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 石廊を構成するのと同じブロックで作られた無機質な部屋。

 前人未到の生ける迷宮アトランティスの深いところ。

 これが最深部と言われればそうと納得する。

 なにせ長い下り階段の先の、意味ありげな豪勢な石扉の部屋なのだから。


 俺は部屋に入るとさっと目を走らせて周囲を警戒した。

 雰囲気からしてボス部屋、なんて展開も有り得る。



【大丈夫か、小鳥遊さん】


【は、はい。先輩もお怪我はありませんか?】


【俺は平気。敵はいなさそうだな】



 無我夢中で駆けてきたので互いの無事を確認して。

 そうして改めて部屋を見渡した。


 そこは静まり返った、ただの冷たく四角い部屋。

 中央に鎮座する台座が何かを彷彿とさせるくらいで。


 ずずず。

 そう思っていたところで入って来た扉が、今度は音を立てて勝手に閉まる。

 【うおっ】と声が出そうになるが、居るかもしれない部屋の主に俺の存在を知らせることになる。

 そう考えて声を嚙み殺した。


 小鳥遊さんは息を殺してぎゅっと俺の腕にしがみついていた。

 また震えていた。

 俺のために来てくれたんだ、何があっても彼女は守る。

 そう気合を入れるのと、その声が聞こえるのは同時だった。



「よくぞ来た。汝を待ち侘びた」



 世界語で語られる男性とも女性とも取れるような、それでいて存在感のある声。

 周囲を見渡すもおおよそ生命体と思える存在は部屋の中にはなかった。

 放送のように部屋全体に響く声が、その主がここに存在しない何かだと確信させてくれる。



【せ、先ぱ――】



 すぐ隣にいるはずの小鳥遊さんの声が途中から聞こえなくなる。

 驚いて目をやると腕を掴んだままの小鳥遊さんが止まっていた。

 同時にぱきん、という音がして空間がセピア色で染まった。

 いや、これは・・・!?



「汝、探究者よ」



 探究者(クアイエレンス)のときのような雰囲気。

 世界の時間が止まっている?

 言葉の途中で口を開けたまま小鳥遊さんが停止していた。

 でも俺は動けていて・・・?

 なんだ、これ?



「万難を排しこの場へ辿り着いたことを称賛する」



 中央の台座がぼうっと光り、その上にホログラムっぽい何かで青白い球体が映し出されていた。

 薄透明の球体はその言葉に呼応して明滅していた。


 ・・・こういうのって形だけでも人間っぽいのを映すんじゃねえのか。

 いや、そんなことよりも・・・。


 ふたつの記憶が俺に訴える。

 声に聞き覚えがあった。

 俺がこの世界に来るときの。

 深淵の瞳で覚醒をしたときの。

 俺にとってはすべての元凶のはずである、あの声――!!



「・・・その声・・・てめぇか!! 俺をこの世界に引っ張って来たのは!!」


「汝に平静を求めるは我が傲慢と知るが、暇なき今、暫し耳を傾けよ」


「・・・あんだって?」


「我が言葉に疑義あらば問うが良い」



 いきなり俺と敵対するわけじゃねぇってのか。

 話を聞けって?


 その言葉を聞き少しだけ気を緩める。

 小鳥遊さんを守ろうと警戒したままじゃ会話もろくにできねぇし。


 代わりに口を突いて出そうな数多の言葉が喉で渋滞した。

 大人しく耳を傾けろと自分に言い聞かせる。

 渋滞をまるごと飲み込んで、少しだけ我に返った。


 実体のない相手だ、会話を成立させるしか道はねぇ。

 そして聞けと言われれば黙ってしまうのは日本人の性。

 でも黙って聞く気なんかねぇぞ。

 幸いにして質問は受け付けてくれるらしいからな。



「我が名はアイギス。守護者により創造されし汝らが盾。執行者から汝らを守る者」



 誰だよそいつら。いきなり専門用語はやめれ。



「守護者って何だ?」


「執行者が創造せし母体(マザー)より、汝らを守る者である」


「執行者って?」


母体(マザー)を用い大地の澱みを蒸散させる者である」


「・・・・・・ちょっと待ってくれ」



 やめろ、情報量が多すぎる。

 守護者? 執行者? 母体(マザー)

 大地の澱みってなんだよ? 蒸散するって?


