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■■小鳥遊 美晴’s View■■


 先輩の後を辿るうちに、魔物や罠に遭遇する率が下がっていく。

 それだけ追いついて来たということだ。


 1日に平均して2,3回は魔物に遭遇する。

 遭遇率はとても低いそうだ。通常は10倍以上だとか。

 レオンさんはどれもを一撃で屠っていた。

 私よりも大きな魔物が出ても一刀両断。

 おかげで私は恐怖を感じることもなく、すいすいと走ることができていた。

 この安心感は何にも変え難い。

 彼に依頼してほんとうに良かったと思う。



「40階から下って、ほぼ前人未踏なんですよね?」


「そうらしい。出て来る魔物も強いと感じる。この先は凛花と言えど難しいだろう」



 アレクサンドラさんによれば凛花さんが先輩たちの主力。

 40階の時点で彼女が手こずる状況だったそうだ。

 

 40階の補給基地(セーフポイント)

 本部との通信が何とか通じて先輩の通過が2日前だったと知る。

 もう目の前まで追いついていた。


 ここで本部との通信は最後らしい。

 とにかく時間がないので急げというアレクサンドラさんの指示をもらった。

 でも通信状態が悪く、急がないと皆が危ないというニュアンスしかわからなかった。

 もちろん、第一に命を大切にするように、という言葉とセットで。



「レオンさん。貴方ひとりでは危ないと感じることもあると思います。そのときは引き返しましょう」


「良いのか? 武のところまで行くつもりなのだろう」


「はい。生命を賭ける覚悟はしてます。でも先輩と会えないうちに死んでしまってはいけませんから」


「そうか。なら、俺では難しいと感じたときはそうしよう」



 そう答えたレオンさんは考え込むよう目を閉じて続けた。



「美晴。ここまで来たら武たちと合流するほうが安全だ。少なくともあいつはこの先を進んで行けている」


「はい、頑張って追いつきましょう!」


「だが。合流する前にもし俺に何かあったなら、お前はこのセーフポイントまで戻れ」


「ここに、ですか?」


「そうだ。ここに来るまでも美晴はその護符のおかげで敵に気付かれることもなかっただろう」



 確かに魔物と出会っても私は見向きもされていない。

 この護符がそれほどに気配を消すことに効果を発揮しているのだろう。



「ここなら食糧もある程度あるし、本部へ救援を頼むこともできる。最後の砦だ」


「・・・わかりました、約束します」



 守らせてくれという彼の言葉。

 彼は絶対に私を守る約束をしたんだ。

 だから、私自身が身の安全を確保することもよく意識していた。


 こうして互いに引き返す細かな条件を確認していく。

 逸れたり、万一にどちらかが怪我をしたり居なくなってしまった場合など。

 頑張ると言っても命を捨てるわけじゃない。

 私たちが先に死んでしまっては元も子もないのだから。

 無理ならできる方法をまた考えればよいだけ。



「よし、行こう。武を見つけたらふたりで説教だ」


「あはは、先輩、皆に怒られちゃいますね!」



 ◇



 それから2日後。

 45階にある大部屋に入ったところで地鳴りと咆哮と、ばちんという花火のような光が私に届いた。

 ずっと何もない廊下を走っていた矢先の出来事だ。

 追いついたのかもしれない、という自分の期待を、はやり過ぎないようという警戒が押し留める。

 魔物がただ暴れているだけかもしれないから。



「あそこ! 何かいます!」


「地竜だ! 美晴、そこにいろ! 近付くんじゃないぞ!」



 レオンさんが飛び出した。

 100メートル四方はある部屋の中央付近で、誰かが巨大な何かと闘っていた。

 その巨体はこれまで見たどんな魔物よりも大きかった。



王者の剣(カリバーン)!」



 レオンさんが具現化(リアライズ)して、それに向かって突き進んだ。

 巨大な魔物はまるで山だ。

 亀のように甲羅があるというのに、爬虫類のような手足。

 その皮膚は黒光りする硬そうな鱗で覆われていた。

 まるでドラゴン。だから地竜なのかな。


 彼が地竜と相対しようとしたそのとき。

 地竜が前脚で薙ぎ払う動作を見せた。

 そして人がふたり、こちらへ弾き飛ばされて来る。

 ひとりは高天原学園の制服を着て黒髪の男性。

 もうひとりは澪さんのように真っ白な法衣に身を包んだ聖堂のシスター。

 シスターが男性を抱えるような格好で飛んできていた。

 かなりの勢いだ。あのままじゃ叩きつけられてしまう!


