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<まえがき>

 ラリクエをご覧の皆さまへ


 長らくご無沙汰しておりました。

 突然ですが前章のあとがきにて宣言したお約束を違えることをお許しください。


 現状、予定では終了しているはずの執筆が完了しておりません。

 予想通り何度も書き直し、10万字以上を闇に葬り去ってしまいました。

 ですがこれ以上お待たせするのも忍びないと思い公開を開始いたします。


 当面の間、3日に1話のペースでの公開になる見込みです。

 公開できる範囲でお見せしていきます。

 状況によっては区切りをつけて一時停止する可能性もありますのでご了承ください。


 完結までは必ず走り切る所存です。

 どうか長い目でお付き合いいただけると幸いです。



■■玄鉄 結弦’s View■■



 暗闇と静寂。

 人間が闇を冒涜しない限り、世界中どこにでも平等に訪れる虚無。

 あるのは、それをどこで、どのような状況で迎えるかという違いだけだ。


 こんな地の底で灯りが絶たれれば誰だって焦る。

 そこが安全でないとなれば猶更だろう。


 だがオレの焦りはそういった危険性からもたらされるものではなかった。

 持っていた刀、銀嶺を投げ捨て、倒れた彼女へと駆け寄る。



「澪先輩、澪先輩! しっかりしてくれ!」


「う・・・ゆ、ずる・・・」


「ごめんなさい! 無我夢中で・・・!」


「魔を斬った・・・聖剣・・・うっ・・・ごほ・・・ほんもの・・・」



 喋ろうとする彼女の身体を起こした。

 彼女が覆い隠していたカンテラが顔を出しぼんやりと周囲を照らした。



「これ・・・事故、よ・・・ごぼっ・・・」


「! 血が!」


「貴方・・・気に・・・ごほっ、ごほっ・・・病むことは、ない・・・」


「もう喋らないでくれ!!」



 闇の中で生きていることを実感させてくれるはずの光は、ともすれば絶望さえ露にする。

 彼女から流れ出る血が地面を覆っていることに気付かせてくれるくらいには。


 慌てているうちに澪先輩は目を閉じてしまった。



「――くそ、これじゃ足りない!」



 魔物と闘うのだからと念のため持って来ていた魔力傷薬(ポーション)

 震える手で持っていたありったけを斬創の治療のために処方した。

 だが表層が塞がっただけで、傷口からまだ血がじわじわと滲んでいる。

 当たり前だ、上半身を大きく斬り裂いた状態だったのだから。


 応急処置の魔力傷薬(ポーション)が足りない――!


 オレは直ちにここを脱出して澪先輩を助けようと思った。

 彼女の自発呼吸を確認し何とか一命を取り留めたことを確認すると、俺は彼女を背負った。

 銀嶺を腰に差し、その鞘にカンテラを引っかける。

 他の荷物は放棄する。今は邪魔なだけ。とにかく身体を軽くして。

 駆け出すと同時に背後に気配を感じたが、俺は振り返ることなく出口を目指した。



 ――――はずだった。



 オレは澪先輩に魔力傷薬(ポーション)を処方すると彼女に上着をかけ銀嶺を構えていた。



「――は?」



 おかしい。何がどうなった!?

 白昼夢か!?

 澪先輩を背負って走り出したはずだ!

 どうして、オレは構えている――?


 その疑問を溶かす暇もなく目の前に脅威が現れた。

 不穏な気配を放つ、龍脈を覆っている黒いドロドロから盛り上がる巨体。

 アレの形質が完成すると魔物になる。

 大きさからしてミノタウロスか、ドラゴンか。


 アレの完成を許してはいけない。

 そう本能的に察知したオレは銀嶺で一閃する。

 数メートルもの巨体を作ろうとしていたドロドロは、その場に力なくばしゃりと落ちた。

 そしてそのまま、魔力片となりきらきらと四散していった。



「魔物が龍脈から沸く頻度は高くないはず。なのにどうしてだ!?」



 その疑問に答える者などおらず。

 現実はオレに判断を迫る。

 再度、盛り上がりつつある黒い影から明確な害意を感じる。

 オレはもう一度、その影を一閃した。



「どうしてだ、どうすれば良い!?」



 龍脈の穴から魔物が次々と湧き出ようとしていた。

 まるで闘神祭のあのときのように――!