 ぜんっぜんわからねぇ。

 ラリクエ(ゲーム)には全く出てこねぇ単語だぞ。



「汝が精神(アストラル)(うつつ)が流れに招きしは母体(マザー)の排除を目的としたものである」



 俺の精神(アストラル)? 魂ってこと?

 招いたってことはやっぱり俺を連れてきたってことだな。



「待ってくれって言ってんだろ。その母体(マザー)って何だよ?」


「汝が『魔王』と呼びし機構のことである」


「魔王!?」



 『魔王』が『母体(マザー)』だって? 

 機構ってなに? 組織?



「執行者が作った機構が俺たちの言う『魔王』だってこと?」


「然り。汝が使命は母体(マザー)の排除。汝により排除が成されし後、(うつつ)における汝が因果律は切られよう」


「『因果律を切る』・・・?」



 だから知らねぇ単語ばっか使うなって。

 しれっと重要そうな話をぶちこみやがって。

 こっちは素人さんなんだからよ。



「『因果律を切る』とどうなんだ? 俺の精神(アストラル)だけ引っ張って来たんだろ?」


「汝にかかる(うつつ)が因果は消え、ありし汝に戻るのみ」


「元の世界に戻れるってことか」


「然り」



 うお! マジか!

 やったよ、あったよ、元の世界に戻る方法!

 俄然、やる気が出て来る。



「その因果律を切るってのはあんたがやんのか?」


「然り、我が権能による」


「じゃあ、例えば、今、この場で俺を元に戻すこともできんのか?」


「可能である」


「俺が因果律を切ってくれって言えばやってくれんの?」


「是。汝が意志は尊重さるるべきである」



 っておい!

 今すぐ帰れんのかよ!


 それを聞いた瞬間、「今すぐやれ」って言葉が喉元まで出かかった。


 すぐに雪子と話をさせろ!

 俺を道具みたいに使うんじゃねえ!


 これまで行き場のなかった、そんな怒りと共に。

 でもそれは隣で俺の腕を抱えている小鳥遊さんを見て引っ込んだ。

 


「・・・仮に今、因果律を切るとどうなる?」


母体(マザー)を制する者が不在となり、母体(マザー)による澱みの蒸散に伴い、地表上のすべての生は滅する」


「・・・世界人類が滅ぶって?」


「然り。すべての精神(アストラル)も滅する」



 ・・・・・・。

 おい、どうなってんだよ。

 ラリクエの主人公が魔王を倒すんじゃねえのかよ。



「どうして俺じゃねぇと魔王が倒せねぇんだよ」


「汝が権能は唯一、ユグドラシルに対抗する力なれば」


「あん? 俺のケンノウ?って何だよ」


「汝が権能とは探究者クアイエレンスである」


「権能って固有能力(ネームド・スキル)のことかよ」


「然り」


「んで、ユグドラシルって何だ?」


「ユグドラシルとは母体(マザー)が未来予測を行う権能である」


「その人権侵害(クアイエレンス)で、そのユグドラシルってのを倒せんのか?」


「『探究者(クアイエレンス)』は意思への介入のみに非ず。因果律の探究を意味す」


「・・・よくわかんねぇんだけどさ。『探究者(クアイエレンス)』って、もしかして因果律ってのを操作してんの?」


「然り」



 いちおう厨二病的な要素とか、SFとかの知識はある。

 だから因果律って言うのが世界線だとかそういうもんに関与してんだってのは想像ができた。

 俺の意志で世界線を捻じ曲げることができるってこと?

