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青春ストーリーで男同士のすれ違いがあるときに。
すべてが発覚した時に「俺のことを殴れ」なんて言うシーンはベタだろうか。
その後に固い握手を交わして仲良くなったりするやつ。
ああいうのって憧れたりする?
俺は断固として遠慮したい!
「歯を食いしばれ、武!」
「ぶへぇっ・・・!!」
漫画だと顔面を殴打されたときに「ばきっ!」て効果音が鳴るじゃん?
あれ、嘘だね。
殴られた側は「ぐどん」とか「ごばん」だよ。
頬骨から伝わった衝撃が脳まで響いて、脳震盪よろしくフラフラになるやつ。
しかも情けねぇ声まで出しちまって。
可愛い後輩や先輩たちに見られてる中でやるやつじゃない。
なんの公開処刑だよって話だ。
「先輩・・・!!」
「おお、派手にやったな」
「あらぁ~」
吹き飛んで転がった俺に駆け寄ろうとする小鳥遊さんを手で制する。
文句ばかりが思い浮かんでしまうのは無駄なプライドが幅を利かせているため。
でもこれは俺が蒔いた種。
俺自身が甘受するしかない、彼の怒りだ。
「だひじょうぶ、だから・・・」
大丈夫じゃねえよ、俺!
口の中切れてるじゃん! 発音変だよ!
つーかレオン、思い切り殴りすぎだろ!
甘受できてない自分が可笑しくなり、にやりとしながら立ち上がる。
そんな俺をレオンは引き締まった眉で眉間に皺を寄せたまま睨んでいた。
「武。俺が怒っている理由がわかるか?」
「ああね、ひろひろ(色々)と謀ったからだろ?」
「いいや違う」
何とか立ち上がった俺に、殴る前と同じ様子で迫るレオン。
あれ? これで終わりじゃない?
なんか殺気がそのままですよ。
もしかして正解するまでエンドレス?
ごめんなさい、もうお腹いっぱいです!
ずい、と前に出てくるレオンの迫力に後ずさる俺。
彼がどういう言葉を欲しているのか思いつかない。
あああ、また殴られちまうよ!
嘘ついて勝手してたから怒ってんじゃねえの?
◇
俺が目覚めてから、地竜がいた部屋の片隅で休憩できる準備をした。
そして無事に戻って来た凛花先輩とレオンを迎えて軽いパーティーのように歓待した。
ずっと張り詰めていた皆の意識がずいぶんと楽になったのは間違いない。
デイジーさんの簡単な紹介が終わった後に、小鳥遊さんに説明を求められた。
どうしてここに来ているのか、と。
曰く「事情はアレクサンドラさんや澪さんから聞いていますが、先輩から教えてください」と。
俺の口から確認させてくれ、というのだ。
レオンも凛花先輩もデイジーさんも、説明があるなら聞きたいとのことだった。
そう請われれば命懸けで同行してくれているのだから無碍になんてできない。
今更ながら俺は語った。
あの喫茶店で説明したことを。
俺は別の時代からこの世界に転移してきたこと。
俺が「魔王」を倒すために動いていること。
ここには「キズナ・システム」を探しに来ていること。
そしてレオンたち主人公が魔王を倒すための鍵となるから、俺と共鳴しないよう距離を置いたこと。
俺自身が魔王討伐に同行して攻略をサポートしようと思っていること。
ただし、ラリクエの世界だとは説明しなかった。
あくまで「物語」として知っている体で話したのは会長たちと同じ。
だってそうしないと・・・人間としての尊厳がなんか穢される感じがするじゃん?