 これでは逃げたとしても魔物に追いつかれてしまう。


 斬り裂いた影が10を超えた時点でオレは考えた。

 このままでは澪先輩が死んでしまう!

 どうにかしてこれを抑え込んで脱出するんだ!

 出来るのはオレしかいない!


 闘神祭で武はあの状況をどうやって収めた!?

 穴を、龍脈の穴を塞ぐことで事態を収束させていた。

 ならばこの穴も同じなのではないか――。


 そう思い至り、オレは龍脈の穴のすぐ近くまで駆け寄った。

 次の影が起き上がる前に処置をしなければ。


 オレは銀嶺を黒い沼を突き抜けて龍脈に届くよう、斬撃を放った。

 空いている1メートル四方の穴の周囲を斬る。

 するとまとめて斬られた黒いドロドロの流れが途切れて霧散する。

 その下にあった龍脈の輝きが見えた。


 ほぼ真四角になったこの穴を塞ぐよう、周囲の壁の一部を斬った。

 刀で岩を斬るなんてアニメの見過ぎだと思ったが本能的にできるという確信があった。

 果たして綺麗に斬られた洞窟の壁は、その龍脈の穴を塞ぐよう倒れていく。


 がらがらがら、ずずず。

 地滑りが起きたのかと思うような振動。


 しばらくするとその揺れが収まる。

 穴は瓦礫で塞がれていた。

 漏れ出て来る龍脈の光もすべて瓦礫の下。


 漏れ出てくるかもしれない、と暫くそのまま構えていた。

 時間はないが100を数えるほど待機する。

 が、特に変化はなく、カンテラの光が寂しく洞窟を照らしているだけだった。


 ぴちゃん、という水滴が落ちる音。

 ひとときの間。

 その暗闇と静寂が、この状況の結了をオレに知らせていた。



「行くぞ!」



 オレは踵を返すと納刀した銀嶺を腰に差し、カンテラをそこにひっかけた。

 最後に澪先輩を背中に背負う。

 他の荷物をすべて放棄してオレは出口へ向かって駆け出した。



 ◇



 廃坑から出ると空は白んでいた。

 時間間隔が狂っていて今が明け方なのか夕方なのかさえわからない。

 わかっているのは澪先輩の命の蝋燭が燃え尽きようとしていることだった。



「はぁ、はぁ。澪先輩、ほら、空が見えるぞ!」


「・・・・・・」



 返事はない。

 オレは何度も澪先輩に話しかけながら走っていた。

 そうしないとすぐにどうにかなってしまいそうだと思ったから。


 澪先輩は小康状態。

 呼吸は浅いし体も冷たい。

 早く手当てをしないと危ない状態のまま。

 車まで戻れば予備の魔術傷薬(ポーション)があるんだ。

 何とかそこまで行ければ――!



「はぁ、はぁ、はぁっ・・・くそっ、もっと、もっと早く・・・!」



 澪先輩は小柄で軽い女の子。

 それでも人間をひとりを背負う重量は相当なもの。

 マラソンが苦手だったオレは、高負荷下で走る訓練をしていない。

 登り坂が激しく体力を奪っていく。


 いつだったかレオンに重いザックを背負った走り込みに誘われたことがあった。

 そのときはマラソンを始めたばかりで持久力がなかったこともあり断ってしまった。

 その修行をしておけば――と詮無いことを思いながら、ひたすらに足を動かす。



「はぁっ、はぁっ! 澪、先輩、帰ったら、美味しいお茶、飲もう・・・!」



 彼女を背負うため両手が塞がっているので滴る汗を拭う余裕もない。

 視界が滲んで、汗で目が痛んでも、構わずそのままだった。


 あの峰を超えればあとは下りだったかな。

 そう記憶を辿りながら小高い峰を越える。

 がくがくと脚が笑い始めたところで意思とは無関係に身体が前方へ倒れた。



「ぶはっ!? はぁっ! はぁっ! はぁっ・・・」



 限界が来た。

 荒い呼吸が腐葉土の匂いを運んでくる。

 オレは自分の非力さを呪った。



「はぁ、はぁ、はぁ・・・うぐ、っくは、くそ!!」



 オレは彼女の護衛だぞ!?