 だからあのウィンドウで選択肢が出て、対象の行動が変わったのか。



「整理すっと。魔王がユグドラシルを使って人類の行動を予測してるから、そのままだと絶対に勝てねぇ。だから俺がその予測を覆せってことか?」


「然り」


「ははははは」



 片腹痛い。思わず乾いた笑いが漏れた。

 なにせ『探究者(クアイエレンス)』で世界の出来事を変えられると言っているのだから。

 そんな反則できるならこんな苦労してねぇよ。

 魔王が滅びる選択をして終了で良いじゃんね。



探究者(クアイエレンス)は因るべき時よりの結末を導くもの。母体(マザー)を排す起因なくば結末も得られぬ」


「・・・心を読むなよ」



 まぁ冷静に考えればそうか。

 理由もなく敵さんがいきなり消えるわけがない。

 敵を倒す準備をしたからこそ『倒した』という結果に繋がるわけで。

 祈るだけでそんなもんが得られるなら苦労しねぇってことだな。



「俺が帰ると、この世界が滅びるって・・・責任重大過ぎんだろ」



 こんな仮想現実、本来は俺にとってどうでも良い話だ。

 やたらリアルなだけのラリクエ(ゲーム)の世界。

 攻略を進めたゲームを「まぁいっか」ってリセットするようなもんだ。


 このまま投げ打って帰ってしまえばすべてが終わる。

 あの穏やかな日常に戻れる。

 俺の身体は病院で寝てて、雪子を悲しませてんだ。

 早く戻るに越したことはない。

 戻りたいという意志は変わらない。


 ・・・だけど、だけどさ。

 滅びるって言われて、どうぞどうぞ、なんて出来る?

 ここまで3年半以上、この世界で過ごしたんだぜ?

 どれだけこの世界で絆を作ったと思ってんだ。

 隣にいる小鳥遊さんだって死んじまう。

 香も、さくらも、レオンも、ソフィアも、皆、みんな。

 死ぬとわかってて見捨てられるわけねぇ。


 無責任に放棄するには俺はこの世界に浸りすぎてしまっていた。

 それなら戻る手段を確保したうえで出来ることくらいしようと思った。


 そうだ、俺を使わない別の方法はねぇのか?



「あのさ、俺にこんな権能を与えられるあんたなら、母体(マザー)なんて倒せんじゃねえの?」


「我が存在は母体(マザー)の知るところ。我が直接の干渉はすべてにおいて監視さるる」


「あんたがいちばん警戒されてて動けねぇってことか」


「然り。ゆえに権能の授与は特定の条件下でのみ行うものである」



 自分が動けねぇから人類に固有能力(ネームド・スキル)をばら撒いてるって?

 それも派手にやると監視されるから『深淵の瞳』経由か、ピンチのときだけ付与してる。

 なんだかなぁ。

 ・・・まぁ自力救済なんて基本だから、人類は自分で頑張れってことか。



「そんじゃどうして選ばれたのが俺だったんだ? 別のやつでも良いじゃん」



 そもそも俺が連れて来られた理由は何だ。

 別のやつをここに連れて来たって良い。

 俺は雪子のところに戻りてぇんだよ。

 誰かに交代したって達成できるなら良いわけだろ。



「汝が為し得た故、適性を見出したり」


「は? 俺が何をして何の適性っを得たって?」


「網羅したる者による、彩りの刃が研鑽の適性なり」


「網羅? 刃の研鑽・・・?」



 俺がここに呼ばれる前にやったことなんてラリクエの周回くらいだろ。

 ・・・もしかして。

 網羅したるって、ラリクエの全攻略のことか。

 全攻略した者による刃の研鑽?

 魔王攻略の手法の確立ってこと?



「ラリクエを、『虹色ルシファークエスト』をクリアできる奴を探してたって?」


「然り」


「ゲームじゃねえかよ・・・クリアできる奴なら他にもいただろ?」


「汝が如き研鑽は他の追随を許さぬ」


「はあ? 俺がトッププレイヤーだったって?」


「是」



 俺がいちばんやり込んでてオタクだったからと。

 確かに1年間、空いた時間は四六時中やるくらい好きだった。

 何なら今でも推しだと言い張れる。

 こんな世界で翻弄されてなければな!


 推しをやり込んだから呼ばれたって・・・嬉しいやら悲しいやら。

 いや待て。そもそもなんだよその選定基準。

 ゲームなんかで選ぶんじゃねぇよ。

 もっとこう、身体能力だとか精神力とか、なんかあんだろ。

 俺は凡人だぞ。

 ラリクエの膨大な知識が必須で、それがねぇと魔王攻略ができねえってこと?



「汝が研鑽の果実を以て母体(マザー)を排す陣容を指揮せよ」


「俺の権能だけじゃ母体(マザー)を倒せねぇのか? 思うとおりに変えられんだろ?」


「汝が権能は因果律のみの作用である。澱みを破るは無垢なる力を砥がねばならぬ」


「・・・? 無垢なる力を砥ぐってどういうことだよ」


共感(エンパシー)により無垢なる力を彩る刃に預けることを意味す」


共感(エンパシー)? それ、俺たちが共鳴(レゾナンス)って呼ぶ現象のことか?」


「是」



 えーと。

 『探究者(クアイエレンス)』は因果律の操作だけだから直接は敵を倒せねぇ。

 俺の白の魔力にも直接に倒す力がねぇ。

 だから、属性持ちのやつを共鳴させて闘えってこと?



