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■■橘 香's View■■


 高天原学園の校門は閑散としていた。

 入校は身分証を見せ世界政府関係者と名乗ってパスする。

 世界政府関係者になれたことは良いけれど、それが世界の有事のお陰だと考えると素直に喜べない。


 多くの学園生を動員している関係でこの場に残っている生徒は多くないそうだ。

 街中はもちろん敷地内でも訓練をしている生徒の姿は疎らだ。



ツテ(・・)ねぇ。黒磯軍曹も無茶を言う」



 私のPEに入っている高天原学園関係者の連絡先。

 武をはじめに生徒会長のアレクサンドラさん、凛花さん。

 それから武の周りにいるなんたら協定の6人。

 知っている範囲は押さえていた。


 ただ、先日の件がある。

 相容れない関係者とは顔を合わせたくない。

 私が連絡を取っても良いと思う人は()と、彼女(・・)だけ。


 そして私が知っている限り、今、この学園に知己は誰もいない。

 遠征中だったり休学中だったりと、皆、出払っているはずだ。

 あれ(・・)から色々と動きがあったようだけども武もいないのでわからない。

 軍曹の言いつけではあるからダメ元で彼に連絡を入れてみた。



 ◇



 幸いにして連絡の取れた彼は生徒会所属だったはず。

 この学園の生徒会は権力が強いので融通も利くと信じたい。


 待ち合わせ場所となった食堂へ行くと、奥の席に彼の姿があった。

 濡れ羽色の美しい女性のような髪。

 少し暗い雰囲気ながらも意志の強さを伺わせるその表情が人を惹きつける。

 私に1番が居なければ、彼に惹かれていたかもしれないと思うほどだ。



「こっちだ、橘先輩」


「結弦君、時間を作ってくれてありがとう」



 促されるまま私は席に着く。

 夕方に押しかけたというのに応対してくれるのは有難いというほかない。



「良かった、ちょうどさっき出雲から戻ったところだったんだ」


「そうなんだ。偶然でも助かったよ、疲れてるところをごめんね」



 休学をして遠出をしていたという彼が偶然にも戻っていた。

 運が良いというほかない。



「えっとね、私は今、インターンで世界政府軍の所属になってるの」


「え? 橘先輩、まだ学生なのに。インターンで軍属って稀だって聞くぞ」


「この情勢でしょ。人手不足で青田刈りされただけね」


「はは、刈られるほどに優秀なんだよ」


「ふふ、口でうまい事を言っても、高天原学園の人に言われると嫌味にしか聞こえないなぁ」



 日本人らしい世辞の世間話。

 この国際学校では珍しい会話かもしれない。

 でもこれは前座。

 互いに知っている世間話をしただけで何の情報量もない。



「それで、早速の本題でごめん。軍で至急、魔力傷薬(ポーション)が必要になってね。生徒会経由で融通してもらったりすることはできるかしら」


魔力傷薬(ポーション)か。もしかして恐山の封鎖作戦で必要になってる?」


「え!? 一般に情報は流れていないと思うんだけど・・・。ん~、どこに使うとは立場上、言えないのだけれど。ご想像にお任せするわ」



 これで答えを言っているのはわかっているけれど、肯定をしていないという事実が必要だ。

 そこは彼もわかってくれるはず。



「そうか。とにかく必要なんだよな。学園の在庫もそこまで多くなかったと思うけど融通はできるはずだ」


「ありがとう、助かるわ」



 正直、武の関係もありほかのSS協定のメンバーには会いたくない。

 特にさくらには今は顔を合わせる気がない。

 だから彼らが不在のうちに用件が済むのは有難い。



「・・・ところで魔力傷薬(ポーション)よりも良いものがあるんだけど、興味はあるかな?」


「え? 良いもの?」


「ああ。効率も良くて効果も高くて。それにオプションをつければ前線の魔物を恐山まで押し下げることができるかもしれない」


「へぇ? でもタダではないんでしょう」



 彼はいったい何を言っているのか。

 怪しい通販のような言い回しに少し苛ついてしまうけれど、合わせてあげる。


 都合の良いモノは存在しない。

 タダで手に入るわけもないし想定以上の効果が出ることもない。

 そう理解しているはずなのに真面目そうな彼から冗談が飛び出るとも思えない。

 だからその話に興味があるように返事を返した。


 正直、私は具現化(リアライズ)のことも、アーティファクトのことも、魔物のことも良くわからない。

 知っているのは武と一緒にいたときに周りで起こったことだけだ。

 だからこれが良いとかあれが良いとか言われたところで判断はできず持ち帰るだけだ。


 彼の闘神祭での活躍は目の当たりにして知っている。

 魔物をばさばさと斬り捨てるくらいの力のある子だ。

 その優秀さを考えても、こうして振られた話に水を向ける価値はあると思えた。



「ちょうどそっち方面へ持っていく予定だったんだ。良い交通手段がないからご一緒できればな、と」



 ◇