 

「! 美晴、あれは武だ!」


「え!?」


「うおぉぉぉ!!」



 レオンさんは叫びながら王者の剣(カリバーン)を手放して気合を入れた。

 そうして彼は飛び込んで来た人間ふたりを迎えるとその全身で受け止めた。

 姿勢を崩すことなく、その衝撃で10メートル近く反動で後ずさりながら勢いを殺した。


 すごい!

 体格が逞しいとはいえ、勢いよく飛んできた人をふたりも受け止められるんだ!

 さすがレオンさん!



「先輩!!!」



 私は駆けた。

 レオンさんは受け止めたふたりを床に下ろした。

 私が駆け寄るのを確認すると、彼はふたたび王者の剣(カリバーン)を呼び出した。



「美晴、ふたりを頼む! 時間を稼ぐ!」


「はい!!」



 地竜の巨体がこちらを向いていた。

 このままじゃ私たちに攻撃が向けられてしまう。

 そうさせないよう、レオンさんは真っ直ぐに地竜に向かって突き進んだ。


 地竜はレオンさんに向かって地面から岩の槍を出して攻撃する。

 それを華麗に避けながら、彼は地竜の脚に大剣で斬りつけていた。

 地竜はその攻撃に脅威を感じたのか、完全にレオンさんだけを追って向きを変えた。

 今のうちだ。早く、ふたりをどうにかしないと!

 


「しっかりしてください!」



 ずっと探し求めていた先輩の姿。

 そして聖堂の真っ白な法衣に身を包んだシスター。

 両者とも頭や身体から血を流してぐったりとしている。


 荷物から魔力傷薬(ポーション)を数本、取り出した。

 外傷にはそのまま液体をかける。

 内側の傷は服用する。

 それが使い方だと習ったけれど実践するのは初めてだ。 

 でも迷っている時間はない。


 気を失ったふたりの傷を確認した。

 頭部や身体のあちこちから血が滲んでいる。

 魔力傷薬(ポーション)の蓋を開けてそこへふりかけた。



「ううっ・・・」


「ぐぅぅ・・・」



 ふたりとも苦痛に顔を歪ませている。

 しゅうしゅうと、傷口に消毒液を垂らしたような音が出ていた。

 処方を間違ったかと焦る。

 でもこれで良いはずだと自分を信じ、外傷があった部分を確認した。

 開いていた傷口が塞がっている。

 大丈夫、これで合っていた。

 塞がるときに痛みが出たりするんだろう。


 2本分を分けて使った。

 先輩もシスターも外傷はもうなさそうだった。

 確認のためふたりの身体をぺたぺたと触っていると先輩の顔が歪んだ。

 おかしい、もう傷はないのに。

 もしかして、と肋骨や背中を触ってみると明らかに骨の形がおかしい。



「大変! これ、折れてる!」



 内側の傷だから・・・飲んでもらうしかない。

 気を失ってる人に何かを飲ませるのってどうればいい?



「せ、先輩! 飲んで下さい!」



 寝かせたままでは気道に詰まる。

 痛がる先輩を荷物にもたれかからせて。

 新しい魔力傷薬(ポーション)の蓋を開けて先輩の口に運ぶ。

 でも気を失っているのでただ口の横から流れ落ちるだけだった。

 いけない、何とかして飲ませないと!


 どうすれば良い?

 ・・・迷っている暇はない、これしかない!

 初めてだとか気にしてる場合じゃない!