「ん~? 俺が共鳴・・・共感(エンパシー)する必要はないんじゃねえか? 誰でも共感(エンパシー)できんだし」


「汝が身体は共感(エンパシー)の連鎖が得らるよう創造さるる」


「は? 俺のこの身体が特殊だっての?」


「然り。汝が身体の回路は六の強き彩りと共感(エンパシー)を結ぶためにある」


「あん? 結ぶ? 共鳴(エンパシー)の連鎖って何だよ?」


「其は共鳴(エンパシー)を繋ぐ拠となり得る。交わりし彩りの強さに依る冪乗(べきじょう)となる」


「は? え、俺を介して何人も同時に共鳴(エンパシー)できんの? そんで同時だと増幅効果も高いって?」


「然り」



 なんだそれ。

 俺が複数の人と共鳴すると、レゾナンス効果が高くなるって?

 連鎖って言ってるくらいだから、数が多いほど効果があるってことかね。



「それって、俺の代わりに『キズナ・システム』は使えねぇの?」



 話の流れで思い出す。

 俺はそのアーティファクトのために、この迷宮で頑張っていたのだから。

 あんだけゲームでキーアイテムになっていたんだ、無いわけがないだろ?



「かの装置はシミュレーターにて共感(エンパシー)を再現する環境に過ぎぬ。現実における其が装置は汝が身体における回路である」


「は!? シミュレーター!?」



 おい!

 おいおい!!

 おいおいおい!!!

 待て待て待て待て待て!!!!


 シミュレーターって・・・シミュレーターってなんだよ!?



「ラリクエは・・・『虹色ルシファークエスト』は、お前のシミュレーターだってのか!?」


「然り」


「はああぁぁぁ!?」



 どういうことだってばよ!?

 ラリクエは俺の世界で普通に発売されてたコンシューマーゲームじゃねえか!

 なんで180年前の恋愛AVG+鬼畜RPGが未来のこいつのシミュレーターなんだよ!


 俺はラリクエの世界に、ゲーム世界に転移したんじゃねぇのか!?



「じゃあここは、この世界はなんだってんだよ!? ゲームじゃねぇなら、仮想現実じゃなくて、俺の世界の180年後の本当の未来ってことか!?」


「然り」


「ああ!? じゃあなんで俺を引っ張った! どうして同じ時代の奴から選ばねぇんだよ!」


「執行者の及ばぬ時代にて、澱みに浸っておらぬ精神(アストラル)より選ぶ必要があったが故」



 何が何だかわからなくなって喚き散らしたく気持ちをぐっと抑える。

 一気に頭の中が沸騰していた。

 疑問が渦巻きすぎて何を聞いて良いのかわからない。


 落ち着け落ち着け落ち着け・・・四十路精神!


 理解できないときは聞き流すに限る。

 要するに俺の精神が未来へ飛ばされたって話だろ。

 このアイギスってやつの仕業で。

 転移ラノベによくある『魔王を倒してくれ』っていう理由でもって。

 テンプレだよテンプレ。

 帰れるって言ってんだから聞くだけ聞いとけ、俺。


 とにかく深呼吸を繰り返し動転した気を鎮める。

 ふうう、ふうう、と呼吸を強く意識して10回くらい繰り返した。



「汝が精神(アストラル)はユグドラシルの計算外である。汝が権能はユグドラシルに悟ることはできぬ」


「はあぁ~・・・」



 言葉としての意味はわかるけど理解が追いつかねぇ。

 衝撃を受けすぎて感覚が麻痺する。

 なんかもう、やってたことのぜんぶがぜんぶ、覆るんだけど。

 どうしてそんな重要なことを最初に教えてくれねぇんだよ。

 俺はこれからどうすりゃ良いんだよ。



「疾くが良い、此たびの干渉はユグドラシルの知るところ」


「あ? 急げって? 魔王は2年後に動き出すんじゃねぇのか?」



 そのとき、どおおおおん、と轟音が響いた。

 外の戦闘かと思ったが遺跡全体が揺れているようだった。

 さっきの魔物が大発生したときと同じ振動だ。

 ぐらぐらと立つのも難しいほどの揺れ。


 でも周囲はセピア色のまま。

 小鳥遊さんも止まったまま。



「うえ!? どうしたってんだ!! 時間が止まってんじゃねぇのかよ!」


母体(マザー)による我が権能への干渉が故」


「は!?」


「疾くが良い、残されし暇は僅かである」



 うぉい!!