とにかくそう説明をした。
凛花先輩もデイジーさんも驚いた様子で聞き入っていた。
小鳥遊さんはずっと神妙な面持ちで耳を傾けていた。
彼女は驚いてはいなかった。
きっと既知の事項で確認のためだったのだろう。
そしてレオンは――
◇
迫るレオンに下がる俺。
なんだこの情けねぇ構図。
俺の株が下がる一方なんだが。
いや、皆を騙してたんだし、もう下がるもんもねえか。今更だ。
「そんじゃ何だってんだよ。俺はお前らを利用することしか考えてねえんだから」
会長が口にしていた「利用する」という表現。
こういう状況になって初めて理解した。
罪悪感が半端ない。
未来を知っているせいで、彼らを思う通りに動かすという責務と重圧。
凛花先輩が語っていた過去のアレクサンドラ会長の気持ちがよくわかった。
「なんだと・・・! 本気で言っているのか!」
「ああ、本気本気。だって魔王が世界を滅ぼしちまったら皆、死んじまうだろ。防ぐためには何だってするぜ」
「だからこそ、高天原という学び舎で肩を並べているのだろう!」
「それじゃ遅ぇんだよ。卒業まで待ったら終わっちまう」
俺は魔王の侵攻時期までは話さなかった。
これを広めてしまうと彼らの心持も変わってしまう。
下手に漏れればパンデミックを誘発してしまいかねないからだ。
だから殴られようと具体的に言うつもりはなかった。
「武、お前はそれで良いのか」
「良いってどういう意味だよ。死なねえためにやってるって言ってんだろ」
「・・・! 武、お前は・・・!!」
「!!」
もう一度殴られる!
そう覚悟して目を閉じて歯を食いしばった。
・・・。
・・・。
・・・・・・あれ?
衝撃が来ない、と思ったら、がしりと身体を掴まれた。
いや、これは・・・。
「お、おい」
「武! 俺はお前が独りで解決しようとしていることに怒っている!」
レオンが俺を抱擁していた。
厚い胸板に抱かれてこいつの言葉を聞くのは2度目。
・・・相変わらず同性でも嫌だとは思えないのは主人公補正のせいか。
ぐいぐいと締め付けられるのに抵抗する気も起こらず。
俺は素直に彼の感情を受け止めることにした。
「武、俺はお前の何だ? ただの道具か?」
「・・・・・・」
「俺はしらせのときからずっと、お前のことを友だと思っていた。違うのか!」
「レオン・・・」
「お前は、お前と過ごした日々は意味がないというのか!?」
「・・・お前は、友達、だよ」
力強く発せられた彼の熱い言葉。
この言葉を流せるほど俺は痴れ者じゃない。
「お前ら皆、好きなんだよ。だけどよ、さっきも言ったろ、魔王討伐のために俺と共鳴しちまったら困るんだ」
「だから何だ! 俺を道具としか見ない理由はそれだけなのか!」
「え? いや・・・うん・・・」
共鳴しちまうから、距離をとってますよ。
SS協定の連中に知らせずに出てきた理由はそれだ。
さっき、そう説明した。
だから俺の説明もそこに終始する。
「お前はもう知っちまったけどさ。これを説明すると、お前らは互いに仲良くなって共鳴してくれねぇじゃん」
「なに・・・?」
「だって、人に言われたからって、人を好きになるなんて無理だろ。白々しくなるじゃん」
「ふっ、お前は本気でそう言っているのか?」
「あん?」
俺の説明にレオンが鼻で笑う。
抱擁を解き、両手で俺の肩を掴み、にやりとして目を合わせるとレオンが言った。
「俺やソフィアは貴族だ、政略婚姻などとうの昔に覚悟している。それと何が違う」
「・・・・・・」
「お前は魔王討伐に必要だという理由から俺たちを共鳴させようとした。それはそれで立派なことだと言っている」
「・・・なんだって?」
「生まれ持った身分や能力は世のために使うべきだ。持つものの責務、ノブレス・オブリージュという言葉くらい知っているだろう」
「知ってるけどさ。でもそういう綺麗ごとだけで人の心って動かねぇだろよ・・・」
「お前は馬鹿だ。俺たちに相談せずに勝手に無理だと思い込んでいるのだからな」
「・・・ちょっと待て。それって俺が、お前らに共鳴してよって言えばしてくれたってこと?」
「そう言っている」
「え、本気で?」
レオンが呆れたような表情で俺を見た。
「疑うのならば戻ってから皆に洗いざらい話せ。理解は得られる」
「・・・・・・ほんとかよ」
「嘘は言わん。お前の知っている時代の常識とは違うということだ」
「・・・わかった、信じる」
そうまで言われては俺も考えを改めるしかない。
主人公連中に理由を含めて話して、頼み込んでみよう。
それでお話は終わり、と思ったがレオンは肩を離してくれない。
「武。俺がお前と共鳴しないよう配慮はする。だが、俺はお前の友だ」
「そうだな」
「だからもう遠慮や隠し事をするな。もっと俺を信頼しろ」
「ああ、悪かったよ」
その言葉にレオンの怒りがどこにあったのかをようやく悟る。
なんだよ、そんなことならもっと早く皆に話してりゃ良かったじゃん。
――ってことを、こいつは言いたかったんだよな。
・・・でもさすがに疑念は残る。
ほんとに「仲良くなって」って言って受け入れてくれんの?
