る舞おうとしたとき。



「あああ、た、た、助けてくれ」



 近くで逃げ遅れた年配の男性が腰を抜かしてた。

 あの波動で力が抜けてしまったのだろう。


 彼はまずい、この場であれに暴れられたら犠牲になってしまう。


 幸いにしてほかに逃げ遅れた人は見当たらない。

 彼だけを救護すればこの場での荒事は平気だろう。

 そう判断してわたくしは指示を出す。



「ジャンヌ様、リアム様! おふたりはメガリスなる生物のお相手を。わたくしはこの方の避難をいたしますわ!」


「りょーかい! リアム、行くよ!」


「うん!」



 おふたりは迷わず地面を蹴る。

 わたくしも力の抜けていた脚に気を入れ、倒れた男性の傍へ駆け付けた。



「しっかりなさってくださいまし!」


「お、おおお、おおおお・・・」



 男性は驚いた表情のまま腰を抜かしていた。

 これは自力では無理。ならば――



「失礼。安全な場所まで行きますわよ!」


「あわ!? あわわわわわ!!」



 わたくしは動揺する男性を両腕で抱きかかえるとそのまま風に押されて駆け出した。

 1分も経たぬうちに数百メートルを駆け、大きな公園の一角にあるベンチに彼を下ろす。



「ここであれば安全でしょう。落ち着いたら改めて避難なさってくださいまし」


「お、おお・・・すまん、すまん、ありがとう・・・」



 何とか言葉を紡いだ彼が安堵できるよう微笑みを返してからわたくしは現場へ足を向ける。

 だけれどもその足取りが重い。

 先ほど感じてしまった鉛のような恐怖がぶら下がっていた。


 往復でおおよそ2分程度の距離。

 結局、戻るまでに4分かかってしまった。

 その間にいくつもの轟音が響き、赤や茶の閃光がばちばちと飛び散るのが見えた。



「わたくしも支援いたします! ――竜角剣(クリスナーガ)!」



 固有能力(ネームド・スキル)具現化(リアライズ)する。

 竜角剣と呼ばれるエストック状の赤みを帯びたこの剣がわたくしの得物。

 緑の魔力が具現化したそれは、重さを感じず、それどころか羽が生えたかのように身体が軽くなる。

 それ自体が意思をもってわたくしの思い描く軌跡を紡ぎ出してくれるのだ。


 この剣が臆病なわたくしを鼓舞してくれると信じて握りしめる。

 でも心の中に巣食った暗い何かは消えてくれなかった。


 ・・・この具現化(リアライズ)でクロフォードは成ったのよ。

 お爺様の代より貴族の義務ノブレス・オブリージュを体現するための力。

 たとえ他の家より蔑まれるようなことがあろうとも。

 誇り高きクロフォードは決して魔物には屈しない。

 弱き人々を守る盾となるべく、あらゆる場に駆け付けるの。



「・・・さくら様を助けるの!」



 自らを鼓舞し、努めて冷静に。わたくしは状況を把握していく。


 ビルのロビーには未だ、さくら様が飛び出すことができずにいた。

 でもビルに戻ると建物の倒壊は間近だ。

 上部は芯の部分を残して崩れ、残りの部分もメガリスが枝のように掴んだ部分から徐々に崩落していく。

 あれ(・・)はビルから離れる気が無いらしい。

 ジャンヌ様やリアム様の攻撃で身体を捩るたび、その巨大な足で掴み直したビルが枯れ枝のように崩れていた。


 メガリスはさくら様を囲っておくことでわたくしたちが逃げ出せないと踏んでいるのか。

 まるでこちらを弄ぶかのようにジャンヌ様とリアム様を攻撃していた。


 強烈な竜の吐息(ドラゴンブレス)は広周囲を焼く。

 大きく避けねば瞬時に焼き尽くされてしまいそうなほど。

 ジャンヌ様は魔槍で隙をついて攻撃しようとしているけれども、激しく凄まじい速度で振り回される尾がそれを邪魔する。

 人間の胴の数倍はある太さの、まるで岩石のような塊がうねうねと踊っているのだ。

 あの重量と速度にぶち当たれば人間など一瞬で吹き飛ぶだろう。


 がらり、と大きな外壁が崩落してさくら様のいるロビー前に落下する。

 破片を避けるためにさくら様が避けたようだけれども、奥も塞がっているのか飛び散った破片に当たってしまったようだ。