 私は魔力傷薬(ポーション)を口に含んだ。

 そして意を決し、そのまま先輩と唇を重ねた。

 舌で唇を割って口に含んだぶんを幾らか流し込む。

 ごほ、とむせていたけれど数回、嚥下するのが見えた。

 良かった、飲んでくれた。


 何度か同じことを繰り返すと先輩が呻き出した。

 うう、と胸を抑えて苦しそうにしている。

 きっと、さっきと同じで再生するときの痛みなのかもしれない。



「先輩、頑張って!」



 声をかけながら先輩の手を握る。

 何もできないけれど、何かせずにはいられない。

 私は先輩が少しでも楽になるように祈った。

 お願い、良くなって!



「う・・・ああ・・・あ、貴女は・・・」


「だ、大丈夫ですか!? 魔力傷薬(ポーション)を使いました、痛むところはありませんか!?」


「はい、おかげさまで何とか・・・」



 隣で寝ていたシスターが気がついて身体を起こした。

 彼女は少しだけ周囲を見回して状況を確認した後、先輩に目を留めた。



「失礼、自己紹介とお礼は後ほど必ず。先ずは武様を」


「は、はい・・・お願いします」


「良かった、ご存命でしたぁ。貴女のおかげです」



 そう言うと女の人は先輩の身体に手を添えた。



「満ちたる生の躍動をここに――身体再生(ヒーリング)



 彼女の手先から先輩がぼうっと白い光に包まれる。

 具現化(リアライズ)だ!

 きっと傷を治す魔法。


 先輩はまたぐぅぅ、と呻いていた。

 でもすぐにそれも収まって穏やかな表情を浮かべた。



「もう大丈夫です~。ああ、ご助力に感謝いたします」


「い、いえ! それよりここはまだ危ないです、移動しましょう!」



 色々と言いたいこと、聞きたいことはあった。

 でも向こうで轟音を立ててレオンさんが闘っている。

 時折、地震のように激しい揺れがして、気が気ではない。

 先輩は気を失ったままだ。先に安全を確保したかった。



「仰るとおりです。あちらへ行きましょう。よいしょ」


「・・・え!?」



 女の人は先輩を軽々と担ぎ上げるとすたすたと歩き出した。

 先輩をあんなに軽々と!?

 見かけによらず、この人、とても力が強いんだ。


 呆気に取られるところだった。

 慌てて荷物を背負い直してその後を追った。

 近くに狭い通路が見えていたのでそこの中へ入った。



「ここならあの魔物は入って来られません」


「あ、ありがとうございます」


「先に安全を確保します。――反魔結界(アンチフィールド)