 日本軍の2166式5t輸送トラック、愛称ダブロクで知られる大型の飛行輸送車。

 乗員30名と装備重機時速200キロメートルを超える速度で低空輸送できる。

 現在、日本近辺での軍事輸送にはこのダブロクが活用されている。

 大型砲台を武装しないと魔物への対策にはなり得ない。

 だから武装を必要としないこの量産車は格安で軍の足として十分に活躍していた。


 インターンを始めてから内勤ばかりの私は、この日、初めて現場へ赴くことになった。

 高天原学園で確保した魔力傷薬(ポーション)をはじめとした補給物資を詰め込んだ輸送車に搭乗して。

 最前線の兵站担当者に直接に届けるという任務。

 黒磯軍曹には「東北旅行良いなー!」と羨ましがられたが、現実問題として最前線まで行くのだから命の保証はない。

 恐怖の実感もないが、それは私が闘神祭で一般人ではありえない経験をしたお陰だろう。



「まさかこんな形で会うとは思わなかったわ」


「それはこちらのセリフよ、澪さん」



 聖堂のシスター、飯塚 澪さん。

 武絡みで闘神祭ではお世話になった。

 彼女は武の師匠でもあるそうで、彼の具現化(リアライズ)の修行をしてくれたという。


 でも私と彼女とでは目的が違う。

 そのことは先日の情報交換で把握していた。

 彼女は『魔王』を倒し世界を終焉から守ることを至上としている。

 そのためにアレクサンドラさんや恵さんと協力している。

 それはあの日に聖堂でした情報交換で教えてもらった。


 あのとき私が提供した情報は武が『ゲーム』の結末を実現するために動いているということ。

 すなわち魔王打倒を目指して、そこから外れる動きを良しとしないということだ。

 この点を澪さんは知らなかった。

 以前に武が発言したという内容は『未来を知っている』だけで『ゲーム』とは言わなかったそうだ。

 だから単一のシナリオに従って彼が動いていると思っていたという。


 でも『ゲーム』ならば前提は異なる。

 試行錯誤の末の最適解を知っているからだ。

 それを聞いた澪さんは深く考え込んで「なるほど」とひとこと、呟いていた。



「思ったよりも乗り心地が良いのね」


「現地まで疲労を感じさせないよう、乗り心地も追及されたという輸送車らしいの」


「ううん、この車があれば出雲であんなに苦労しなかったのに。恵が頑張ってくれれば・・・」


「ええ~、無理だよう! 軍用車なんて手に入るものじゃないし!」


「でも今回、結弦は手配してくれたわよ」


「そんなぁ・・・私、頑張ったのにぃ~」


「冗談よ。貴女が居てくれなければ、私はここに居なかったのだから」



 結弦と交渉をした結果、魔力傷薬(ポーション)を提供する代わりに、一緒に人を3人、運ぶことを依頼された。

 3人とは結弦と、澪さんと、恵さん。


 澪さんは高天原学園の生徒が展開する前線まで赴いて治療に当たるという。

 なんでも学園生徒をここで消耗させないため、だとか。

 なるほど、魔王と戦うのであれば戦力を維持する必要があるだろう。


 恵さんは結弦と同行して調査をするとだけ聞かされた。

 正直、いったい彼女が何をしている人なのだろう。

 武の所属していた具現化研究同好会の先輩で、世界語の先生だったという情報しかない。

 あとは闘神祭の成果で武とデートをしたことかな。

 どうも新人類(フューリー)に詳しい人だということくらいしか知らない。

 おっとりに見えて、ひと癖のある人だと思う。


 結弦は恐山へ行くという。

 魔物が発生している現場まで行くというのだから驚きだ。

 これだけ軍を始めとした部隊が対応している元凶を抑えに行くというのだから。

 素人目には命知らずに思える。

 でも彼は主人公(・・・)だ。

 闘神祭での鬼神のような闘いぶりを見ていたからこそ、事態を打開しそうだという期待を抱いてしまう。



「あの、澪さん。ほんとうに無償で治療に協力してくれるの? 前までは請求していたって聞いたよ?」


「ああ良いの。今、ここを支えておかないとこの先に支障が出るから。これは私の信念ね」


「・・・わかった、軍が指揮下に入れとか指示を出さないよう言っておくわ。あくまで同行者という扱いをするように」


「ありがとう。組織に頼ると何かと面倒なことが多いから助かるわ」



 満足そうに頷く澪さんの表情は柔らかい。

 以前、聖堂で会したときは秘密主義のように感情を顔に浮かべることがなかったのに。

 もしかして同志として気を許してくれるようになったのかと思ったが、早計かもしれない。

 私の真意は誰にも話をしていないのだから慎重になろう。



「到着したら私は救護場所へ直行する。結弦と恵はそこから前線を目指してちょうだい」


「うん、玄鉄君についていくね」


「了解。恐山で同じことをすれば良いんだよな?」


「ええ。香のお陰で時間をかけずに現地まで行けそうで良かった」


「軍としても貴方たちの同行は助かるわ。軍曹も『無料ならいくらでも協力して』と喜んでいたし」



 そう、今の世界政府は余裕がない。