 まずい、もう時間が無い。

 ビル自体が倒壊してしまう。


 リアム様の魔弾が何度かメガリスの身体を貫通しているが、どうも効果が薄い。

 岩のようなもので構成された体躯のせいかと思い観察すると、開いた穴が徐々に塞がっていく。



「再生までするというの・・・!」



 再生速度はそこまで速いようには見えない。

 何とかして身体をばらしてしまえば決着はつくだろう。

 だが身軽なジャンヌ様を以ってしても近寄れていない。

 死角からわたくしが行くのが望ましい、そう判断した。


 わたくしの重たい脚に追い風があることを確認して。

 その疾駆で反対側まで回り込む。

 このまま飛び込み、少しだけ細くなっているあのメガリス首元を落とす。

 恐らく斬り落としてしまえば再生もできないだろう。


 戦術を立てたところで頭の中で計算する。


 リアム様の魔弾が貫通しているのだから、この剣が弾かれるほどの魔力抵抗はないはず。

 見た目どおりの岩石程度の硬度と判断できる。

 ならばあの首であれば魔力出力はこの程度で良い。


 問題は気付かれた場合だ。

 吐息(ブレス)は溜めがあるので振り向き様に喰らうことはない。

 尾撃とあのビルを掴んでいる手による爪や掴みが脅威だ。

 一撃の後の離脱前に喰らってしまうかもしれない。



「早く、さくら様を・・・」



 でも失敗するとわたくしだけでなくさくら様も危険に晒されてしまう。

 必ず初撃で首を落とし、仮に攻撃されたとしてもその意思を奪って避ける。

 そうなるよう、全力をもって飛び出し、あの首を狙うのみ。

 身体を張って惹きつけているジャンヌ様とリアム様の限界が来る前に。

 わたくしがここでやるしかない。


 はぁはぁと自身の息があがり、動機が激しくなっていることに気付く。

 いけない、どうしてまた(・・)出てしまったの!


 考えてしまったのだ、失敗する自分の姿を。

 闘いで抑えつけるべき恐怖はわたくしの心を満たしていく。

 尾撃に吹き飛ばされ叩きつかれる自分。

 ビルが倒壊して押し潰されるさくら様。

 最悪の映像が再生されるたび、脚が、手が、震えた。

 ぎゅう、と心臓が締め付けられる。



「――できるわソフィア。できるの」



 小声で自分に言い聞かせる。

 震えは止まらない。

 目から涙が溢れ出ている。

 ああ、駄目、駄目!

 ここで怯んでは、その最悪を自分で引き寄せてしまう!


 投げ出して逃げてしまいたい。

 臆病な願望が首をもたげてくる。


 どうすれば。

 どうすれば!


 焦る気持ちが一層、わたくしの首を絞めていく。

 いけない、いけない!


 気付けば地面が目の前にあった。

 膝が砕け、両手を地面についていた。

 呼吸が止まり思考が鈍っていく。

 いよいよ視界が闇に包まれて・・・。

 ああ、駄目。さくら様が!

 駄目よソフィア、こんなところで――



――立ち上がれソフィア!!



 絶望の闇に1滴、光が差した。

 震えが収まり、深く息を吸い込む。

 闇が晴れ思考が戻る。



――誇り高きクロフォード家の長子にして『果敢なる令嬢』!!



 膝に力が入り、立ち上がる。

 メガリスが此方に気付き、その口に魔力を溜める。



――お前はどんな恐怖にも負けない強者になれるんだよ!!



 そう、わたくしは、負けない。

 彼に認められ、鼓舞されたわたくしは、誰にだって、負けない。

 たとえあの吐息(ブレス)が放たれようと、その先へ進める。


 地面と水平に、上段に竜角剣(クリスナーガ)をメガリスに向けた。

 牡牛の構え。

 ひとつの呼吸。

 狙いは1点。

 何物も、この一撃は止められない。

 必ず、届く。


 吐息(ブレス)が吐き出されるその瞬間。

 動きが停止するその瞬間。



「――疾風突(ヴィントシュトース)!」



 疾風となったわたくしの刃は、吐息(ブレス)を溜めたその首を貫いた。





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