 彼女が唱えるとぼうっと私たちの周りに白い膜が広がっていった。

 あ、この魔法は知ってる。闘神祭のとき澪さんが使っていたやつだ。

 確か、魔力を持ってるモノを寄せ付けないんだっけ。


 改めて周囲を確認してから先輩を床に寝かせる。

 すうすうと呼吸をしている姿を見ると、なんだか涙が出てきてしまった。



「あのぅ、ワタシは彼の援護に向かいます。結界を固定しますので武様をお願いします」


「え!? は、はい、わかりました」



 吹き飛ばされて重傷を負ったというのに。

 このシスターはまた闘うというのだ。

 私にはそれが勇敢なのか無謀なのかわからなかった。


 でもレオンさんと一緒ならきっと大丈夫。

 私にできることは送り出すことだけだった。



「あの! どうかご無事で! 外へ戻ったら甘いものを食べに行きましょう!」


「うふふ、それは魅力的ですね。そこにステーキがあると、なお嬉しいです」



 咄嗟に出た私のよくわからない激励に彼女は笑みを浮かべて答えてくれた。



 ◇


■■京極 武’s View■■


 ・・・

 ・・・・・・


 白い天井。

 何度目なのか、そこはまた病院のベッドだった。

 身体は鉛のように重い。

 声もうまく出せない。

 なんかいつもこんな状況だな、と自嘲してしまう。


 腰のあたりに違和感があった。

 少しだけ顔を起こして見ると彼女が寝ていた。

 吸い込まれるような真っ黒で長い髪。

 艶々とした輝きが彼女の名前のようで美しい。

 泣いた後のようにその綺麗な瞼が腫れているように見える。

 腕から伸びている点滴を見て、俺がそうさせてしまったのだと罪悪を覚えた。


 例によって腕なら何とか動いた。

 寝ている彼女の綺麗な髪に触れた。

 きっと、ずっと付き添ってくれているんだろう。

 俺にだけ向けられたその愛情を感じると思わず涙腺が緩む。

 じんとして視界が滲んでしまう。


 しばらく撫でていると彼女が目を覚ました。

 すると彼女は撫ぜる俺の手を捕まえて愛おしそうに頬に添える。

 重なった肌から伝わる温もりが互いの想いを伝えてくれているようで。

 俺が瞬きをすると溜まっていた雫が頬を伝って下りていった。


 それを見た彼女が何かを口にする。

 俺もそれに答える。


「――――」


 どうしていつも俺の声は掠れていてはっきりと出ないのだろう。

 彼女を安心させてやりたいのに。

 こんなに愛してると伝えてやりたいのに。

 できることは添えた手に力を入れることくらい。


 彼女はハンカチで俺の目元を拭ってくれた。

 恥ずかしさよりも愛おしさが勝る。

 じっと彼女と瞳を合わせた。


 俺は、君のところへ戻る。

 すまねぇ、ずっと待たせちまって。

 だからごめん、もう少しだけ待っててくれ。


 愛してる。

 だから、だから。

 辛い想いをさせてすまねぇ。

 ほんと、ごめん。


 また涙腺が緩む。

 歪んだ視界の中で彼女の顔が大きくなった。

 そっと俺の頬に手が添えられる。

 重なる唇の熱さに彼女の想いを受け取る。


 ああ、ああ。

 ありがとう。

 君がそうして待ち続けてくれるなら、俺は幾らでも頑張れる。

 ずっと愛してる。

 この愛情は君のためのものだから。


 ・・・・・・

 ・・・


 ◇



 ぼんやりと意識が戻って来る。

 記憶が混濁していた。


 唇を啄むような熱い感触。

 片頬に添えられた手の温もり。

 ああ、そうだ。

 彼女とキスをしてたんだっけ。


 ふっと熱が離れると冷やりとした空気の寂しさ。

 愛情が離れてしまったようで名残惜しい。

 昂った感情が行き場を無くしたせいなのか。

 ゆっくりと開いた瞼から熱いものが溢れ出ていた。



「先輩・・・」



 少し幼さを感じる柔らかい声。

 それが最愛の人のものでないことが、意識を残酷な現実に引き戻す。

 歪んでいた視界に映ったのは、娘くらいの歳の可愛らしい後輩の顔。



「う・・・小鳥遊、さん・・・?」


「先輩、先輩。わかりますか?」



 優しく頬に添えられた手が、少しだけ頬を撫ぜる。

 その手のひらに気持ち良さを感じると、俺は自分の手を重ねた。


 俺が欲しかった人のじゃないけど。

 でも、人恋しさが残っていたせいか、これがいいと思ってしまう。


 覚醒が進んで目を開ける。

 俺の眼の前に彼女がいた。

 おかっぱ頭の後輩少女、小鳥遊さん。

 やたらと懐かしい感覚だった。



「・・・小鳥遊さん」


「ああ、先輩。やっと・・・やっと会えました」



 彼女の声は震えていた。

 くりくりとした瞳に涙を浮かべている。

 あれ、どうして泣いてんだよ?



「えっと・・・?」


「私、私・・・ずっとずっと、先輩に会いたくて・・・」


「ずっと?」



 状況も把握できないまま、上身体を起こす。

 俺は狭い石廊に横になっていた。

 ああ、そうだよ。

 ここはアトランティス――



「あああ、先輩、私、私!! 頑張ったんです!」


「うえっ!?」



 感極まったのか、がばっと彼女が抱きついてきた。

 俺の胸に顔を埋めて彼女は大きな声をあげる。

 先輩、先輩、と何度も呼び掛けて。

 えんえんと俺の胸の中で泣いていた。


 どうして日本にいるはずの彼女がここに?

 学校はどうしたんだ? 家族は?

 一般人の彼女がどうやってここまで辿り着いたの?

 もしかして幽体離脱でもして会いに来たのか?

 そうでないとしたら俺が走馬灯でも見ているのか?