 護衛が守るべき対象を死なせるなんて!

 そんなこと許されるわけがない!!


 自分を鼓舞する言葉を捻り出すと弱い部分を叱咤する。

 気合で立上り、崩れ落ちそうな脚を持ち上げ、次の一歩を始める。

 膝が笑う。呼吸が荒い。休みたい。

 もう駄目だろう、諦めろ。

 諦観が俺に休めと誘惑してくる。

 無理だ、無駄だ、と。


 そういえばまだアルバイト代を貰ってない。

 死なせてしまったら貰えないんだろうな。

 彼女から貰うまでは連れ帰る義務があるってことだ。

 だからこんな場所で死んでしまうなんてことはない!


 冗談みたいな鼓舞さえ交えてまた数歩進む。

 とにかく何でも発破が欲しかった。


 そしてまた一歩、足を出して倒れる。

 その繰り返しだった。



 ◇



「あっ!! いた、ここにいたよぅ! こっちこっち!!」



 数分だったか、数時間だったか。

 途切れた意識がぼんやりと戻った。

 誰かの声が耳に届いていた。



「う・・・」


「玄鉄君! 玄鉄君! 大丈夫!?」


「うう・・・澪・・・澪、さんを・・・」


「良かった、ふたりとも生きてる! もう、もう大丈夫だから!」



 聞き覚えのある声が大声で叫ぶ。

 耳元で叫ばれると煩いなと思ってしまうが、声を出して苦情を呈する気力もない。


 どやどやと人の足音や声が響き渡る。

 いったい誰が、大勢でこんな辺鄙な場所まで来たのか?