その点は不安だが、確かに言ってみないと真実はわからない。
また俺の知らないラリクエ倫理なのかもしれん。
友達として、レオンの言葉を信じてみようと思った。
「先輩、拭いてください」
「あ、ああ。ありがと」
「強く殴り過ぎたな、すまなかった」
「良いんだよ、お前が俺へ想ってくれてたぶんだ」
小鳥遊さんから受け取ったタオルで口から出た血を拭う。
この痛みが彼との友情か。
こういうのをクサいって言って流すのは若い証拠。
俺は心地良いと思った。
何はともあれ、これで彼を謀ったわだかまりは解消できた。
あとは無事に戻るだけ。
皆、顔を見合わせて移動する準備を始めた。
このパーティーなら敵で苦戦することもないだろう。
帰り道なら楽勝だぜ。
「あ~、武。君の説明を聞いて思ったんだが、ほんとうにこのまま戻るのか?」
「なんだよ、凛花先輩だって戻ろうって言ったじゃん」
「ああ、アタイたち3人ならそうだ。でもレオンが参加するならもう少し奥まで行けるぞ」
「・・・いいや止めとく。今は大丈夫でも危なっかしい賭けになりそうだし」
「そうか。君がそういうなら従おう」
きっと俺が渇望して止まない「キズナ・システム」が未入手であることを心配してくれている。
でも、もう見つからなくても何とかなる気がしていた。
ラリクエじゃアトランティス攻略はいろいろ厳しい。
そこまでに強くする機会が少ないせいもあるが、主人公に比べ純粋に敵が強いからだ。
でも目の前にいるレオンの実力はどうだ。
ラスボスたる魔王を倒すときのようなステータスがあるとしか思えない強さだ。
現に未到の45階までひとりで来ている。
ゲームではアトランティス攻略時と比べて最終的にもっと強くなる。
魔王討伐までに鍛える機会があるからだ。
模擬戦を繰り返したり、任意で行ける幾つかのダンジョンを攻略したり。
そうしてムー大陸侵攻への実力を高めていく。
現時点でのレオンの強さから更に伸び代がある。
そう考えれば楽勝に思えるのだ。
・・・いや、そもそも。
さくらやソフィア嬢でも思ったけれど、なんか主人公たちが強すぎんだよね。
ラリクエで苦労したのは何だったのかと思うくらいに。
これで共鳴してくれれば魔王も楽勝なんじゃなかろうかと思う。
そういう理由でキズナ・システムが発見されなくても大丈夫かもしれないと改めて思ったのだ。
もっとも魔王が俺の知っているゲーム内の強さに収まれば、という前提だが。
「よし、戻ろうぜ!」
意気揚々と俺が進もうとしたそのとき。
どどん、と、迷宮全体が強く揺れた。
かなり大きな揺れで、油断すると転倒するほどだった。
「きゃっ!?」
「地震か!?」
「なんだなんだ!? おい、落下物に気をつけろ!」
「小鳥遊さん、こっち!」
「は、はい!」
俺は危なっかしい小鳥遊さんを庇うようにして様子を見た。
揺れはしばらく続いたが次第に収まっていく。
日本で起こる地震のようなものか?