 現実離れした状況に思考は追いつかない。

 でも現に今、彼女は俺の胸の中で泣いている。

 吐息と涙で俺の胸を熱く染め上げながら。

 この感触が夢だというのなら、俺はとうに死んでいるのだろう。



「先輩、先輩、先輩、先輩!」



 彼女にかけるべき言葉が思いつかない。

 でも伝わってくる俺への恋慕は溢れて受け止めきれない。

 そっと彼女の髪に手を入れ、撫でてやった。

 いつもみたいにぐしゃぐしゃとするのは違うと思ったから。


 

「先輩、ぐすっ・・・先輩。えへへ・・・」



 俺の愛撫に応えるように小鳥遊さんは顔を上げた。

 泣き顔ではにかんでいる彼女にどきりとしてしまう。

 こうまで強く真っ直ぐな気持ちを向けられてしまったのだから。

 幾らなんでも、そこまで朴念仁ではいられなかった。



「先輩・・・私、来ちゃいました」


「来たって。よくこんな場所まで」


「先輩、言いましたよね? 私、こうして先輩に数秒でも良いから意識して欲しいって」


「うん、覚えてる」


「そのために、それだけのために、何でもできます、いくらでも頑張れるんです」


「・・・・・・」


「私、頑張ったんです! 私、私・・・!!」



 彼女は顔をくしゃりと歪めて、もういちど俺の胸に飛び込んで来た。

 ぎゅっと俺の身体に手を回して、胸に顔を埋める。


 俺でさえ、ここに来るまでに数多の苦労があった。

 一般人の彼女が何もなしで来られるわけがない。

 その彼女の情熱に俺は侵されるようだった。


 小鳥遊さんのことを改めて思い浮かべる。

 まだ幼さは残るけれど、彼女は十分に可愛い部類の子だ。

 主人公連中と比べてしまうことがおかしいだけで、小綺麗にすればモテる整った顔。

 初めて付き合う相手が彼女なら歓喜して迷いなく首を縦に振っただろう。


 その彼女からこうして好意を浴びせられていた。

 僥倖だと言わずして何と言おう。



「先輩! 先輩! 私、私! 頑張りました!」



 次々と彼女の熱い想いが伝わってくる。

 彼女自身が興奮しているのか、全身でじんわりと熱を伝えて来ていた。

 それらが俺の心をじんわりと温めてくれる。


 こうして強い想いが伝わってくると嬉しいし気持ちが良い。

 その想いに染められてしまった俺は、小柄な身体に腕を回した。

 こんなの邪険になんてできるわけがない。

 雪子や香のことなど頭の片隅にもないくらいに感じ入っていた。



「小鳥遊さん・・・ありがとう・・・」


「先輩・・・! ぐすっ・・・先輩・・・!!」



 恋人同士でする逢瀬のような熱い抱擁。

 彼女の頭を片腕で抱え、もう片方の腕でぐしゃぐしゃとかき混ぜて。

 俺のために頑張ってくれた彼女に少しでも報いるため。

 しばらくの間、ずっと彼女がしたいまま、そうしていた。



 ◇



「武様~、良かったです。お身体に違和感はありませんか?」


「うお!?」


「ひゃっ!?」



 どのくらいだったか。

 小鳥遊さんと抱き合っていたところに声をかけられる。

 ふたりの世界から急に現実に引き戻された俺は声をあげてしまった。

 小鳥遊さんも同じだったようで、飛び上がって俺から離れた。



「あ、ああ、デイジーさん。うん、大丈夫・・・だと思う」


「うふふ、それだけお熱いのならお元気そうですね。ワタシも混ぜていただきたいですぅ」


「えっと、ごめん」


「ああ、また嫌われてしまいました。ワタシも頑張っておりますのに」



 くねくねと身体を捩って不満を表すデイジーさん。

 真っ白な聖堂の法衣姿の彼女の、不真面目な側面を見て思わず吹き出してしまう。

 それを見た小鳥遊さんもつられてあははと笑い出す。

 デイジーさんも俺たちを見て、笑みを浮かべた。


 そうして和んだところで俺は状況を思い出した。



「そうだよ、地竜と闘って・・・!! デイジーさんは大丈夫!?」


「はい~、ワタシは彼女に助けられました。それとご安心ください、地竜は倒しました」


「え? 倒したって・・・え!?」



 あれを? 誰が? どうやって?