 ともかく良かった、澪先輩を助けられる。

 その安堵で俺は細い糸のように繋いでいた意識を手放した。



 ◇



「・・・結弦、そろそろ起きなさい」



 柔らかい布団に包まれる心地良い眠り。

 シーツの清潔な香りが安心感を与えてくれる。

 何日もベッドで寝ていなかったせいか、身体が睡眠を欲していた。

 そのせいで覚醒することを拒んでいる。

 まだ眠っていたい。

 その単調で巨大な欲求に負けていた。

 だって良いじゃないか、オレやることをやったんだから。



「駄目ね。ここが魔物の出るところだったら死んでいるわよ」


「お姉ちゃん! あの状況だもん、よほど疲れていたんだよ。もっと寝かしてあげようよ~」


「はぁ相変わらず呑気なのね」


「ええ~、そんなことないよ! 出雲の山奥まで急いで行ったじゃない」


「それは感謝してるわ。そうじゃなくて・・・ああ、もう。貴女は変わってなくて安心する」


「わっ!? う~、お姉ちゃん、私だっていつまでも子供じゃないよ」



 仲の良い姉妹の会話。

 誰が起きずにふたりを困らせているんだろう。

 起きてあげれば良いのに。



「でも正直びっくりした。しっかりアレクサンドラの計画を実行できていたなんて」


「私を何だと思ってるの!? 私だってやるときはやるんだから」


「ごめんごめん、そうやって自信を持ってるなら私も姉として嬉しいわ」


「ぐすっ・・・お姉ちゃん!」


「ど、どうしたのよ!? 褒めたのに泣いちゃって」


「私、嬉しくて。ほら、そうやってまた笑えるようになって」


「あぅ・・・・・・ほんとうに貴女には苦労をかけた。ごめん、そしてありがとうね」


「お姉ちゃん・・・」



 震える声が混じって少しだけ鼻をすする音がした。


 何の話をしているんだろう。

 声に心当たりがある。

 そして声の主を確認したくなった。

 どうしても助けたかった人だったから。


 ゆっくり目を開ける。

 気怠いけれど意識ははっきりしていた。

 視点が合うとふたりの姿が見える。


 ちょっと髪の長い女の子。

 黒い前髪が長くて暗い雰囲気にも見える。

 見覚えがある。

 そしてその子と会話しているのは――



「澪、先輩」


「結弦!」



 白の法衣に身を包んだ聖堂のシスター、澪先輩。

 オレが助けたかった人。

 無事にこうして目の前にいるところを見て。

 嬉しさで胸がいっぱいになる。



「ああ良かった、良かった・・・何とか助けられて、ほんとうに良かった・・・」


「結弦。貴方のおかげ。感謝してもしきれないわ」



 澪先輩はオレの手を握り微笑んでいた。

 ちょっと目が潤んで赤かったけれど、とても可愛らしく。

 強烈な違和感の正体に気付くまで時間はかからなかった。



「え、澪先輩、表情が・・・」


「ふふ、これも貴方のおかげ。私らしさ(・・・・)なんて忘れかけていた」



 そう、鉄面皮と思っていた澪先輩が、文字どおり破顔している。

 それはどれだけの奇跡だったろう。

 オレは思わず目頭が熱くなった。

 声を出す代わりにうんうんと頷いたところで疑問が浮かぶ。



「澪先輩の中にあった、あの黒い力は・・・?」


「貴方が斬り捨ててくれたおかげでもう無いわ」


「そっか、消せたのか」



 彼女を苦しめていた何かを消すことができた。

 それ自体は良いことだと思う。

 こうして澪先輩が表情を取り戻すことができたのだから。

 たけど・・・。



「澪先輩。これで良かったの?」



 確かにあの黒い魔力は彼女を縛り、苦しめていた。

 だけどそれは彼女とパートナーの絆の残滓でもあったはずだ。

 オレはそれをこの世から消し飛ばしてしまった。

 もしかしたら澪先輩は喪失感に苛まれてしまうのでは?



「ええ、良いの。貴方が気に病むことはない。あれはとうの昔に消えるはずのものだったから」


「でも、あれはコウガさんの・・・!」


「ふふ。結弦は優しいわね。あれはコウガではない何かよ。彼なら私を苦しめたりしないもの」


「・・・!」



 澪先輩は晴れ晴れとした表情で語る。



「私は、私自身がそうあってほしいと思い込んだモノを大切にして、それに苦しめられていただけ」



 そして目を閉じ、祈りを捧げるように胸の前に手を組んだ。



「故人に捧げる祈りとは、本来、自分自身を癒すものなの」



 しんとした数秒間。

 オレは彼女の言葉を待った。



「でもそれが執着となると自身を苦しめてしまう。やがて自分を縛り身動きが取れなくなる。生きる者にとって必要なものは、手の届くものだというのに」


「手の届くもの・・・」


「もう手の届かない彼にはこうして祈りを捧げるだけで十分なの。そうすることで彼との想い出が私自身を癒していくの」



 そう言って澪さんは天にその手を掲げた。

 その瞳から零れ落ちる真珠のような輝きが、彼女の過去を洗い流しているようだった。


 きらきらと彼女の周囲が輝いた。

 何かの魔法かもしれない。でも何が起こるわけでもない。

 ただ真っ白で純粋な、綺麗な魔力が彼女を優しく包んでいるように見えた。



「・・・これで、このアルバイト、護衛は終わりで良いよな」


「ふふ。報酬は色をつけるわ」



 澪さんは笑みを浮かべるとぱちんと拍手をして冗談めいた感じで喜色を表す。

 そうして笑い合うことで、ようやく無事に終えられたという実感を得られた。



「あの~玄鉄君。大事なお話があるんだ」



 ずっと隣で話を聞いていた制服の女の子が話しかけてくる。

 タイミングを見計らっていたようだ。

 ・・・この人を知ってるけど名前が出てこない。

 そうだ、闘神祭で。

 彼女は澪先輩の妹の・・・そう、恵先輩だ。



「えっと、どうしてここに?」


「ええ、どうしてはないんじゃない!? 貴方たちを救出したのは私なのに!」


「え!? あそこで助けてくれたのは恵先輩だったのか!?」


「そうよ。恵が調査隊を率いて来てくれていたの」


「調査隊? あんな場所に何の調査を?」



 礼を言おうとしたけれど、疑問がそれよりも大きくなってしまう。

 質問をしてから礼が先だったと焦った。



「えっとね、それを話したかったんだ。でも長くなるから・・・玄鉄君、身体はもう大丈夫? 疲れてない?」


「うん。もう平気そうだ。このまま話をするだけなら1時間でも平気」


「良かった。じゃ、順を追って説明するね」



 そうして恵先輩が説明する内容は俄かに信じられる内容ではなかった。





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