 フラグ回収早すぎだろ!?



「え!? 干渉ってどうなってんだよ!?」


「間もなく我が躯体は滅せられよう。疾く友輩(ともがら)を連れ脱せよ」


「滅せられるって!? え? 具体的にどうなんだよ!」


「我が躯体は大海に没する」


「は!? アトランティスが沈むって!? おい!! この迷宮にどれだけの奴がいると思ってんだ! 何とかしろ!!」


「我が権能により躯体内の生物は排出さるる。後に汝らが船舶にて疾く脱せよ」


「ああ!?」



 排出って何がどうなんのよ!?

 ここが沈むから船で脱出しろって!?

 


「汝の必要とさる我が権能を、其が娘に託す」


「あんだって!?」



 小鳥遊さんに何を、と警戒した瞬間、ぱきんと硝子が割れるような音がした。

 そしてセピア色の世界から色が戻っていく。



【――い! あそこに・・・きゃっ!? え!?】



 俺の腕を引っ張ってアイギスの青白い光を指していた小鳥遊さん。

 彼女にとっては一瞬の出来事。


 そしてその言葉が悲鳴に変わるのは必然だった。

 突如として迷宮全体が激しく振動していたからだ。

 さっきの縦揺れよりも激しい揺れが収まることなく続いていた。



【きゃああ、先輩!! なに、なに!?】



 小鳥遊さんは俺に体重を預けるくらい、ぎゅっと俺の腕にしがみついている。

 そんな彼女を少しでも安心させようと彼女の身体を強く抱いた。



「娘、許せ。此れにより汝が精神(アストラル)を害することはない」


【せ、先輩!? え、な、なに・・・!?】


「やめろ!! 何しやがる!?」



 アイギスだった青白い光が弾け、霧のように四散した。 

 そしてその輝きは小鳥遊さんの周囲に集まって来る。



【あ、や、やだ! なにこれ、やだ、怖い! 先輩、先輩、助けて!!】



 揺れに動揺していた小鳥遊さん。

 だが得体の知れない何かの光に囲まれると、今度はそちらに恐怖する。

 俺は必死にその霧を振り払うように手を動かしたが、虚しく空を切るだけだった。



「おい、ふざけんな!! 彼女に手を出すな!!」


「汝がための権能を残すに他手段はない。受け入れよ」


「馬鹿! やめろ!!」


【あ、ああ、ああああ!? やだ、やだ、先輩、入ってこないで! やだ、やだ、せんぱ――あああああああ!!!】


「やめろおぉぉーー!!!」



 俺にアイギスを止める手段などあるわけもなく。

 小鳥遊さんに集まった青白い光が、彼女の身体の輪郭を包んだ。

 必死に彼女を抱きしめたが、為す術もなく光は彼女の身体に浸透していく。



「いやあああぁぁぁ!!!」



 まるで断末魔のような叫びが木霊した。

 俺は必死に彼女を守ろうと抱きしめた。



「勝手してんじゃねええぇぇぇ!!!」



 だがその叫びでさえ、崩れ始めた天井の轟音にかき消されていく。

 壁に宿った光が消えゆき暗闇に包まれていくアトランティスの迷宮の最深部。

 俺を慕ってくれるこの小さな後輩ひとりさえ、俺は守ってやれないのか。



「くそおぉぉぉーーー!!!」



 魔王を倒す力があるからって何なんだよ!

 今ここで何もできねえじゃねえか!!

 アイギスにも、母体(マザー)の干渉にも!!!


 俺は喉が枯れるほどに必死に叫んだ。

 その叫びで何かが変わってくれるのではと、ありもしない何かに期待を込めて。

 彼女を、後輩を守りたいと、崩落からも庇うようその身体を包むようにして強く抱きしめ。

 ただただ、彼女が助かるよう、轟音と闇の中で叫び願い続けたのだった。

 闇の中で仄かに光る彼女の身体に恐怖しながら。






 2210年12月10日。

 新人類(フューリー)に数多の希望を与えてきた、大西洋に浮かぶアトランティスの迷宮は崩壊した。









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