直下型の突き上げるような振動だ。
たぶん震度5強くらい。
迷宮が崩壊するような揺れじゃなくてよかった。
「・・・大丈夫そうだな。なんか嫌な感じがするし、さっさと戻ろうぜ」
「あ~、残念だけど、そうは問屋が卸してくれなさそうだ」
「え・・・!?」
皆が無事なことを見て、声をかけたところで水を差す凛花先輩の言葉。
どうして、と思ってそちらを見て声が詰まった。
だって、地竜やヒュドラやケルベロスのような大型の魔物が多数、突如として目の前に湧いていたのだから。
「げっ!!! こ、こっちへ!」
湧いたばかりの敵がこちらを認識しないうちに、俺は駆け出した。
この広い部屋に目いっぱい詰め込まれたそいつらの相手なんてできない。
小鳥遊さんの手を引っ張って先頭を走る。
最初に進んでいた奥へ進むであろう道を。
先行する俺に後の3人も続いた。
「武! あそこの突破は無理だ、どうするんだ!」
「とにかく今は逃げるしかねぇだろ! あれに突っ込むほど命知らずじゃねぇ!」
皆で奥へ奥へと走った。
幸いにして魔物には追いつかれないけれど。
帰り道が塞がれてしまっては戻るに戻れない。
皆で考えたほうが善後策も出るかな。
ようやく立ち止まったところで皆に相談することにした。
「・・・どうしたら良いと思う?」
「あー、図らずも奥へ来てしまったな。もう行けるところまで行くしかないんじゃないのか?」
「でもよ、食糧も時間もねえだろ?」
「アレクがアタイたちが戻る前に引き上げるわけがない。この先に何かあると信じて進んでみるという手しかないと思うが」
「でも食糧が尽きたら終わりだぞ?」
「あ!? 皆さん、あっち!」
小鳥遊さんが叫ぶ。
見れば逃げて来た通路から溢れた魔物たちが追って来ていた。
「くそっ! とにかく走れぇ!」
逃げの一手。
俺はまた先頭を走る。
小鳥遊さんを守らねばという意識からか先頭だ。
罠が発動したら一巻の終わりだし、魔物とばったり会ってもダメなのに。
なんでこんな運任せで走ってんだよ、俺。
そうして半ば自棄になり駆けているところに。
何故か、右へ曲がれとか、直進しろとか。
頭のどこからかからそんな声が聞こえていた。
「おい武! どこへ向かっているんだ!」
「わからねぇけど、こっちだ!」
どうしてか俺は誘導されていた。
頭に響くその言葉に従って走っていると、目の前に下へ向かう階段が現れた。
入れという言葉に従って迷わずそこへ飛び込んだ。
「ここだ!」
小鳥遊さんの手を引いてその下り階段に入ると、急にずごん、と大きな音がした。
振り返ると階段の入り口がいきなり壁になって塞がれていた。
「先輩! 皆さんが!」
「嘘だろ!? おい、レオン! 凛花先輩! デイジーさん!」
石壁をどんどんと叩くがびくともしない。
分断されるなんて! くそ、変な声に従っちまったばっかりに!
――聞こえるぞ! こちらは無事だ!
「くそ、閉じ込められた! 壊せねぇか・・・!?」
――待て、武! 魔物に追いつかれた。出て来るんじゃない!
「何だって!?」
――俺たちなら大丈夫だ。凛花もデイジーもいる。お前はお前で脱出方法を考えろ!
「レオン・・・!」
それ以上、呼びかける間もなく、外でどごん、ばきん、と闘う音が聞こえた。
これじゃ仮に開いたとしても魔物が雪崩れ込んで来るかもしれない。
「先輩・・・」
「大丈夫、どうにかなる」
繋いでる手が震えていた。
そりゃ怖ぇよな。俺も怖い。
だけど俺が怯えるわけにはいかねぇ。
ここからどうにかするのは俺しかいねぇんだ。
――疾く進むべし
また頭に声が響いた。
この声のせいで・・・。
悔やんでも仕方がない。
今は一本道を進むしかないのだから。
【小鳥遊さん、行くぞ】
【はい!】
意思疎通に齟齬がないよう、日本語に切り替える。
彼女の手を握って俺は階段を下りた。
数フロア分は下ったと思う。
その先に大きな扉があった。
色々と偉そうな文様が刻まれた石の扉だ。
【大きい扉ですね】
【こんなん開けられねぇだろ・・・】
仮に取っ手があったとしても人力で動かせるサイズじゃない。
身長の約3倍の高さで幅が5メートルの扉なのだから。
【あっ・・・!?】
スイッチとか別の道がないかと探そうと思ったところで。
お約束のようにその扉が音もなく開いていく。
人が通れるくらいの幅が作られた。
【・・・どうします?】
【行こう。それしかない】
小鳥遊さんの手を離さないよう。
そしてさっきみたいに途中で分断されないよう。
ふたりでくっついて、俺と小鳥遊さんはその扉の先へ足を踏み入れたのだった。