 資金的にも人材的にも、世界的な騒動に収拾をつけようと全リソースを投入している状況だ。

 だから高天原学園のような即戦力からの申し出は喜んで受け入れて協力してもらっている。

 それでも今のようにピンチに陥っているわけだけど。


 さすがに遠足ではないので口数は少ない。

 皆が口を噤んでしばらくしたところで私は澪さんへ疑問をぶつけた。



「・・・澪さん、少し聞いても良いかしら」


「なに?」


「今回のこの世界的な魔物の侵攻。これが前に言っていた聖句『地より陰が溢れしとき滅びは加速する』のことなのかな」


「そうね、私はそう考えている」


「そうであってほしくない、と思っていたんだけれどなぁ」


「うん、それは願望ね。現実を直視しない妄想寄りの」



 辛辣な言い回しに面食らってしまう。

 人並みに表情が戻ったとはいえ、彼女は相変わらずの毒舌家でもあった。


 そこからまた言葉が継げずにいた。

 ただ、ごうごうと車が風を切る音ばかりが響いていた。



 ◇



 それから小一時間は皆、じっと座っていた。

 会話のひとつもないのは寂しいけれど、私も楽しく会話する気分にならなかった。

 恵さんと結弦はときたま小声で会話をしているようだけど、席が遠いのでわからない。

 


「香」



 不意に澪さんが隣にいる私にだけ聞こえる声を出した。



「どうしたの澪さん?」


「こうして普段どおりの冷静な態度でいるから心配になって」


「冷静? うん、慣れないけれど慣れないとやっていけないから」


「そう。もっと不安そうに怯えたり、大声で喚いたりするかと思っていた」



 運用課は主に派兵や兵站など、戦いまでの差配を担う。

 だからこうして補給物資を輸送をするのも仕事のうち。

 所属は腐っても軍属だ。

 混乱や戦いが起きているからといって恐怖に支配され、右往左往する身分じゃない。

 守ってもらう側ではなく守る側。

 怯えて何もできないのなら所属する資格はない。


 澪さんは闘神祭で魔物との闘いの際に立っていた私を知っている。

 どうして今更、そんなことを言うのだろう。



「私、怖がりに見えるのかな?」


「強がっているように見えたの。恐怖は誰にでもあるものだから抱え込み過ぎるのも良くない」


「うん、怖いことは怖いけどね。でも怖がって逃げたら誰がやるのかって話」


「そう、とても殊勝ね。誰かさんにも爪の垢を煎じて飲ませてあげたいくらいに」


「う~ん? 単に付き添ってるだけなのにそんなに褒められること?」



 私の今の任務はこの確保した魔力傷薬(ポーション)を現地まで運ぶこと。

 いわゆる物資の輸送、裏方の仕事だ。

 実際に運転するのは現場の人だし運ぶのも現場の人。

 私は単に、業務上の連絡を取り合った各地の担当者との顔つなぎで同行しているだけだ。

 要するにお荷物である。



「私は同じことになったときに、あまりの恐怖で動けなかったから」


「え? 澪さんでもそんなことになったの?」


「ええ。抗いきれないくらいの恐怖で頭が真っ白になって、自分が何をしているのかわからなくなって叫んでしまって・・・」



 それはいったいどういう状況だろう。

 魔物が居る場所。

 闘いが行われている場所。

 命のやり取りを行うその場所は私の想像以上に過酷で恐ろしいということなのか。

 もし闘神祭のあの死を覚悟したときよりも過酷だというのならば。

 私はとんだ勘違いをしていることになる。


 数々の修羅場を抜けた、それこそ恐怖知らずという評判さえある澪さんが恐怖で動けなくなるなんて。

 誰しも『初めて』はあるけれど、そこまでの恐怖は私には想像がつかなかった。



「たぶん、だけど。きっと大丈夫だと思うの」



 これは『願望』だ。

 でもきっと私の困難はどうにかなる。

 そう思っていた。



「そう、強いのね。私も彼のことが何かわかり次第、連絡をするから」


「え? 彼?」


「え?」



 私の反応に澪さんは眉根を寄せた。

 あれ? 澪さんは鉄面皮だと思っていたのに。

 こんな表情もするんだ?

 ・・・じゃなくて。



「・・・香、貴女、聞いていないの?」


「え? 前線へこうして出向くことが怖いって話じゃなくて?」


「それはすぐに慣れる。貴女は闘いの現場にさえいたのだから」



 話が嚙み合っていなかった。

 ・・・ということは。

 彼女は何を言わんとしていたのか。

 闘いの場以上の、なにか、とても恐ろしいことを。


 勘違いをしていたことへの羞恥よりも。

 これから明かされる私の知らぬ、大きな恐怖に背中がぞくりとした。



「そう。いずれ知ることだから言うわ」



 澪さんは相変わらずの感情の読めない表情で言った。



「アトランティス大陸が消えたそうよ。学園からの遠征部隊とも連絡が取れないって」



 私の頭はその発せられた言葉の解釈を拒絶した。




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