 疑問符が舞い踊る俺に小鳥遊さんが教えてくれる。



「レオンさんが倒したんです」


「レオンが? え、レオンとここに来たの!?」



 俺は立ち上がった。

 現実に引き戻された意識が状況を把握しようと努めている。

 デイジーさんがやって来た、狭い通路の先に広がった部屋。

 そこを確認するために。

 

 通路から顔を覗かせれば、地竜と闘ったあの大部屋だった。

 あちこちに地面が抉れたり壁が砕けた跡がある。

 ここで闘っていたことは間違いない。



「えっと、ちょっと待ってくれ。どうなったんだ?」


「はい~。武様が地竜に叩きつけられたあと、レオン様が助けに入って下さいました。武様を救出した後に地竜を倒したので、こうしてワタシが戻って来たところです」


「そっか、助けられたのか・・・。あれ、そのレオンはどうした?」


「凛花様のところへ応援に行きました」


「あ、そうだよ。ケルベロス!」



 俺も救援に行こうと思って足を出したらふらついた。

 すかさず小鳥遊さんが支えてくれる。



「先輩、駄目です。大怪我していたんですから、急に動いたら危ないです」


「ぐ、すまねぇ。くそ、情けねぇな・・・」



 ふらついたとはいえ、身体は何とか大丈夫そう。

 さすがに体力の消耗は感じるけど仕方がない。

 あの状況から命があっただけマシだ。



「・・・俺が行っても足手まといか。勝ってくれるよう祈るしかねぇ」



 自分の状態がこれだしデイジーさんもきっと戦力にならないだろう。

 凛花先輩とレオンには悪いけど、邪魔にしかならない俺たちはこの場で待機1択だ。



「武様、先程はワタシを助けていただいてありがとうございましたぁ」


「え、ああ、いや。俺も助けて貰ってんじゃん。お互い様だよ」



 デイジーさんが申し訳無さそうにしている。

 ケルベロスの遭遇から足を引っ張ったことについて言っているんだろう。

 俺だってこうしてケアしてもらったわけだからトントンだ。



「小鳥遊さんも。よく来てくれたよ、命拾いした」


「えへへ、先輩のためです!」



 満面の笑みを浮かべながらぎゅっと腕に抱きついている小鳥遊さん。

 素直に有り難いと思ったし、こんな場所まで命を賭けて来てくれたことにも改めて驚く。



「あの、改めましてぇ。ワタシ、フィラデルフィア聖堂のシスターをしておりますデイジー=グリフィスと申します」



 デイジーさんが小鳥遊さんに名乗りをあげた。

 ああ、挨拶もせずにどうにかしていてくれたのか。



「わ、私は先輩・・・武さんの中学校の後輩で、小鳥遊 美晴です」


「美晴様。先程は助けていただきましてありがとうございます」


「いえ・・・私は魔力傷薬(ポーション)を処方しただけです。実際に助けたのはレオンさんですから」



 何となく状況を掴めてきた。

 俺たちが危機一髪のところをレオンが割って入ってくれたんだろう。

 小鳥遊さんが俺とデイジーさんを介抱して、レオンが闘って。

 デイジーさんも戦闘に復帰して、という感じか。


 色々と話をしたいこともあった。

 でもそれは凛花先輩とレオンが無事に戻ってからだ。



「そんじゃ、ふたりが凱旋して来たら歓待できるくらいの準備をしようか」


「あ、良いですね。私、けっこう色んなものを持ってきたんですよ!」


「おおう、よく見ればリュックでかいな!」


「えへへ、これを持って来るのも頑張りました!」


「まだ美味しい茶葉も残っていますよぉ」



 激しい戦闘の後だったとは思えない会話。

 3人でわちゃわちゃと宴席の用意をするかのようにはしゃいだ。

 場違いに、ここが平和な日本であるかのような錯覚に陥るほどに。


 アトランティスの地下45階。

 死に対して敏感になるほどの緊張が強いられるこの環境下。

 そこで人間らしい真っ当な精神を保つためには、幾許かの享楽は必要だったのだから。









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